pitch(rake)とは,断層面上の条線や,砂岩の底面のソールマークなどのように,傾斜した面構造上に線構造が存在する 時の面構造の走向と線構造とのなす角度を面上で測定したもので,線の傾きを鉛直面上で求めた沈下角(plunge)と区別される.この場合,面構造の走向・傾斜のほかに線構造の沈下方向 と沈下角を測定しなくても,pitchを測定することによりステレオ投影上で線構造の沈下方向(trend)と沈下角(plunge) を求めることができる(第1図).
第1図.傾斜角(δ)の面構造Sと,その上に存在する線構造Lにおけるpitch(α)とplunge(β)の関係(左)とステレオ投影図 (右).0°≦α≦90°,0°≦β≦δ |
最近,平凡社の「地学事典」(地学団体研究会1996)の27年 ぶりの改訂をめざし,構造地質分野の項目選定を今年の10月に 依頼された.現版の「地学事典」ではpitch を小島丈児氏が, rakeを小玉喜三郎氏と公文富士夫氏がそれぞれ断層と堆積構造 の例を挙げて解説しているが,総括的な説明はpitchの方でな されている.pitchとrakeは同義なので,「地学事典」の説明も まとめたほうが良い.そこで,どちらを項目として優先すべき か(送り関係をどうするか)を探るために,書棚にある海外の 構造地質の教科書でどちらを採用(優先)しているかを調べた. その結果をまとめたものを第1表に示す.あわせて,国内の構 造地質の教科書も2点挙げておく.
第1表 1970年代以降の構造地質学の教科書におけるpitchまたは rakeの採用状況.Countryは著者(筆頭著者)の所属機関の国名 (○:優先的に記述,△:補助的に記述,×:使わないほうが良い とされている,空白:記述なし |
海外の教科書を見ると,米国の大学の著者はrakeを優先し, 英国の大学の著者はpitchを優先している傾向がみられる.た だし,Ragan(1985米国)やRowland et al.(2007米国)はpitch を項目として挙げ,rakeは同義としている.国内の構造地質学 の教科書の決定版とも言える狩野・村田(1998)の「構造地質 学」もrakeを取り上げ,pitchは同義としている.その理由は, おそらく筆者より上の世代はBillings の教科書(初版1942年,2 版1954年)で学んだことによるものと思われる.私自身も,学 部時代には授業でBillingsの教科書を薦められた.その後,大 学院に進学してから始めたマイロナイトの研究に役立った当時 の教科書がHobbs et al.(1976)であり,その教科書ではpitch が使われていたことから,筆者も構造地質学の講義ではずっと pitchを使ってきている.結局のところ,学んだ先生や教科書 の影響で,どちらを使うかが決まるのであろう.米国の著者の 多くもBillingsの教科書の影響が強いものと思われる. それでは,そもそもなぜ同義語が現在に至るまで生き続けて いるのだろうか.その歴史的経緯は,Hills(1972),Dennis (1972)の教科書に触れられており,Dennis(1972)が紹介し ているClark and McIntyre (1951) に詳細が記されていたので 紹介しよう.
地質構造の解析は鉱山開発が発端となっているが,鉱脈の面 に存在する鉱石の線状配列をもともと鉱山技師はpitchと呼ん でいた.Cook(1868)によると,その鉱石の線状配列の傾き を脈面(または層面)上で測定した値としてpitchが用いられ ていたと説明されている.ただし,Cookは鉛直面上で線状配 列と水平面とのなす角度に対してもpitchを使っていた.この 曖昧さについては40年後の1908年に議論があった.H. Louis教 授(英国)は線状配列の鉛直面上での角度についての用語がな いので,pitchを使うべきという主張を展開した.それに対し, Raymond et al.( 1908米国) は反論し,pitch は傾斜した面上で 測定した値として米国の鉱山技師が40年来用いており,それが 浸透しているので,Louis氏の主張は受け入れられないとした. このような混乱の中,Lindgren (1933) やBateman (1942) は, pitch と,「突入」などの意味を持つplungeの使い分けについて 記述した.Clark and McIntyre (1951英国)も,結論として pitch とplungeの使い分けを明確に示している.このような使 い分けが提案されていたものの,鉱山技師の混同が継続していrakeを用いることを推奨した(Billings, 1954),と「地学事典」 では小島氏により説明されている. 国内では米国流のrakeを使う人が多いようであるが,pitch も地質学の歴史が感じられる点で捨てがたい.2023年刊行を目 指している新しい「地学事典」では,どちらに説明がつけられ るだろうか.