欧州地球科学連合(EGU)2013年総会(ウィーン,2013年4月7-12日)参加見聞記

石渡 明・荒井章司・川幡穂高・宮下純夫・安間 了・山路 敦・石塚 治

Conference Report: European Geosciences Union General Assembly 2013, Vienna, 07-12 April 2013

A. Ishiwatari, S. Arai, H. Kawahata, S. Miyashita, R. Anma, A. Yamaji and O. Ishizuka

 

図1.ウィーン郊外のEGU会場(Austria Center,右側の4階建て)

 会場は例年通りウィーン東部を流れるドナウ川の中洲にあるオーストリア国際会議場である(図1).ウィーン中心街から地下鉄(会議場付近では高架)で約10分の駅より歩いて数分という非常に便利な場所にある.上から見ると三角形の角を取った形のメインの4階建ての会場は主に口頭発表と企業展示などに使われ,隣接する広大な地下(実は地上1階)の展示スペースは主にポスター発表やPICO(後述)の会場として使われている.隣には国際原子力エネルギー機構(IAEA)本部などが入る国連の建物がある.

 今回の大会は,毎朝会場で配布されるニューズレター“EGU Today”によると,500以上のセッションが開催され,提出された要旨の数は13,000件以上に達する.これは米国地球物理連合(AGU)秋季大会(毎年12月にサンフランシスコで開催)の参加者24,000以上,口頭発表15,000以上,ポスター発表7,000以上(いずれも2012年大会,同連合HPによる)に比べると半分程度だが,日本地球惑星科学連合の参加者約7,300人,発表約3,900件(2012年大会,HPによる)に比べると発表数で3倍以上になる.

 受付で配布される小冊子にはセッションのリストと会場などの案内が載っているだけだが,名札と一緒に2GBのUSBメモリーを渡され,これに詳しいプログラムと要旨が入っている.それを開くと,個人用のプログラムを作成できたり,キーワードや著者名などで検索できたり,大変便利なシステムになっていて,これをパソコンやタブレットに入れて閲覧している人も多かった.会場に何十台と並んだパソコンでも,同じものが閲覧できた.また,各々の口頭発表会場の入り口にはその日の講演者・講演題目・講演時間を書いた紙が掲示される.この大会の運営はEGUと一体のコペルニクスという会社がやっていて,その会社の名前やロゴはあまり表面に出ないが,ほとんどトラブルなく上手に運営されている印象だった.EGUのジャーナルもコペルニクスが運営していて,近年評判が高いものが多い.なお,名札には個人を識別するバーコードが印刷されていて,会場のパソコンでそれを読むと,自分の講演番号・日時・部屋番号が表示される仕組みになっていた.またその裏の券を示せば,会期中,市内のバス・地下鉄などが無料で利用できるサービスがあり,ありがたかった.会場ではかなり高速の無線LANでインターネットに接続できた.

 口頭発表は通常15分で,招待講演や受賞記念講演の場合は30分や1時間の場合もある.最近の流行なのか,招待講演はinvitedではなくsolicitedと表記されている.もしかしたら,invited(招待)だと「旅費を出せ」と要求する人がいるので,solicited(要請)にしたのかもしれない.例えばY. Dilekと安間が座長を務めるオフィオライトのセッションでは12件の口頭発表のうち筆者らの数人を含む5件がsolicitedだった.時間になってもベルを鳴らさず,座長が手ぶりや起立などで講演者に知らせる.講演のあとは必ず拍手する.母国語が英語でない人が多いので,比較的ゆっくり話し,わかってもらおうとする努力が感じられる場合が多かった.

 ポスター発表は横長のパネルで,日本の縦長パネルをギッシリ並べる展示に比べるとはるかに余裕がある.しかも,パネルを直線的に並べず,雁行状に配置して,隣のパネルとの間にパソコンを置ける程度の小さな台と電源コンセントを用意しているのは親切だと感じた.ただし,照明は十分でなく,かなり暗い部分があった.ポスターにもsolicitedと表記したものがあったが,口頭発表と同じ内容をポスター発表している人もいた.ポスター発表の時間は毎日午後7時までだが,6時になるとビールや赤・白のワインが無料で大量に供給され,この時間を境に会場の音量と匂いが大きく変化する.この飲料供給は参加者をポスター会場に呼び込むのに大きな効果を発揮していた.企業等の展示ブースは72件が出展された.日本地球惑星科学連合のブースは,昨年は職員が出張し,ティッシュなどを配って盛況だったが,今年は連合大会の準備で多忙な期間と重なり職員が出向けなかったので,あまり目立たなかった.アジア・オセアニア地球科学会議(AOGS)のブースでは派手な折りたたみ傘を配っていた.また,中国地質大学の大きなブースが目立った.

図2.今回から新たに設けられたPICOセッションの会場.後方に液晶モニターが並ぶ.

 PICO(Presenting Interactive Contents)というセッションが今年から新たに設けられた(図2).これはポスターと口頭発表の中間的なもので,椅子を100個並べ,液晶プロジェクター1台とスクリーン1幅の他に14台の30インチ程度のタッチパネル式液晶モニターを並べた独立の区画がポスター会場の隅などに5つ設けられた.それぞれの発表者は聴衆への3分間の口頭発表の他に,個々のお客さんにモニターを使ってポスター発表のような説明をすることができる.お客さんは,発表者がいなくても,いずれかのモニターで自分が見たい発表を見ることができる(ただし声は出ない).荒井はこのセッションで発表したが,発表者が立つべきモニターの番号が指定されておらず,発表者と直接議論したい場合にその場所がわからないので,この点は改善の余地があると感じた.また,液晶モニターを揃えるのにかなりの初期投資が必要だと思う.一方,昔の学会では参加者がメッセージを貼り出すことができる掲示板が会場入口に用意されていたが,今回はなかった.人が集まる利点を生かす上で,こういう旧式の情報伝達手段も案外有用だと思う.

 シェールガスに関する討論が,シェークスピアをモジった“To frack or not to frack”という題で3日目に行われ,多数の立ち見を含めて1000人ほどの聴衆を集めた.Frackingというのはhydraulic fracturingを略した業界用語で,辞書には出ていない(fraccingとも).シェールガスを取り出すためにその地層に薬剤を混ぜた水を高圧で送り込むことで,これによる環境汚染や岩盤の破壊による地震発生などが懸念されている.4人のパネラーが推進,反対の立場からプレゼンテーションを行い,パネラー相互の議論,そして聴衆からの質問という順序で進んだ.欧州にはシェールガスの資源は豊富に存在するが,開発は進んでいない.あるパネラーが「シェールガスを必要だと思う人は手を挙げて」と会場に呼びかけたら,手を挙げたのは2割くらいだった.全体として,frackingに伴う環境負荷やリスクが強調され,あるフランス人参加者は「原子力も重要な選択肢ではないか」と質問して失笑を買った.米国人参加者は自国の開発方針を擁護する発言をしたが,シェールガス開発を推進すべきだとする意見は少数にとどまった.一方,「チェルノブイリから福島へ:地球科学者の知識の発達」というセッションもあり、これも立ち見が出るほど盛況だった。IAEAが会場の隣にあるためか、核爆発モニタリングに関するセッションもあって、原子力に関する欧州のコミュニティーの関心の高さが伺われた。ただし,米国の火星探査機キュリオシティーの成果についてのセッションも大々的に行われたものの,空席が目立った.一般に,参加者は「欧州」を強く意識していて,米国とは一線を画している印象だった.

 IODP・ICDP(海洋・大陸掘削)関連のセッションも多く,欧州の推進機関であるECORDのタウンホール集会では「ちきゅう」の下北半島沖掘削の記録映画が上映され,いくつかの一般向け講演が行われて酒食が供された.日本ではICDPについてあまり知られていないが,最終日のIODP・ICDP合同セッションでは,ナポリ西郊のCampi Fregreiのカルデラ縁掘削,トルコのアナトリア断層掘削,ボヘミアのリフト帯掘削など,興味深い話を聞くことができた.日本の「ちきゅう」による南海トラフの震源断層掘削についても紹介があった.岩石分野に関しては,層状貫入岩体のセッションなどは日本では聞けないものであり,大陸ならではと感じた.火山関係のセッションも充実していた.さすがに最終日(金曜)の午後のポスター会場は閑散としていたが,その中で氷河・陸水のセッションだけは終了時間の午後7時まで賑やかだったのが印象的だった.

 荒井は2006年からほぼ毎年EGUに参加しており,年々規模が大きくなることを実感してきが,コミュニティー意識が強過ぎて,マンネリ感が充満するセッションもあるように感じる.石渡はフランス留学中の1982年頃にストラスブールで開催された欧州地球科学連合の前身の大会に参加したことがあるが,今回は約30年ぶりの参加となり,隔世の感を強くした.当時はまだフランス語などで発表する参加者もかなりいたが,今回は英語以外の講演は1つもなかった.当時は全てスライドやOHPでの発表だったが,今回は電子ファイル以外の発表は1つもなかった.今回の大会は,春の嵐で成田空港からの出発が大幅に遅れるなどのアクシデントはあったが,現地では比較的暖かい晴天に恵まれ,筆者一同,毎日おいしいパンとハム,ソーセージ,シュニッツェルなどを満喫して,1週間楽しく有意義に過ごすことができた.

 (2013.4.16)