中条武司(大阪市立自然史博物館)・廣野哲朗(大阪大学)
閑静な住宅地に囲まれた大阪府豊中市西緑丘に,佛念寺山断層(上町断層)の活動によりほぼ直立に撓曲した大阪層群の露頭があります(図1).この学術的にも教育的にも貴重な露頭が開発により失われようとしています.この問題について広く地質学会学会員の方に報告し,露頭保存のあり方について一考いただければと思います.
大阪層群は,大阪北部の千里丘陵を模式地として,層序,火山灰,古地磁気,化石,地球化学,地盤工学などの面から様々な研究が行われ,日本の第四系の標準層序として確立しています.しかし,高度成長期以来の都市開発により,地表部で大阪層群を確認できる箇所は非常に限られています.また,上町断層は大阪平野を南北に貫く第一級の活断層です(北部では佛念寺山断層と呼ばれます).政府の地震調査研究推進本部では,30年以内に2-3%の確率でのM7.5規模の地震発生の可能性が報告されています.様々な機関が今までに実施した調査の結果(主に地下構造探査),上町断層(佛念寺山断層)は地表から地下1-2 kmでは明瞭な断層として発達しておらず,撓曲構造をなしていることがわかっています.
この豊中市西緑丘の露頭は,模式地である千里丘陵に残された数少ない大阪層群の露頭であり,かつ地表で上町断層による撓曲構造を観察できる唯一の露頭でもあります.また,「新修豊中市史」や豊中市が発行する「とよなか文化財ブックレット」,豊中市が選ぶ「とよなか百景」で「直立した地層」として紹介されており,地元でもよく知られている露頭です.他にも,菅野・柴山(1987)により学校教材としての重要性が紹介されたり,地学団体研究会大阪支部が1998年発行した「関西自然史ハイキング」において,千里丘陵の大阪層群の見学コースの一地点として紹介しています.これはこの露頭が都市域に残された地質現象を観察できる貴重な場所として,普及教育面においても重要な露頭であることをあらわしています.
しかし,この露頭を含む土地が平成22年に豊中市から民間に売却され,近々,民間の事業による開発工事によって消失する可能性があり,開発を知った地元の方々から開発反対の声が上がっています.報告者らは地質学の専門家として,保存を求める地元の方々に,この露頭の学術的意義や活用方法などへの助言を行っています.
本来ならば,大阪府や豊中市もしくは国が,天然記念物や文化財として認定し恒久的な保存,教育活動や防災面での啓発活動での活用が望ましいのですが,残念ながら露頭を含む土地の売却に至ってしまいました.一方で,1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災),2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)以降,日本国民の地震や活断層への意識は非常に高まっており,都市に伏在する活断層の活動を直接目にすることのできる露頭として,その重要性はますます高まっています.これはこの露頭が学術的価値のみならず,防災教育や理科教育の観点からも重要な保存すべき露頭であることを示しています.一方,大阪層群という未固結層のため,露頭が崩落する危険や,その保存維持には費用や手間がかかるという問題もあります.
開発によりこの露頭が失われるか,地元の反対運動により保存へと向かうのか現状ではわかりません.しかし,この問題は開発の危機にさらされる可能性の高い都市部の重要露頭の現状を端的に表しているといえます.
図1.開発により消失の危機にある上町断層の活動によって撓曲した大阪層群の露頭. |
【文献】
地学団体研究会大阪支部編,1998,関西自然史ハイキング.創元社,大阪,306pp.
菅野耕三・柴山元彦,1987,大阪府豊中市緑丘にある垂直層の見える崖の教材化.大阪教育大学理科教育研究年報,11,27-36.
豊中市教育委員会,1985),とよなか300万年−大地のなりたちから旧石器時代まで−.とよなか文化財ブックレットNo.1,18pp.
豊中市市史編さん委員会編,1999,新修豊中市史 第3巻 自然.豊中市,720pp.
地震調査研究推進本部地震調査委員会「上町断層帯の長期評価について」http://www.jishin.go.jp/main/chousa/04mar_uemachi/index.htm 2013年1月23日閲覧
とよなか百景「直立した地層(西緑丘)」http://www.city.toyonaka.osaka.jp/top/bousai/toshikeikan/hyakei/shouji/nisimidorigaokachisou.html 2013年1月23日閲覧
(2013.1.25)