石渡 明(東北大学東北アジア研究センター)
最近,大飯(おおい)原子力発電所の運転再開問題が社会の注目を集め,同発電所周辺の活断層が問題になっている。私はこの発電所の完成前から現在まで約40年にわたり,これが立地する福井県おおい町大島半島とその周辺の地質学的研究を続けている。そこで今回は,大飯など複数の原子力発電所がある福井県西部の地質について,断層や地震を含め,これまでに公表されている基礎的な知識をまとめ,一般会員に向けて解説することにする。
図1. 福井県おおい町大島半島周辺の地質図。石渡 (1978),石渡・中江 (2001)に基づく。「輝緑岩」は岩脈などとして地下で固結した結晶質の玄武岩。「ダナイト」,「ハルツバージャイト」,「ウェルライト」はかんらん岩の種類で,それぞれかんらん石,かんらん石+斜方輝石,かんらん石+単斜輝石を主成分とする岩石。 |
大島半島の地質図としては,広川ほか (1957),広川・黒田 (1957),平野 (1969),石渡 (1978,1985英),福井県 (2010) などが出版されている。大島半島に露出する岩石は古くから「夜久野(貫入)岩類」と呼ばれていたが(広川ほか, 1957),石渡 (1978) はこれらが一連のオフィオライトをなしていると考え「夜久野(やくの)オフィオライト」と呼んだ。オフィオライトとは,地球の海洋底をつくっていた海洋地殻とその直下のマントルが,全体の構造を保ったまま地殻変動によって陸上に現われている層状火成岩体のことである(図1)。すなわち,マントルのかんらん岩類,地殻下部の斑れい岩類,そして地殻上部の玄武岩類や堆積岩類が下から上へ重なる厚さ8 km以上の岩体が,福井県大島半島から京都府,兵庫県を横切って岡山県南西部まで延長250 km以上にわたり断続的に分布している。夜久野オフィオライトは約2億8000万年前(古生代ペルム紀前期)に,その当時の島弧・縁海系で形成されたと考えられる(石渡, 1999, 市山・石渡, 2004英)。そして,夜久野オフィオライトはその直下のペルム紀付加体(超丹波(ちょうたんば)帯)や更にその下のジュラ紀付加体(丹波帯,約1億5000万年前)に衝上(しょうじょう)している。付加体は主に当時の海溝(かいこう:プレート沈み込み帯)に集積した砂岩,頁(けつ)岩,チャートなどの堆積岩よりなる。つまり,大飯原子力発電所は古生代後期の海洋地殻の上に立地しており,変質した玄武岩類(流紋岩や頁岩を伴う)の上にあって(石渡, 1978, 1985英),その北側の鋸(のこぎり)崎周辺には玄武岩質の枕状(まくらじょう)溶岩や集塊(しゅうかい)岩が見られる(平野, 1969)。また,その南東側のおおい町宮留(みやどめ)の赤礁(あかぐり)崎周辺の海岸には,超丹波帯のペルム紀赤色チャート層に衝上する夜久野オフィオライトの破砕されたマントルかんらん岩(小森・道林, 2011)がよく露出している。この地域の地質解説書としては,北陸の自然をたずねて編集委員会(2001,第2コース),石渡・中江(2001),日本地質学会(2006; 各論第3章)があり,露頭写真集としては,石渡ほか(1999),ふくい地質景観百選編集委員会(2009; p. 28-29, 48-49, 110-111など),日本地質学会構造地質部会(2012; 第8・第9地点)がある。オフィオライトについての解説は石渡 (2010)を参照されたい。
図2. 若狭湾周辺の活断層と地震の分布。活断層研究会 (1992)と中江ほか (2002) に基づく。若狭地震の震源位置は理科年表平成24年版(丸善)による。産業技術総合研究所地質調査総合センターの既刊5万分の1地質図幅の図幅名と範囲も示した。 |
大島半島の北半部には玄武岩,流紋岩,頁岩などからなるオフィオライトの上部の岩石が分布し,その南半部にはマントルかんらん岩,斑れい岩などオフィオライトの下部の岩石が分布していて,両者の間には東南東方向の断層が存在する(平野, 1969; 石渡, 1978, 1985英)。この断層は地形的なリニアメント(線状配列)が顕著で,露頭でも破砕帯や鏡肌(かがみはだ)が発達しているが,活断層かどうかは不明である。この断層は,広域的にみると,小浜(おばま)市街から東南東に延びる北川の谷沿いの活断層である「熊川断層」の西方延長に当たるように見える(図2)。熊川断層沿いでは,その北側の山地が南側に比べて200〜300 mほど低くなっていて,水平方向には若干の左横ずれを示すが,この断層の活動履歴は明らかでない(中江・吉岡, 1998)。また,大島半島の北方の若狭湾底には,長さ約20 kmの北西方向の活断層が推定されており(活断層研究会, 1992; 中江ほか,2002),その南東延長は小浜湾内に達する(図2)。しかし,これら2本の断層の延長が交わる小浜湾の中央部では,活断層が確認されていない(中江ほか, 2002)。一方,小浜市街の北東20 kmにある三方(みかた)五湖の日向(ひるが)湖と菅(すが)湖を貫く南北方向の日向断層(およびその東側に並行する三方断層)は,1662年6月16日の寛文(かんぶん)地震(マグニチュード7.2〜7.6)を起こし,断層の東側が約3メートル隆起したとされる(中江ほか,2002)。1325年,1683年,1748年にも若狭地方で被害が出る地震があった。そして1963(昭和38)年3月27日には若狭湾でマグニチュード6.9の地震が発生し,敦賀(つるが)と小浜の間で被害があった。この地震の震源は三方五湖の北約25 kmの海底であり,越前岬沖地震,福井県沖地震とも呼ばれる(図2)。
このように,大飯原子力発電所など若狭湾岸の原発が立地する福井県西部地域は,2.8億年前の海洋地殻と,その下盤側の1.5億年前までのプレート沈み込みによって形成された付加体から構成されており,日本の他の場所と同様に多数の活断層が存在していて,江戸時代から現代までの間にも複数回の大地震が発生している。
なお,私はこれまで原子力発電所の立地や安全性の評価に関わる仕事を依頼されたことは一切ない。この文章は,長年この地域の研究をしてきた一人の地質学者として,基礎的な知識を現時点で広く一般会員にお伝えする必要があると考え,執筆したものである。拙稿を校閲して貴重な改善意見をいただいた宮下純夫氏,斎藤 眞氏,坂口有人氏,ウォリス サイモン氏,渡部芳夫氏に感謝する。
【文献】
ふくい地質景観百選編集委員会 (2009) 「ふくい地質景観百選」.福井市自然史博物館.
福井県 (2010)「福井県地質図」(10万分の1)及び説明書.財団法人福井県建設技術公社.
平野英雄 (1969) 福井県大島半島の超塩基性岩.地質学雑誌, 75, 579-589.
広川治・磯見博・黒田和男 (1957) 5万分の1地質図幅「小浜」及び説明書.地質調査所.
広川治・黒田和男 (1957) 5万分の1地質図幅「鋸崎」及び説明書.地質調査所.
北陸の自然をたずねて編集委員会 (2001)「北陸の自然をたずねて」.築地書館.
Ichiyama, Y., Ishiwatari, A. 2004: Petrochemical evidence for off-ridge magmatism in a back-arc setting from the Yakuno ophiolite, Japan. Island Arc, 13, 157-177.
石渡明 (1978) 舞鶴帯南帯の夜久野オフィオライト概報.地球科学, 32, 301-310.
Ishiwatari, A. (1985) Granulite-facies metacumulates of the Yakuno ophiolite, Japan: Evidence for unusually thick oceanic crust. Journal of Petrology, 26, 1-30.
石渡明 (1999) 西南日本内帯の古生代海洋性島弧地殻断片:兵庫県上郡変斑れい岩体.地質学論集, No.52, 273-285.
石渡明 (2010) オフィオライト研究の新展開.地学雑誌, 119, 841-851.
石渡明・中江訓 (2001) 福井県若狭地方の夜久野オフィオライトと丹波帯緑色岩.日本地質学会第108年学術大会(金沢)見学旅行案内書, p. 67-84.
石渡明・辻森樹・早坂康隆・杉本孝・石賀裕明 (1999) 西南日本内帯古〜中生代付加型造山帯のナップ境界の衝上断層.地質学雑誌,105(2), III-IV(口絵).
活断層研究会 (1992) 「日本の活断層図 地図と解説」.東京大学出版会.
小森直昭・道林克禎 (2011) 夜久野オフィオライト待ちの山超マフィック岩体南部断層境界に発達したブロックインマトリックス構造.静岡大学地球科学研究報告, 38, 21-26.
中江訓・小松原琢・内藤一樹 (2002) 地域地質研究報告5万分の1地質図幅「西津地域の地質」.産業技術総合研究所地質調査総合センター.
中江訓・吉岡敏和 (1998) 地域地質研究報告5万分の1地質図幅「熊川地域の地質」.地質調査所.
日本地質学会(編)(2006) 「日本地方地質誌 中部地方」.朝倉書店.
日本地質学会構造地質部会(編)(2012)「日本の地質構造100選」.朝倉書店.
(2012.6.13)