水星の地質について

石渡 明(東北大学東北アジア研究センター)

 

太陽系惑星で最も内側の軌道を回る水星の探査は、1974〜75年のマリナー10号以来30年以上途絶えていた。そのため、地球型惑星の地質学・物質科学においては,水星を軽視する傾向があった(例えば武田2009)。2004年に打ち上げられた米国のMESSENGER (Mercury Surface, Space Environment, Geochemistry, and Ranging)探査機は、2008〜10年の間に3回ほど水星近傍を通過して観測を行い、2011年3月18日には水星周回軌道に入って連続観測を行っており、その高解像度写真やX線、γ線などによる化学組成分析データに基づき新知見が続々と公表されつつある。ここでは,それらを簡単にまとめて地質学会会員諸氏の参考に供する。MESSENGER以前の知識は宮本ほか編(2008)の水星の章によくまとめられており,本文中で比較する火星については同書の他に臼井(2011)による最新の優れた総説があるので参照されたい.

水星は半径が地球の約1/3、質量は約1/20という太陽系最小の惑星であるが、太陽系で最も高密度の惑星であり、これは半径2400 kmの惑星に半径1800 kmの大きな鉄の核(コア)があるためと考えられており、水星にはこの核に由来する磁場が存在する。このように核が大きく、マントルが薄いことを説明する仮説として、(1)巨大衝突説:惑星サイズの天体と衝突したために表面部分が飛散してしまった、(2)表面蒸発説:原始太陽系星雲の中心部が高温になった時期に、最も内側の軌道を回る水星の表面の岩石が蒸発してしまった(現在でも日中の表面温度は600℃になる)、(3)流体力学説(選択集積説):星雲の中心近くに鉄に富む密度の大きい粒子が集まり、それが合体して水星ができた、などが考えられている(Solomon, 2011)。水星は太陽に近くて大気も極端に薄いため、表面の宇宙風化が激しく、MESSENGER以前の赤外線分光では各鉱物特有の吸収スペクトルがよく観測できなかった。ただし、波長1μm附近の鉄の吸収線がないことから、表面は鉄分に乏しいCa-Mg珪酸塩でできていると考えられていた。

地形については、マリナー10号の写真から、クレーターだらけの「高地」と、クレーターの少ない円形の「海」からなる、月に似た惑星であるとされていた。月では、高地と海の色が、地球から肉眼で見てもよくわかるほど顕著に異なるのに対して、水星では色の差がはっきりしない(または月と逆に海の方がやや明るい色を呈する)。水星独自の地形的特徴として、惑星の冷却収縮によると考えられる衝上断層がいくつか確認されていたが、今回の探査でもそれらが惑星全体に多数存在し、断層のずれも1 km以上に達することが確認された。そして今回の探査の新知見として、北極から北緯40度にかけての広大な不規則型の地域(水星の全表面積の6%)が洪水玄武岩(ないしコマチアイト)の厚さ1 km以上の溶岩流に覆われていることがわかった。このことは、太陽系の隕石重爆撃期(40〜38億年前)の後も水星の大規模火山活動が続いていたことを示す(Head et al. 2011)。この地域の周囲では、溶岩の供給源となった凹地、個々の溶岩流、溶岩流に侵食された涙型の丘陵、溶岩流に埋め立てられた幽霊クレーターなどがよく見られる。Degasクレーター(直径52 km)の底面には溶岩湖が冷えてできたと考えられる割れ目が発達する(Showstack, 2011)。また、水星全体の57ヶ所のクレーター内の中央丘、外輪山、その内側斜面、底部などにある直径数10〜数1000 mの凹地には、その内部や周囲に反射率の高い物質が飛散しており、これは爆発的噴火によってできた可能性があって、水星の岩石は従来考えられていたよりも揮発性元素を多く含むらしい(Blewett et al. 2011)。なお、両極附近の太陽光が届かないクレーターの底にも反射率の高い物質があって、H2Oの氷または硫黄の可能性がある(Solomon, 2011)。

周回軌道上のMESSENGERによる太陽面爆発(フレア)を利用した蛍光X線分析によると、水星表面の岩石はMg/Si比が高く、Al/Si, Ca/Si比が低くて、斜長石に富む地球の大陸地殻や月の高地の岩石とは異なり、玄武岩とコマチアイトの中間的な組成を示す(Nittler et al. 2011; Head et al. 2011)。そして地球や月の岩石の10倍以上の硫黄を含み、火星や金星の岩石に似る。ただし、水星表面の岩石は鉄やチタンが非常に少ない。これらのことは、水星が非常に還元的で金属に富む頑火輝石球粒隕石(enstatite chondrite)や炭素質CB型球粒隕石または水に乏しい彗星物質などの集積によってでき、金属核とマントルの珪酸塩岩石の分離は効果的に起こったが、月の高地のような斜長石に富む地殻は形成されなかったことを示唆する(Nittler et al. 2011)。

γ線スペクトル分析によると、水星表面の岩石はThに乏しいが(0.22 ppm程度)、ややKに富み(1150 ppm程度)、K/Th比は平均5200程度である。火星、金星、地球の表面の岩石(K=2000〜5000 ppm)に比べるとKやThは少ないが、K/Th比は同様であって(地球・金星・火星ではこの比が2000〜7000の間)、特に火星隕石(シャーゴッタイト)や地球の海洋地殻の岩石(MORB)に似る(Peplowski et al. 2011)。一方、月の岩石はK/Th比が360程度と1桁以上小さく(Thに富む)、月は他の地球型惑星に比べて揮発性元素に著しく枯渇していることを示唆する。水星のK/Th比が火星、金星、地球と大差なく、比較的揮発性元素に富むことは、巨大衝突説や表面蒸発説に不利である。結局、揮発性元素に枯渇し金属鉄に富む物質と揮発性元素に富む物質が混合して集積し、水星を形成したという一種の選択集積説が、現時点で最も妥当な考え方と思われる。また、水星表面の岩石のU含有量は0.09 ppm程度で、Th/U比は約2.5であり、球粒隕石と大差ない。このことは、Uが金属核に濃集したためにその崩壊熱で核が融解し、液体核の運動で磁場が生じているとする考えには不利である(Peplowski et al. 2011)。

以上のように、最近数年間(特に最近数カ月間)のMESSENGERの探査によって、水星表面のマグマ活動や構造運動、そして岩石の化学組成などについて、既に調査研究が進んでいる他の地球型惑星と比較しながら議論できる程度にデータが揃ってきた。その結果、表面の地形が月に類似するとされていた水星は,物質科学的にはむしろ火星や金星そして地球の海洋底に似ており、月の岩石はこれらと非常に異なっていることがわかってきた.太陽系の地球型天体においては,一般に大きな天体ほどマグマ活動が長続きするので分化作用が進み、表面に多様な岩石が形成されると言われているが,月の斜長岩や小惑星ベスタのユークライトなどのように,比較的小さい天体でもマグマ活動によって分化した岩石が地表面に広く分布していることがある(武田, 2009)。むしろ、最近の探査・研究の進展によって、火星、地球、金星、水星の主要なマグマ組成(玄武岩〜コマチアイト質)の共通点が明らかになってきたことは注目すべきだと思う.2014年打ち上げ予定の日本と欧州の共同水星探査機BepiColomboは2020年から水星の観測を始める予定である。水星の地質を更に明らかにすることにより、地球を含む太陽系全体の惑星形成・分化プロセスを統一的に理解できるようになれば素晴らしいと思う。

惑星地質は筆者の専門外なので本文に誤解や勘違いがあることを恐れる.読者のご叱正をお願いする.

【文献】

Blewett, D.T., Chabot, N.L., Denevi, B.W. et al. (2011) Hollows on Mercury: MESSENGER evidence for geologically recent volatile-related activity. Science, 333, 1856-859

Head, J.W., Chapman, C.R., Storm, R.G. et al. (2011) Flood volcanism in the northern high latitudes of Mercury revealed by MESSENGER. Science, 333, 1853-1856.

宮本英昭・橘 省吾・平田 成・杉田精司 (2008) 惑星地質学. 東京大学出版会. 260 p.

Nittler, L.R., Starr, R.D., Weider, S.Z. et al. (2011) The major-element composition of Mercury’s surface from MESSENGER X-ray spectrometry. Science, 333, 1847-1850.

Peplowski, P.N., Evans, L.G., Hauck, S.A.II et al. (2011) Radioactive elements on Mercury’s surface from MESSENGER: Implications for the planet’s formation and evolution. Science, 333, 1850-1852.

Showstack, R. (2011) Mission provides new findings about Mercury. EOS, 92(26), 218-219.

Solomon, S.C. (2011) A new look at the planet Mercury. Physics Today, Jan. 2011, 50-55.

武田 弘 (2009) 固体惑星物質進化. 現代図書, 131 p.

臼井寛裕 (2011) 近年の火星隕石研究・火星探査から得られた新しい火星の描像. 地球化学, 45, 159-173.

(2012.1.5)