磁鉄鉱系・チタン鉄鉱系花崗岩の帯磁率の境界値:鬼首カルデラ周辺の例

石渡 明1・佐藤勇輝2・久保田 将2・濱木健成2
1東北大学東北アジア研究センター,2東北大学理学部地球惑星物質科学科)

 

花崗岩の野外調査に帯磁率計が役立つことは30年以上前からよく知られている(Ishihara, 1979).磁鉄鉱系花崗岩は帯磁率が高く,チタン鉄鉱系花崗岩は帯磁率が低い.帯磁率を表すのに,かつてはcgs単位系のemu (electro-magnetic unit)という単位が使われていたが,現在はmks単位系のSIユニット(Système International d'Unités; 国際単位系)に統一されている.我々が使用しているチェコのGeofyzika社製のKAPPAMETER KT-6も,測定値はSIユニットで表示される.地学団体研究会編「新版地学事典」(平凡社, 1996)の磁鉄鉱系花崗岩とチタン鉄鉱系花崗岩の説明文(石原舜三氏執筆)には,磁鉄鉱系とチタン鉄鉱系の花崗岩の帯磁率の境界として「100×10-6 emu (30×10-3 SI)」という値が与えられている.しかし,このSIの値は明らかに1桁大き過ぎる.小数点が抜けているだけかもしれないが,いずれにしてもこれは大きな間違いで,帯磁率が30×10-3 SIもある岩石は花崗岩ではなく,鉄に富む玄武岩,斑れい岩,蛇紋岩などである.さらに,両花崗岩系列の境界値が3×10-3 SIでよいかというと,実はこれも問題である.上野(1987)の換算式に基づいて岩石の密度を2.7g/cm3としてemuの値から換算すると,この程度のSI値になるのであるが,金谷(1987)が3種類の帯磁率計で同じ岩石を実測して比較した結果によると,BISON 3101やSCINTREX SM5などの帯磁率計によってemu単位で表示される値を10〜12倍すると,KAPPAMETER KT-3のSIの値にほぼ等しくなる.KAPPAMETERは励起周波数が他の帯磁率計に比べて1桁高いため,標本によって他の帯磁率計の測定値との比率は若干異なる.金谷(1987)の実験結果を適用すると,もし磁鉄鉱系とチタン鉄鉱系の境界が100×10-6 emuであるならば,それはほぼ1.0×10-3 SIに相当するはずである.

図1.鬼首カルデラ周辺の花崗岩類の帯磁率の分布.●の大きさは各地点における最大値を表す(各地点で10ヶ所程度測定).鬼首―湯沢マイロナイト帯の西で低く東で高い.

我々は,2011年8月23日〜28日に,東北大学理学部地球惑星物質科学科の夏期フィールドセミナー(進論)として,宮城県北西端部の鬼首(おにこうべ)カルデラ周辺に露出する花崗岩のマイロナイト化について調査し,その中で花崗岩露頭(または沢の転石)のKT-6による帯磁率測定を行った.この地域には,鬼首カルデラの西縁部に露出する花崗岩体群を北北西〜南南東に縦断する鬼首―湯沢マイロナイト帯の存在が知られており,このマイロナイト帯を境界として,西側には阿武隈帯の帯磁率の低いチタン鉄鉱系の花崗岩が分布し,東側には北上帯の帯磁率が高い磁鉄鉱系の花崗岩が分布することがわかっている(笹田,1984, 1985; 広域分布はIshihara, 1979).我々の帯磁率測定でも,このマイロナイト帯の東西での花崗岩帯磁率の違いは明瞭に追認され,西側の花崗岩は概ね0.5×10-3 SI以下,東側の花崗岩は0.5×10-3 SI以上のものが多かった(図1).野外観察では,西側の花崗岩はカリ長石に富む優白質のものが多く,東側の花崗岩はやや苦鉄質鉱物に富む石英閃緑岩質のものが多い印象であるが,我々のモード測定結果では両地域とも(帯磁率の高いものも低いものも)狭義の花崗岩から石英閃緑岩まで広くばらつき,東西でモード組成の顕著な違いは見られない.

図2.鬼首カルデラ周辺で測定した花崗岩類の帯磁率の頻度分布(総数51).横軸は区間幅が等比級数的に増加する(0.2×2n-1)ようにしてある.各地点で10ヶ所程度測定した平均値を1つのデータとしている.0.5×10-3 SI付近に谷をもつ二極分布をなす.

この地域全体の花崗岩の帯磁率の頻度分布を見ると,0.2〜0.6×10-3 SIで出現頻度が小さく,0.5×10-3 SI付近に谷をもつ二極的な分布になっていて(図2),これはこの地域に独立した2つの系列の花崗岩が存在することを示唆する.笹田(1985)によるこの地域の帯磁率分布においても,鬼首―湯沢マイロナイト帯の西側では50×10-6 emu(上述の換算で0.5×10-3 SIに相当)以下,東側ではそれ以上となっている.一方,東側でも3.0×10-3 SI以上の帯磁率を示す花崗岩は少数であり(図2),磁鉄鉱系列とチタン鉄鉱系列の境界値として,やはりこの値は高過ぎるように思う.金谷(1987)の実験結果に基づき1.0×10-3 SI程度とするか,笹田(1985)及び今回の我々の鬼首地域での実測値に基づいて0.5×10-3 SI程度とするのが妥当であろう.野外での測定は,かなり凹凸のある面や風化した面に帯磁率計を当てて測定するので,実験室において平滑で新鮮な切断面に計器を当てて測定した場合に比べて低い帯磁率になるのは理解できる.野外での実測値の目安としては,0.5×10-3 SIの方が妥当な境界値であろう.

なお,この調査ではマイロナイトについても新知見があった.マイロナイト化作用は鬼首―湯沢マイロナイト帯だけでなく,その約5km西の花立山東方や約10 km東の相達沢の花崗岩にも顕著に認められ,多くのマイロナイト帯が鬼首―湯沢マイロナイト帯と平行に走っている可能性が高い.これは阿武隈山地東縁の阿武隈帯・北上帯境界付近に数本の断層が並行していることと調和的である.また,笹田(1984)は大森付近の仙北沢において,北部の非変形で帯磁率の高い石英閃緑岩がマイロナイト化の後に貫入したと判断したが,鬼首カルデラ東方の清水山周辺の帯磁率の高い花崗岩体もその北部の相達沢では著しくマイロナイト化しており,マイロナイト化は高帯磁率の花崗岩の貫入後にも起こったと考えられる.

ところで,上述の地学事典のSI値は,2007年に印刷された版でも間違ったままである.地学事典の新版が1996年に出版されて以来(旧版にはこれらの項目はなかった),だれもこの間違いに気がつかず,修正がなされなかったのは残念である(地学団体研究会には連絡済み).我々は岩石磁気学の専門家ではないが,上で報告したことは地球科学の研究や教育の基礎的な部分に関わる問題と考え,敢えて筆を執った次第である.

本報告の準備段階で貴重なコメントをいただいた産総研東北サテライトの高橋裕平氏と同地圏資源環境研究部門の高木哲一氏,そして拙稿をチェックしていただいた石原舜三氏に感謝する.野外調査でお世話になった大学院生TAの伊集院 勇氏と佐藤 景氏に感謝する.

【文献】

Ishihara, S. (1979) Lateral variation of magnetic susceptibility of the Japanese granitoids. Journal of Geological Society of Japan, 85, 509-523.

金谷 弘 (1987) 岩石帯磁率についての2―3の問題―測定における問題点と表示方法―.地質調査所月報, 38, 203-216.

笹田政克 (1984) 神室山―栗駒山地域の先第三紀基盤岩類,その1.鬼首―湯沢マイロナイト帯.地質学雑誌, 90, 865-874.

笹田政克 (1985) 神室山―栗駒山地域の先第三紀基盤岩類,その2.阿武隈帯と北上帯の境界.地質学雑誌, 91, 1-17.

上野宏共 (1987) 岩石の磁気的諸量の国際単位系(SI)とCGS系間の換算.岩鉱, 82, 441-444.

 

(原稿受付 2011年10月17日)