昨2010年、小惑星「イトカワ」の物質を地球に持ち帰った「はやぶさ」が話題になりましたが、実はその2年前の2008年に、既に発見されていた小惑星が自ら地球に飛び込んできて、その破片が多数回収されるという事件がありました。しかし、このことは日本ではあまり報道されず、少数の専門家や天文ファン以外にはあまり知られていないようです。そこで、Almahatta Sittaと呼ばれるこの隕石の実物試料を物質科学的に研究している東北大学大学院理学研究科GCOE助教の宮原正明さんに、この隕石の発見・大気圏突入・回収の経緯と、その興味深い構成物質について解説を書いていただきました。

(石渡 明)  

 

人類史上初めて落下の観測とその回収に成功した小惑星

宮原 正明(東北大学理学研究科地学専攻)

 

皆さんは,2008年10月6日から7日未明(グリニッジ標準時)にかけて,地球の裏側で,人類史上初めての劇的な事件が起きていたことをご存じでしょうか(Jenniskens et al., 2009).事の発端は,米国のある天文台が,名もない小惑星を発見したことに始まります.後に,この小惑星は“2008 TC3”と名付けられます.天文台の研究者が,この小惑星の軌道を計算すると,約20時間後に地球に衝突することが明らかとなりました.この情報は,即座にNASAに送られ,世界中の天文台が協力して,その追跡を行いました.そして,計算通り,その小惑星はスーダン北部の大気圏に突入し,地球へ落下を始めました.幸いにも,この小惑星は,地表に到達する前に空中で爆発し,その破片がサハラ砂漠南東端部(ヌビア砂漠)に降り注ぎました.落下直後から,小惑星の破片の探索が始まり,多くの破片が回収されました.そして,それらは隕石として“Almahatta Sitta 2008 TC3”と呼ばれ,人類史上初めて,落下の観測とその回収に成功した小惑星となりました.

地球近傍には無数の大小様々な小惑星が存在しており,その一部は地球に接近・衝突する可能性があります.カタリナ天文台(米国・アリゾナ州)はそうした危険な小惑星の観測を行っており,2008年10月6日6時39分に小惑星“2008 TC3”を発見しました.発見後,直ぐにその軌道の簡易計算が行われ,地球への衝突コースにあると判明しました.この情報は直ぐにNASAへ送られ,より正確な軌道計算が行われ,10月7日2時45分にスーダン北部、ナイル川東側のヌビア砂漠に落下すると予想されました.また,その小惑星の大きさは2〜5 m程度と見積もられました.この落下情報は,米国だけでなく各国に“警報”として送られ,世界中の天文台や天文家によりその追跡が始まりました.そして,計算通り,7日2時45分40秒にスーダン北部の大気圏に西から突入し,5秒後に北緯20.8度,東経32.2度,高度37kmで爆発し,その東方の広い範囲に落下しました.その爆発は人工衛星と付近を飛行していた国際線のパイロットにより目撃されました.爆発の規模は1キロトン程度と見積もられています.落下後から,スーダン大学とNASAを中心とした探索チームが編成され,小惑星の破片の探索が始まりました.その結果,多くの破片(約4 kg)が回収されました.破片が回収された地域には,鉄道駅以外にこれといったランドマークがなかったため,そのアラビア語での駅名(Almahatta Sitta = 第六鉄道駅)がその破片(=隕石)の名前となりました.

回収された隕石の一部は,世界各国の研究者へ配分され,その岩石・鉱物・化学的特徴が調べられました(例えば,Bischoff et al., 2010; Zolensky et al., 2010).その結果,小惑星“2008 TC3”は主として,エコンドライトの一種であり超苦鉄質岩,ユレイライトで構成されていることが分かりました.より厳密には,異なる組成の砕屑岩の混合物で構成される,ポリミクトユレイライトです.ですので,試料ごとにその岩石学的・鉱物学的特徴が大きく異なっています.また,一般的なユレイライトの空隙率は9 %程度なのですが,“2008 TC3”のユレイライトの空隙率は25−37 %と非常に高く,いわば,“すかすかな惑星”だったことが分かります.ユレイライト以外にも,少量のHやEタイプのコンドライトが発見されており,“2008 TC3”の構造が不均質であることを物語っています.もっとも,長期間宇宙空間を漂って小惑星が形成される訳ですから,この不均質性こそが小惑星のあるべき姿であるとも考えられます.小惑星“2008 TC3”の成り立ちは,各国の研究者が目下研究中ですが,元々あったユレイライト母天体が他の天体の衝突によって破壊され,その破片と別の天体(EやHタイプコンドライトの母天体)起源の破片が一緒に再集積したのではないかと推測されています.

図1.粗粒なユレイライトの電子顕微鏡写真.オリビン(Ol)の粒間にグラファイト(Gra)とダイアモンド(Dia)が存在する.その周囲は,鉄に枯渇したオリビン,エンスタタイト(En)と金属鉄(Fe)が分布している.

さて,私は幸運にも,“2008 TC3”の破片の一部を入手することができました.私が入手したのは,ユレイライトとEH6,EL6及びH5タイプコンドライトです.ユレイライトは粗粒なものと細粒なものに分けられ,前者は深成岩,後者は砕屑岩に似た岩石組織を示しています.現在,私が重点的に調べているのは,粗粒なユレイライトです.粗粒なユレイライトを構成する鉱物は主に粒径が1 mm程度のFa18−20のオリビンです.その他には,エンスタタイト,ピジョン輝石,硫化鉄や金属鉄も僅かに含まれています.ユレイライトの特徴の1つは,炭素質コンドライト同様に,かなりの量の炭素を含むことにあります.走査型電子顕微鏡を用いて,オリビンの粒間や割れ目等を観察すると,粒状或いはブックレット状の炭素質物質が見つかりました(図1).さらに,レーザーラマン分光法で,これらの炭素質物質を調べたところ,グラファイトとダイアモンドが存在していることが分かりました.炭素質物質が存在する周囲では,オリビン中のFa成分が枯渇しており(Fa2-4),細粒のエンスタタイト(Fs2-5)と金属鉄が晶出していました.オリビンのFa成分は,炭素質物質から離れるに従って元の値(Fa18−20)に戻っていき,エンスタタイトと金属鉄は観察されなくなります.これは,おそらく,オリビンが炭素質物質により還元され,エンスタタイトと金属鉄に分解された結果であると予想しています.このようなユレイライト中でのオリビンの還元分解は古くから知られていますが,その分解メカニズムは未だに解き明かされていません.また,グラファイトやダイアモンドの成因についても,母天体深部胚胎説,衝撃波説や化学気相成長(CVD)説など複数の説があり,結論は得られていません.


 
図2.(上)当研究室に導入されている収束イオンビーム(FIB)加工装置,(下)加工(薄膜化)途中の試料.

ユレイライト中のオリビン還元組織,グラファイトやダイアモンドはマイクロメートルオーダーの大きさであり,その鉱物学的特徴を調べるのも一苦労です.そこで,私は現在,収束イオンビーム加工装置(FIB)と透過型電子顕微鏡(TEM)を利用し,オリビンの還元分解メカニズムとグラファイトやダイアモンドの成因をナノスケールで明らかにする試みを行っています.FIBは細く絞ったガリウムイオンビームを試料上で走査し,試料内の数ミクロンの特定部位を切り出す(薄膜化)ことができます.すなわち,FIBを使用することで,TEMにより観察したい部位を確実に取り出すことが可能となります. 私は,こうしたナノテク機器を駆使することで,原始太陽系で起きた,惑星内部での炭素質物質の物質進化や循環,そしてそれがもたらした惑星の進化過程を解き明かすことが出来ると考えています.また,ユレイライトから得られた知見が,近年,大きな問題となりつつある地球内部での炭素の大循環の謎を解き明かす手掛かりともなると考えています.

【参考文献】

[1] Jenniskens P. and 34 authors. (2009) The impact and recovery of asteroid 2008 TC3, Nature, 458, 485-488.

[2] Bischoff A., Horstmann M., Pack A., Laubenstein M., and Haberer S. (2010) Asteroid 2008 TC3-Almahata Sitta: A spectacular breccia containing many different ureilitic and chondritic lithologies. Meteoritics & Planetary Science, 45, 1638-1656.

[3] Zolensky M. and 24 authors. (2010) Mineralogy and petrography of the Almahata Sitta ureilite. Meteoritics & Planetary Science, 45, 1618-1637.

 

(原稿受付 2011年4月7日)

 

【お詫びと訂正】 初出時にヌビア砂漠の名称を誤って表記しておりました.お詫びして訂正させていただきます.