地質調査中のトラブル体験記と危険回避術(後編)

 広島大学大学院地球惑星システム学科
日本勤労者山岳連盟会員 大橋聖和

気象

調査期間後半ともなると日数を稼ごうと無理をしてしまいがちであるが,悪天候時は安全なルートに変更したり,停滞してデータの整理に当てるなどの余裕が必要である.宿を出る前にはその日の天気予報を必ずチェックしておく.特に夏場は午後から天気が崩れる場合が多いので,午後の予報を注視する.また,低気圧や前線の接近も頭の中に入れておくと天気の移り変わりが予想できる.急な雨に備えてザックの中には常に折り畳み傘かレインスーツを用意しておきたい.特に雨に濡れた状態で風に吹かれると夏場でも驚くほど体温が低下するので(低体温症になる),軽視は禁物である.長雨の際には土砂崩れや落石にも十分注意する(雨が上がってからも数日間は危険性の高い状態が続く).

筆者は一度非常に怖い思いをして以来,雷にはかなり敏感になっている.そのときは朝から雨模様で入山前に一回だけ雷鳴を聞いたのだが,続かないようだし大丈夫だとそのまま入山してしまった.昼頃に下山するときになって雷鳴が何度か続くようになり,稜線上で激しく鳴り出した.雷が落ちてから次までの間に15秒ほど走って次の窪地を見つけ体をかがめる…の繰り返しでようやく稜線を通過したが,生きた心地がしなかった(この時は20〜30秒ほどの間隔で落雷が続いていた).これは前線に伴う雷を甘く見たことにあった.夏場の積乱雲に伴う雷は30分から1時間程度で通過(あるいは消滅)する一過性のものであるが,前線に伴う雷はそれに比べて長時間・広範囲におよぶ(一方で積乱雲による雷の場合は発達が非常に速いことに注意する).この時の雷は後者のもので,当時前線がかかっていることは分かっていたのだが,雷鳴が一度聞こえたにもかかわらず入山し,稜線沿いの道を選んだのは完全に判断ミスであった.

実際に雷に遭遇し,雷鳴が近い場合や周囲に落雷している場合は,下山を急がずに窪地で体勢を低くしてやり過ごさなければならない.また,落雷時にはその地点から半径2〜4 mの範囲内にも影響が及ぶので,高い樹木などからは離れておく必要がある.稜線上や平地などの隠れる場所がない場合,次の落雷までの間隔を利用して移動する手もあるが,平均間隔は10秒〜15秒というデータもある一方でほぼゼロの場合もあり,絶対安全というわけではないらしい.逃げ場のないところで雷に遭遇するようなシチュエーションを作らないというのが最善の策であろう.

一方で,夏場の晴天時は熱中症に注意が必要である.特に炎天下の採石場や海岸などでは照り返しにより恐ろしいほど気温が上がる.斜面にいるときに意識を失い,滑落・負傷した事例もあった.炎天下では直射日光から身を守る工夫と水分補給を徹底したい.

沢での安全

沢沿いで調査を行う人も多いと思うが,沢歩きは危険度の高い登山行為であることを認識しなければならない.ヘルメットは必須であり,足回りもフェルト底の地下足袋+脚絆が好ましい(登山・釣り具店で入手可能).ズボンは綿素材のものは避け,水切れがよく体温を低下させない化繊素材のものがよい.ジーパンは重く,足上げが困難になるため不適である.沢歩きは,登りよりも下りの方が危険性が高い.

筆者は,滝を高巻き(斜面の樹林帯を迂回する)して下りるときに滑落して痛い目にあったことがある.これは下山時であったが,サンプルで重量が増えたザックを背負って,登りと同じ踏み跡をたどったのが原因であった.下りのすべりやすさと重量増加を考慮し,登りよりも安全な道を選ばなくてはならなかった.特にフェルト地下足袋は土や植生のついた斜面ではほとんどグリップしないので注意が必要である(適宜下山用の軽登山靴を持つと良い).

大きな滝を越えるようなルートでは,登攀技術やロープワークを覚えることで安全性は大きく向上する.これについては,地質ニュース597号の37-46ページに長森英明氏によって詳しく書かれているので参考にされたい.ただし,登攀技術は見よう見まねで習得できるものではないため,志のあるものは経験者に指南を乞うか山岳会などでしっかりと身に付けてほしい.

万が一,サンプルを背負った状況で滝壺に落下した場合は,ザックを水中で脱ぐことが重要である.また,渦を巻く水流によって滝直下に引き込まれてしまうため,下流側に力強く泳いで脱出しなければならない.

両側が岸壁状の沢では,急激な増水時に逃げ場を失うため,気象状況の見極めは重要になる.また,北海道や中部山岳地帯の奥地を調査する者は,雨が降っていなくても天然ダムやスノーブリッジの崩壊によって急激な増水があることも頭に入れておく必要がある.いくらフェルト底地下足袋を履いていても,膝以上の徒渉は非常に不安定になり,腰以上になると水流が遅くても流されかねないため,増水時には特に注意する.

万が一の遭難に備えて

 
非常用装備品の例.可能な限り準備しておきたい.① ヘッドランプ,②非常食(高カロリーのものや飴など),③ライター(ジップロック等に入れておく),④ホイッスル&オリエンテーリングコンパス,⑤雨具(セパレートタイプ),⑥ビバークツェルト,細ロープ

「遭難」というと大げさな響きがするが,山中で足を骨折したり,現在位置を見失ってビバーク(用意なく山中で野宿すること)しようものならその時点で立派な遭難であり,その危険性は地表踏査の至る所に転がっている.これまで述べたのはいわば遭難しないための注意点であるが,実際遭難した際に早期発見するにはどうしたらよいだろうか.以下では遭難者と捜索者の視点から重要と思われる点を述べる.ちなみに調査中のビバーク事例は狩野謙一氏の「野外地質調査の基礎」(古今書院)にも書かれている.

遭難者側: 道迷いなどでその日のうちに下山できそうにない場合,日没前に安全にビバークすることを考える(ヘッドライトを持っていたとしても,暗闇の中歩き回るのは非常に危険である).雨具を着込み,薮や岩陰などに隠れて夜露をしのぐ.空にしたザックを寝袋のようにして足を入れているだけでも落ち着く.この際,ツェルト(簡易テント.収納時の大きさは350ml缶程度.一万円弱)やヘッドライトを持っていると非常に心強いので,是非ザックの片隅に入れておきたい.

沢歩きが得意な人であっても,遭難時の下山は谷(沢)には下りてはいけないのが基本である(その沢を安全に登ってきた場合を除く).状況の分からない谷への下山は,転・滑落の危険性が極めて高いからである.

尾根沿いに林道まで下りたら,すぐに安全が確保された旨の連絡を入れる.負傷して自力下山が見込めない場合,携帯電話の電波が入るかどうかを確かめる(携帯電話は防水の為必ずジップロック等に入れておく).電波状況が悪く電話が繋がらなくても,メールは送れる場合もある.また,尾根まででも登れれば,電波は入りやすくなる.

落石・増水の危険性のある場所からは身を遠ざけ,なるべく発見されやすい場所で待機する.近くに登山道がある場合や捜索の気配を感じたときは,ホイッスルやハンマーで音を立てるとよい.夏場,遭難から1週間以上たって無事発見された例はいくつもあるので,忍耐強く救助を待つ.無理な自力下山は逆に命取りになりうる.飴やカロリーの高い保存食を非常用にザックにしのばせておくことも重要である.

捜索者側: 通常の山岳遭難と同じであるが,むやみに人海戦術的に捜索をかけるのは二重遭難を引き起こす可能性があるので避けるべきである.まずは早急に対策本部を作り,どこで遭難した可能性が高いか推理する.この時,当日の調査範囲の情報があると非常に強力であるが,ない場合は知人との調査に関する会話や宿に置いてあるベースマップなどから居そうな場所を推理する.

自家用車で調査を行っている場合は,車がどこにおいてあったかが大きな手がかりとなる.現場での捜索時は,遭難者の足取りをたどるように探すのがポイントである(間違えやすい登山道の折れ曲がりや危険な滝など.遭難者の力量を鑑みながら).

また,調査の痕跡(踏み跡,ハンマー痕,露頭清掃の痕)からも居そうな場所を推定する.捜索者側からも,ホイッスルを鳴らしたり名前を呼びかける.発見した遭難者が自力下山不可能な場合は捜索者らでセルフレスキューが可能かどうか検討し,不可能であれば消防に救助要請をする.警察・消防,地元の山岳会などに捜索協力を要請した場合,いかに正確な情報を共有できるかが発見の鍵となる.地質屋の習性や遭難者の性格・技量を正しく伝えないと,見当はずれな場所を捜索してしまう可能性もある.

いずれにせよ,遭難となると大学関係者のみならず警察や消防にも多大な迷惑をかけてしまう上,莫大な救助費用が請求される可能性もある.十分な安全対策と絶対に遭難を起こさない気構えが必要である.情報伝達の不手際による「遭難騒ぎ」にも十分注意したい.

おわりに

以上,可能な限り調査時の危険事例と対策を書いたが,もし実際に事故が生じたり,ヒヤリ・ハットなどの事故の萌芽があった場合には,関係者でその原因について考察,反省し,第三者にも情報を共有させることが再発防止上重要である.決して「武勇伝」や「自慢話」として扱ってはいけない.是非大学などでも事例を文章化し,同じ事例を繰り返さないような活用が望まれる.

[参考ホームページ]

http://www.arito.jp/oth_sonan.shtml(坂口有人氏のビバーク体験)

http://www.sci.kagoshima-u.ac.jp/~oyo/accident.html(岩松暉氏による事故防止Tips)