四国中央部三波川変成岩上昇時の変形構造
Exhumation-related deformation structures of the Sambagawa metamorphic rocks, central Shikoku,Japan

遅沢壮一1 竹下 徹2八木公史3 石井和彦4
Soichi Osozawa 1, Toru Takeshita 2,Koshi Yagi 3, and Kazuhiko Ishii 4
受付:2006年6月30日
受理:2006年8月18日

1.東北大学大学院理学研究科地学専攻
Department of Earth Sciences, GraduateSchool of Science, Tohoku University, Sendai,980-8578 JapanE-mail: osozawa@mail.tains.tohoku.ac.jp
2.北海道大学大学院理学院自然史科学専攻
Department of Natural History Sciences,Graduate School of Sciences, Sapporo, 060-0810JapanE-mail: takesita@ep.sci.hokudai.ac.jp
3.(株)蒜山地質年代学研究所
Hiruzen Institute for Geology & ChronologyCo. Ltd., Okayama, 703-8248 Japan
4.大阪府立大学大学院理学系研究科物理科学専攻
Department of Physical Science, GraduateSchool of Sceiences, Osaka PrefectureUniversity, Gakuen-cho, Sakai, 599-8531 Japan


概 要
本見学コースでは,三波川変成岩が後退変成作用を受けつつ上昇して来た時に形成された変形構造(D1,D2およびD3時相に形成された構造)を観察する.このうち,著しい東西塑性流動で形成されたD1変形構造と,鉛直の開いた東西方向の褶曲群で特徴付けられるD3変形構造は識別が比較的容易であり,本見学コースで数地点において観察する.一方D2変形構造はこれまで必ずしも明確でなかったが,最近著者らは,その実体や上昇テクトニクスにおける意味を明らかにしつつあり,本見学コースの重要な観察・議論の対象として取り上げる.第1日目では汗見川流域の高度変成岩中に発達する,D2褶曲やスラストおよびデタッチメント正断層が観察の見所となる.第2日目には,中央構造線近傍国領川流域の変形帯で,D2正断層およびそれを転位させるD3褶曲を観察する.ここでは,D2の北北西方向への運動方向を示す石英スリッケンファイバーも観察する.


Key Words
Sambagawa metamorphic rocks, exhumation, extrusion wedge, Asemigawadetachment fault, D2 normal and reverse faults, north and south vergences,D2 asymmetric fold.

地形図
1:25,000「本山」「佐々木連尾山」「別子銅山」


見学コース
[1日目]8:00 高知大(朝倉)正門前集合→伊野IC→大豊IC→本山町早稲田→草原→東浦→桑の川→竜王の淵→竜王林道→さめうら荘(泊)
[2日目]さめうら荘→大豊IC→新居浜IC→新居浜市板の本→渡瀬→足谷川→13:30頃JR新居浜駅→15:30頃高知空港


見学地点
[汗見川](汗見川本流)
Stop 1 本山町早稲田,緑泥石帯.D1およびD2の重複.
Stop 2 本山町草原,ガーネット帯と緑泥石帯境界.D2逆断層境界と,ガーネット帯のD1伸長線構造を曲げる
D2褶曲の逆転翼.(桑ノ川林道)
Stop 3 本山町桑ノ川,灰曹長石−黒雲母帯と曹長石−黒雲母帯境界.角閃石片岩基底付近のD2逆断層境界と南フェルゲンツのD2非対称褶曲群,逆転翼での非対称ブーディン.
Stop 4 本山町桑ノ川,灰曹長石−黒雲母帯.互いに直交する,角閃石片岩のD1伸長線構造とD2細密褶曲.
Stop 5 本山町桑ノ川,灰曹長石−黒雲母帯.D2の汗見川デタッチメント断層と構成するアクチノライト片岩.
(汗見川本流)
Stop 6 本山町汗見川,曹長石−黒雲母帯.南フェルゲンツのD2非対称褶曲に参加するアクチノライト片岩.
Stop 7 本山町汗見川,曹長石−黒雲母帯.南フェルゲンツのD2非対称褶曲の逆転翼に生じたD2逆断層.
Stop 8 本山町汗見川,灰曹長石−黒雲母帯(角閃石片岩)と曹長石−黒雲母帯境界のD2逆断層.Stop 3の東方延長.
Stop 9 本山町汗見川,汗見川デタッチメント断層より北側の灰曹長石−黒雲母帯.北フェルゲンツのD2非対称褶曲.(竜王林道)
Stop 10 本山町竜王林道,汗見川デタッチメント断層より北側の灰曹長石−黒雲母帯.北フェルゲンツのD2非対称キンク褶曲.
Stop 11 本山町竜王林道,灰曹長石−黒雲母帯と曹長石−黒雲母帯境界.D2の汗見川デタッチメント断層と構成する,アクチノライト片岩.Stop 5の東方延長.
Stop 12 本山町竜王林道,汗見川デタッチメント断層より南側の灰曹長石−黒雲母帯.角閃石片岩の南フェルゲンツのD2非対称褶曲と,角閃石片岩を限るD4横ずれ断層.
(汗見川本流)
Stop 13(オプション)本山町汗見川,汗見川デタッチメント断層より北側の曹長石−黒雲母帯と灰曹長石黒雲母帯のD2正断層境界.
(佐々連尾山林道)
Stop 14(オプション)本山町佐々連尾山林道,汗見川デタッチメント断層より北側の曹長石−黒雲母帯.北フェルゲンツの非対称褶曲を伴う正断層とチャート外来岩塊.[国領川]
Stop 15 新居浜市板ノ本国領川河床,D2正断層,運動方向およびD3褶曲(その1).
Stop 16 新居浜市渡瀬国領川河床,D2正断層,運動方向およびD3褶曲(その2).
Stop 17 新居浜市足谷川,東平緑れん石角閃岩中に発達するD1褶曲.

1.はじめに

 
第1図.四国中央部三波川帯地質図(東野, 1990)と汗見川および国領川セクションの位置図.
 
第2図.逆転温度構造を説明する既存の3モデルとウェッジエクストルージョンモデル.

四国中央部の三波川変成岩(第1図)のエクスヒュームプロセスについては,逆転温度構造の成因が関連していようことは予想されていたが(Wallis, 1998),その成因には諸説があり,確定していなかった.逆転温度構造は,これまで,横臥褶曲(Banno et al., 1978)か,ナップの集積(スラスティング;Hara et al., 1992)で説明されている(第2図).
横臥褶曲については,褶曲が南に閉じている(Bannoet al., 1978)と北に閉じている(Wallis et al., 1992)の2説がある.Banno et al.(1978)の南に閉じた横臥褶曲は,そもそも逆転温度構造を説明するために考えられたモデルであり,それ以外に根拠があった訳では無い.一方, Wallis et al.(1992)の北に閉じた横臥褶曲は,温度構造の中軸部を挟んで,南北での褶曲のフェルゲンツの相違に基づいており,それなりに構造地質学的根拠のある,より妥当なモデルと思われる.しかし,Wallis(1990)以来,D1時相の東西伸張・剪断と,東西方向の露頭規模の褶曲は同時形成とされているので,地質図規模の大褶曲である横臥褶曲もこれらと同時の形成ということになる.つまり,横臥褶曲は西に閉じた巨大なシース褶曲の南北断面を観察していると見なし得るが,運動方向やエクスヒューメイションとの関連を含めた,これらについての議論は無く,疑問の余地が残されている.つまり,微小構造の研究は数多いが,それと中〜大構造との関連,あるいは中〜大構造自体の検討が不十分と思われた.
一方,Hara et al.(1992)のナップについては,肝心のナップ境界(鉱物帯の境界)の逆断層の記載が無く,その点で不十分なモデルであり,Wallis(1998)などでも疑問視される一因となっている.さらに,Hara et al.(1992)の述べる主要なナップ境界は,上昇するより高度の変成岩類が,沈み込むより低度の変成岩類と接合する際に出来たとされるものであり(例えば彼らのTable 2),D1時相に形成された.一方,本見学旅行の主題となるD2は東西流動(D1)後に形成された,南フェルゲンツの横臥褶曲・ナップあるいはスラストで従来定義されていた(例えばFaure, 1983).したがって,D2断層はHara et a(l. 1992)の主要なナップ境界形成後に,それらを切って形成されたことに注意されたい(例えば,D2断層は彼らの大生院メランジュの基底断層,Fig. 15に相当する).つまり,後述するD2スラストあるいは正断層は,Hara et a(l. 1992)のナップ境界とは異なる断層である.
Kawachi(1968)の汗見川セクションにおける大構造(スラスト等)の推定は,後述するD2大構造を構造地質学的に推定した先駆的な研究であった.しかし,本案内書で遅沢が提唱するD2大構造(後述)は,主要な褶曲軸や断層の位置が彼のものと異なる.

 
第3図.汗見川セクションの地質図および見学地点位置図(左)と地質断面図(右;ウェッジエクストルージョンそのものである).
 
第4図.汗見川セクションにおけるD2の正断層(太線は汗見川デタッチメント断層と鉱物帯境界断層)・逆断層(破線は鉱物帯境界断層)のステレオプロットと,それらを形成した古応力場(およその最大(σ1)および最小(σ3)主応力軸方位が示される).Yamaj(i 2000)の多重逆解法ソフトウェアを使用して作成.

高圧低温型変成岩はウェッジエクストルージョンでエクスヒュームしているという考えがあり(Maruyamaet al., 1996; Wintsch et al., 1999),別子と大歩危ユニットの関係について近年,適用されている(Wallis, 1998).Yagi and Takeshita(2002)およびTakeshita and Yagi(2004)は,エクスヒューム時におけるデタッチメント正断層の重要性を指摘している.汗見川セクションには逆転温度構造のみならず,その上盤側の正常の温度構造も良好に保存されているため,大構造の復元に適しており,ウェッジエクストルージョンを考慮して,精査を進めた.その結果,温度構造の中軸部(灰曹長石−黒雲母帯の軸部)に汗見川デタッチメント断層を見出した(第2, 3図).この断層構成岩は東西に伸張したアクチノライトからなる片岩で,灰曹長石−黒雲母帯に出現すること自体が特異である.さらに,このデタッチメント断層より北側では北フェルゲンツの非対称褶曲を密接に伴う正断層群を,南側では南フェルゲンツの非対称褶曲を密接に伴う逆断層群を見出した(第3図).この南北地域での断層や褶曲の出現様式には,一切の例外は認められなかった.また,各鉱物帯の境界は北側では正断層,南側では逆断層で,これらの関係を露頭で初めて確認した.これらの事実に基づき,遅沢は,第2図に示した様なウェッジエクストルージョンが四国中央部三波川変成岩の高変成度部(別子ユニット)のエクスヒューメーションを説明する最も妥当なモデルであることを提唱する.このモデルが既存のモデルと異なる重要な点は,逆転温度構造がウェッジエクストルージョンによって作られたとする点である.なお,以上の断層・褶曲はエクスヒュームに関連したD2の南北圧縮および伸張応力場で生じており(第4図;ただし,後述するように第2著者の竹下らによって得られたD2正断層形成の応力場はこれと少し異なる),それより先の,片理形成時の,D1の東西性伸張・剪断とは明瞭に区別される.従って,D1とD2が一連とするWallis (1990)の変形時相区分には再検討が必要で,従来通りの原ほか(1977)やFaure(1983,1985)の区分をむしろ踏襲すべきである.変成岩は,地下深部でこそ温度が高いために流動的であるが,地殻上部レベルまで上昇し,温度が低下して来ると,流動的でなくなり簡単に動けなくなる.最近,Beaumont et a(l. 2004)は,ヒマラヤ変成岩の上昇過程の数値モデリングを行い,流動する中部地殻の変成岩が最終的にどのような様式でレオロジカルに硬い上部地殻を突き破って(unroofing)上昇するかについて,様々な可能性(多雨による著しい侵食,上部地殻中の断層形成,変成岩のドーミング等)を示した.以下に述べるように,D2変形は脆性―塑性転移点付近の条件で生じている.そのような脆性―塑性転移点の温度および深度は,三波川変成岩のレオロジーが石英のそれに支配されると仮定し,また,変成場の地温勾配が20℃/km程度であったとすると,約300℃,15kmの上部地殻の基底に相当する条件であったと推察される.したがって,D2褶曲・断層活動はこれまで殆ど注目されることはなかったが,三波川変成岩の最終的な上部地殻への上昇(unroofing)を示す重要な活動であり,Beaumontモデルを検証する材料を提供していると考える.なお,四国中央部の三波川変成岩については実際の所,膨大な数の研究論文が存在するが,本見学旅行案内書でそれらをすべてレヴューする余裕はなく,引用は本見学旅行と関連する研究のみに留めることを御理解いただきたい.


2.地質概説
三波川変成岩はジュラ紀あるいはジュラ紀以前の沈み込み帯で形成された付加体を原岩とする(Isozaki andItaya, 1990; Faure et al., 1991).放射年代に基づくと,四国における三波川変成岩の高変成度部は白亜紀前期(120-110 Ma, Okamoto et al., 2004)にピークの変成作用を被り, 白亜紀後期( 80Ma前後, Itaya andTakasugi, 1988; Takasu and Dallmeyer, 1990)に上部地殻のレベルまで上昇,冷却したと推察される.三波川帯は点紋片岩と呼ばれる斜長石斑状変晶を産する高度変成岩を含む部分があり,四国中央部にはそのような高度変成岩が典型的に露出している.高度変成岩は灰曹長石−黒雲母帯,曹長石−黒雲母帯,ガーネット帯に区分され,周囲を緑泥石帯が取り巻いている(東野,1990;第1図).
本巡検の調査地域の1つである汗見川セクションには, 中軸部に最高変成度部の灰曹長石− 黒雲母帯(T=600℃, P=10 kb, Enami et al., 1994)が位置し,その上・下流,南・北に向かって,順に,曹長石−黒雲母帯,ガーネット帯が分布しており,最も下流域である南側に緑泥石帯の分布がある(第1, 3図).三波川帯のフォリエーションは北傾斜であるので,中軸部より下流・南では,温度構造が逆転していることになる(東野,1990).
汗見川セクションでは,変形時相をD0,D1,D2,D3の4時相に区分した. D0は泥質片岩の斜長石変晶内に鏡下で観察される圧力溶解劈開を曲げる非対称の微小褶曲で,東への一定のフェルゲンツをもっている.この変形時相は三波川帯のピーク変成作用の前に当たり,おそらく沈み込み過程の途中で被った変形を表している.D1は,東西走向の片理,西に向かう剪断を伴う伸長線構造,西に閉じたシース褶曲であり,上昇時の大歪の塑性変形で特徴付けられる時相である.D2は今回発見された汗見川デタッチメント断層と正・逆断層群,これらに密接に伴う北・南フェルゲンツの非対称褶曲群であり,上昇・冷却時に脆性−塑性転移点付近の条件(準緑色片岩相,T=300℃前後)で形成された。D2褶曲はD1片理を曲げていることでそもそも定義されるが,D1伸長線構造も明らかに曲げている.また,D1褶曲の軸面はD1時に晶出した白雲母の底面に当たるのに対し,D2褶曲の軸面は圧力溶解劈開である.さらに以下に述べるアクチノライト片岩の存在もこの区分が妥当であることを示している. D3はD2褶曲や断層を曲げる正立褶曲である(第3図).
温度構造の中軸部は東西から北北西−南南東に延び,汗見川の灰曹長石−黒雲母帯は,別子や本巡検のもう1つの調査地域である国領川セクションのエクロジャイトや灰曹長石−黒雲母帯に連続するものである(第1図;D3の褶曲軸とは無関係).従って,国領川セクションの灰曹長石−黒雲母帯についても,汗見川デタッチメント断層に相当するD2のデタッチメント正断層や逆断層の発見が期待される.国領川セクションや猿田川セクション(第1図)にはD3の強い影響があり,調査は容易では無いが,実際,汗見川デタッチメント断層などを構成するアクチノライト片岩と全く同一岩相の構成岩をもつ正断層が発見されている(Yagi and Takeshita, 2002; 竹下・八木,2003; 本見学旅行案内書).
本見学旅行で主眼となるD2変形は,秀(1972;長浜横臥褶曲),原ほか(1977),塩田(1981;辻ナップ),Faure(1983)などによって記載されて来た.これらの文献に記載されているD2変形は,基本的に南フェルゲンツのスラストやナップ(あるいは横臥・転倒褶曲)である.一方,Hara et a(l. 1992)および原ほか(1995)は,D2(彼らの大洲時相)を三波川メガユニット(パイルナップ構造)の崩壊と位置付け,従来の大洲時相を北に向かう変位成分を持つ正断層運動の生じた早期(辻時階,前述)と南フェルゲンツの構造群の形成を伴う正断層運動の生じた後期(大洲時階)に区分している.また,本見学旅行で観察する国領川の変形帯(Hara et al., 1992の大生院メランジュ帯)は彼らによると辻時階に形成されたとされる.D2については,この様な大構造の記載がある一方,露頭規模の構造(例えばtransposition構造;Hara et al., 1992)の記載は数少ない.本見学旅行では,露頭規模のD2構造が四国中央部三波川高度変成岩類に広く発達することを示す.
なお,汗見川セクションのD2褶曲・断層構造については,遅沢は国際誌に投稿中の論文中の記載や,原図を含む多くの図をほぼそのまま用いて,以下の見学地点を説明している.汗見川デタッチメント断層もその論文で命名・記載されている.一方,第2著者の竹下は,現段階で逆転温度構造がウェッジエクストルージョン(第2図)で作られたとする遅沢のモデルに同意していない.つまり,逆転温度構造がD1横臥褶曲やナップによって形成されたことを否定する根拠は何もないことを指摘しておく.また,現段階では最終的なエクスヒューメーションの様式が,ウェッジエクストルージョンなのか正断層形成によるもの(例えばRing et al., 1999)なのか,判定する根拠に欠けると竹下は考えている.さらに,竹下とその共同研究者はD2正断層について,遅沢とは少し異なる結果を得たので,以下に別項を設けて述べる。


 
第5図.汗見川流域東岸,白髪―竜王林道沿いの灰曹長石―黒雲母帯中に発達する共役正断層.(a)条線を持つ正断層と条線(矢印)のステレオ投影.(b)断層データ(a)に,Angelier(1979)法を適用して得られた古応力場.PおよびTは圧縮軸および伸張軸の方位を示す.白色部と陰影部は,短縮および伸張領域をそれぞれ示す. Takeshita and Yag(i 2004)から引用

3.D2正断層についての新知見(竹下)
Takeshita and Yag(i 2004)は,汗見川流域の白髪林道および竜王林道の灰曹長石−黒雲母帯に,共役正断層が顕著に発達することを認めた(第5図).共役正断層は,北東―南西ないし東西走向で北傾斜のもの(Group A)と北北西―南南東走向・東傾斜のもの(Group B)から構成される.これらの正断層の一部では条線が明瞭であり,条線の方位(上盤の移動方向)を断層面の方位とともに第5図aに示す.Group AおよびGroup Bの断層は,正断層変位成分のほかに,それぞれかなり大きな左ずれおよび右ずれ変位成分を持っていることがわかる.重要な事実は,断層面の方位はばらつくが,条線の方位は西北西―東南東方向で良く揃っていることである.この断層データについてAngelier(1979)法を用いて古応力場を求めた結果,圧縮軸(P)はこの地域の平均的片理面(N80゜W,30゜N)に垂直な方向に一致し,伸長軸はN60゜W〜S60゜E,水平と求められた(第5図b).

 
第6図.国領川板ノ本付近のルートマップと片理面極の等面積投影図.等面積投影図には,最適大円(実線)の極(π-axis,褶曲軸)が白丸で示される.数値は,褶曲軸の沈下方向とプランジ角を示す.+印は,露頭で観察される個々の褶曲軸方位を示す.国領川の位置は第1図を見よ.竹下作成.

本地域の岩石は,津根山向斜(汗見川最上流部のD3正立褶曲,第1図)の南翼を構成する.先に述べた圧縮軸方向が片理面に垂直な方向と一致する事実は,正断層は地層が褶曲する前の水平な状態で,鉛直な圧縮軸のもとで形成されたことを示唆するのかもしれない.この考え方が正しいと,正断層はD3褶曲である津根山向斜の形成以前に形成されたD2正断層であると推測される.実際の所,西北西―東南東方向の条線の方位は,中間主応力軸方位とほぼ垂直である(第5図).つまり,圧縮軸が鉛直,中間主応力軸が水平の状態でこれらの共役正断層が形成されたと考える方が,上記した断層面上の横ずれ変位成分が殆どなくなるため合理的である.
新居浜地域の国領川に分布する曹長石(あるいは灰曹長石)−黒雲母帯の泥質片岩は,著しい断層および褶曲運動を被って乱れており,Hara et a(l. 1992)によって大生院メランジュ帯と呼ばれた.先に述べた様に,彼らによると大生院メランジュ帯は,D2の早期(辻時階)に形成されたとされる.我々は最近,国領川においてルートマップを作成する他,詳細な構造解析を行った(El-Fakharani and Takeshita,論文準備中).竹下によって作成されたStop 15,板ノ本付近のルートマップを第6図に示す.この図を見て明らかな様に,D1片理面は多数の断層に切断されているほか(第6図中には主要断層のみ示される),西―東ないし北西―南東方向,西に低角でプランジする軸について波長数10m以内で褶曲している.ここで,断層と褶曲のどちらが先に形成されたかが問題となるが,詳細な構造解析により,断層面が褶曲により転位していることが明らかとなった(竹下,2006; 竹下ほか,2006).この付近の褶曲は,翼が開いた鉛直褶曲であり,D3褶曲と推測される.したがって,断層はD2期に形成されたことになる.また,断層面の方位,断層に沿う地層の変位,および断層面上に観察される石英スリッケンファイバーによって示される岩盤の移動方向から,これらの断層の殆どは正断層であり,かつ,汗見川地域と同様の共役正断層系と判定出来る(El-Fakharani and Takeshita,論文準備中).なお,このD2正断層と先に述べたD2スラスト形成の時間的前後関係は,現段階では明らかではない.
最後に,国領川地域の2ヶ所(板ノ本と渡瀬付近)に発達する断層運動の方向を示す石英スリッケンファイバーの方位を,断層面の方位とともに示す(第7図).石英スリッケンファイバーの方位は,第7図以外に周辺地域も含めて非常に多数のデータが取得出来ている(総数=117条).それらのデータに基づくと,石英スリッケンファイバーの方向は西北西―東南東から北―南方向まで変化するが,北北西―南南東方向が優勢であり,かつ,上盤が北北西に向かう変位が圧倒的に優勢である.したがって,断層は全体として上盤北北西ずれの剪断変形を解消したと考えられる.また,これらの断層データにAngelier(1979)法を適用すると,圧縮軸がほぼ鉛直,伸張軸が北北西―南南東ないし北―南方向・水平という結果が得られた(第7図,およびEl-Fakharani andTakeshita,論文準備中).


 
第7図.国領川板ノ本および渡瀬付近における(a)断層面と石英スリッケンファイバー(striationと等価)のステレオ投影と,(b)断層解(第5図の説明を見よ).断層データ取得位置は,第6図枠内の位置図を見よ.竹下測定.

4.見学地点

Stop 1 汗見川ルートの緑泥石帯におけるD1およびD2の重複
[地形図]1/2.5万「本山」
[位置]本山町早稲田,緑泥石帯.通称,亀岩の露頭を観察する.汗見川河床に下りるのは容易である.[解説]砂質と泥質片岩中のD1およびD2の重複を観察する.D1片理(S1)は,軸面が東西走向で北に傾斜する,南フェルゲンツのD2褶曲を形成している.D2細密褶曲劈開(S2)は比較的広い間隔で形成されており,そのマイクロリソンやD1との交差線構造の認識は容易である.


Stop 2 ガーネット帯と緑泥石帯境界
[地形図]1/2.5万「本山」
[位置]本山町草原,ガーネット帯と緑泥石帯境界. 小沢に架かる橋の横に駐車スペースがある.北側の別の小沢を登る.一番上の露頭の左部分は緑色片岩の転石であるので,その下方,下流側の断層露頭を観察する.
[解説]D2逆断層境界と,ガーネット帯のD1伸長線構造を曲げるD2褶曲の逆転翼を観察する.Hara et al.(1992)のナップ境界に,明確な境界逆断層の記載は無いが,境界断層の1つとして認定できる.
車を降りた道路沿いの露頭では,緑泥石帯の岩石は紅簾石を産する石英片岩を含んでいる.また,緑泥石帯では例外的な斜長石の変晶が認められる.D2非対称褶曲のフェルゲンツは見かけ上,北であり,これは付近が一次オーダーの南フェルゲンツ非対称褶曲の逆転翼に相当するためである.

 
第8図.Stop 2.A:逆断層と上盤の逆転翼の非対称褶曲.B:非対称褶曲で曲げられるD1伸長線構造のステレオプロット.

小沢では,石英脈を伴う幅1〜2mの破砕帯が認められ,部分的にガウジを伴い,ガウジの断層面には,断層の走向と直交する条線が観察される(第8図A).
上盤は鏡下でガーネットが確認できる泥質片岩で,軸面がD1フォリエーションより緩くて,また,見かけ上,北フェルゲンツのD2非対称褶曲が認められ,ここでも一次オーダーの非対称褶曲の逆転翼を観察していることになる(第8図A).さらに,褶曲したD1フォリエーション面上には,褶曲軸と高角で交差して褶曲に参加して曲げられているD1伸長線構造が観察される(第8図B).

 
第9図.Stop 3.A:泥質片岩逆転翼の二次オーダーの非対称褶曲.キンクである.B:泥質片岩内のリーデル剪断を伴う逆断層.C:アクチノライト片岩からなる逆断層.D:逆転翼での石英脈の非対称ブーディン.E:2条の逆断層を含む露頭スケッチ.


Stop 3 灰曹長石−黒雲母帯と曹長石−黒雲母帯境界
[地形図]1/2.5万「本山」
[位置]本山町桑ノ川,灰曹長石−黒雲母帯と曹長石−黒雲母帯境界.桑ノ川林道で,赤滝を見る位置に駐車して,歩く.
[解説]一連の露頭で,角閃石片岩基底付近のD2逆断層境界と南フェルゲンツのD2非対称褶曲群,逆転翼での非対称ブーディンを観察する.
赤滝の滝見台では,泥質片岩中に,D2非対称褶曲の逆転翼に当たる,見かけ上北フェルゲンツの小褶曲が観察される(第9図A).
カーブを曲がった先の小沢には,上盤・下盤とも泥質片岩であるが,幅15cmの剪断帯をもち,下盤との境界にガウジや石英脈を伴う断層が観察される(第9図B,E).剪断帯のリーデル剪断や断層面の傾斜方向にある条線から,逆断層である.なお,D1の伸長線構造は条線と直交した,別の線構造である.次に述べる断層が曹長石−黒雲母帯と灰曹長石−黒雲母帯境界断層であろうが,この断層が境界断層である可能性もある.
10m北方には,別の断層が認められ,断層構成岩はアクチノライト片岩である(第9図C,E).アクチノライトの結晶は細粒であるが,Stop5,6と特にStop 11で述べる粗粒のアクチノライト片岩と,アクチノライトを含むことで共通している.ここの条線も断層面の傾斜方向にプランジしており,これと直交するD1伸長線構造と区別される.下盤は泥質片岩である.一方,上盤は南フェルゲンツの2背斜・1向斜があり,逆転翼には二次オーダーの小褶曲を伴う(第9図E).また,上盤は厚い角閃石片岩であるが,この断層近傍では,上位に泥質片岩を伴っており,共に上記の1背斜・1向斜に参加している(第9図E).なお,この角閃石片岩はTakeshita andYagi(2004)で鍵層として図示されている.
この角閃石片岩は西に向かう林道沿いにずっと露出している.カーブを曲がって南に向かうと,境界断層上盤の逆転翼が再び露出している.この泥質片岩は見かけ上,北フェルゲンツの二次褶曲を伴っているが,非対称の石英脈ブーディンも観察され(第9図D,E),その剪断センスは北落ちで,褶曲の北フェルゲンツと調和的である.この先,境界断層が期待されるが,露頭が欠如している.

 
第10図.Stop 4.A:D2褶曲の南翼.B:D2細密褶曲軸と直交するD1伸長線構造.C:D2褶曲で曲げられるD1伸長線構造のステレオプロット.
 
第11図.Stop 5.A:汗見川デタッチメント断層のスケッチ.断層構成岩は主にアクチノライト片岩.B:北フェルゲンツで非対称褶曲した石英脈を含むアクチノライト片岩.C:泥質片岩と共に非対称褶曲したアクチノライト片岩.褶曲した石英脈を含む.


Stop 4 互いに直交する,角閃石片岩のD1伸長線構造とD2細密褶曲
[地形図]1/2.5万「本山」
[位置]本山町桑ノ川,灰曹長石−黒雲母帯.小沢の橋を渡った後,林道カーブに駐車する.[解説]互いに直交する,角閃石片岩のD1伸長線構造とD2細密褶曲が角閃石片岩に観察できる.厚い角閃石片岩は,基底付近で泥質片岩を伴っているが,西方に連続して露出している.角閃石片岩に認められるD1の伸長線構造は,多くの露頭では,D2褶曲軸とほぼ平行で,わずかに斜交しているのが観察される程度である.しかし,Stop4では,南フェルゲンツの非対称褶曲の南翼で,系統的に伸長線構造と褶曲軸がほぼ直交しており,曲げられている(第10図A,B).この褶曲軸は三次オーダーの細密褶曲の軸として認識できる(第10図B).ステレオプロットからも(第10図C),細密褶曲は線構造を曲げていることが分かる.Wallis(1990)はD1とD2を同一時相としているが,このStop 4の例からも,D1とD2は明確に区分されるべき別の変形時相である.


Stop 5 D2の汗見川デタッチメント断層と構成するアクチノライト片岩
[地形図]1/2.5万「本山」(北端は「佐々連尾山」を含む)
[位置]本山町桑ノ川,灰曹長石−黒雲母帯中軸部.谷沿いに土石流〜地滑りがあり,地滑りの北側壁岩を観察する.落石に注意.
[解説]比較的大きな露頭で,D2の汗見川デタッチメント断層と構成するアクチノライト片岩が観察できる.上盤の泥質片岩と断層,断層構成岩からなる露頭である(第11図A).断層は全体として下方に凸な円弧状を呈する(第11図A).断層構成岩は細粒のアクチノライト片岩を主体とするが,粗粒部もあり,また上盤付近には泥質片岩,また石英脈を含んでいる(第11図B,C).これらには,断層直上の泥質片岩を含めて,北フェルゲンツの非対称褶曲が認められる(第11図).断層条線は断層や片理の走向と高角にプランジしているが,低角プランジで,平行なD1伸長線構造と対照的である.上盤の泥質片岩は林道沿いに露出しているが,単に北に緩く傾斜しているのみで,非対称褶曲はここでは認められない.

 
第12図.Stop 6,7.A:D2非対称褶曲しているアクチノライト片岩.B:一次オーダーのD2非対称褶曲の逆転翼に生じたD2逆断層(アンチセティック).


Stop 6 南フェルゲンツのD2非対称褶曲に参加するアクチノライト片岩
[地形図]1/2.5万「本山」
[位置]本山町汗見川,曹長石−黒雲母帯.竜王の淵,手前の小屋のあるスペースに駐車して戻る.
[解説]南フェルゲンツのD2非対称褶曲に参加するアクチノライト片岩を含む露頭(第12図A).一次オーダーの南フェルゲンツの非対称褶曲が泥質片岩にあるが,その軸部は粗粒のアクチノライト片岩からなっている.アクチノライト片岩は,ここでも,東西方向の鉱物伸長線構造をなしているが,褶曲はこれを曲げて形成されている.この褶曲は,曹長石−黒雲母帯の変成条件から,さらにアクチノライトが生成される条件に温度・圧力が低下した後に生じており,D1とは明確に区別されるD2であることが明らかである.また,D1の間に,三波川帯は既にエクスヒュームを開始していることを意味する.


Stop 7 南フェルゲンツのD2非対称褶曲の逆転翼に生じたD2逆断層(アンチセティック)
[地形図]1/2.5万「本山」
[位置]本山町汗見川,曹長石−黒雲母帯の泥質片岩.道路幅が広い,直線部があり,駐車し,本流に下りる.
[解説]南フェルゲンツのD2非対称褶曲の逆転翼に生じたD2逆断層が観察できる(第12図B).
逆断層はガウジを伴い,面上には,断層の走向に高角な条線とほぼ平行なD1伸長線構造が認められる.逆断層に切られる泥質片岩には,一次オーダーの南フェルゲンツ非対称褶曲の逆転翼に当たっており,二次オーダーの,見かけ上,北フェルゲンツの非対称小褶曲となって逆断層に切られている.


Stop 8 灰曹長石−黒雲母帯(角閃石片岩)と曹長石−黒雲母帯境界のD2逆断層
[地形図]1/2.5万 「佐々連尾山」
[位置]本山町汗見川,灰曹長石−黒雲母帯(角閃石片岩)と曹長石−黒雲母帯境界.竜王林道方面からの枝沢を渡る,大きなヘアピンカーブのある橋の下流側.[解説]Stop 3の東方延長であるD2逆断層が観察される.泥質片岩にある逆断層は厚さ6cmのガウジを伴う厚さ15cmの剪断帯からなり,条線とD1線構造との関係はこれまでと同じである.上盤の泥質片岩には1向斜があり,その南翼で南フェルゲンツの二次褶曲を伴っている.その北翼では,下位に角閃石片岩を伴っていて,さらにヘアピンカーブ側には,南フェルゲンツの一次オーダーの非対称背斜が観察される.Stop 3で観察されるアクチノライト片岩からなる逆断層は,露頭崩壊のため確認できていない.


Stop 9 灰曹長石−黒雲母帯中の北フェルゲンツのD2非対称褶曲
[地形図]1/2.5万「佐々連尾山」
[位置]本山町汗見川,汗見川デタッチメント断層より北側の灰曹長石−黒雲母帯.竜王林道入り口手前.
[解説]北フェルゲンツのD2非対称褶曲.汗見川デタッチメント断層上盤は,下盤と対照的に,北フェルゲンツのD2非対称褶曲で特徴付けられる.そのような褶曲はより上流側に広く認められるが, Stop9でも観察可能である.軸面の傾斜はD1片理より当然ながら緩い.また,しばしば北落ちの正断層を密接に伴っているが,竜王林道入り口の最初のヘアピンカーブでも,このような正断層が観察できる.この正断層は北フェルゲンツの引きずり褶曲を伴う厚さ20cmのフォリエイティドガウジからなっており,条線は北にプランジしている.

 
第13図.Stop 11.A:鏡下でのD1シース褶曲.軸面に平行に黒雲母の底面が配列するが,黒雲母の全体的な分布が褶曲を定義している.B:アクチノライト片岩からなる汗見川デタッチメント断層.C:北フェルゲンツの非対称褶曲に参加するアクチノライト片岩.D:鏡下でのアクチノライト片岩.黒雲母と緑泥石を伴う


Stop 10 灰曹長石−黒雲母帯中の北フェルゲンツのD2非対称キンク褶曲
[地形図]1/2.5万「佐々連尾山」
[位置]本山町竜王林道,汗見川デタッチメント断層より北側の灰曹長石−黒雲母帯.次のヘアピンカーブを過ぎた沢のところに駐車して歩く.
[解説]北フェルゲンツのD2非対称キンク褶曲.この北フェルゲンツの褶曲は,D2褶曲としては例外的にキンク褶曲である.実際,褶曲面上には,褶曲軸と直交したフレキシュアルスリップによる条線が観察される.


Stop 11 灰曹長石−黒雲母帯内の汗見川デタッチメント断層
[地形図]1/2.5万 「佐々連尾山」
[位置]本山町竜王林道,灰曹長石−黒雲母帯と曹長石−黒雲母帯境界.道路が南から東にカーブする手前で,目印の石積みを通過したところ.[解説]D2の汗見川デタッチメント断層と構成するアクチノライト片岩が観察される.Stop 5の東方延長に当たる.なお,本流の道路沿いでも,汗見川デタッチメント断層は観察可能であるが,金網のため露出不良である.また,ここで,D1シース褶曲(第13図A)の露頭も失われた.
上盤は砂質片岩,下盤は泥質片岩である.断層構成岩であるアクチノライト片岩は厚さ50cmである(第13図B).アクチノライトは粗粒で,c軸は東西であり,D1の伸長線構造をなしている.北プランジの条線をもった剪断面が上盤と下盤境界それぞれと,内部に3条あり,アクチノライトは北フェルゲンツの非対称褶曲に参加している(第13図C).アクチノライト以外にレリックと思われる黒雲母,黒雲母起源の緑泥石が含まれていて(第1表),鏡下では黒雲母にキンクが認められる.条線と平行に切った薄片では,北落ちの非対称剪断構造は認められなかった(第13図D).

 
第1表.Stop 11,アクチノライト片岩のアクチノライト,黒雲母,緑泥石のEDSでの化学組成.


Stop 12 灰曹長石−黒雲母帯角閃石片岩中の南フェルゲンツのD2非対称褶曲
[地形図]1/2.5万「佐々連尾山」
[位置]本山町竜王林道,汗見川デタッチメント断層より南側の灰曹長石−黒雲母帯.小沢を2つ越えた後の露頭.また,この2つ目の小沢を登る.
[解説]角閃石片岩の南フェルゲンツのD2非対称褶曲と,角閃石片岩を限るD4横ずれ断層が,それぞれ観察される.
2つ目の小沢までは,泥質片岩が露出しているが,この沢を越えると,同じ東西の走向であるにもかかわらず,鍵層の角閃石片岩が現れる.角閃石片岩にはD2の南フェルゲンツの非対称褶曲が複数観察されるが,いずれも軸面はやや曲面であり,軸もやや曲線である.2つ目の小沢には,泥質片岩が露出し,東側の角線石片岩との直接の境界は確認できないが,断層の走向がN45゜,E70゜NW,条線のプランジがS60゜,W35゜SWの横ずれ断層が観察できる.ここでは,この系統の横ずれ断層で,Takeshita and Yagi(2004)が指摘した通り,東方の角閃石片岩の分布が断たれることになる.なお,このような横ずれ断層は,Osozawa(1993)が四万十帯白亜系の牟岐コンプレックスで報告した横ずれ断層に相当し,D4と区分できる.Osozawa(1993)はこの断層を正断層としているが,実際に正断層であることが確実な菜生コンプレックス(本巡検案内書参照)と異なり,圧力溶解劈開を切っていることを指摘しているので,傾動後に活動した横ずれ断層と見なされる.このような横ずれ断層は,共役断層として,小規模であるが,次の大きな枝沢でも観察される.一方,竹下はこれらの方位の断層はGroup Aに属し,片理面と平行の断層と同様に一連のD2正断層と推察している.


Stop 13 曹長石−黒雲母帯と灰曹長石−黒雲母帯のD2正断層境界
[地形図]1/2.5万「佐々連尾山」
[位置]本山町汗見川,汗見川デタッチメント断層より北側の曹長石−黒雲母帯と灰曹長石−黒雲母帯の境界.玉取山林道の汗見川を渡る橋の下の露頭.橋の東側から河床に下りる.渇水期にのみ,徒渉して露頭観察可能.
[解説]境界に当たるD2正断層が観察される.剪断帯は幅1mで,北フェルゲンツの非対称褶曲を伴っている.剪断帯の上下境界はガウジである.条線はここでもD1の伸長線構造と直交している.


Stop 14 曹長石−黒雲母帯中の北フェルゲンツの非対称褶曲を伴う正断層とチャート外来岩塊
[地形図]1/2.5万「佐々連尾山」
[位置]本山町佐々連尾山林道,汗見川デタッチメント断層より北側の曹長石−黒雲母帯.この林道は入り口が荒れており,車の進入不可で,ひたすら歩く.多数の正断層や北フェルゲンツの非対称褶曲が観察される.
[解説]北フェルゲンツの非対称褶曲を伴う正断層とチャート外来岩塊を1つの露頭で観察できる.汗見川デタッチメント断層より北側では,正断層や北フェルゲンツの非対称褶曲を除けば,構造は単純に北に緩く傾動しているに過ぎない.泥質片岩の斜長石変晶には,D0の非対称褶曲が鏡下で明瞭に観察できる.
正断層のガウジは1mmに過ぎないが,北フェルゲンツの非対称褶曲を密接に伴っている.ここでも北プランジの条線は明瞭であるが,付近の露頭では,正断層に北落ちステップ構造も観察される.この露頭の上半分には,厚さ2.5m以下のチャート(珪質片岩)の外来岩塊が泥質片岩に含まれる.つまり初生的な付加体メランジェが保存されている.泥質片岩のD1片理とチャートとの境界,およびチャートの層理面は斜交している.チャート内部にはこれとほぼ直交する節理が認められ,節理はさらに変形している.


Stop 15 国領川ルートにおけるD2正断層,運動方向およびD3褶曲(その1)
[地形図]1/2.5万「別子銅山」
[位置]新居浜市板ノ本付近の国領川河床.
[解説]この地点を構成する泥質片岩は,東野(1990)によると灰曹長石−黒雲母帯に属する.地層は一見ばらばらの方位を向いており,無数の断層によって切られていることが明らかである.この地帯は,Hara et al.(1992)によって大生院メランジュ帯と命名されている.しかし,この様な一見ばらばらな方位を向いている地層(片理面)の走向・傾斜を密な間隔で測定し,ステレオネットに極を投影して見ると,ばらついてはいるが確実に1つの大円に載り,D3褶曲を形成していることがわかる(第6図).橋のすぐ西の右岸に波長20mで,西北西―東南東方向・ほぼ水平の軸を持つ見事なアンチフォームとシンフォームのセットが観察される.この地点では,断層は片理面の走向と平行な西北西―東南東ないし北西―南東走向のものが多い(第6図).ただし,断層に沿う変位のセンスや大きさは殆どわからない.断層の多くは,破砕帯幅の小さい断層であるが,いくつかの断層に沿っては10cm以上の幅の破砕帯が存在し,その様な断層の1つを見学旅行で観察する.その断層に沿っては,蛇紋岩起源と思われるアクチノライト岩がへい入している.さらに,一見四万十帯で良く観察される様なblockin matrixの産状を示す,メランジュ様の破砕帯が存在する.これらの破砕帯は沈み込み過程で出来た付加体特有のメランジュである可能性もあるが,四国中央部三波川帯他地域ではメランジュの存在は知られていないので,やはりD2断層に伴う大規模破砕帯であると解釈している.D2断層が実際に露頭でD3褶曲により曲げられているかどうかは,この見学地点では殆ど判定することが出来ない.さらに,この地点では,ほぼ南北方向の石英スリッケンファイバーが断層面上に観察される.


Stop 16 国領川ルートにおけるD2正断層,運動方向およびD3褶曲(その2)
[地形図]1/2.5万「別子銅山」
[位置]新居浜市渡瀬付近の国領川河床.
[解説]この見学地点もHara et a(l. 1992)の大生院メランジュ帯に属するが,先の見学地点と比較すると地層の乱れの程度は小さい.この地点は曹長石−黒雲母帯(東野, 1990)の砂質片岩および泥質片岩で構成されている.結晶片岩は西北西―東南東ないし北西―南東走向で北に高角で傾斜するが,場合によって逆転して南に高角傾斜する場合もある.Stop 15と同様,多数のD2断層が発達しているが,殆ど東西ないし西北西―東南東走向で北あるいは南に高角傾斜するGroup Aに属する断層である(第5, 7図).これらの断層は,石英スリッケンファイバーの方位,地層のドラッグ,およびマーカー層の変位から,左横ずれ成分を持つ正断層であることが明らかである.石英スリッケンファイバーの方位は,一様に北西―南東ないし北北西―南南東方向である(第7図).露頭の北側には,かなり延性的な東西方向の鉛直褶曲が発達している.この褶曲の形成時相は,鉛直褶曲であることを根拠にD3と推察する.しかし,褶曲している片理面にD2マイクロリソンで認識されるS2面は認められなかったので,D2褶曲である可能性もある.


Stop 17 足谷川における東平緑れん石角閃岩中に発達するD1褶曲
[地形図]1/2.5万「別子銅山」
[位置]新居浜市足谷川右岸を通る旧道横の露頭
[解説]この見学地点はこれまで東平緑れん石角閃岩(変はんれい岩)とマッピングされているが(例えば東野,1990),岩石はかなり珪質であるほか,一部に石灰岩が挟まれる.したがって,原岩ははんれい岩ではなく,付加体の堆積岩であると推察される.同様の観察と解釈は,最近Miyagi and Takasu(2005)でもなされている.露頭では一見して著しい褶曲構造が明瞭である.褶曲は折りたたまれており,測定された褶曲軸面(N71゜W,45゜N)は片理面(N73゜W,50゜N)とほぼ平行である.また,測定された褶曲軸(N69゜E,40゜E)は,線構造方向(N70゜E,27゜E)とほぼ平行である.したがって,片理と同化したこの褶曲はD 1 褶曲である. オーダー(Ramsay, 1967)の異なる褶曲があることにも注意されたい.初日の汗見川流域の灰曹長石―黒雲母帯にもD1褶曲は多数発達するが,今回の見学旅行では本地点でのみD1褶曲を観察する.

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本稿は「岩井雅夫・村田明広・吉村康隆,2006,見学旅行案内書,地質学雑誌,112,補講,170pp」がオリジナルです。
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