坂口有人1 橋本善孝2向吉秀樹3 横田崇輔2高木美恵2 菊池岳人2
Arito Sakaguchi 1, Yoshitaka Hashimoto2,Hideki Mukoyoshi 3, Sosuke Yokota2, Mie Takagi 2, and Taketo Kikuchi 2
受付:2006年7月14日 受理:2006年8月7日
*日本地質学会第113年学術大会(2006年・高知)見学旅行(E班)案内書
1.独立行政法人海洋研究開発機構地球内部変動研究センター
Institute for Research on Earth Evolution,Japan Agency for Marine-Earth Science andTechnology
2.高知大学理学部自然環境科学科
Department of Natural EnvironmentalScience, Faculty of Science, Kochi University
3.株式会社マリン・ワーク・ジャパン
Marine Works Japan Ltd.Corresponding author: A. Sakaguchi,E-mail: arito@jamstec.go.jp
概 要
四万十帯における構造地質学的調査,温度圧力条件分析等の進展は,四万十帯が沈み込み帯の震源領域で形成されたことを明らかにした.そして四万十帯において典型的な地震性断層岩であるシュードタキライトが次々に発見され,海溝型巨大地震発生メカニズム解明の地質学的アプローチが可能となった.本巡検では,四万十帯に発達する変形構造(沈み込みから底付け作用,アウトオブシークエンススラストおよび地震に関わる変形岩),流体移動の痕跡である鉱物脈の産状等を観察し,室内分析による基礎データ(マップスケール分布,温度・圧力,差応力など)をもとに議論を行う.
Key Words
付加体,断層岩,シュードタキライト,流体,沈み込み帯
accretionary complexes, fault rocks, pseudotachylyte, fluid, subduction zone
地形図
1: 25,000 「窪川」「久礼」「土佐高岡」
見学コース
1日目午前:興津断層午後:久礼メランジュ,久礼OST
2日目終日:横浪メランジュ
見学地点
Stop 1 興津メランジュ.
Stop 2 久礼OST系.
Stop 3 久礼メランジュ.
Stop 4 横波メランジュ.
1.はじめに
1980年代に四万十帯が付加体であることが示されて以来(平ほか,1980),年代学,構造地質学,岩石学,古地磁気学,地球化学,その他数多くの分野から研究され,その形成プロセスが詳細に議論されるようになってきた.とりわけ四万十帯研究のユニークな点として,南海トラフをはじめとする現世付加体の海洋調査と共に発展してきたことが挙げられよう.
四万十帯は当初,斜面海盆堆積体や付加体先端の浅い部分が露出しているものと漠然と想像されてきた(平ほか,1980など).しかしながら構造地質学的解析が進むに連れて,付加プリズム先端で剥ぎ取られたユニット(Ujiie et al., 1997),大規模なデュープレックス構造に代表される底付けされたユニット(村田,1991;Kanoet al., 1991; Onishi and Kimura, 1995;Hashimoto andKimura, 1999;Ujiie et al., 2000)などが区分され,詳細な形成プロセスが議論されるようになった.また,付加プリズムの厚化に大きく貢献していると考えられている,アウトオブシーケンススラスト(Out of SequenceT h r u s t ,以下O S T )も認識されるようになり(Underwood et al., 1993;木村,1998),四万十帯には付加プリズムの比較的深い部分も露出していることが示された.また,四万十帯の温度圧力条件に関しては,緑色岩の鉱物組み合わせ(Toriumi and Teruya, 1988),ビトリナイト反射率(Mori and Taguchi, 1988; Ohmoriet al., 1997),曹長石化グレード(公文,1992),イライト結晶度(Awan and Kimura, 1996),流体包有物(Sakaguchi, 1996, 1999; Hashimoto et al., 2002, 2003;Matsumura et al., 2003),イライト/雲母b0値(Underwood, et al., 1993)などの手法による分析がなされ,四万十帯が少なくとも150℃以上,高い部分では300℃以上の温度領域で形成されたことが明らかになった.この地質温度計と構造地質学的手法とを組み合わせて,上盤/下盤の温度差から,OSTの中でも累積変位が特に大きい断層が注目されるようになった(Ohmoriet al., 1997; 木村,1988; Kondo et al., 2005; Mukoyoshiet al., 2006).
一方,南海トラフの海側延長である南海トラフ付加体における詳細な構造探査が進展するに連れて,1944年の東南海地震,1946年の南海地震の破壊領域の上限付近は,底付け付加が開始される深度であり,かつ大規模なOSTが発達している領域であることが示されるようになった(Park et al., 2002).そして1944年の東南海地震時の地震波および津波の逆解法による断層破壊エリアは(Ichinose et al., 2003; Baba and Cummins, 2005),熊野灘沖の大規模なOSTの分布と一致し,このOSTが震源断層であると考えられている(Baba and Cummins,2005).また南海トラフ沿いの巨大地震発生帯の上限と下限の分布が,プレート境界面における150℃から350℃の等温線と一致し,沈み込み帯断層の非地震性・地震性すべりの遷移は温度に依存するものと考えられるようになった(Hyndman et al., 1993; Moore and Saffer, 2001).この地震発生帯の温度領域とテクトニックセッティングは,まさに四万十帯の構造と温度領域と一致する.そのため,四万十帯に沈み込み帯地震発生帯の上限付近が露出しているであろうと考えられるようになった(木村,1997;狩野,1999).
こういった背景の中,地震性高速すべりを典型的な証拠とされているシュードタキライト(Sibson, 1975など)が,沈み込み帯としては初めて四国西部四万十帯の興津メランジュにおいて発見された(Ikesawa et al., 2003).そしてこれを皮切りに同四国西部の久礼メランジュ(Mukoyoshi et al., 2006),四国東部の牟岐メランジュ(Kitamura et al., 2005),そして九州の延岡構造線(Kondo et al., 2005)においても次々と報告され,四万十帯は沈み込み帯の地震発生領域という新しい視点で研究されるようになった.
断層岩の研究は,これまで内陸断層を中心に長年にわたって実に数多くの研究が成されてきた(Sibson, 1977など).それに対して付加体における沈み込み帯型の断層岩研究は,まさに途に就いたところである.しかし付加体の断層は,構造,構成鉱物,そして豊富な流体の存在など内陸断層とは異なる特徴も多い.本巡検では,地震発生帯としての四万十帯の深部構造,変形組織,流体移動の痕跡,そして震源断層の産状などを紹介する.
第1図.白亜系四国四万十帯の大正層群.付加体の変形・流体移動様式が典型的に露出する横浪メランジュ,沈み込み帯の震源断層が露出する興津メランジュ,久礼メランジュ周辺を観察する.図下方に断面と熱構造を図示した.ビトリナイト反射率はBTLから南へ上昇し,久礼OSTで急低下する.この熱構造パターンは付加年代・変形・岩相とは一致しない.興津メランジュは周辺層よりも高い温度を受けた.そしていずれの地域であっても南海トラフで考えられている地震発生領域の温度条件の範囲内にある. |
2.地質概説
四国の白亜系四万十帯は北は仏像構造線によってジュラ系の秩父帯と接し,南は安芸構造線によって第三系四万十帯と接しており,白亜紀前期に付加した新荘川層群と後期に付加した大正層群から構成される.コニアシアンからマーストリヒチアンの大正層群は厚いタービダイト相(下津井,野々川,中村,有岡層)と,それに挟み込まれるように分布するメランジュ相(横浪,久礼,興津メランジュ)から構成される(平ほか,1980)(第1図).大正層群のタービダイト相は,一般に砂岩優勢の砂岩泥岩互層からなるが,一部に多色頁岩を含み,おおむね北東走向で北に急傾斜する.有岡層を除けば,露頭スケールの変形は比較的少ない.横波,久礼,興津の3つのメランジュ相は葉片状鉱物が配列する鱗片状劈開と圧力溶解によるスレート劈開が発達する黒色頁岩を基質として,玄武岩,チャート,多色頁岩等の遠洋性から半遠洋性の岩体がブロック状に含まれることで特徴づけられる.四万十帯から秩父帯のメランジュは,これまでに微化石年代および古地磁気学的手法によって,形成時の海洋底層序や玄武岩の噴出緯度が詳細に議論されている.それによると玄武岩の噴出から付加までの堆積年代差,すなわちプレートの移動時間は秩父帯から四万十帯南帯にかけて徐々に短くなっていることを意味し(Taira etal., 1988),白亜紀後期から始新世にかけて,かなり若いプレートが沈み込んでいたものと解釈されている.メランジュは,概ね1km程度の厚さで,比較的変形の弱いタービダイト相に挟まれるように産する.一般に剪断された黒色頁岩を基質にし,鱗片状もしくはスレート劈開が発達しており,その表面には条線が多く見られる(Shibata and Hashimoto, 2005).様々なスケールで非対称な褶曲構造やブーディン構造が発達しており,他の地域の四万十帯では,これらの非対称変形組織からメランジュ形成期における剪断センスが復元され,古プレートモーションとの対比も試みらている(Kano et al.,1991; Onishi and Kimura, 1995など).また,一部には泥の注入脈や未固結変形に特徴的な粒界すべりによる変形組織が観察される一方で,脆性破壊を伴う断層や,圧力溶解変形による岩塊の回転組織なども産し,付加体浅部から深部にかけて累進的に変形作用を被ってきたことを示唆する.
ビトリナイト反射率(Ro)地質温度計による熱構造分析の結果,この地域の四万十帯の被熱温度は北から南へ15kmほどの間にRo=1.0%(約150℃)からRo=2.2%(約230℃)へと緩やかに上昇し,特定の断層でRo=1.0%(約150℃)に急低下して再び南へ緩やかに上昇するという,ノコギリ刃のパターンを示すことが示されている(第1図)(坂口ほか,1992).熱構造パターンが,新荘川層群と大正層群といった付加年代の違いや,メランジュとタービダイト相といった岩相・変形の違いから独立していることは特筆されるべきことである.四国東部の四万十帯では,フィッショントラックによる熱史が検討されており,そこでも堆積年代や岩相とは独立に,四万十帯が広範囲に白亜紀後期以降のエピソディックな熱年代が示されている(Hasebe et al., 1993; Tagami et al.,1995).また粘土鉱物のK-Ar年代では始新世の被熱年代が示されている(Agar, 1989).坂口ほか(1992)やSakaguchi et al.(1996)は,一連の熱構造に新荘川層群の堂ヶ奈路層といった前弧海盆堆積相までも高い温度を受けていることから,エピソディックな埋没・隆起作用というよりも,沈み込み帯の地殻熱流量の変化によるもので,白亜紀後期から始新世にかけての若いプレートの沈み込みにその原因を求めた.
以上のように本地域には,比較的若いプレートの沈み込みに伴う,付加体の先端から地震発生帯に至る深さまでの変形過程が記録されており,そのテクトニックな特徴は,若い四国海盆が沈み込んでいる現世南海トラフ地震発生帯の特徴とよく似ている.
3.見学地点各説
第2図.デュープレックス構造を有する興津メランジュの地質図.ルーフスラスト,底付けユニットの上部にシュードタキライトを含む震源断層が発達する. |
第3図.模式的テクトニックセッティング.興津断層はデュープレックス構造のルーフスラストに相当し,付加体底付けユニットの上部に位置する.久礼OST系は,浅部のスプレー状に分岐している部分を見ているものと考えられる. |
Stop 1
[地形図]1/2.5万 「窪川」
[位置]小鶴津の北東の道路分岐に駐車.海岸へ降りて南西へ徒歩10分程度.
[解説]興津メランジュは,北の野々川層と南の中村層に挟まれた幅約1kmに分布し,チャートに乏しく,緑色岩が多量に産することで大正層群の他のメランジュと区別される.黒色頁岩を基質とし,ブロック状に遠洋性岩体が含まれる.黒色頁岩には若干の凝灰岩層や砂岩層がレンズ状に含まれ,露頭スケールでは分断されて連続性が良くない.しかしながら地質図スケールでは,玄武岩層や黒色頁岩優勢の部層は側方に連続的に追跡可能であり,厚さ数10m〜数100mの海洋底層序が少なくとも5回覆瓦状に繰り返される大規模なデュープレックス構造が描き出される.
興津メランジュと北側の野々川層とを境する興津断層(新称)は,シュードタキライトを産する震源断層として特徴づけられる.断層は地質図スケールのデュープレックス構造のルーフ断層に相当する(第2,3図).断層は,高知県四万十町小鶴津周辺に模式的に露出し,平均方位はN55°E,80°Nとメランジュの面構造の平均方位N55°E,70゜Nとほぼ平行で,南西の興津集落付近まで追跡できる.傾斜は露頭によって北に中傾斜から垂直近くまであるが,地質図上は地形に左右されることなくほぼ北東走向に分布するので,大局的には垂直に近い.断層は砂岩優勢の野々川層とスレート劈開が発達した黒色頁岩優勢の興津メランジュとの境界にあり,断層沿いに玄武岩のブロックが散在するが,メランジュ中の他の玄武岩よりも変質している.断層変形帯の厚さは,断層沿いに10数mから数10cmまで変化する.断層表面には多くの条線やS-C状組織等の非対称組織が数多く見られ,複合面構造によるスラストの衝上センスはN20°E,40°Nである.
興津断層は,東端の小鶴津周辺の海岸において長さ30mにわたって非常に良く露出している(第4図).この露頭においては傾斜は北に約45°で,断層帯は変形変質が特に著しい幅5〜6mの断層コアと,主断層に平行な小断層と層平行剪断に伴う褶曲構造などが上盤側の野々川層に約10mにわたって見られる.下盤は興津メランジュになるが,断層変形よりも古いメランジュ形成ステージの変形構造が卓越し,断層はこれと一部斜交している.しかし断層と関連する変形は不明確で,断層コアを挟んで上盤側にだけ変形が顕著に見られる.
第4図.興津断層のルートマップ.図2の地質図東端の海岸に,シュードタキライトを多く含む部分が露出している.断層コアは変質した玄武岩ブロックと変形集中帯から成り,その下部にシュードタキライトが多産する.上盤側に主断層に平行な断層や断層に伴う褶曲(矢印A),変形が発達する.断層は一部メランジュファブリックと斜交する(矢印B).している部分を見ているものと考えられる. |
第5図.(A)震源断層の露頭全景.(B)変形集中帯.カタクレーサイトと鉱物脈が多産し,それらは圧力溶解によって塑性的な変形を被り,S-C状変形組織をなす.(C)そういった断層岩をシュードタキライト(写真中央の黒い筋)が切る.(D)シュードタキライトの薄片写真.シュードタキライト断層脈沿いに融解に伴う湾入構造や注入脈が見られる.矢印は古いシュードタキライトを新しいシュードタキライト注入脈が切っている部分を指す. |
断層コアは,シュードタキライトを含むカタクレーサイト,著しく変質した玄武岩ブロック,石英およびアンケライト鉱物脈が多産することで特徴づけられる.特に鉄・マンガンに富むドロマイトのアンケライトの風化のために露頭全体が赤茶けた様相を呈する(第5図A, B).断層コアには幅約20〜30cm程度の変形集中帯が少なくとも4層発達しており,玄武岩ブロックを挟んで,分岐もしくは合流して産する.この変形集中帯は,カタクレーサイト,岩片,鉱物脈がS-C変形組織状に配列している.鏡下ではS面に岩片や鉱物脈中に不溶性物質が縫合線状に濃集するスタイロライトフォリエーションが発達しており,圧力溶解機構による塑性変形によって非対称変形組織が形成されたものと考えられる(第5図C, D).C面と平行にシュードタキライト断層脈は産し,古いシュードタキライトや鉱物脈を切るシュードタキライト注入脈が認められており,地震性すべりが繰り返されたことを示している(第5図D).
変形集中帯にはアンケライトと石英の鉱物脈が多産する.石英とアンケライトの鉱物脈には,同一脈のある部分では石英が,またある部分ではアンケライトが自形を持ち,他方が他形を持つという産状を示すものがある.これは,双方が過飽和にあり,同じ時期に沈殿したためと考えられている(坂口,2003).また,鉱物脈にはジグソーパズル組織の岩片も含まれ,破砕岩片が基質の脈鉱物によって支持されているものもある.これはいわゆるimplosion breccia (Sibson, 1986)と解釈され,水圧破砕と急速な沈殿が生じたものと考えられる(坂口,2003).また,断層沿いの玄武岩は著しく変質しており,その平均モード組成は炭酸塩鉱物類が約62%,粘土・沸石類が約7%,緑泥石鉱物類が約16%,不透明鉱物約4%,石英・その他が約3%であり,斜長石類や輝石類などの源源岩鉱物は約8%しか残されていない.急冷組織や産状から玄武岩であったものと考えている.また鉱物脈沿いにはブドウ石・パンペリー石が産し,ビトリナイト反射率Ro=3.2%(約270℃)(Sakaguchi, 1996)と調和的な温度を示す.また,イライト結晶度では,断層付近はIC値0.33-0.38と,周辺層の0.35-0.44よりも高い値であり,断層沿い高温の流体が移動していたものと考えられる.それはおそらくCO2に富み,そのために玄武岩は炭酸塩優勢の変質作用を被ったのであろう.断層帯の透水率は,約10-15m2〜10-16m2程度であるが,封圧105-140MPa,250℃で10時間保持したところ約1桁も低下することが報告されている(Kato et al., 2004).これは鉱物の溶解沈殿作用に起因するものと解釈されており,それらが空隙率や間隙水圧をはじめ,力学挙動に影響する可能性がある.
第6図.久礼メランジュ周辺の地質図.久礼OSTは,複数のスラストからなり,下津井層,久礼メランジュ,野々川層と斜交し雁行状に配列する.付加体後期形成されたスラストであり、熱構造解析に基づく累積変位量は、周辺の他のスラストよりもとりわけ大きく、OSTと解釈されている(Mukoyoshi, etal., 2006).圧縮場における杉型の雁行状配列であることから左横ずれセンスを伴ったものであろう.ビトリナイト反射率は,この久礼OST系を挟んでRo=2.2%からRo=1.0%へと大きく低下する.久礼南方の大津崎周辺に断層は典型的に露出し,岬南部の海岸の断層露頭でシュードタキライトが見出された. |
Stop 2
[地形図]1/2.5万 「久礼」
[位置]清水と若瀬の間の農道を東へ.海岸付近の球場手前に駐車.
[解説]久礼OST系(Mukoyoshi et al., 2006)は,久礼メランジュとその周辺層と斜交して発達している.下津井層,久礼メランジュ,野々川層が概ね東西から東北東走向,北に急傾斜に配列しているのに対して,久礼OST系は北東走向,北中程度に傾斜しており,下津井層,久礼メランジュそして野々川層のいずれとも低角に切っており,これら地質体定置後に発達した後期の断層であることを示している.OST系は,幅約1kmの範囲内に雁行状に配列し,小断層まで含めるとかなりの数の断層が発達している(第6図).
ビトリナイト反射率による熱構造解析においても,BTLから約15kmかけてRo=1.0%(約150℃)から2.1%(約230℃)まで上昇してきたビトリナイト反射率が,幅1km弱のOST系を挟んでRo=1.0にまで急減する(第1図).このような熱構造パターンは,最高被熱後に,断層を挟んで上盤側が衝上した累積変位が,周辺の他の断層よりもはるかに大きいことを意味している.類似の熱構造パターンは,安芸構造線や延岡構造線とった四万十帯の他の地域でも報告されている(Mori and Taguchi,1988; Ohmori et al., 1997; Kondo et al., 2005).久礼OST系は,他のOSTと比較して段階的にRoが低下することで特徴付けられる.例えば延岡構造線は,わずか数10cmの厚さの破砕帯を境して急変するが(Kondo et al.,2005),久礼OST系は雁行状に配列する個々の断層が少しづつの変位によって,断層系全体として大きな変位が認められる(Mukoyoshi et al., 2006).また,逆断層の下盤の埋没深度は,断層形成深度の下限を意味し,久礼OST系の下盤のRo=1.0%(約150℃)の被熱温度は,四万十帯でも最も低い温度に相当するため,他の地域のOSTよりも浅いことを示す.また,複数の断層系に分岐していることも一般的な断層浅部の様式と対比できるため,久礼OST系は津波を伴うような海底浅部の断層を見ていると解釈されている(第3図)(Mukoyoshi etal., 2006).
第7図.(A)シュードタキライトを含む,久礼OSTの露頭全景.断層は緩傾斜で,周辺層と斜交する.(B)断層は幅数10cm程度のカタクレーサイトと黒色の薄いシュードタキライトからなる.(C)反射電子像では,基質ガラス中に白雲母成分の晶出鉱物が見られる.(D)斜長石の岩片が部分溶融している. |
久礼OST系は,中土佐町久礼南方の大津崎周辺に典型的に露出している.各断層は,幅は概ね1m程度の破砕帯を有し,その中心部には幅数mm程度に変形が局所化したものもあり,そのうちの一つからはシュードタキライトが確認されている.シュードタキライトは幅数10cmの砂岩のカタクレーサイト中にシャープで薄い断層脈として産する.鏡下においては透明のガラスに黒色の微小粒子が散在する基質と,円礫状の岩片が観察される.電子顕微鏡観察では,部分融解組織のアルバイトやカリ長石,気泡,晶出した針状の白雲母などが観察され(第7図),石英やアノーサイトには融解組織がないことから,摩擦加熱の到達温度は650〜1100℃と推測されている(Mukoyoshi et al., 2006).
Stop 3
[地形図]1/2.5万 「久礼」
[位置]高知県中土佐町土佐久礼漁港の南西.ホテル「黒潮本陣」の真下に位置する海岸.
[解説]久礼メランジュは南北に約1km程度の幅を持つ.断層を境にして,北に下津井層,南に野々川層といった砂泥互層を主体とするコヒーレント層に挟まれている(第1図)年代はチャートからアルビアンからセノマニアン,陸源性堆積物からカンパニアンと報告されている(Taira et al., 1988).久礼メランジュは主に砂岩ブロックが泥岩マトリックスに取り囲まれる,陸源性堆積物主体のメランジュからなり,稀に玄武岩,凝灰岩,チャート,多色頁岩を含む.泥岩マトリックス中には強く発達した面構造が見られ,非対称ブロックや複合面構造などが観察されることから,メランジュ組織を示すブロック化の成因は構造性と考えられる.面構造の走向傾斜はおよそEW,80°Sである.ビトリナイト反射率から推定された過去の最高被熱は約230℃程度と報告されている(Mukoyoshi et al., 2003 ).
第8図に海岸域のルートマップを示す.ほぼ中央に海没する場所があり,北部と南部は別の入り口から入る必要がある.北部と南部は砂岩泥岩からなるメランジュで,稀に凝灰岩を含む.本地域に見られる玄武岩は陸源性堆積物を挟んで4回繰り返し,それぞれBK1,2,3,4と呼ぶことにする. BK-1の北端は断層で砂岩泥岩からなるメランジュと接している.BK-2の南端は玄武岩,チャート,泥岩が複雑に混合した変形帯をなしており,底付け付加時に玄武岩基底が泥岩に逆断層で乗り上げた際に下盤の泥岩やチャートが混合したものと考えられる.この解釈は後述する変形構造に伴う鉱物脈からの温度圧力条件と矛盾しない.この変形帯は後に詳述する.BK-3の北端では,チャート,遠洋性堆積物が玄武岩の北側に露出しており,海洋底層序の堆積関係を示している.一方,BK-3の南端は数mm〜数cmの玄武岩と泥岩の薄層の互層をなしており,やはり,底付け剪断時の混合を示す.一方,BK4は北端も南端も断層関係である.また,BK-4の南部にはおよそ10m程度に渡って数mmから数cmの砂岩円レキからなるメランジュ様の泥質岩が露出している.これらは,伸びた非対称ブロックを特徴的に示す構造性メランジュとは明らかに異なる産状であり,海底地滑りなどを起源とするものである可能性も考えられる.BK-1の南端およびBK-2の北端は,挟在する岩石が複雑に混合しており,不明瞭である.
第8図.久礼メランジュ海岸域のルートマップ. |
底付け剪断帯(BK-2南端)
BK-2南端には顕著な底付け剪断帯が露出している.構成岩石は玄武岩,チャート,泥岩であり,複雑に混合している.玄武岩はブロック状であるが,玄武岩質な細粒マトリックスをなしているものも見られる.基本的にマトリックスはこの玄武岩質な細粒物からなる.チャートは鮮やかな赤色で,熱水性チャートと考えられる.泥岩は玄武岩質な細粒マトリックスと波状に接しており,全体として定向配列し,縦横比が大きい.玄武岩やチャートのブロックは大きいもので50cm程度の長軸を持ち矩形をなすものから,直径約数cmの小さなものまで様々である.形状は亜角礫である.全体として非常に激しく変形しているものの,大きく見ると,変形帯南部に玄武岩,チャート,北部に泥岩が走行方向に分布している.
第9図.久礼地域における鉱物脈の産状.横の行:Underthrustingは砂岩泥岩からなる構造性メランジュ中の鉱物脈.Underplatingは第11図における底付けせん断帯における鉱物脈.縦の列:open crackveinは引っ張り割れ目を埋める鉱物脈.Shear veinは小断層に沿って発達する鉱物脈.写真には鉱物脈の微細構造を記している.詳細は本文を参照のこと. |
鉱物脈の産状
鉱物脈はメランジュ中に稀に観察される一方,底付け剪断帯などには比較的よく集中している.構成鉱物は石英と方解石である.鉱物脈は,1)面構造の走向に直行する引っぱり割れ目,と2)面構造に斜交あるいは平行な剪断面に発達するものの二つに大きく分けられる.これらの鉱物脈は,構造性メランジュ中にも,底付け剪断帯中にも見られる(第9図).砂岩泥岩からなる構造性メランジュ中の引っぱり割れ目は久礼地域では非常に稀であるが,一般に砂岩ブロックのみを切っており,泥質マトリックスに切られている.このような産状はこのような引っぱり割れ目がメランジュ形成時期と同時期であったことを示唆している.底付け剪断帯では,2)の鉱物脈が複雑な切断関係にあり,複数の発達ステージがあったことが推定される.最終ステージで全体を切るようなNW-SE走向の断層には非常に厚い(数cm)の鉱物脈が付随する.また,底付け剪断帯中にはブロック化した鉱物脈も含まれており,鉱物脈の沈殿と断層帯の活動,およびその後の小断層の形成など,変形と流体からの沈殿が複雑に繰り返している事を示している.このような2)の鉱物脈の切断関係はメランジュ中では認められない.これは鉱物脈の密度が小さいために関係を示す証拠が少ないことに起因していると考えられる.微細組織にも2種類認められた.一つはelongate blockyな組織で多くは壁岩に細流な石英があり,内部により粗流な方解石が一つの脈に混合している(第10図A).もう一つは石英粒子がdisaggregateしたと見られる隙間を方解石がセメントのように埋めている組織で(第10図B),本論ではcalcite cemented textureと呼ぶ事にする.このようなcalcite cemented textureは底付け剪断帯の剪断面に伴う鉱物脈のみが有しており,メランジュ中の2種類の鉱物脈と底付け剪断帯中の引っぱり割れ目を埋める鉱物脈はelongate blockyな組織を示す(第9図).
第10図.鉱物脈の微細構造の薄片写真.(A)Elongate blocky texture,(B)Calcite cemented texture. |
流体包有物による温度圧力の推定
四万十帯の鉱物脈中に捕獲された流体包有物は水とメタンの包有物からなる.この共存関係は水がメタンに飽和していた仮定を設けることができる(Vrolijik et al.,1988).この仮定の上で,両者の均質化温度から温度圧力を一義的に得る事ができる.
本調査地域では上述した鉱物脈の分類に則って,それぞれ温度圧力を推定した.すなわち,砂岩泥岩からなるメランジュ帯における引っぱり割れ目を埋める鉱物脈と,小断層に沿う鉱物脈,また,底付け断層帯における引っぱり割れ目を埋める鉱物脈と,底付け剪断帯を切る小断層に沿った鉱物脈である.底付け剪断帯を切る小断層に沿った鉱物脈は二つ測定し,他はそれぞれ1つずつ測定した.
砂岩泥岩からなるメランジュ中の引っぱり割れ目を埋める鉱物脈では,捕獲温度および圧力は182℃,171MPaであった.以下同様に,砂岩泥岩からなるメランジュ中の小断層を埋める鉱物脈から,186℃,199MPa,底付け剪断帯中の引っぱり割れ目を埋める鉱物脈では188℃,126MPa,最後に底付け剪断帯中の小断層を埋める鉱物脈からは187℃,171MPaと207℃,184MPaの結果が得られた.
異常間隙圧比を0.9とし,岩石密度を2.7g/cm3とすると形成深度はおおよそ5.2km〜8.2kmであり,地温勾配は引っぱり割れ目を埋める脈ではおおよそ34℃/km程度,小断層に沿った脈ではおおよそ25℃/km程度となる.
Stop 4
[地形図]1/2.5万 「土佐高岡」
[位置]宇佐大橋を渡って南西へ.明徳義塾高校をすぎた急な登り坂の終点付近左手に車止めあり.
[解説]横波メランジュ
横浪メランジュは,高知県横浪半島に東西幅2kmの帯状に分布し,北に砂岩・泥岩主体の須崎層,南に同じく砂岩・泥岩主体の下津井層で共に断層によって境されている(Taira et al., 1988)(第11図).そのなかでも横浪半島の東端に位置する五色ヶ浜地域には南北海岸線によく露頭が露出している.放散虫化石年代ではチャートからバランギニアン(131〜138Ma),赤色頁岩からセノマニアン(91.0〜97.5Ma)からチェロニアン(88.5〜91.0Ma),泥岩からコニアシアン(87.5〜88.5Ma)からカンパニアン(73.0〜83.0Ma)群集が報告されている(岡村, 1980).
本調査地は,インコンピーテントな黒色頁岩が基質を成しており,コンピーテントな砂岩,石英質泥岩,石英質凝灰岩,チャート,赤色頁岩,緑色岩などをブロックとして含む.ブロック・イン・マトリックス構造に密接に関連して複合面構造が発達していることから剪断変形を成因とする構造性メランジュである(第11, 12図).地質情報と鉱物脈分布を対応させるため,須崎断層との境界を0mとし南へ約530mの柱状図を作成した(第13図).これは,露頭の面構造と直行する方向に1m間隔で岩相分布を記録したものである.
調査範囲529.6mのうち,露頭は466.6mであった.須崎断層から約230mまでは泥岩・砂岩・砂質泥岩が繰り返している.この中で,16mと33mから多色頁岩が見られる.232mと260mからは,5m程度の赤色・多色頁岩が見られ,260mの手前には14m程度の砂岩が続いていた.265〜400mまでは,再び泥岩・砂岩・砂質泥岩が繰り返す.414mからは約25mの砂岩が現れ,その後510m付近まで泥岩が続き,その後約10mの砂岩が現れる.524mには玄武岩が現れる.この玄武岩は,測定範囲では0.6mであったがその少し南側では3.6mの範囲に分布していた(第11, 12および13図).
第11図.(A)五色が浜の位置図.(B)五色が浜地域の広域的なルートマップ. |
北部境界断層
横波メランジュの北端は断層によって北部の泥岩砂岩主体の須崎層と接している.五色が浜地域の北位にこの境界断層が露出している(第12図).このようなメランジュ帯の北端に位置するコヒーレント層との境界断層は,興津メランジュにおいても,牟岐メランジュにおいても四万十帯で見つかったシュードタキライトのセッティングと,同等の位置づけになる.横波メランジュ北端における境界断層からは,シュードタキライトが報告されていないが,現在調査中である.露頭観察においては,シュードタキライトが見つかった他のメランジュ帯における北端の境界断層と類似している点が多々ある.
第12図.五色が浜地域のルートマップ. |
第13図.五色が浜地域における柱状図.鉱物脈分布は10mごとに測定し,左から頻度,鉱物脈の合計厚さおよび鉱物脈の平均厚さを示す.鉱物脈分布図中のラインは平均値.色の濃い部分は平均値よりも高い場所を示す. |
横波メランジュにおける北端の境界断層は幅約2-3mの脆性破砕帯からなる(第14図A).構成岩石はほぼ泥質岩であり,横波メランジュを構成する岩石が破砕されている.注意深く観察すると,先に形成された横波メランジュの面構造が後から切る脆性破砕面によって乱雑に乱されていることが分かる.そのような破砕帯はおよそ数cmの厚さである.このような破砕帯がネットワーク状に発達し,取り囲まれた内部は周囲のメランジュと同等の構造が残っている.場所によっては非常に連続性のよい破砕帯が見られ,その中心部には非常に薄いシャープな断層面が見られる(第14図B).この断層面は1mm程度であり,内部に非常に細粒な物質が詰まっている.このようなシャープで連続性の良い断層は,他のメランジュ帯で見られたシュードタキライトを含む断層の特徴である.このようなシャープな断層が,周囲により厚い破砕帯とセットで観察される事も類似している.全体として破砕帯の厚さは,牟岐メランジュと同程度であり,興津メランジュに比べると約20%の厚さである.
第14図.横波メランジュ北端境界断層の露頭写真.(A)全体.(B)シャープで連続性のよい断層. |
鉱物脈の産状
本調査地域である五色ヶ浜地域の鉱物脈の産状は様々で,露頭の表面を覆うものやスリッケンラインのついたもの,連続性が良く他の脈を切るものや逆に他の脈に切られた連続性の悪いもの,脈の厚さについては1mm以下の非常に薄いものから数cmもある厚いものまで多種多様である(第15図).また,鉱物脈の形状が周りのメランジュ中のブロックの形状とよく似たものも見られる.鉱物脈は,一般的に石英とカルサイトの混合物からなっており(第16図),石英主体の脈とカルサイト主体の脈がある.これらの鉱物脈は,切る・切られるの関係によって,大きく2つのステージに分けることができる.1つ目は,メランジュブロックのみに発達する引っぱり割れ目を埋める鉱物脈で,泥質マトリックスに切られている.この産状は横波メランジュ中によく見られる.このような鉱物脈はメランジュ形成時の鉱物脈であると考えられる.2つ目は,メランジュ構造を切るかあるいは平行な比較的連続性の良い脈である.これはメランジュ形成後にできた鉱物脈である可能性が高い.図13には,比較的連続性の良い鉱物脈の頻度分布を示している.調査範囲529.6m(露頭466.6m)のうち,鉱物脈の頻度は計1523本,厚さは計4533.5mmで,今回測定した最も厚い脈は192〜193mの22.0mmであった.鉱物脈の3要素(頻度・合計の厚さ・平均の厚さ)の分布には,共に約100mの増減の波がある.また,この3要素と岩相の依存性については,砂岩に鉱物脈が少ないとは言えそうだが,他の岩相については関連がないように思われる(第13図).
詳しく見ていくと,まず頻度で平均値は32.6本/10mとなり,平均値以上の地点は全範囲の43.4%を占めている.最も高いのは50〜60m地点の73本で,これを含む30〜70mでピークが見られた.次に,合計の厚さで平均値は97.2mm/10mとなり,平均値以上の地点は全範囲の3 4 . 0 %を占めている.最も厚いのは1 7 0 〜 1 8 0 m の255.7mmで,これを含む160〜220mの範囲で顕著に突出しているのが分かる.ここで,頻度と合計の厚さの平均値は露頭466.6mでの平均とした.平均の厚さの場合,平均値は全体の厚さ(4533.5mm)と全体の頻度(1523本)を用いて求め,その値は2.98mm/本となった.平均値以上の地点は全範囲の26.4%を占めている.最大値は170〜180mの6.91mm/本で,合計の厚さと同じく160〜220mで突出している.したがって,相対的に30〜70mの範囲では脈の数が多く,160〜220mの範囲では厚さの厚い脈が多く分布していることが分かる.また,3要素とも平均値以上の地点は北側に集中しているように思われる.
第15図.鉱物脈の露頭写真.(A)ネットワーク状の鉱物脈.一部砂岩ブロックにのみ発達する引っ張り割れ目を埋める鉱物脈も見られる.(B)面構造に平行な鉱物脈.(C)鉱物脈面の写真.(D)鉱物脈面上のスリッケンライン. |
第16図.鉱物脈の顕微鏡写真.(A)elongate blocky texture.周辺部に細粒な石英が見られ,中心部に粗粒な方解石が見られる.方解石にはツインが発達している.(B)複雑な産状の方解石.(C)細密な方解石ツイン.(D)比較的密度の低い方解石ツイン.� |
本稿は「岩井雅夫・村田明広・吉村康隆,2006,見学旅行案内書,地質学雑誌,112,補講,170pp」がオリジナルです。
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