私たちは,海底の調査をしています.このシンポジウムでは,潜水船によって採取された岩石や調査船によって得られた海底地形図を使った研究発表が行われました.しかし,私たちの研究の出発点は,海底ではなく,陸上の調査にあります.ちょっと遠回りをしますが,まず,陸上での地盤調査について話します.
唐突ですが,トンネルは,どうやって設計するかわかりますか.それは,地盤調査に基づいて行われます.では,地盤調査とはなんでしょう.それは,現在,3つの方法からなっています.それは,1)物理探査,2)ボーリング調査,3)地表踏査,です.物理探査とは,電気や地震波,電磁波などを使って地下を調べる方法です.地盤の大まかな構造を調べることができます.「この半径数mの範囲に亀裂がたくさんありそうだ」というような予測ができます.ボーリング調査は,地盤に直接孔を掘って,地盤の土や岩石を見ることです.さきほどの物理探査の予測を確かめることができます.最後の地表踏査は,トンネルを掘る地盤の上を直接歩いて,地表に見えている土や岩石を調べることです.山全体も歩きますが,特に山の急斜面や川沿い,海岸など,山の内部の岩石が出ていそうなところを重点的に調べます.このように,物理探査で,大まかな構造(マクロ構造)を調べ,ボーリング調査と地表踏査によって,それらを検証しながら,地盤調査は行われるのです.細かな構造(ミクロ構造)を調査するボーリング調査と地表踏査とは,その性格が少し違います.ボーリング調査は,孔を掘るので,垂直(もしくは水平)の一直線の地下構造がわかります.孔の直径は,10cm程度です.一直線の地下構造を「面」の地下構造に再構築するのが,地表踏査です.このようにして,3つの手法がうまく協力しあいながら地盤調査は進められます.言い方を変えると,それぞれの手法は,それぞれの「限界」を持っている,とも言えます.
しんかい6500(天竜海底谷調査を終えて) |
しんかい6500内部 |
では,海の底で地盤調査をやろうと思うとどうでしょうか.石油やメタンハイドレートなどの海底資源などの目的で海底の地盤が調べられています.特に,今年2007年から数年に渡って,南海地震の発生源に向けて掘削が行われることになっています.
海底での地盤調査は,主に,1)物理探査,2)ボーリング調査,の2つです.これによって,「マクロ構造」と「ミクロ構造」を調べることができるとされています.しかし,海底では,「地表踏査」はできないと思われていました.当然です.どんなに強い人間といえども,水深数百mも潜って地表を調べることなどできないからです.しかし,日本には,「しんかい6500」という潜水調査船があります.水深6500mまで潜って作業をすることができます.これを使えば,海底でも「地表踏査」できそうです.しかし,そんなに,簡単ではありません.なぜでしょうか.
みなさん,マリンスノー,というものをご存じでしょうか.海に降る雪.海では,プランクトンの死骸などが,深海底に向けてどんどん落ちているのです.落ちて,海底に降り積もります.こう考えると,海底は,いつでも豪雪地帯ですね.しかも真っ暗.これでは調査できません.なぜならば,海底には「雪」ばかりがつもっていて,地盤を作っている「土」や「石」が見えないからです.でも,「雪」がいつも吹き飛ばされている場所があることをみなさん知っていますか?
海底で,海水が流れているところです.そんなところあるのでしょうか?答えは「たくさんあります」です.特に,私たちは,海底谷,を重点的に調査しています.静岡県にある天竜川は,海底にもつながっています.天竜海底谷,と言います.
天竜海底谷と潮岬海底谷の位置 |
台風などで土砂が天竜川を流れ下ると,その土砂はこの天竜海底谷に沿って海底まで運ばれます.このときの流れはとても強いと思われ,ここならば,「雪」だけではなく,海底の岩も削ってしまうでしょう.実に,天竜海底谷は,その海底斜面を最大で1000mも削っているのです.同様に,紀伊半島と四国の間の紀伊水道からも,潮岬海底谷が海底に向かって伸びています.これらの海底谷は,海底斜面を削っていて,海底谷の両側には,数百mもの巨大な崖があります.この崖には,海底の地盤がむき出しになっていました.
天竜海底谷,水深約3000mに広がる地層 |
私たちは,海底谷に沿って,「しんかい6500」を潜航させ,海底の「地表踏査」を行っています.潜水船による海底谷の調査は,いままで不可能だと思われてきたことでした.その崖には,私たちが今までに見た事のない海底地盤がありました.このシンポジウムでは,その未知の海底地盤調査でどのような成果が上がったのか,についての多くの研究発表がありました.現在,それらの成果をまとめており,近々,研究論文として発表されます.
さまざまな手法には,それぞれの限界があります.その限界は,それぞれの手法によって補うことができれば,限界は限りなくゼロになると信じています.
シンポジウム「南海付加体の実体に迫る:そのミクロ構造とマクロ構造」は2006年9月に第113年学術大会(高知大会)において以下の講演が行われました。