「平成18年7月豪雨」での長野県岡谷市における災害発生地の状況

 

写真・文:大塚 勉(信州大学,全学教育機構)・信州大学自然災害科学研究会・信州大学山岳科学総合研究所
写真1

 


写真2

 

解説:
活発な梅雨前線の活動による「平成18年7月豪雨」において,7月15日から19日にかけて長野県で降り続いた雨は,県中部を中心とする地域に土砂災害をもたらし,9名の犠牲者を含む甚大な被害が生じた.7月17日未明から19日正午までの連続累積降水量は,辰野町で約400mm,諏訪市で約360mmに達していた.信州大学の上記の組織のグループによる,災害発生直後からの調査の結果,今回の災害の地質学的な発生要因の概要が明らかになった.
災害発生地域は,諏訪湖の南部から南西部にわたる地域である.ここには,主として輝石安山岩の角礫を多量に含む凝灰角礫岩からなる下部更新統塩嶺累層が広く露出している.塩嶺累層は,基質・角礫ともに風化が著しく,粘土化が進行している.
岡谷市の湊地区小田井沢川左支(写真1)では,7月19日午前5時頃土石流が発生し,7名の犠牲者を出すこととなった.ここでは,被災地から標高差約200m上の稜線付近において,塩嶺累層の変質した凝灰角礫岩(写真2の1段)を覆う火山灰質の表土が崩壊し,多量の水が一気に谷を流れ下った.途中,谷底に存在していた角礫混じりの土壌を洗掘し,洗い出した礫を伴って被災地に押し寄せた.
同市の川岸東地区の志平川(犠牲者1名)・本沢川でもほぼ同時に土砂災害が発生した.いずれの例でも,稜線直下に存在する表土が崩壊し(写真2の2段),多量の水がはき出されたらしい.塩嶺累層を覆う表土中には,災害数日後でも水を排出するパイプが観察された(写真2の3段).多量の水は一気に谷を流れ下り,途中,谷底に存在していた角礫層・黒色土壌を洗掘し,洗い出された礫を伴って被災地に押し寄せた.とくに志平川では,河床の洗掘は下流部に限られ,上流部では泥水が通過したのみである(写真2の4段).
岡谷市における災害は,変質した塩嶺累層の凝灰角礫岩をを被覆する多孔質の風化火山灰を含む表土が,多量の水を支えきれなくなって崩壊したことが引き金となっている.崩壊発生地から被災地までの距離が長い例では,崩壊土砂が主体となって直接下流を襲うことは少なく,崩壊を機に表土からはき出された多量の水が,河川水と一体となって河床を洗掘した.下流を襲ったのは,洗掘された土砂を含む多量の泥水であり,岡谷市での災害は洪水流に近いタイプであったと判断される.

 

写真1:泥水が流れ下った小田井沢川左支.遠方に諏訪湖を望む.
写真2の1段:塩嶺累層の変質した凝灰角礫岩.
写真2の2段:谷頭部における表土の崩壊.志平川.
写真2の3段:風化した塩嶺累層(写真右下)と表土(写真左上)中に形成されたパイプ.本沢川.
写真2の4段:洪水流によって草本がなぎ倒された志平川上流部.