2014年7月9日南木曽,8月6日岩国,8月17日福知山・丹波における土砂災害

若月 強・山田隆二・酒井将也(防災科学技術研究所)
竹田尚史(筑波大学地球学類)


2014年は8月の広島災害をはじめ複数の土砂災害により,多くの人命が失われた.防災科学技術研究所では,南木曽,岩国,福知山・丹波において,災害直後に現地調査を実施した.ここでは,降雨,地質,地形の特徴に関する結果と見解を述べる.

1.2014年7月台風8号による南木曽土石流災害
http://mizu.bosai.go.jp/c/c.cgi?key=nagiso_debris_flow
2014年7月9日の台風8号による豪雨によって,長野県南木曽町読書地区の梨子沢では9日17時41分に土石流が押し寄せて1名が犠牲となった.避難勧告が出たのは被災から約10分後,土砂災害警戒情報が出たのは18時15分であった.

表1 観測点における積算雨量の最大値
(拡大は画像をクリック)


1.1. 降雨 南木曽町の雨量計(長野県河川砂防情報ステーションで閲覧可能)の中で,降水量が多かったのは蘭と三留野であることから,南木曽岳付近だけの局所的な豪雨であったと考えられる(表1).両地点では,10分雨量は約20 mm,1時間雨量は約70 mm,2時間雨量は約100〜120 mmを記録しており,3時間以上の雨量はあまり増えていない.すなわち,雨が強くなり始めてわずか2時間程度で土石流が発生した.2時間までの平均降雨強度は最大100年程度の再現期間となる.なお,同じ花崗岩地域である防府市における土石流災害(2009年7月:表1)と比較すると,10分〜3時間雨量に両地域に大きな違いはないが,防府の6時間雨量は南木曽の約2倍になっており強い雨が約6時間降り続いたことがわかる.

1.2. 岩質と風化土層 土石流が発生した梨子沢付近の地質は,5万分の1地質図「妻籠」によると,南木曽町役場より南西部には苗木・上松花崗岩が分布しており,岩相は粗粒黒雲母花崗岩(Ga1)である(以下,上松花崗岩と呼ぶ).南木曽町役場より北東部には領家帯の木曽駒花崗岩が分布しており,岩相は中粒斑状角閃石黒雲母花崗岩(Gk)である(以下,木曽駒花崗閃緑岩と呼ぶ).梨子沢では,山頂の南木曽岳(1,679m)を含む上流域に上松花崗岩,中〜下流域に木曽駒花崗閃緑岩がそれぞれ分布している.南木曽岳周辺の標高1000m以下の場所しか確認できていないが,木曽駒花崗閃緑岩の地域には厚さ3 m以上の原位置風化土層が散見されるのに対して,上松花崗岩の風化土層は概して1 m以下である.ただし,標高が高くなり斜面勾配が大きくなるほど風化土層が薄くなる傾向があるため,崩壊が発生した1000m以上の高標高部の土層構造については詳しく調べる必要がある.また,右横ずれの活断層である馬籠峠断層が梨子沢を横断しており(木曽山脈西縁断層帯−地震調査研究推進本部http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/katsudanso/f045_kiso-sanmyaku.htm),基盤岩はかなり破砕されていると思われる.

1.3. 地形 梨子沢は,南木曽岳の西側斜面に位置しており,その流域面積は3.32 km2, 流域長は3.37 km,比高は1234 m,起伏比(流域の勾配)は0.366であり,南木曽町の中でも勾配と面積が最も大きな流域の1つである.流域面積と起伏比が大きくなると,一般的に土石流の危険性は高くなる(若月・石澤,2009,地形).2009年防府災害における土石流災害地と比較しても,梨子沢の値はかなり大きい結果となった.被災した住宅地は,梨子沢からの土石流が繰り返すことによる扇状地が木曽川の河岸段丘上に覆い被さった地形上に形成されている.

1.4.災害の様子 今回の土石流災害は,山頂付近の上松花崗岩と木曽駒花崗閃緑岩の斜面における崩壊から始まったようである.土石流化した崩土は渓床の堆積物を巻き込んで規模を増大させながら流下したと考えられる.土石流の流路の地質は木曽駒花崗閃緑岩である.土砂の堆積域では,堆積した礫の9割以上が木曽駒花崗閃緑岩であり,上松花崗岩は1割以下であった.すなわち,源頭部には上松花崗岩が存在する場合もあるが流路は木曽駒花崗閃緑岩のみであるため,木曽駒花崗閃緑岩の分布域の渓床から多くの土砂が供給されたことが考えられる.堆積した上松花崗岩の礫に着目すると,南木曽岳付近の上松花崗岩の分岐域ではほぼ全ての場所で粗粒花崗岩の基盤岩や河床礫が存在していたのに対して,梨子沢から流出した岩石は粗粒花崗岩と細粒花崗岩がおおよそ半分ずつであった.この細粒花崗岩は,上松花崗岩岩体の中で初期に冷却された部分であり,他の岩体(ここでは木曽駒花崗閃緑岩)との接触部付近に分布している可能性がある.山頂付近の崩壊場所の花崗岩が粗粒か細粒かを今後確認したい.土石流の砂礫は堰堤(2.5万分の1地形図では大梨子沢では4基,小梨子沢では1基が確認できる)にある程度有効的に捕獲されたが,一部が住宅地など生活の場である扇状地に押し寄せることで災害となった.被災した家屋は河川(梨子沢)の屈曲部の攻撃斜面側にあり,流路を曲がりきれなかった巨礫など砂礫が溢れだした.氾濫した砂礫は犠牲者が発生した家屋から扇状に下方に広がった.また南木曽岳では,梨子沢がある西側斜面だけでなく反対側の東側斜面でも崩壊が発生した.
また,南木曽では数年から数十年おきに災害が発生している.防府では約100年以上の周期性が報告されており,南木曽のほうが土石流の頻度は大きい.

1.5. 南木曽のまとめ 以下は,データが足りないため仮説に過ぎないが,南木曽の花崗岩斜面は防府に比べて急勾配な斜面が多いため,土層が薄くて風化(粘土化)も不十分であると考えられる.そのためすべり面までの降雨の浸透が速くてかつ土層の可能水分貯留量が少なくなり,今回のようなわずか2時間の豪雨で斜面が不安定になった可能性がある.断層活動により基盤岩が脆弱化されることで,粘土分を欠くマサの生成(土層生成)が速められた可能性もある.渓床も急勾配であるため当然土砂が動きやすかったと考えられる.土石流の頻度からみても,急勾配流域では土砂移動が活発といえるが,このような場所では活発な侵食により土層は薄くなるため,マサ化が一層促進され,益々崩壊や土石流が発生しやすくなると考えられる.

2.2014年8月6日の岩国市における斜面崩壊
(http://mizu.bosai.go.jp/c/c.cgi?key=2014_iwakuni2)
2014年8月6日の豪雨により,山口県岩国市の新港町,保木,角,和木町瀬田,守内など複数箇所で斜面崩壊が発生して住宅などに被害を与えた. 特に,新港町では,崩土が流動化して流れ下り複数の建物を破壊した.これにより1名が犠牲になった.災害発生直後の5時53分に消防への通報があったことから,崩壊は8月6日5時50分頃発生したと考えられる.

2.1. 地質 5万分の1地質図「大竹」によると,新港町の崩壊地の基盤岩石は,白亜系上部広島花崗岩類岩国花崗岩の中−粗粒黒雲母花崗岩であり,風化層は概して薄い.また,保木と角の崩壊地の基盤岩石は,中粒斑状角閃石黒雲母花崗閃緑岩であり厚層風化していた.守内や和木町瀬田の崩壊地の基盤岩石は,ジュラ系の玖珂層群柏木山チャート岩体のオリストストローム(泥質海底地すべり堆積物)及び泥岩である.

2.2. 降雨 山口県土木防災情報システムのデータから,10分および1, 2, 3, 6, 24時間の積算雨量の最大値を計算した(表1).上述した各崩壊地点に近い,「岩国土建」「松尾峠」「沖市」「寺山」の値を見ると,崩壊発生時刻である6日6時前後は,2時間雨量や3時間雨量の最大値の時刻と概ね一致しており,10分雨量や1時間雨量の最大値の時刻からは30分前後遅れている.「岩国土建」における時間雨量と累積雨量の経時変化によると,8月1日0時から5日0時までに124mmの先行降雨があった.8月1日0時から6日12時までの累積雨量は344mmに及ぶ(上記URL参照).
また,新港町と同じ花崗岩地域の災害である2009年7月の防府災害,2014年8月の広島災害,2014年7月の南木曽災害における雨量と比較すると,新港町に最も近い「岩国土建」の値は,防府災害の雨量に近く,広島災害の雨量はこれらよりかなり大きい(表1).南木曽災害の雨量は10分〜3時間までは「岩国土建」の値とよく似ているが,6時間雨量と24時間雨量がかなり小さい.

2.3.斜面崩壊地の崩壊形状と土層構造の例 岩国市新港町の斜面崩壊地1カ所において,崩壊形状の簡易計測と簡易貫入試験による土層構造調査を実施した.その結果,斜面勾配は22°,崩壊深は約1.5〜2m,崩壊幅は約15m,崩壊長約45mであった.崩壊地の斜面勾配はかなり小さく,崩壊深は1m以下で崩れることが多い一般的な花崗岩斜面の崩壊深よりもやや大きい.崩壊地脇には崩土に相当する厚さ1.7mの軟弱な砂質土層が存在する.崩土が通過した流送部は最大30度と崩壊地よりも急勾配であり,花崗岩の岩盤が露出している.流送部脇の急斜面の土層はかなり薄いことから,急斜面では崩壊が発生しにくいものと考えられる.なお,2009年の防府土砂災害(花崗岩地域)でも今回のように,急勾配の流路に接続する緩勾配斜面での崩壊が多数発生した.

3.2014年8月15日から17日の丹波市・福知山市における崩壊・土石流災害
(http://mizu.bosai.go.jp/c/c.cgi?key=2014_fukuchiyama)
2014年8月15日から17日までの豪雨により,福知山市街地では広範囲に浸水被害が発生するとともに,隣接する丹波市を中心に多数の斜面崩壊や土石流が発生した(丹波市調べでは196カ所).それにより,死者1人,住宅全壊16戸(全て市島町)の被害が発生した.その他,福知山市山野口(崩壊により住宅全壊),綾部市の舞鶴若狭道(2カ所の法面崩壊)などでも多数の被害が出ている.空中写真から判断すると,多くの土石流は斜面崩壊が流動化したものと判断される.

3.1. 崩壊・土石流と地質 5万分の1地質図「福知山」によると,崩壊や土石流が多数発生した丹波市市島町,氷上町,春日町には,中生界丹波帯の頁岩が広範囲に分布している.一方,市島町徳尾の大原神社付近から北西側(親不知〜奥榎原)は丹波帯頁岩の災害地(南東側)に隣接しているが,崩壊や土石流はほとんど発生していない.この場所には,超丹波帯の砂岩(古生界二畳系中〜上部高津層,Ts)が分布しており,斜面に土層がほとんど形成されていないことを確認した.土層がほとんどないため崩壊が発生しなかったと考えられる.

3.2. 斜面崩壊地の崩壊形状と土層構造の例 丹波市市島町の北側に隣接する福知山市岩間の斜面崩壊地1カ所において,崩壊形状の簡易計測と簡易貫入試験による土層構造調査を実施した.その結果,崩壊面の勾配34.4°,崩壊深は約1.5m,崩壊幅約20m,崩壊長約25mの表層崩壊であり,土層は粘土質であることが明らかになった.また,崩壊面の土層どうし,または崩壊地外の土層どうしを比較するとその深さにややばらつきがあった.付近の地質は,5万分の1地質図「福知山」によると,丹波帯(ジュラ系下部〜中部II型地層群三俣コンプレックス)の頁岩(砂岩及びチャートのレンズを含む,Mm)であり,頁岩を基盤岩の主体とし,一部にチャートが確認できる.風化されにくいチャートが崩壊地に混在していることが,この深さのばらつきの一因であると考えられる.

追記
※本記事は,第121年学術大会(鹿児島大会)での緊急展示としてポスター発表された内容を元にニュース誌掲載用にまとめられたものです(2014年11月号ニュース掲載).
若月 強・山田隆二・酒井将也,竹田尚史,2014,2014 年豪雨による土砂災害調査(7 月9 日南木曽および8 月6 日岩国・8 月17 日福知山・丹波).日本地質学会第121年学術大会講演要旨.U-1.

 (2014.11.11)