愛媛大学 榊原正幸・佐野 栄
(News誌2012年8月号掲載)
1 はじめに
2011年3月11日,東北地方太平洋沖地震に起因して,東京電力の福島第一原子力発電所において未曾有の世界における最大規模の原子力事故が発生した.そして,様々な要因が重なり,国際原子力事象評価尺度のレベル7(深刻な事故)に相当する多量の放射性物質が外部に漏れ出した.同レベルの原子力事故は,1986年4月26日に旧ソビエト連邦で起きたチェルノブイリ原子力発電所事故以来2例目である.
8月29日に文部科学省によって公表された福島第1原発から半径100キロ圏内の原発事故で放出された放射性Csによる土壌汚染の分布図によると,国際原子力機関(IAEA)が緊急事態の対応として一時的な住居の移転などを求める放射性物質の濃度の1000万Bq/m2を超える極めて高い数値を示した区域は,警戒区域内にある福島県大熊町(2946万Bq/m2)のほか,原発から北西方向の双葉町や浪江町の一部の地点で,チェルノブイリ原発事故の際に一時的な住居の移転が求められた55万5000 Bq/m2を超える区域は,南相馬市,富岡町,大熊町,双葉町,浪江町,飯舘村の6市町村34地点であった. また,農林水産省も同日,福島,宮城,栃木,群馬,茨城,千葉県の農地における137Csおよび134Csの濃度分布図を作成した.これによると,コメの作付けが制限された地域以外では,伊達市霊山町下小国,いわき市川前町下樋売,大玉村大山および相馬市東玉野など福島県内の4市村の合わせて9ヶ所の畑で,制限の目安とされる5,000 Bq/kgを超える放射性Csを検出したことが明らかになった.一方,コメの作付けが制限されている地域では,水田を中心に浪江町南津島,飯舘村長泥および大熊町野上などで,20,000 Bq/kgを超える放射性Csが検出された.
さて,著者らは,カヤツリグサ科ハリイ属のマツバイ(Eleocharis acicularis)が多種類の重金属に対して耐性を有し,多種類の重金属を同時に吸収・蓄積できる超集積植物であることを報告した(榊原ほか,2006, 2008, 2010, 2011a; Ha et al, 2008, 2009a, b, 2011; Sakakibara et al, 2009, 2011b;藏本ほか,2011).また,マツバイは,北海道から沖縄まで全国各地の湖沼,ため池,水路や水田などに群生する抽水性かつ繁殖力旺盛な多年草であるという点も,理想的なファイトレメディエーション植物としての性質を有していると言える.本研究事業では,福島第一原子力発電所事故によって発生した水田の放射性Cs汚染をカヤツリグサ科ハリイ属のマツバイ(Eleocharis acicularis)を用いて効率良く除染するフィールド実験を行った.なお,この研究事業成果は,すでに2つの学会で発表している(榊原・久保田,2012a, b).
2 実験方法
本研究の実験は,福島県郡山市の福島県農業総合センターの協力のもと,同センター内の水田において実施した.それは,(1)放射性Csに汚染された水田土壌に自生するマツバイの放射能濃度の測定,および(2) )放射性Csに汚染された水田土壌におけるマツバイの栽培実験およびその放射能濃度測定,である.以下にその方法を示す.
(1)自生マツバイの放射能濃度測定
福島県農業総合センターの水田内に自生するマツバイは,稲の株の隙間にわずかに自生しているものが発見された(Fig. 1a).それらの体高は最高で7 cm程度で,小さいものが多い(Fig. 1b).放射能濃度測定用のマツバイ試料の採取は,2011年8月11日に行った.
Fig. 1. E. acicularis growing naturally in the paddy field of the Fukushima Agricultural Technology Center. |
(2)マツバイの栽培実験およびその放射能濃度測定
実験開始時に,水田にはすでに稲が栽培されていたため,マツバイの栽培実験は日当たりの良い水田の縁で行った.栽培実験では,マツバイを[1]コンテナ栽培法および[2]直植え栽培法の2つの栽培方法で8月11日に水田へ移植し,24日間栽培実験を行った.実験終了後のマツバイの採取は9月4日に実施し,それらの134Csおよび137Csの放射能濃度を測定した.各栽培方法は以下の通りである.
[1]コンテナ栽培法:市販のプラスティックコンテナ(縦36cm×横50×高さ11cm)にマツバイを約1 kgずつ移植する.本実験では計5つのプラスティックコンテナを用意した.この栽培実験では,愛媛県松山市南高井の用水路に自生しているマツバイを採取・輸送し,使用した(Fig. 2a).実験では,このマツバイを根を下にして,プラスティックコンテナに並べ(Fig. 2aおよびc),放射性Csに汚染された水田土壌に設置した(Fig. 2d).栽培実験開始時の設置場所の水深は2〜5 cm程度であった.
[2] 直植え栽培法:この方法では,放射性Csに汚染された水田土壌にマツバイを直接移植した.使用したマツバイは(1)の実験と同じである.栽培時に,マツバイの根が地表下数cmになるように移植した.また,マツバイの葉20〜30本程度(20 g程度)が一株になるように,10 cm程度の間隔で植えた(Fig. 3aおよびb).
Fig. 2 Photographs of E. acicularis by the container cultivation method in the paddy field in the Fukushima Agricultural Technology Center (FATC). a: E. acicularis before the cultivation experiments, growing naturally in the Masuyama Plain, b, c, and d: translanting the E. acicularis into the plastic container and moving to the paddy field in the Fukushima Agricultural Technology Center, e and f: the E. acicularis after transplanting over 24 days. |
Fig. 3 E. acicularis by the direct cultivation method in the paddy field of the Fukushima Agricultural Technology Center. a and b: translanting the E. acicularis to the paddy field in the Fukushima Agricultural Technology Center, c and d: the E. acicularis after transplanting over 24 days. |
3 分析方法および栽培地点の水・堆積物の重金属濃度
3.1 分析方法
上記栽培実験(1)および(2)のマツバイは,9月4日に分析用試料を採取した.採取したマツバイは十分に水で洗浄し,それを分析試料とした.マツバイの放射性Csの放射能濃度測定は,財団法人 九州環境管理協会においてゲルマニウム半導体検出器を用いたγ線測定によって行われた.
134Cs(半減期:2.06 年)は,壊変に際して複数のγ線を段階的に放出するため,その測定時に,試料の形状によってはサム効果(複数のガンマ線が重なって検出される効果)が生じる.このサム効果の補正を実施しない場合,134Csの放射能濃度は一般的に真値より低めの値を示す.したがって,以下に示したデータでは,旧科学技術庁マニュアルに準拠し,検出器の効率校正および試料解析時におけるサム・コインシデンス効果補正が取り入れられている.
3.2 栽培地点における水田土壌の放射性Csの放射能濃度
今回,栽培実験を行った福島県農業総合センターの水田土壌の放射性Csの放射能濃度は,同センターによって3,800 Bq/kgであることが明らかにされている.
4 実験結果
4.1 マツバイの生育状況
実験期間中のマツバイの生育状態は極めて良好であった.移植したマツバイは,コンテナ栽培法および直植え栽培法ともに,24日後にはバイオマスを増大させていた(Fig.2eおよびf,Fig.3cおよびd).9月後半から水田の水が落とされ,マツバイが枯れだしたため,実験を終了した.ただし,湛水した状態のまま継続すれば,福島県の気温から考えて,11月末頃までマツバイの栽培が可能であると判断される.
マツバイ中の放射性Csの放射能濃度
上記実験におけるマツバイの放射性Csの放射能濃度を測定した結果をTable 1に示す.まず,センター内の放射性Csに汚染された水田土壌に自生するマツバイの放射能濃度は,134Csが3,080 Bq/kg,137Csが3,090 Bq/kg,総放射性Csが6,170 Bq/kgと高濃度であった.栽培実験で使用した愛媛県松山市のマツバイの初生値は検出限界値以下で,24日間の栽培実験後の放射性Csの放射能濃度は,[1]のコンテナ栽培法の場合,134Csが494 Bq/kg,137Csが552 Bq/kg,総放射性Csが1,046 Bq/kgで,[2]の直植え栽培法の場合,134Csが521 Bq/kg,137Csが635 Bq/kg,総放射性Csが1,156 Bq/kgであった.
放射性Csによって汚染された水田におけるマツバイの栽培方法
本研究の結果,放射性Csに汚染された水田におけるマツバイによるファイトレメディエーションは,「コンテナ栽培法」が最もリスクが低く,実践的かつ効率的であると考えられる.それは以下のような理由によっている;
[1]コンテナ栽培法は,直植え栽培法と比較して,短時間に,均質にかつ多量のマツバイを水田に移植可能である,
[2]実施者が直接汚染土壌に接触せずに実施可能である,
[3]除染終了時のマツバイの撤去が効率的にかつ短時間で実施できる,
[4]マツバイ撤去時にそれを洗浄して泥を除去する必要がない.
マツバイによる放射性Cs汚染された水田のファイトレメディエーションの実用性
今回の実験結果は,マツバイによる放射性Cs汚染された水田のファイトレメディエーションが実用化にまで展開することが可能になったことを示している.特に,福島県で実施したマツバイの栽培実験における「コンテナ栽培法」と「直植え栽培法」は,実験終了時の総放射性Csの放射能濃度はほぼ同じ値となり(Table 1),有意な差が認められなかった.したがって,実際の除染作業では,実施者の外部被曝リスクを低減するために,「コンテナ栽培法」の方がより現実的であると言える.
来年度,著者らの研究グループは,福島県の協力を得てどれくらいの期間でどれくらい放射性Csを低減できるかを実証するフィールド試験を実施する予定である.
Table 1 Radioactivity concentration of E. acicularis in the experimetns. |
謝辞:フィールド実験の際には,福島県農業総合センター・生産環境部の佐藤睦人氏および住鉱資源開発株式会社の水落幸弘氏にご協力いただいた.また,白河農業高校の根本氏には実験期間中のマツバイの写真撮影にご協力いただいた.以上の方々に,記して謝意を表する.
文 献
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Ha, N. T. H., Sakakibara, M., Sano, S., Hori, R. S., and Sera, K., 2009a, The potential of Eleocharis acicularis for phytoremediation: case study at an abandoned mine site. CLEAN – Soil, Air, Water, 37, 203-208.
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Ha, N. T. H., Sakakibara, M., and Sano, S., 2011, Accumulation of Indium and other heavy metals by Eleocharis acicularis: An option for phytoremediation and phytomining. Bioresource Technology, 102, 2228-2234.
藏本 翔・榊原正幸・佐野 栄・世良耕一郎(Kuramoto, S., Sakakibara, M., Sano, S. and Sera, K.),2011,カヤツリグサ科マツバイによる重金属汚染水のファイトレメディエーションにおけるクリンカアッシュの有効性.第18回地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会講演集(Proceeding of The 18th Symposium on Soil and Groundwater Contamination and Remediation),445-448.
榊原正幸・原田亜紀・佐野 栄・堀 利栄・井上雅裕(Sakakibara, M., Harada, A., Sano, S., Hori, R. and Inoue, M.),2006,マツバイを用いたファイトレメディエーションによる重金属に汚染された水環境の浄化.第12回地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会講演集(Proceeding of The 12th Symposium on Soil and Groundwater Contamination and Remediation),545-548.
榊原正幸・大森優子・佐野 栄・世良耕一郎・濱田 崇・堀 利栄(Sakakibara, M., Ohmori, Y., Sano, S., Sera, K., Hamada, T. and Hori, R.),2008,マツバイによる廃止鉱山残土堆積場の重金属汚染された水・底質環境の浄化.第14回地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会講演集(Proceeding of The 14th Symposium on Soil and Groundwater Contamination and Remediation),130−133.
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榊原正幸・藏本 翔・岡崎健治・伊東佳彦・大日向昭彦・竹花大介(Sakakibara, M., Kuramoto, S., Okazaki, K., Ito, Y., Obinata, A. and Takehana, D.),2011a,セレンに富む残土排水のカヤツリグサ科マツバイによるファイトレメディエーション.第18回地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会講演集(Proceeding of The 18th Symposium on Soil and Groundwater Contamination and Remediation),310-312.
Sakakibara, M., Ohmori, Y., Ha, N.T.H., Sano, S., and Sera, K., 2011b, Phytoremediation of heavy metal-contaminated water and sediment by Eleocharis acicularis. CLEAN−Soil, Air, Water, 39, 735-741.
榊原正幸・久保田有紀(Sakakibara, M. and Kubota, Y.),2012a,放射性セシウムに汚染された水田土壌のマツバイによるファイトレメディエーション.第21回環境地質学シンポジウム論文集(The Proceedings of the Twenty-First Symposium on GEO-Environments and GEO-Technics),11-16.
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(2012/8/3)