東日本大震災に対する学会員の声
2011年8月23日配信のgeo-flashにて募集した『東日本大震災に対する学会員の声』にお寄せいただいた内容をご紹介いたします。
東日本大震災について地質家の取り組みが求められる課題の総ざらえを考えよう
志岐 常正
東日本大震災についての会員の声が募集されています。私にもいろいろと述べたいことがあります。とくに地質学抜きにはできないことが少なくないこと、それなのに社会にその認識がないことを痛感しています。本当は今こそ地質家の出番です。
しかし、今回、以下には、私が関心を持っている調査・研究課題を列挙してみたいと思います。正直なところ、今の私には、それら課題のほんの一部にさえ取り組む力がありません。それで会員の皆様にその実行をを訴えたいと思う次第です。どなたかに参考にして頂ければ幸です。
実は以下は、ある研究団体の討論のために、研究分野別でなく、地域別でもなく、社会的緊急性が高く(既に遅すぎるものもあるが)、かつ問題性が高いと思われる順に、大小取り混ぜて課題を記してみたものです。系統的な整理を意図していない点は了承ください。
現地の状況や訴え、要求は、日々変化しています。とくに原発事故の被害は、当初の認識をはるかに越えて広がっていることが分かってきました。以下に挙げた項目は、今のこれらをフォロウしていない点で不充分です。また、筆者の専門や経歴を反映した切り口に特徴だけでなく欠陥があるかと思います。各機関や研究者その他により既に調査が進行している問題については省略するか、ごく簡単に触れるだけにします。
東日本大災害について調査・検証を望む問題を、社会地質学的視点からの提起する
I :当面の調査と今後の研究
*津波被災地の土地利用、とくに仮説住宅設置場所問題
- 津波災害発生以来、仮説住宅の設置場所の問題が関係者、自治体を悩ませた。筆者は、3月中旬から5月にかけて、今回の巨大津波で浸水した場所でも利用できるところがあるはずであることを、関係自治体その他に電子メールや郵便で伝えた。この問題が2011年の夏に入っても解決されていないところがあると聞く。土地の所有関係など社会的問題も関係するだろうが、津波巨大の再来予想、”災害グレイゾーン”(志岐2011 日本応用地質学会関西支部講演「東日本地震・津波大災害地復興ストラテジーに関する地質学的意見」参照)の時系列的変化などを踏まえて現地で検討することが、仮説住宅などの臨時的施設だけでなく、長期にわたる土地利用、地域復興を考える上で有効、必要であると考える。
*高台への住宅地などの移転計画
- 高台へ移転すれば、津波災害を避けることができる。しかし、地質を無視した安易な高台開発は、地震の際の盛土造成地崩壊の因を造る。なお、今回の津波で冠水した高台住宅地(昭和三陸津波災の後で開発)があると聞くが、高台の高度に関しても、上記グレイゾーンの時系列変化への対応が考慮されることを希望する。つまり、そこは当分は安全である可能性が高い。
高台に限らず、新たに住宅地を建設する際には、居住者の日常生活の保証が条件とされなければならない。とくに高台は、加齢するだけで、坂の登り降りが難行苦行となることを忘れてはならない。老人、障害者などが生活必需品を入手できない街をつくってはならない。小児、老人、障害者などのための施設、学校、医師の域内居住、コンビニ、商店などが欠けた”近代的”街が如何に住みづらいかは、近年、都会の各所で観られるところである。この教訓に学ばねばならない。場所毎に事情は違う。具体的な検討が必要である。
*瓦礫の処理
- 防波堤、堤防などの建設に使うことを検討している自治体がある。色川大吉氏も同様のことを提案しつつ、采配は地元に任せるのが良いと言っておられる(7月19日、朝日)。 端的に言えば賛成である。いや、それ以外の智恵はなさそうに思われる。もちろん、分別処理の問題など、いろいろな困難があるに違いない。ただ寄せ集めるのでなく泥分を混ぜるなどして必要強度を造る必要がある。どこからその泥を得るかについては、周辺地域(海域を含む?)の地質、泥質の調査が必要である。下手をすると新たな環境(防災条件を含む)破壊の要因を造りうる。
なお、瓦礫はそれ自身堆積物として堆積構造を持ち、津波の侵入、遡上、引きなどの状況を記録する。つまり今後の津波対策を検討する物証である。形成、堆積当時のままで残っているところは、ほとんどないと思われるが、写真記録を検討すればなんらかの情報が得られるかもしれない。打ち上げられた舟も同様である。
*痕跡の高さ
- 建物の壁や樹木にのこる痕跡の高さは盛んに調査されている。つまり調査の盲点ではないのでここではとくに触れない。しかし、今後の復興計画、とくに避難場所や水産施設などを含む構造物の建設計画の基本として極めて重要であることは言うまでもない。
*防波堤、防潮堤、堤防の修理、建設
- 防波堤、防潮堤の高さ、効果、破損などが論議されている。 破損した防波堤の破損状態の調査は重要である。押し波(潮)の圧力、段波の力、越流落下水の洗掘力、引き波(流れ)の力などのどれか一つによる説明で足れりとせず、工事の手抜きやセメントの質をも含めて、多角的、総合的に検証、計算すべきである。まず、現地での注意深い観察が必要である。
防波堤の役割に関しては、高さ不足で越流したところでも、それなりの効果があったという意見がある。津波のエネルギーは減殺されたに違いない。しかし、津波は水深が小さいところへ至れば水面の高さを増す(津波とはどういうものか参照)。つまり、防波堤や防潮堤は津波の波高を大きくする役割を果たした場合があることも検討しなければならない。原発の両側の、原発関係の工作物がないところでは、波高は10メートル程度であった。福島第一原発の沖合には、バーか堆のようなものがあったという話がある。実際に、そのためかと思われる波の砕けが当日の写真に見られる。この堆と、原発の防波堤自身とが、原発にあたった津波の打ち上げを高めた可能性がある。
三陸リアス式海岸での地形による津波の波高増大については、問題自体は常識的であり、専門家によって計算もされているので、ここでは触れない。しかし、津波というものの力学的特質、砕波後の流れへ変化、引き流れの性質などの現れや効果を、これまで以上に個別場所の地形に即して検討し、沈水堤、防波堤、防潮堤、港湾護岸、河川堤防などの設計・計画を再検討することが望まれるのだろう。
*港湾や水産設備の再建
- "グレイ度" が高い、そして将来にわたって低くなることはない場所でも、生業は回復せねばならない。そこで、少しでも安全性を高めるために大きな工学的取り組みが計画されようとしている。しかし、養殖を主とする仕事と沖に出てする漁労とでは、必要な道具も設備も異なる。数トンの数隻の舟を必要とするところと99トンの多数の舟を入れる港、1000トンの船舶を停泊させる港湾では構造も規模も全く違う。とくに三陸海岸では地形や水況などの自然条件を反映して、揚げる水産物の種類にも、場所(地区、港湾)毎にそれぞれ特徴がある。これらを一括して、地域計画の専門家なるものにデザインをさせるなどは危険である。水産設備と平常居住地との分離も議論さえているが、これについても同様のことが言える。上にも記したように、居住地は高台にすれば良いと単純には言えない。地元の知識と経験に基づく意見を調査、集約することが重要である。一方、岩手県は、複数の展望的なデザイン案をすでに提示しているが、三陸地方の自然と人文の特徴とその場所による違いがなかなか良く考えられいるので、中・小の自治体、さらには地区毎の検討のたたき台に充分になると思われる。
三陸海岸の南部は宮城県に属する。上記の問題はこの地域にも当てはまる。重厚長大の一律的大規模 "開発" は地域水産業を破壊する。このことが宮城県当局によって認識、重視されることを強く希望する。
*地盤沈下、それからの回復見込み
- 地震発生以前の状態(平均海水医面など)を明かにする必要がある。測地学的検討は、当然、関係行政研究機関によって、組織的に実施されるであろうが、細かくは、現地での聞き取りが役立つかも知れない。
沈下した地盤の自然回復(隆起)は、地震直後から始まっているが、今後の土地利用を考える上で当てにして良い速度にはならない。完全には元に戻らない(ーだから、リアス式海岸地形や平野が形成されている)。ほぼ回復した時が次ぎの地震津波の起こる時である。これは調査よりも社会教育の問題である。このことが地元で理解されているか否かは聞き取り調査のテーマであろう。
*地盤沈下地域の土地利用
- 地盤が沈下した地域は、場所により程度の差こそあれ、グレイの濃い地域として残る。その前提で土地利用を考えねばならない。たとえば湖沼として漁労や観光に生かす。干拓、塩抜き、埋め立てを行い農地に戻すなど、それぞれの現状と生活者の必要に応じたデザインが必要である。塩抜きの方法については各種の方法が検討され、一部はすでに始められていると聞く。先に一部の行政に参考意見として伝えたが、佐賀県の有明海干拓の長い経験(綿を使う)も検討に値すると考える。現地での経験交流が望ましい。
*配電網の鉄塔などの維持・管理、妥当性の点検
- 福島第一原発事故では、まず地震動による鉄塔の倒壊で主要電源が失われたとされて いる。送電鉄塔の倒壊などということはこれまで極めて稀な事態であって、原因の究明が注目される。基礎地盤の地質や施工状況などが、第3者によって公正に点検される必要がある。問題は、福島原発に限らず全国の原発その他、配電システム全体、さらにエネルギーの安定供給問題に関わり重要である。
*ダムの決壊・復旧問題
- ダムの決壊原因、復旧するか否か、復旧するとすればどのようにするかの問題は、地元や専門家の間で検討されていると考える。
*原発の立地
- 福島第1原発の事故のもとは、そもそも原発をそこに置いたことにある。その経過が検証されなければならない。おそらくこの問題の根は社会的に非常に深いが、ここではそれが、原子物理学ではなく、むしろ、社会における地質学の位地、役割の現状に由来することを指摘したい。言うまでもなく、この問題は福島第1原発事故だけに限ることではない。
*福島第一原発の施設破壊は津波だけが原因か
- 津波に襲われる前に地震で諸施設に損傷が生じていたのではないかは問題である。福島第一発電所では、地震後(津波は警報発令中で未だ襲来していなかった時期)に建家の冷却水系のタンクで水位低下を示す警報が鳴り、運転管理部の職員2人がタンクの配管がある地下に入って津波に呑まれた(8月2日毎日)。今後の地震防災にために、第三者を加えて、徹底した調査・検討がなされる必要がある。それには地質学的検証が欠けてはならない。
*電気系統、とくにコンピュータ制御の総ての機器、設備の耐震性、被災リスクの点検
- 福島原発事故は、複雑な電気エネルギー、とくにコンピュータなしに成り立たない現代社会の、根本的脆弱さを露呈した。たとえば多くの地震計が地震で(!)破損し、津波の規模の予測計算を誤らせた。深刻で笑えぬ矛盾である。この際、上記鉄塔だけでなく、総ての電気系統の重要設備、施設について、構造物それ自体でなく、それらの基礎地盤、基礎工事、立地条件(地震だけでなく斜面崩壊や洪水、火災、などのリスク、人為的破壊に関係して)の点検、調査を要請する。とくに地理・地質学的調査が肝腎である。
*気象と海洋の調査の問題点
- 放射性汚染物質の、当初、その後、今後の広がりの調査・検証が重要であることはいうまでもない。その対象は、陸、海、空に渡る。いずれの調査も後手、後手に回っただけでなく、必要規模、精度に遠く及んでこなかった。この事態は早急に改善されなければならない。例えば、原発でのメルトダウンの発生直後には、海水の汚染は沖合には及んでおらず、漁労は可能だったはずである。しかし、海流の状況について、コンピュータシュミレーションは行われたものの水産に生かされず、現地での調査は、そもそも調査船が圧倒的に不足であったと思われる。
今後の汚染分布予測については、大気や水だけでなく、むしろ固体の堆積物の堆積地質学的調査が情報を提供する。
汚染だけでなく、津波そのものの運動の記録も、堆積物に見ることができる。これについては後述する。
*原発事故による放射能汚染と被災者の生活問題
- 被災者、避難者の生活の実情は、当然ながら多くのところが取りあげて報告している。それでも多くの盲点があるかと思われるが、それらはまず現地に至ってこそ認識できるものに違いない。放射能汚染については、今頃になって稲藁の汚染が明らかになるなどと、とくに問題が深刻である。そもそも、初めに同心円で地域を区切って汚染程度を想定したことが、自然(この場合はとくに気象)を無視した非科学的なやり方であった。果たせるかな、すぐに多くの矛盾が生まれ、現在までそれが続いている。これに関わる要調査項目は、多すぎてかえって今ここに挙げ難い。また、狭義の地質学の範疇から外れる問題が多うので省略する。
*とくに放射能汚染の除去と元の土地への復帰展望について
- 避難者にとって、今後避難が何時まで続くのかは、重大な問題である。まず、汚染の細かい調査が徹底的に進められなければならない。汚染物質の動きや滞留は堆積地質学的問題であり、調査には、そのセンスが求められる。それは、汚染物質の除去にも必要である。
なお、汚染がどのくらい少なくなれば元の生活場所に戻ってよいのかは、避難住民にとって最大の関心事であるが、放射能というものや、それによる障害リスクについての丁寧な説明が必要である。一般住民は、確率論的思考の教育を受けたことがなく、リスクの我慢の程度は選択の問題であると言われても困る。また、汚染物質が徹底的に除去されても、なおかつ元の生活場所に戻れない場所が必ずある。このことは、隠さずに明らかにせねばならない。この問題について当事者の立場に立とうとするとき、何をどう調査すべきなのか、できるのか。それは自然科学の範囲を大きく超えた問題である。
*地元における調査・復興プラン策定可能性とその実情
- 原発事故の影響を受けていない地域でも、津波で被災した中・小の自治体、とくに専門的職員が多く被災し失われた自治体では、独自の復興プラン策定がほとんど不可能に近い場合があるという。岩手県の場合、上に記したように、県から提出された案は、充分に参考になるものと考える。他地方の、過去の災害で被災したところの専門職員の援助は求められている。これまでの災害の被災体験者や調査経験者による調査、検証も、客観的(岡目八目的)セコンド・オピニオンの提供として参考になるかも知れない。復興プランの地元での検討・策定の現状を聞き、緊急で必要であるならば地質学的問題に関して助言を試みることを避けてはならないだろう。
上に三陸海岸の場合を記したが、仙台平野の場合でも、たしかに平野全体を俯瞰して、復興プランを考えることは必要ではあるが、地域の状況は、上に記したように、同じく地盤沈下で浸水しているところでも、たとえば水田としての復旧が可能なところ、水域として有効利用を考えねばならないところとでは、今後の方策が根本的に異なる。その具体化については、チョットした水門の設置、運用についてさも、狭い地域ごとの現地農民の知識なしには図れるものではない。
いわゆる地域計画専門家やコンサルタントには、自然の地質、水文、気象などを知らず、地域の実際を無視した観念的な理想を描いているに過ぎない者がいる。壮大な絵を描くことを好む専門家は警戒した方が良い。中には、巨大企業群や大手デイビロッパーの独占的利益を計る狙いを隠していることもあり得る。福島原発設置の場合が正にそうであった。 今後、このような問題が具体化され、地元の住民生活、産業などがどう変わっていくかについては、長期にわたる追跡調査が必要であろう。
*防災に関する知識普及状況
- 以上に述べたことは、福島原発事故被災・避難者の深刻な精神生活問題を除けば、ほとんどすべて、自然、すなわち地球科学の対象に属し、しかも、大なり小なり地質学・地理学に関わる。このことが、被災地や被災地外の行政や一般の人々にどう認識されているかは、今後の防災・減災ために重要であり、現地調査の最重要項目の一つである。
いわゆる "想定外" 問題は、原発事故に関しては責任逃れの言い訳にすぎないことはありありとしているが、地震の規模に関しては、存在を認めざるを得ない。しかし、津波の規模に関しては、若干事情が異なる。この問題に関しては、別に記述したいが、今回、昭和三陸津波の経験者が少なからず犠牲となったことは、深刻な教訓として捉えられなければならない(「津波とはどんなものか」を参照されたい)。
もっと一般的に言えば、学校や社会における地学教育の軽視、後退が、今回の被災増大の背景にある。このことを当の地学関係者が述べたとき、痛恨の言葉としてでなく手前みそととられる可能性は小さくないのではないだろうか。だが、その実態を調べ、主張をせねばならない。
*科学的思考
- "関西では大地震は起こらない" という神話が、多数の専門家の警告に関わらず、兵庫県南部地震の前に広がっていた。原発の、いわいる安全神話は造られたものであるが、それが一般にかなりの程度に浸透していた経過と理由は科学的に検証されねばならない。聞き取り調査がかなり有効であろう。
今の学校・社会教育には重大な欠陥があるのではないだろうか。自然と人文に関する学習は、教師のよほどの工夫がない限り、面白くない暗記物である。 もっと基本的には、自然や社会には、確率的事象があること、漸次的変化の間に蓄積された矛盾が閾値に達して激変を起こすこととがあること、などは、理科教育を含む今の学校教育のどこでも学習できないことが問題である。被災現地の実情の調査・検証は、この根本的問題を考えるための具体的事例を提供するだろう。
Iの結語に代えて
- 現在、宮城県と岩手県では、復興についての方策に大きな違いがある。前者は、単なる復元でなく”創造的復興を図るべきであるとの 考えのもとに、有名研究機関に依頼して計画を作成し、県下全域を上からまとめようとする。これに対して岩手県では、各地域の実情に即し、下からの発意や要求、自主的動きを大事にしている。これに関係する具体的問題の例については、上にも若干触れた。実際には、東日本でけ見ても、被災のメカニズムや経過は極めて多様、複雑であり、とても重厚長大方式の従来型の手法でうまくいくとは思えない。しかし、問題は東日本の復興問題に止まらず、大ゼネコンや”原子力村に深く関わる大独占企業の、日本全体の未来展望に関わり、根が深い。その中で、地域住民が、災害や環境破壊から地域を守り、生き甲斐のある生活設計を考えるに役立つ科学的・具体的知識や情報を提供する調査が、今要求されている。
II:地球科学的基礎研究テーマ
以下には、被災現地での調査要求には直接には関係しないが、災害発生の自然的メカニズムの把握を深めることは将来の防災や、地域復興と将来設計のために重要であり、そのために貢献しうる地質学的基礎研究課題を若干挙げ、コメントする。
A:堆積地質学的調査が、津波災害の発生直後から行われいる。その調査結果は、基礎的課題についてのものであっても、他のどの専門からのアプローチに増して、津波と津波災害に関する資料、情報を提供する。
*津波による砂礫堆積物などの堆積状況
これまでは、津波の遡上高や侵入範囲などに注意が集中する傾向があったが、津波による地積物、とくにそのBedformに注目すれば、津波の侵入や引き流れなどの方向や強さが推定できる。今後の地域計画に役立つ可能性がある。
*津波は陸に達しないうちに砕波する場合が多いとおもわれるが、動画記録を見ると、気仙沼では、津波が砕波しないで川を遡上り、さらに両岸低地域に氾濫したように見える。ただし道路では奔流となるが、引き波(流れ)は静かに始まる。
個別地域について、映像に見る波や流れの場所による違いや変化を解析し、残された堆積物や被害状況の調査結果と結び付ければ、津波というものの性質を、より深く認識することが出来るだろう。
*陸上地積物は残りにくい。今回の陸域への遡上堆積物が、今後人為的影響がない場合、どのように保存されるかは過去の津波堆積記録の保存ポテンシャルを考えるうえで重要である。長いスパンでの時系列的調査が望まれる。
*海底、特に沖合堆積物は、高い保存ポテンシャルをもつ。今回、浅海、さらに海溝に至る深海に堆積して形成された”物証”(ツナミイアイト)の調査は、津波というものの全的理解のための基礎的な、資料を、世界で初めてうることができる。これは日本の科学の世界に対する責任である。
*液状化記録堆積物
首都圏を含む関東地方で、東北地方にも増して広範に甚大に液状化被害が発生した。その実態と対策の調査・研究がすすめられている。液状化の場の条件、とくに過剰間隙水圧の発生に関係する被覆物の厚さ、物性などの測定、報告を望みたい。
B:地盤のテクトニクスに関係する諸問題
- a)津波の規模の予測に関する問題については、経過の告白、残念の思いなどの吐露を含 めて、多くの報告や言説がだされている。たとえば8月1日付け朝日の「M9、「常識」に死角(瀬川茂子)」はよく整理されている。地震学者を含む自然科学者の言説はもちろん、科学雑誌やマスコミ記事などにも、客観性や科学性を失った責任転嫁や一方的決めつけが見られないことは喜ばしい。(いわゆる”原子力村”の、原子力エネルギー開発関係者の見苦しい言動とは対象的である。) 今回の東北・関東沖での超巨大地震の発生規模予測の失敗の要因、それが示す今後の研究課題については、筆者にも意見がないわけではないが、ここでは記述を省略する。一つだけ触れておくとすれば、近年、プレート力学境界断層群を”分岐断層”と捉えるのが一般的になっているが、テクトニクス、ストレス・歪み蓄積の無意識的過小評価に繋がっているのではないだろうか。
- b)広域テクトニクスの問題に関係し、阿武隈山地東縁に、海岸線にほぼ並行に走る双葉断層には今回なにも起こらなかったであろうか。東北日本から関東にかけての広い範囲で、ストレスー歪みが東西圧縮から伸張に変わったはずであり、それによる断層や割れ目の発生に関する報告がもう少しありそうなものと思われる。もちろん、もっと遠く、たとえば新潟に起こる地震、所謂誘発地震の発生も、このような応力場変化の問題として、今後詳しく解析され、今後の大地震発生予測に生かされるだろうことを期待する。