報告:津波で墓石が丸くなった!−岩手県大槌の墓石の津波による侵食について

石渡 明(東北大学東北アジア研究センター)

 

 

2011年7月12日の朝日新聞朝刊1面に,「震災4ヶ月,手を合わせ」という題の小さな記事が写真入りで掲載された.この写真には, 岩手県大槌の江岸寺の墓前で手を合わせる家族の姿が写っている.そして,この家族の周囲では,全ての墓石が倒れているように見える.しかし,私たちの墓石 転倒率調査の結果によると(http: //www.geosociety.jp/hazard/content0055.html),震源からの距離が同程度の仙台付近で も転倒率は7.8%(墓地128ヶ所の平均)と低く,なぜ100%近い墓石が倒れているのか疑問だった.津波で水没した仙台平野の海岸部の墓地でも,津波 で倒れた墓石は少数だった.この疑問を解決するため,7月31日に現地調査を実施した.その結果,驚くべき被害の実体がわかったので報告する.

大槌の市街地は,北西から南東へ並行して流れる北側の大槌川と南側の小槌川がつくった一辺が1.5 kmほどの一つの海岸平野に発達している.江岸寺はこの2つの川の間に延びる丘陵の東端部に位置し,町役場や大槌駅から300mほどの距離にある.江岸寺 の裏山から南東方向へ大槌市街を展望すると(図1),手前の墓地から遠方の海岸(大槌湾)まで,少数のビル以外は建物がほとんど残っておらず,この甚大な 被害の様子から,この墓地まで津波が到達したことがわかる.山の下の平地部分に立って見ると,墓石が転倒している領域は平地から比高差7 m程度までで,この部分のブロック塀は流出油による火災のため赤灰色に変色しているが,それより高い部分には津波が到達しておらず,墓石の転倒やブロック の変色は見られない(図2).平地部分の墓石は,転倒しているというよりも,ひどく破壊されている.例えば,横長の倒れにくい墓石は原位置にそのまま鎮座 しているが,片側が大きく割れている(図3).これは,同じ墓地内の他の墓石などが津波に流され,この墓石に当たったために割れたものと思われる.この墓 石は北側(谷の上流側)が割れており,この墓石を割った津波の流れは引き波(大槌川の谷を満たした海水が海に戻る流れ)であったと思われる.この墓石は, 図1の左下部分にも後方から見た姿が写っている.また,ある縦長の標準型の墓石は,津波により南側へ倒されて後ろの花崗岩の側壁に寄りかかったが,流され てきた他の墓石などが次々とこの墓石に当たったために,墓石が真っ二つに割れ,表面が侵食されて削られ,墓石の表面に彫られた字がほとんど読めない状態に なっている(図4).そして,その下の基礎の石材も,角や縁が丸く侵食されている.この墓石もやはり山側から海側へ倒れているので,津波の引き波によって このような被害を受けたものと思われる.この墓石は,図2の左下の部分にも,その一部が写っている.津波で浸水していない裏山の斜面の高い場所にある墓石 は,地震の揺れではほとんど転倒していないので,平地部分の墓石の被害は,大部分が津波によるものと考えられる.

岩手県大槌で観察された,このような津波による墓石の破壊や侵食は,仙台平野では全く見られないものである.仙台平野の津波で浸水した墓地では,ガレキや ゴミやヘドロが墓石の間に沢山流れ着いていて,流されてきた船,車,大きなドラム缶などが当たって倒された墓石もいくつかあるようだが(上記ホームページ または地質学会News, 14(4), 9-11の第2図),墓石同士がぶつかり合って墓石が割れたり侵食されて丸くなったりするという現象は起きていない.大槌の津波の引き波がいかに物凄い流れであったかがわかる.

高校地学の教科書に必ず載っている,堆積物の移動開始流速と粒子の大きさとの関係を示すユルストローム・スレドボリ図によると,60cm以上の大きさがあ る墓石を水流によって移動させるためには,1000cm/s(36 km/h)以上の流速が必要である.つまり,この墓地を襲った津波の引き波の流速は,自動車が走る早さに達していたと考えられる.これは,豪雨の際に山間 地で発生する土石流のスピードとパワーに匹敵する.平野部でも海岸堤防などの津波による破壊は主に引き波によることが報告されているが,大槌のように急傾 斜の谷が海岸に没するリアス式海岸の場合は,谷を遡上した津波が海に戻る際の引き波の流速が特に大きくなり,巨大な破壊力を生じたものと考えられる.この 墓地は,大槌川からは南西方向へ最も離れた山沿いにあるので,これでも流速は遅い方で,恐らく大槌川沿いの引き波の速さは,この墓地における流速よりも更 に大きかったと考えられる.


末筆ではあるが,この津波によって犠牲になった方々に哀悼の意を表するとともに,ご遺族と被災された方々に心からお見舞い申し上げる.

   
図1.江岸寺の裏山から見た墓地と大槌市街地の津波被害の様子.図3の墓石を裏から見た様子が画面左下に写ってい る. 図2.江岸寺墓地の津波被害を受けた部分(画面下半部)と受けなかった部分(画面上半部)の違い.図4の墓石の一部が画面左下に写っ ている.

 

   
図3.右側(北側)が大きく割れた横長の墓石.基礎の石材も右側の角がとれて丸くなっている. 図4.津波で南側へ倒され,流されてきた岩石などが当たって大きく2つに割れ,角がとれて丸くなった標準型の縦長の墓石.表面に彫ら れた字が侵食のためにほとんど読めなくなっており,基礎部分の石材も丸くなっている.

 

追記

8月16日に石巻市及び仙台市宮城野区の津波被災地域の墓石の被害状況に関する調査を行った.津波が到達した範囲にある墓石のほぼ 100%が倒壊した墓地も複数あったが,墓石そのものが大きく割れたり侵食されて丸くなったりした例はあまりなかった.ただし,石巻市門脇の西光寺墓地 (日和が丘の南側)では,漂流物の火災の影響を受けた部分(門脇小学校の西側,同校はこの火災で全焼)において,墓石が大きく割れたり,角が取れて丸く なったり,表面が剥離したりする現象が顕著に見られた. 従って,大槌の江岸寺におけるそれらの現象も,火災の熱による墓石の膨張とその後の収縮による熱的破壊が主な原因である可能性が高い.津波による墓石の転 倒や破壊には,津波の流向・流速・水深などだけでなく,漂流物の性質,大きさ,量,そして火災の有無など様々な要因が関与し,地震の揺れによる墓石の転倒 より複雑で扱いにくい.津波で被災した墓地の調査方法はまだ手探りの状態である.しかし,大槌の墓石の転倒方向や破壊された墓石の形状などから推定した流 向(引き波)と流速(40km/h程度以上)は多分間違っていないと思う.


 
門脇小学校.津波の漂流物による火災で全焼.この小学校は西光寺の墓地に囲まれている.

 


 

 
墓石1.火災の熱で同心円状(玉ねぎ状)の割れ目が入った墓石.大槌の墓石の割れ目とは形状が違うようにも見える.(石巻市門脇西光寺墓地) 墓石2.火災の熱で表面が剥離した墓石.(同墓地)

 

 

 

(2011/8/10)