チリ地震津波とチリのテクトニクス

安間 了(筑波大学生命環境科学研究科)

 

図1:南米大陸パタゴニア地方のテクトニクスと火成作用。

「海水がふくれ上がって、のっこのっことやって来た」
   三陸沿岸で夜明けの海を見つめていたある漁師は、吉村昭の取材に対してこんな言葉で1960年チリ地震津波の襲来を伝えたという。これほどドラマティックではなかったにせよ、2010年2月28日に我々が目のあたりにした光景も、まさにこのようなものであった。そしてこのような光景は、天正14年にも、貞享4年にも、享保15年と天保8年にも、明治元年と明治10年、大正11年にも三陸沿岸でみられたという。チリ沖合で発生した遠地津波が日本に到達することは、けっしてめずらしいことではないのである。

 

   南米チリ共和国は、火山や地震活動に関しては、日本以上に活動的な地域である。ここ数年の例をあげても、2007年1月22日から始まったPuerto Aysenフィヨルド内で起きた地震活動(これは噴火を伴ったと考えられている)と津波、2008年5月に始まり4000人を避難させたChiaten火山の噴火、そして2010年2月27日の巨大地震と大規模な災害がチリ南部で次々と起こっている(図1)。この巨大地震は低角逆断層の震源メカニズムをもち、プレートの沈み込みと直接関連しているが、ほかの活動は斜めに沈み込むプレートの横ずれ成分を解消するように発達したLiquine-Ofqui断層帯に沿って生じている。また、Villarrica火山をはじめとするチリ中央部の活火山の活動も、近年活発になってきているようである。

 
図2:1973年から2010年2月25日までの震源分布と20世紀以降に生じた大地震の震源域(東京大学地震研究所ホームページより)。チリ三重点近傍は地震計の数も少ないが、地震の数そのものも北側に比べて明らかに少ない。

   チリのテクトニックセッティングを概観してみよう。図1にプレートと第三紀以降の火成活動の分布を示した。ここで目につくのは、沈み込む海洋プレートと火成活動との関係である。チリ海嶺が沈み込んでいるタイタオ半島の北側では、北側に向かって次第に古くなるナスカ・プレートがおよそ9 cm/yの速度で東北東へ、南側では南に向かって次第に古くなる南極プレートがおよそ2cm/yの速度でほぼ真東に向かって南米大陸の下に沈み込んでいる。パタゴニア(南米大陸の南緯40度以南の地域)南部では、14 Maから始まったチリ海嶺の沈み込みがすでに完了しており、地下にはいわゆるasthenospheric windowが期待される地域であるが、活火山の分布はまばらである。一方、より冷たいスラブが沈み込むパタゴニア北部からチリ中央部では、密に分布する活火山がほぼ直線状の火山前線を形成している。不思議なことに、冷たいスラブが沈み込んでいる場所の方が、火山活動は活発なのである。パタゴニア南部では、中期中新世の花崗岩が火山前線よりも前弧側にまばらに分布していることが知られているが、これがナゾを解く鍵かもしれない。

 

   地震もまた、沈み込む海洋プレートにその活動が規制されているようである。1960年チリ地震の震源域は、ナスカ・プレートが沈み込む領域に破壊域が限定されている(図1)。さらに過去に生じた地震の分布(図2)と比べると、地震はチリ海嶺沈み込み帯付近では少ないこと、北側にいくほど多くなること、20世紀以降に発生したMw > 8.2 以上の地震もナスカ・プレート側に集中していることがわかる。ナスカ・プレートの沈み込み速度が南極プレートよりも早いことに加え、沈み込むスラブの温度や浮力によって、上盤とのカップリングが異なるためと考えられる。

 

   このようなコントラストは、地質にも現れている。タイタオ半島沖では、堆積物の供給量が多いバーケル川などの河川が流入しているにもかかわらず、付加体は全く発達しておらず、造構浸食が進んでいる。一方、より古いスラブの沈み込むタイタオ半島南側の海域では、付加体が形成されつつある様子が地震波探査などで示されている。所はかわり、形は変えつつも、西南日本と東北日本のようなテクトニックなコントラストが、チリでも観察されるのである。

 

 
図3:コンセプシオン近郊のチリ国道5号線法面に記録された地殻変動の記録。断層面上の条線(図4)を観察すると、単純な正断層ではなく、横ずれ成分が大きいことがわかる。
図4:図3露頭の断層面。条線は横ずれ成分が大きいことを示している。
図5:タイタオ半島(1960年チリ地震の震源域南端)先端部にみられる横ずれ断層に伴うpressure ridge。

   さて、チリにおける地震活動を示すいくつかの露頭を紹介したい。図3は、コンセプシオン付近のチリ国道5号線の法面に現れた活断層群である。上位の褐色の地層はいわゆるローム層であり、下位の凝灰質岩の変位に伴って変形している。一見すると正断層のように見えるが、断層面上の条線の向きから横ずれ成分が大きいことがわかる(図4)。したがって、地すべりではなく、テクトニックな変形によって生じた断層であると思われる。図5はタイタオ半島最先端部に分布する超塩基性岩中に発達する横ずれ断層とそれに伴うpressure ridgeである。この地域は1960年チリ地震の破壊域の最南端部に当たる。この断層が1960年地震の時に動いたかどうかは定かでないものの、巨大地震が末端部で歪を解消するときに、何らかの役割を果たしたのではないかと考えている。