ヒスパニョーラの地質とテクトニクス(ハイチの地震に寄せて)


小川 勇二郎 (東電設計株式会社)(2010.01.19)

 

今回のハイチ地震は、とても他人事ではない。丁度、阪神淡路大地震15周年の行事や放送が行われていた時であったから、なおさらである。筑波大学の八木勇治准教授によると、くしくも今回の地震は阪神と類似のメカニズム、規模であるようだ。
 

 
図1.カリブ海の地帯区分(Case and Holcombe (1980)による)。これで見るように、ケイマントロフは、南北をトランスフォーム・フラクチャーゾーンで囲まれた大規模な横ずれ断層帯となっていて、 現在のヒスパニョーラはその東方延長上にあることがわかる。しかし、それは地史的にみると、キューバから東南東へ伸びる白亜系を主体とする地帯を斜めに横 切っていることがわかる。つまりヒスパニョーラは、複雑な横ずれプレート境界の上にある、との説であった。なお、ten Brink et al. (2009)は、ヒスパニョーラの東部に、ゴナベマイクロプイレートを設けている。それによると図5で示すように、今回の地震は、このマイクロプレート境 界で起きたものとなる。黒く囲んだ島がヒスパニョーラ。ポルトープランスは黒丸印。 
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カリブ海は、日本からは遠いために、どのような地質やテクトニクスが行われているかは、ピンと来ない方もおられよう。しかし、有名なKT境界のチシュールブ・インパクトによる津波堆積物の研究には、日本からも何人もの方が参加しているし、付加体で知られるバルバドスもカリブプレートの東端である。ハイチは、通称ヒスパニョーラ島の西半分を占める。東部はドミニカである。西方には、キューバとジャマイカ、東方にはプエルトリコなどがあり、それらはGreater Antillesを作っている。カリブ海の東を限るLesser Antillesが主として火山島弧であるのに対して、前者は、むしろ中生代から第三紀の岩石を主体とする。それらのかなりの個所にオフィオライトや火山性の岩石や変成岩(エクロジャイト相のものも)なども含まれる(図1)。それは地体構造的にはアパラチアとアンデスを結ぶものであり、アメリカ東海岸を南下して、オクラホマのウォシタ山地からテキサスを経て、メキシコに伸び、そこからポロチック・モタグアフラクチャゾーンに沿って再度東へと向かい、このGreater Antillesに達する。ただし、アパラチアを特徴づける古生界は、グアテマラ、ホンジュラスまでであり、カリブ海へはそれらが横ずれ断層で引きちぎられて、実在しない模様である。この方向性はそのまま東へカリブ海をぐるりと回り、ベネズエラから、今度はアンデスへと続いている(図1)。

 
図2.Greater Antillesの地質概念図(King (1969)による)。キューバから続く白亜紀主体の地層(オフィオライト、変成岩を含む)は、ケイマントロフの南北のフラクチャーゾーンに切られる形となっていて、北限の延長上にプエルトリコ海溝が位置する。 ヒスパニョーラの北側からはバハマプラットフォームが、南側からベアタリッジが衝突する形となっている。矢印はポルトープランス。 


もともと太平洋側にあったカリブ海の前身が(白亜紀後半のLIP(巨大岩石区、洪水玄武岩)と信じられているが、依然としてインパクト説も根強い。しかし今回はこれについては立ち入らない)、相対的に東進して南北アメリカの間に割って入り、(パナマ地峡がチョークされる形で)大西洋側に取り込まれたのがカリブプレートであるというのが定説である。この運動は現在もカリブプレートのゆるやかな拡大として続いているが、その過程で、その南北の境界がトランスフォーム・フラクチャーゾーン系を作ってずれている(実際は斜め沈み込み成分がある箇所もある)(図1,2,3)。カリブプレートの南側の境界には、ベネズエラ北岸に非常に厚い泥質堆積体がフラワーストラクチャを作って付加体まがいの構造物として発達する。北側の境界が、今回の地震を起こした断層を含む、ケイマンフラクチャーゾーンを主体とする断層帯である。ここは、現在はカリブ海からガルフ、バハマにかけて礁性の石灰岩が卓越する環境で、ヒスパニョーラには、その一部のバハマプラットフォームが北から衝突し、南側からはベアトリッジが衝突している(図2)。プエルトリコ海溝の西方延長であるヒスパニョーラの北岸と、カリブ海側の南岸には、部分的に付加体または類似の構造(南側のはムエルトススラストベルトと呼ばれる)が形成されている(図4)。

図3.ヒスパニョーラ周辺の海域の構造図(Case and Holcomebe (1980)による)。北側と南側に、付加体類似のスラストベルトが発達している。カリブプレート内部には、沈み込みは知られておらず、北側からは北米プレートが、相対速度約2 cm/yrで、斜めに沈み込んでいる。
図4.南側のカリブ海側に発達するムエルトススラストベルトのサイズミックプロファイルの解釈図。われわれになじみ深いたとえば南海トロフ付加体と類似する構造だが、沈み込みによるものではない、というのが、ten Brink et al. (2009)の見解。
図5.以上を総合するテクトニックマップと概念的断面図(ten Brink et al. (2009)による)。今回の地震は、EFZ(エンリクィロ断層帯)と示される左横ずれ成分の勝った断層に沿って生じたもののようだ。それは、雁行しつつ西方のジャマイカ、それ にケイマントロフの南限の断層帯に続くもののようだが、かなりの水平ずれを示すので、おそらくマイクロプレートの境界となっているのであろう。(一般に、 フラクチャーゾーンは、水平ずれ成分はほとんどないとされる。)


ケイマンフラクチャーゾーンは、比較的細い東西に延びる二本の断層系でその中央部は典型的な中央海嶺地形が発達している。この断層帯の東方延長は、キューバから今回のヒスパニョーラへと、大陸地殻的ブロックを横切る形で、プエルトリコ海溝へと続き、そのままカリブプレートの周辺を限る沈み込み境界へと続く(図1,2,3)。このように、この付近の断層系は起源的にはトランスフォーム断層帯であるが、現在は斜め沈み込みの境界になっている(図5)。つまり、今回の地震を起こした断層は、基本的にはカリブプレートの北縁を限る断層帯のある部分ではあるが、複合的であるといえる。ten Brink et al. (2009)は、ヒスパニョーラ西部(ハイチ)にゴナベマイクロプレートを想定している(図5)。それによると今回の地震は、このマイクロプレート境界で起きたものとなる。このようにヒスパニョーラの地質とテクトニクスは、周囲に付加体をもつという点において、また島弧を横切る形で活断層帯が発達するという点で、日本の地質とテクトニクスに一脈通じるものがある(後述)。

このヒスパニョーラ島の地質はキューバと類似するが、オフィオライト、タービダイト、サンゴ礁性石灰岩などがよく研究されている東部のドミニカ地域と比べて、西部のハイチの陸上の地質の研究はそれほど多くない。しかし、最近、ten Brink et al. (2009)などによって、島の北側と南側に発達するスラストベルトについて、地球物理的、モデル実験的な研究が発表され、その意義が論じられている(地球物理的論文は、この論文にリストアップされている)。くしくもこの論文では、島弧(と彼らは書いている)であるヒスパニョーラのブロックがリジッド(剛体的)なため、北側からのプレート境界での応力が南方へ伝播し、被害が大きい地震が起きるかもしれない、との警告を発していた。彼らは、南北のスラストベルトが、互いに相反するフェルゲンツを持つ、英語で言うと、”bivergent” thrust beltsを示すことに着目し、それが、インドネシアのチモール、パナマ、バヌアツなどで見られる状況と類似するので、双方からの沈み込みによるものか、それともほかの理由からかを検証した。彼らは結論として、北側の北米プレートがヒスパニョーラに斜めに沈み込み、そこに北フェルゲンツのフォアウェッジを作るが、「島弧」のリジッドなブロックにさえぎられて応力が南方へ伝播して、南フェルゲンツのレトロウェッジを作るのだ、ということを示した(図4,5)。後者の部分には、かなり厚い堆積体が形成されていて、ほとんど付加体類似の構造をとる(図4)。しかし、北側のものは付加体であるが、南側のものはプレートの沈み込みによるものではないため、みかけである、とのことである(プレートの沈み込みによる場合のみを付加体とする)。
以上のような地体構造とそのテクトニクスを、比較検討という面から日本に当てはめると、類似点があることに気づく。たとえば、太平洋またはフィリピン海プレート側にスラストベルトや付加体が発達し(それらは海側フェルゲンツである)、本州弧北部から北海道の日本海側には、断層帯または褶曲帯が発達している。これは、3 Ma以降の水平圧縮と、最近になって始まった日本海側での沈み込みのために、あたかも本州弧を挟むような形で両側に相反するスラストベルト(bivergent thrust belt)が発達しているように考えられなくもないということに似ている。しかも、本州弧の(特に日本海側には)は古期の岩石主体の地殻の上に第三紀以来の堆積物がたまって変形しているという点からも、類似する。本州弧の地殻は最大35 kmと厚く、ヒスパニョーラと同じく、相対的にリジッドであろう。そのようなところに、最近、阪神・淡路、中越、能登沖などの比較的大きな地震も起きている。メカニズムがすべて同類ではないだろうが、基本的な構造は非常に類似しているといえる(図3を南北さかさまにして裏からみると、非常によく似ているといえる)。斜め沈み込みの程度は異なるが、このようなテクトニクスは、地球上のプレート境界、特に縁海・島弧・海溝系では普通に起こりうるものとして、今後も注目すべきであろう。

 
追加1.カリブプレートの周辺の簡略化されたテクトニックマップ.(2010.1.21修正)
 
追加2.日本周辺の簡略化されたテクトニックマップ(左)と、それを南北逆にして鏡像にしたもの(右)(2010.1.21修正)

(私 見) 今回の地震から何を学ぶべきであろうか?「備えよ常に」は、われわれ活動的な変動帯に住むものにとっての共通の心構えであろうが、地質屋として、ほかに提言があるとすれば、次の3点であろう。
1. 古傷は、活断層とされていればもとより、されていないものでも、いつ動くか分からない。そもそも、古傷が動いた、ということを言っても解決にならない。その古傷は、最初は古傷ではなかったはずであるから、なぜそこに最初の断層ができたか、その必然性、メカニズム、テクトニクスの発達史的意義を知るべきである。
2. われわれの周辺には、非常に高い確率で将来動く断層が知られている。実際、いつかは必ず動くであろう。抜本的な対策を早急にとるべきであろう。最も重要なのは、ライフラインのバックアップである。
3. そのほかに、地質研究者としてもできることは、GPSの動態と活断層、活構造との関連を監視することであろう。それら具体的な研究に関しては、皆で知恵を出し合い、地球物理学者、地震学者主体の予知研究に、地質屋からも、主体的な行動がとれるようにすべきであろう。

文 献;引用してないものも含む。最近の知見に関しては、以下のten Brink et al. (2009)に詳しい)
Case, J.E. and Holcombe, T.L., 1980, Geologic-tectonic map of the Caribbean region (1:2,500,00). U.S.G.S.
Kerr, A.C., Tarney, J., Marriner, G.F., Nivia, A., and Saunders, A.D., 1997, The Carribean-Colombian Cretaceous Igneous Province: The internal anatomy of an oceanic plateau. In: Mahoney, J.J. and Coffin, M.F. (eds.), Large Igneous Provinces – Continetal, Oceanic, and Planetary flood volcanism, Geophysical Monograph 100, AGU, pp. 123-144.
King, P.B., 1969, Tectonic map of North America (1:5,000,000). U.S.G.S.
Mattson, P.H., 1974, Cuba. In: Spencer, A.M. (ed.), Mesozic-Cenozic orogenic belts. Scotish Academic Press, Geological Socciety Special Publication, No. 4, pp. 625-638.
Moores, E.M. and Twiss, R.J., 1995, Tectonics, Freeman, 415pp.
Witschard, M. and Dolan, J.F., 1990, Contrasting structural styles in siliciclastic and carbonate rocks of an offscraped sequence: The Peralta accretionary prism, Hispaniola Geological Society of America Bulletin, v. 102, p. 792-806.
ten Brink, Uri S., Marshak, S. and Bruña, José-Luis Granja, 2009, Bivergent thrust wedges surrounding oceanic island arcs: Insight from observations and sandbox models of the northeastern Caribbean plate Geological Society of America Bulletin, v. 121, p. 1522-1536.