Geologic setting of the 2008 Iwate-Miyagi Nairiku earthquake
Hiroshi Sato, Naoko Kato (Earthquake Research Institute, The university of Tokyo), Susumu Abe (JGI, Inc.)
2008年岩手・宮城内陸地震(Mj7.2)は、「餅転(もちころばし)ー細倉構造帯」北部の活断層としては記載されていない断層の深部延長の破壊によって発生した。中新世の正断層の逆断層としての反転運動によって引き起こされたと推定される。
2008年6月14日午前8時43分,岩手・宮城県境付近を震源とする岩手・宮城内陸地震が発生した(図1).マグニチュードは7.2であり,震源域は北北東-南南西にのびる長さ45km,幅15kmの領域である(気象庁,2008).地震研究所地震予知情報センターによる発震機構解では,断層面の走向はN22Eであり,西傾斜の場合の傾斜角は49度と求められている.気象庁の一元化震源による余震分布では,本震付近の余震分布は西傾斜を示す(気象庁,2008).
震源域の奥羽山脈の東縁部から北上山地の間は,日本海の形成に伴う背弧リフトの東縁に相当し(Sato, 1994),西側低下の2000万年前〜1500万年前に活動した正断層群が分布する.リフト形成期には火山活動を伴い,とくに奥羽山脈では背弧海盆で噴出した珪長質の火山噴出物が厚く堆積した.リフト期の正断層活動の終了後,東北日本の奥羽山脈は隆起に転じ,800万年前から200万年前には多数の珪長質カルデラが形成された.これらのカルデラは10km程度の直径を有することが多く,ピストンシリンダー型である.これらのカルデラはクラスターをなして分布し,島弧の伸びと平行に約50km間隔で形成されている(例えばSato, 1994; Yoshida, 2003).震源域の南部はとくに古いカルデラの集中的な分布で特徴づけられ,第四紀の安山岩質の成層火山である栗駒山火山を含め地熱地帯を構成している.
地質構造を特徴付けるのは,背弧海盆の形成に伴う正断層群の形成と珪長質大規模カルデラの形成に伴うドーム状の隆起,鮮新世(500万年前)以降に生じた西傾斜の正断層の逆断層としての反転運動である.2003年の宮城県北部は,西傾斜のかつての正断層の逆断層運動によって発生した(Kato et al., 2003).活断層としては震源域の北縁部で出店断層がマッピングされている(活断層研究会,1991).胆沢扇状地を東西に横切る測線では数状の西傾斜の古い正断層が明瞭にイメージングされている(Kato et al., 2006; 阿部ほか,2008).活断層として知られる出店断層は,中新世の正断層の反転運動と,反転運動に伴って正断層の高角度部分が逆断層によってショートカットされて形成された断層である.
図2. 2008年岩手・宮城内陸地震震源域の地質構造俯瞰図. *画像をクリックすると大きな画像がご覧頂けます
|
震源域は地質図・重力異常などから推定される地質構造と震源分布の特徴から,北北東-南南西方向に三つの地域に区分される(図1,2).遠地実体波の解析による断層面上のすべり量分布は,中部区間の浅部で最大値をとる(引間,2008).地表地震断層については,東北大学・岩手大学のグループや産業総合研究所によって報告されている.地表トレースは,概ね片山・梅沢(1958)が記載している「餅転(もちころばし)ー細倉構造帯」と一致する.これらの地表変位が観察された場所は,遠地実体波の解析結果から大きなすべりが求められた領域と良好な一致を示す(石山ほか,2008;遠田ほか,2008a, 2008b).一元化震源による余震分布は,中央部では全体として西傾斜の配列を示し,地表変位が認められた位置が震源域の東端に位置することと調和する.ただし,震源断層としては西傾斜であるものの,地表変位では西側低下の衝上断層による変位が見られる地点もあり,楔状の逆断層など浅部でのより複雑な断層形状が推定される.また,「餅転ー細倉構造帯」の東側には白亜系の花崗岩類が狭小に露出するが,大局的には中新世のハーフグラーベンのエッジ部分に相当している可能性が高い.こうした構造形態は,図3に示す胆沢扇状地を横切る反射法地震探査断面に類似し,「餅転ー細倉構造帯」も中新世の西傾斜の正断層の逆断層としての反転運動を示唆する.
図3. 震源域北部を横切る反射法地震探査断面と余震分布.阿部ほか(2008)の断面に加筆. 震源分布:気象庁一元化処理震源 2008/6/14 08:40 - 24:00,投影測線直交方向±10km範囲について表示.反射法地震探査断面は阿部ほか(2008)による. *画像をクリックすると大きな画像がご覧頂けます
|
北部での震源分布は,12-10kmで緩く西に傾斜するほぼ水平な面に沿った分布を示している.この領域での制御震源探査では,地下12km程度の東に緩く傾斜するほぼ水平な反射面と出店断層のリストリックな形状を示す断層の深部延長が10km程度の深さまで検出されている(阿部ほか,2008).また,出店断層の東側にも北上山地に至る間に,2条の中新世の正断層がありこれらの深部延長は地下12km程度で緩い西傾斜をなすと推定されている(Kato et al., 2006).こうした制御震源による探査結果と地質構造の解釈結果とを比較すると,今回の地震によって出店断層とその東側のリストリックな形状の深部の低角部分のみが動いた可能性が高い(図3).しかしながら,出店断層もしくはより東側に位置する断層の高角部分(ランプ)まで破壊した証拠はない.
震源断層の走向方向には地震発生深度の下限は,南ほど浅い.とくに震源域の南部には,栗駒山の火山をはじめとして,とくに鮮新世から更新世前期に活動した珪長質の大規模カルデラが分布し,高温領域を形成している.これらの領域の上部地殻は,高温領域の浅化に伴って地震発生層も薄化している.さらに直径10km程度のカルデラの存在によって,地殻上部はカルデラ周辺の壁の部分のみで強度を支えるような状態になっている.このため余震分布でも一様な面で破断した痕跡は示さない.おそらく,カルデラ間の地殻上部を破断するような横ずれ断層など,複雑な震源断層分布を示すものと推定される.
今回の地震は,地質断層として記載されていた「餅転ー細倉構造帯」(片山・梅沢,1958)の深部延長の逆断層運動によって発生した.地表変位が観察された地点もこの断層と良好な一致を示している(石山ほか,2008: 遠田ほか,2008).この断層については,これまでの研究では活断層として認識されたものではなかった.そうした意味では,ノーマークの活断層の深部延長で発生した地震であり,活断層としては適切な評価がなされていなかった.変動地形学的な今後の検討を待つ必要があるが,地質断層から見て地表トレースとして長さ10〜15kmに渡って追跡される可能性が高い.東北日本は逆断層型の断層変位を示すため平均変位速度の大きな断層は,丘陵と平野などの地形境界を区分する断層となる.今回の断層は丘陵地形の中に形成されていて,変動地形学的には大規模な断層は想定しにくい地域に位置していた.東北日本に分布する断層の鮮新世以降の総変位量には大きな違いがあり,日本海沿岸の断層の変位量に比べ,北上低地帯の周辺の総変位量は5〜7分の1程度である(佐藤,1989).こうした少ない変位速度が,活断層としての認定を妨げた可能性はある.
この地震から導かれる教訓としては,改めて総合的な研究の重要性が上げられる.今後,地質構造や地球物理学的な探査結果から導かれる結果と合わせて,変動地形学・第四紀地質学の知見を活用し,より総合的な内陸地震の長期評価を行っていく必要がある.
謝辞
小論を作成するにあたり,東北大学大学院理学系研究科今泉俊文教授・石山達也博士・鈴木啓明氏には,地表地震断層の調査結果や文献についてご教示いただいた.気象庁一元化震源のデータを使用させていただいた.
阿部 進・斉藤 秀雄・佐藤 比呂志・越谷 信・白石 和也・村上 文俊・加藤 直子・川中 卓・黒田 徹 , 2008, 制御震源及び自然地震データを用いた統合地殻構造探査 - 北上低地帯横断地殻構造調査を例として -,物理探査学会第118回学術講演会講演要旨.
広島俊男・駒澤正夫・須田芳朗・村田泰章・中塚 正, 1990, 秋田地域重力図,重力図(ブーゲー異常),no.2,地質調査総合センター.
広島俊男・駒澤正夫・大熊茂雄・中塚 正・三品正明・斎藤和夫・岡本國徳, 1991, 山形地域重力図,重力図(ブーゲー異常),no.3,地質調査総合センター.
石山達也・今泉俊文・大槻憲四郎・越谷 信・中村教博,2008,2008年岩手・宮城内陸地震の地震断層調査(速報).http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/topics/Iwate2008/fault_by_THK/
引間和人,2008,遠地実体波解析(暫定解).http://taro.eri.u-tokyo.ac.jp/saigai/iwate/index.html#A.
片山信夫・梅沢邦臣,1958,7万5千分の1地質図幅「鬼首」および同説明書.27p.
Kato, N., Sato, H., Imaizumi, T., Ikeda, Y., Okada, S., Kagohara, K., Kawanaka, T. and Kasahara, K., 2004, Seismic reflection profiling across the source fault of the 2003 Northern Miyagi earthquake (Mj 6.4), NE Japan: basin inversion of Miocene back-arc rift. Earth Planets Space, 56, 1255-1261, 2004.
Kato, N., Sato, H. and Umino, N., 2006, Fault reactivation and active tectonics on the fore-arc side of the back-arc rift system, NE Japan, Journal of Structural Geology, 28, 2011-2022.
活断層研究会編,1991,新編 日本の活断層.東京大学出版会,437pp.
気象庁, 2008,「平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震」について(第6報),報道発表資料,平成20年6月17日10時30分.
建設技術者のための東北地方の地質編集委員会編 , 2006, 建設技術者のための東北地方の地質. 408p.
佐藤比呂志,1989, 東北本州弧における後期新生界の変形度について.地質学論集,32,257-268.
Sato, H., 1994. The relationship between late Cenozoic tectonic events and stress field and basin development in northeast Japan. J. Geophys. Res., 99, 22261-22274.
Sato, H., Imaizumi, T., Yoshida, T., Ito, H. and Hasegawa, A., 2002. Tectonic evolution and deep to shallow geometry of Nagamachi-Rifu Active Fault System, NE Japan. Earth Planet. Space, 54, 1039-1043.
遠田晋次・丸山 正・吉見雅行,2008a, 2008年岩手・宮城内陸地震速報,緊急現地調査速報(第1報:2008.6.15),http://unit.aist.go.jp/actfault/katsudo/jishin/iwate_miyagi/report/080615/index.html.
遠田晋次・丸山 正・吉見雅行,2008b, 2008年岩手・宮城内陸地震速報,緊急現地調査速報(第2報:2008.6.17),http://unit.aist.go.jp/actfault/katsudo/jishin/iwate_miyagi/report/080617/index.html.
Yoshida, T., 2001, The evolution of arcmagmatism in the NE Honshu arc. Japan. Tohoku Geophys. Jour., 36, 2, 131-149.
備考:なお、上記記事は地質学会の依頼により佐藤会員にご執筆いただきました(原稿受理日2008.6.18)。また同内容は、東京大学地震研究所HPにも掲載されています。