2013年(平成25年)山口・島根豪雨災害の概要と調査報告

川村喜一郎・金折裕司・坂口有人・仁田 彩・藤井美南(山口大学)・
山口大学-日本地質学会西日本支部合同調査団

はじめに
 昨年10月の伊豆大島豪雨災害、そして今年8月の広島豪雨災害など,最近,記録的な豪雨による土砂災害によって人的被害が続発している.同様に,山口県でもこのような土砂災害が繰り返されてきている.記憶に新しい山口県の豪雨災害は,2009年(平成21年)中国・九州北部豪雨のときに,7月21日防府市を中心に発生した土石流災害であろう.県内では,死者17名,負傷者35名という大惨事をまねいた.
 ここで紹介する2013年(平成25年)の山口・島根豪雨災害は,防府市を中心とした土石流災害発生から4年後のことであった.この豪雨災害を紹介する前に,まず, 4年前の土石流災害がどのようなものだったのか,“過去に学ぶ”という意味を込めて,簡単に振り返ることにしよう.
 気象庁の報告によると,2009年7月21日は,山口県の北の海上をゆっくり南下する梅雨前線に向かって,暖かく湿った空気が流れ込み,前線の活動が活発になっていた.7月20〜21日の2日間に,防府市や下松市では300mmを超える降雨量が記録された.国土交通省砂防部の報告では200件近い土砂災害が発生したことが示されている.そのほとんどはがけ崩れであり,土石流65件,地すべり4件となっている.
 大川ほか(2010)によると,土石流の源頭部は,白亜紀後期の防府花崗岩の中でも,おもに粗粒黒雲母花崗岩の分布域にあり,源頭部に発達したマサ化した花崗岩からなる厚い風化帯と土石流発生との因果関係が指摘されている.このように,2009年の土石流災害は,地質的な素因が深く関わっていることが指摘されてきており,土砂災害の原因究明に,地質学者の果たす役割は大きいであろう.

2013年の山口・島根豪雨災害の概要
 2013年7月26日から8月3日にかけて,気象庁の災害時気象速報によると,日本付近に暖かく湿った空気が流れ込んだことにより,大気の状態が不安定になっていた.特に28日は,中国地方を中心に暖かく湿った空気が流れ込み,雨雲が次々と発達したため(バックビルディング現象と呼ばれている),島根県と山口県で,午前中を中心として記録的な大雨となった.
 山口市阿東徳佐では,28日朝から昼前までの7時間に,ほぼ連続して時間雨量30〜60mmの降雨があり,累積雨量300mmを超える大雨となった.一方,萩市須佐では,昼前に時間雨量138.5mm(観測史上最大)となり,累積雨量で約350mmを記録した.いずれの地域でも前日には降雨がなく,短時間の記録的な降雨によって土砂災害が引き起こされた.
 内閣府の防災情報によると,山口県では,土石流等56件,がけ崩れ26件が生じ,死者2名,行方不明者1名であった.国道191号と315号が土石流,がけ崩れなどによって数か所で寸断された.これによって孤立した3地域では,ヘリコプターによって287名が救助されるといった事態に至った.家屋被害は全壊22戸,半壊16戸を含め,約1000戸であった.JR山口線と山陰線において,盛り土崩壊や橋梁の流出があったが,ほぼ1年後に復旧し,平成26年8月23日に全線の運転が再開された.各地でライフラインが寸断され,山口市と萩市において,最大約3500戸が断水するとともに,電柱の倒壊や流出により停電が相次いだ.

ハザードマップの限界を感じた日
 7月28日朝から降り始めた雨は,山口大学吉田キャンパスのある山口市吉田でも激しくなり,時間雨量は萩市須佐を上回り,143mmに達した.山口市の土砂災害・洪水・高潮ハザードマップ(山口市防災ハンドブック)の設定雨量は「24時間で240mm」であり,今回の豪雨では1時間で設定値の半分を超える降雨があったことになる.明らかにハザードマップのシナリオを上回る記録的な降雨であったと言える.
 当然,上記ハザードマップに描かれた浸水域とは異なる浸水パタンが起きた.ハザードマップの浸水域と浸水深は,山口市の中心部を流れる主要河川の椹野川が氾濫した場合を想定して描かれている.しかし,今回の豪雨では短時間で記録的な降雨があったために,主要河川に流れ込む小河川(水路など)において氾濫が生じた.著者の一人川村の住む山口市白石の住宅地域は,ハザードマップの洪水想定では浸水するはずが無かったのだが,28日には,みるみる内に水がやってきて,最終的には膝上まで浸水した.ハザードマップは,災害に対する注意喚起という意味では重要な基礎資料となりうるが,次に起きる災害が必ずしも,ハザードマップのシナリオ通りになるとは限らないことを思い知らされた.

緊急調査の概要
 28日の記録的な豪雨の翌日29日にはある程度,土砂災害や河川の氾濫などの被害情報がマスコミやインターネット,知人からの連絡などを通じて入ってきて,土砂災害の概要がみえてきた.私たちは,山口大学理学部地球圏システム科学科のスタッフとして,日本地質学会西日本支部と連携して,災害調査団をいち早く結成するべく動きだし,8月初旬には災害調査団を結成した.
 その後,8月9日と13日,9月2日,9日に現地調査を行った。9月14〜16日の日本地質学会年会(仙台)において,ポスター発表で緊急調査報告した.現地調査のときには,災害復旧途上の箇所がいくつもあり,住宅に流れ込んだ土砂の後片付け等の最中であった.このよう混乱のなかで,日本地質学会の腕章やシールを貼ったヘルメットは大変役立った.

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写真1 須佐トンネル付近の土石流発生地の源頭部.萩市須佐.
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写真2 表層崩壊の全貌.山口市阿東船平地区.写真左側に表層崩壊の源が,右端に崩壊物が堆積している.崩壊物の左隣の斜面は草がそのままで生えており,ほとんどダメージを受けていないことがわかる.写真左端から供給された崩壊物は少なくとも,写真中央の斜面を飛び越えて下方(右端)に移動したようである.
(拡大は画像をクリック)

 写真−1と2に示す土石流の源頭部と表層崩壊はいずれも,白亜紀後期の凝灰岩類や火山岩類からなる阿武層群の分布域に発生したものである.
 写真−2に示した表層崩壊では粘土化した凝灰岩が滑落面に認められ,これが地質的素因であると推測された.2009年(平成21年)の中国・九州北部豪雨災害、そして今年の広島豪雨災害などでは,土砂災害の地質的素因として,マサ化した風化花崗岩の存在が注目されているが,凝灰岩における土砂災害メカニズムについても,これらの被災地域で,さらに詳しく調べる必要があることを実感した土砂災害でもあった.
 写真−1に示す土石流の源頭部には,地下水の急速な排出をうかがわせる直径数cmの「パイピングホール」が認められた.短時間の記録的な降雨によって風化帯に蓄えられた雨水がクイックサンド状態を誘発し,パイピングホールをつくって一気に噴出したことが推定される.
 今後,詳細な調査を行い,土砂災害を軽減するために,地質学的知見に立った情報発信をしていきたいと思っている.

参考文献

土木学会地盤工学委員会・地盤工学会中国支部,2013,平成25年7月山口・島根豪雨災害現地調査結果報告書.土木学会中国支部,44p.

福岡浩・羽田野袈裟義・山本晴彦・宮田雄一郎・汪発武・王功輝,2010,平成21年7月中国・九州北部豪雨による防府市土砂災害.京都大学防災研究所年報,53A,85-91.

気象庁,2013,災害時気象速報:平成25年7月28日の島根県と山口県の大雨.災害時自然現象報告書,2013年第1号,気象庁,20p.

国土交通省,2009,平成21年の土砂災害.http://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sabo/jirei.html

内閣府,2013,7月26日からの大雨等による被害状況について.内閣府防災情報のページ,http://www.bousai.go.jp/updates/h25ooame07/

大川侑里・金折裕司・今岡照喜,2012,白亜紀防府花崗岩体で発生した土石流の分布と性状.応用地質,52,6,248-255.

牛山素行,2013,平成25年7月山口.島根の豪雨による災害の特徴.自然災害科学,32,2,207-215.

山口県,2009,災害記録〜平成21年7月21日豪雨災害〜.http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a10900/bousai/20090721saigai.html

追記
本記事は,第120年学術大会(仙台大会)での緊急展示としてポスター発表された内容を元に,ニュース誌(2014年12月号,Vol. 17-12)掲載用にまとめられたものです.
川村喜一郎,仁田 彩,藤井美南,古賀 源,中嶋 新,濱田 毬,和田彩花,坂口有人,金折裕司(山口大学),日本地質学会西日本支部・山口大学合同調査団,2013,2013 年7 月28 日 山口・島根豪雨災害の調査.日本地質学会第120年学術大会講演要旨.U-1.


(2014.12.12)