平成26年8月20日に広島市安佐南区で発生した土石流の発生地に関する地質情報

・斎藤 眞ほか,2015,2014年8月20日広島豪雨による土石流発生地域の地質.地質学雑誌,121巻9号,339-346.(2015年9月号掲載)→J-STAGEへ(準備中)
・広島市で発生した土石流及び斜面崩壊の発生地に関する地質情報(産総研HPへのリンク)
・広島市安佐南区周辺の地質図(産総研:シームレス地質図へのリンク)
・2014年8月20日広島における土砂災害,特に地質要因(高橋裕平:名古屋大学PhD登龍門推進室)

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2014年8月20日の未明に,広島市で局所的大雨による土砂災害が発生し,70名を超える方々の尊い人命が奪われました.ここに謹んで哀悼の意を表します.

 

日本地質学会では,学術団体として,地質学的な見地から,この度の土砂災害の背景・要因を学会員ならびに社会に周知する使命があると考え,災害発生地の地質に詳しい高橋裕平氏(名古屋大学PhD登龍門推進室)に記事の執筆を依頼し,快諾を得ました.ここに,高橋会員から寄稿された記事の全文を公開いたしますので,御覧下さい.

日本地質学会長 井龍康文

 

2014年8月20日広島における土砂災害,特に地質要因

高橋裕平(名古屋大学PhD登龍門推進室)

 

広島で局所的な大雨により土砂災害が発生し,多くの方がお亡くなりになりました.はじめにお悔やみ申し上げます.

今回の災害は居所的な大雨が第一義的な原因であるが,これに被害地域に特徴的な地質地形の要因が加わり,さらに自然を無視した宅地開発など人為的な要素も関与し被害が拡大した.小論ではこの地域の地質の要因について筆者の見解を述べたい.

 

1.広島土砂災害概要

  2014年8月20日午前3時20分から40分,広島市では局地的な短時間大雨によって安佐北区可部,安佐南区八木・山本・緑井などの住宅地後背の山が崩れ,同時多発的に大規模な土石流が発生し,多くの住宅が土砂に巻き込まれた.警察や消防,それに自衛隊による夜を徹する懸命の救助活動や行方不明者の捜索活動が行われた.災害直後は引き続く断続的な雨でしばしば救助・捜索活動が中断することもあった.広島市は避難勧告を徐々に解除しているが,自宅が流失して帰れない人も多い.9月1日には災害地そばを通るJR可部線が開通した.

  広島県災害対策本部が9月2日8時30分現在として発表した資料では,死者72人・行方不明者2人・重傷者8人・軽傷者36人になっている.同資料での広島県内の家屋の被害は,全壊24軒・半壊41軒・一部損壊65軒・床上浸水76軒・床下浸水208軒になっている.県有施設では可部高等学校で法面崩壊,県営緑丘住宅では1階及び2階部分に土砂が流入,敷地内の集会所が半壊している(広島県災害対策本部,2014).

  2014年8月は,被災地付近では災害発生の直前の19日の時点で,平年を大きく上回る降水量が記録され,地盤の緩みが進行していた.さらに災害発生当時,広島市北西部では中国山地西部を通過した秋雨前線に南から暖かく湿った空気が流入し,積乱雲が連続的に発生したと推定されている.気象台ではこれほどの雨量は想定できなかったとしている(毎日新聞,2014a).

 

2.広島市の地質概略

  広島市は山間部と平地部に大きく分けられる(脇田・井上,2011).広島市の山間部は数百mの標高の山塊で北東–南西方向に谷が走っている.この北東–南西方向は断層に規制される.山間部の地質の大部分は後期白亜紀花崗岩(広島花崗岩)である.代表的な岩相は石英や長石などの鉱物が数mm前後の粗粒花崗岩で,広範囲に風化が進んでマサ土となっている.山頂付近では1mm程度の細粒の花崗岩が分布する.山間部には花崗岩のほか,ジュラ紀あるいはそれ以前の堆積岩や火成岩が,花崗岩のルーフペンダントとして山地山頂付近に分布する.これらの細粒花崗岩や古期岩類は,粗粒花崗岩に比べ風化の程度は弱い.

  広島市の平野部は市内を流れる太田川の扇状地堆積物と近世以降の干拓地や埋立地からなる.河川の自然争奪や人工的な付け替えも行われている.平野部と山地の境界付近の山麓に崩壊堆積物からなる緩斜面が発達することがある.

 

3.災害地

3.1地理・土地利用

  土砂災害が起きた安佐南区や安佐北区は広島市街の北部で,広島中心部から順調なら車で20分程度,鉄道なら広島駅からJR可部線で30分程度と至便で急速に宅地開発が進んでいる.市内中心部に比べ平地部が狭くなっているため,宅地開発が山麓にまで及んでいる.

  宅地化の状況を知るため,昭和57年修正測量・現地調査の2万5千分の1地形図「祇園」と最近の同地域の地形図(国土地理院,2014a)で比較した.土砂災害があった安佐南区八木から緑井にかけた地域では,昭和57年当時でも斜面(山麓)に宅地があるが,密度は少なく,田畑の記号も目立つ.最近の地形図では宅地は密となり,さらに傾斜が急な地域にも宅地が広がっている.また,谷筋に道路が作られその周りが宅地となっている.JR可部線から太田川にかけた平地部では昭和57年当時には畑が広がっていたが,最近の地形図では道路が整備されかつての畑のほとんどが宅地となっている.

 

3.2土砂流出

  国土地理院の写真判読図(国土地理院,2014b)によると,この地域の山麓の谷筋に土砂流出があり住宅地を巻き込んで,さらにJR可部線にまで土砂が達している.同図は時事ドットコム(2014)で見ることができる.その後も国土地理院では新たな航空写真を利用するなどして判読図を更新している。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082200865

 

3.3地質

  産総研地質調査総合センター(2014)に当該地域のシームレス地質図に地質単元や地名それに今回被害の大きかった地域がわかるよう加筆した地質図が掲載されている.併せて5万分の1地質図も載っている.ここではそれらに基づき解説する.
https://www.gsj.jp/hazards/landslide/20140820-hiroshima.html

  それによれば,斜面崩壊の発生した安佐南区山本付近(地点,氾收侘の発生した安佐南区緑井付近(地点)は後期白亜紀の広島花崗岩の分布域で,表層が風化して真砂(マサ)になっている場合が多い.複数の土石流が発生した安佐南区八木付近(地点)では,谷の下部は広島花崗岩だが,地形が急峻な谷の上部はジュラ紀の付加体の岩石で,広島花崗岩による接触変成作用を受け堅硬である.安佐北区可部東では根谷川沿いの土石流(地点)は広島花崗岩の分布域で,そこから東に入ったところ(地点)では,広島花崗岩と断層をはさんで東側に分布する後期白亜紀の高田流紋岩との境界部で発生している.

  被害が甚大であった緑井地区と八木地区の土砂災害について,地質のいくつかの要因を5万分の1地質図(高橋,1991)で考察してみる.この地質図は四半世紀前の出版で,最近の産業技術総合研究所の地質図に比べ都市地質や地質災害の記載が十分でない.また,阪神淡路大震災以前の発行であったため,活断層の記述もわずかである.しかしながら現地調査に基づく山麓斜面堆積物の分布が示されて,さらに花崗岩について現地調査から細粒相が地形的高所に分布することまでが明快に示されている.

  災害地周辺をながめると,花崗岩が風化した同じようなマサ土のところでも場所によっては土砂流出が起きていない.これは尾根付近には風化の程度が弱い熱変成作用を受けたジュラ紀堆積岩や細粒花崗岩の分布の有無で説明できる.

  すなわち,土砂災害が甚大な地域(八木,緑井)は,風化の程度が弱いジュラ紀堆積岩や細粒花崗岩がマサ化した中粗粒花崗岩の上部に乗った形となっている.降雨がこの地域にあると,尾根付近では比較的堅硬な岩石が分布するため雨水が十分浸透せず,帽子の上を雨水が流れるように,山地中腹から麓に分布する風化花崗岩や斜面堆積物に雨水が流れ,同時に降っている雨水に加わることとなる.つまり雨量以上の雨水が中腹から麓に流入し土砂流出が甚大になったと考えられる.加えてこの地域の斜面の傾斜は急で,しかも宅地開発が斜面,特に谷筋にも及んでいたことで人的及び物的被害が大きくなった.広島大学海堀正博氏の報告(毎日新聞,2014b)によると流出した堆積物に硬質の堆積岩や流紋岩の岩塊が見られるという.前者は尾根付近のジュラ紀の堆積岩,後者はこの地域に分布する珪長質な岩脈等に由来すると考えられる.

 

4.人的要因と宅地開発規制の報道

  本災害は崩れやすい地質や谷筋を造成した宅地開発が人的被害を大きくした.このことに関連して京都大学防災研究所の釜井俊孝氏は「広島市の被災地は谷筋の奥まで宅地化されている.谷筋はもともと土石流の通り道で,地盤の流動性が高い.激しい雨に加え,社会的な要因が重なり,大規模な土砂災害になってしまった.」と述べている(京都新聞,2014). 

  毎日新聞の防災の日の社説(毎日新聞,2014c)では,宅地開発規制の議論を提言している.危険な場所での宅地開発規制は,なかなか進まないが,政令市と東京都だけで,土砂災害の恐れのある危険箇所は2万8000カ所を超える.土砂災害警戒区域の指定は政令市によって差があり,広島市以外も札幌,仙台,名古屋各市の低さが目立つという.

 

5.まとめ

  小論ではこの地域の地質の要素が今回の土砂災害を大きくしたであろうことを述べた.そして山裾に及ぶ宅地開発が人的・物的被害を拡大したことを加えた.

  現実を振り返ると,家を購入するにあたり,多くの人は非日常的な地質災害まで考慮しない.ローンが残っていながら家屋を消失した方も多いはずだ.自然を無視した宅地開発云々の論評は被災した方々には酷である.日本では,狭い地域に人口が密集せざるを得ない事情があり,また,家を購入する際,日常の便利さを優先するであろう.今後の気象・地質災害に向けた現実に即した策は,何らかの気象災害が予想されれば早めの避難,そして地質災害にも補償を受けられる保険に加入することかもしれない.

 

【引用文献とサイト】

地質調査総合センター(2014)広島市で発生した土石流及び斜面崩壊の発生地に関する地質情報.2014.08.22.https://www.gsj.jp/hazards/landslide/20140820-hiroshima.html

広島県災害対策本部(2014)8月19日(火)からの大雨による被害等について(第40報).2014.9.2.http://www.bousai.pref.hiroshima.jp/hdis/info/1592/notice_1592_1.pdf

時事ドットコム(2014)土砂流出、50カ所で=航空写真を分析—国土地理院.http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082200865

国土地理院(2014a)地理院地図(電子国土Web).(9月1日確認) http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/#zoom=5&lat=35.99989&lon=138.75&layers=BTTT

国土地理院(2014b)平成26年8月20・21日撮影斜め写真による写真判読図.2014.08.30.

京都新聞(2014)広島土砂災害,宅地開発が一因 京都・滋賀でも可能性.京都新聞ウェブ,2014.08.21. http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20140821000022

毎日新聞(2014a)広島豪雨:バックビルディング現象の可能性.毎日新聞ウェブ,2014.08.20. http://mainichi.jp/select/news/20140820k0000e040235000c.html

毎日新聞(2014b)広島土砂災害:「真砂土以外の地質でも発生」研究者指摘.毎日新聞ウェブ,2014.08.22. http://mainichi.jp/select/news/20140823k0000m040083000c.html

毎日新聞(2014c)社説:社説:防災の日 身を守る力を備えよう.毎日新聞ウェブ,2014.09.01. http://mainichi.jp/opinion/news/20140901k0000m070082000c.html

高橋裕平(1991)広島地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1地質図幅),地質調査所,41p.

脇田浩二・井上 誠編(2011)地質と地形で見る日本のジオサイト-傾斜量図がひらく世界-.株式会社オーム社,168 p.

(2014.9.2)