岩手・宮城内陸地震 日本地質学会調査団茨城大学班報告

2008年7月9日掲載
 

天野一男(班長)・藤縄明彦・本田尚正・松原典孝
(茨城大学理学部理学科地球環境科学コース)

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 図1 調査位置図.

[調査日]2008年6月29日(日)・30日(月)

[調査対象]荒砥沢ダム上流部および冷沢流域における地表変状及び大規模崩落(図1,地点1〜4).

 

[地質の概要]通産省資源エネルギー庁(1976)によれば,荒砥沢ダム上流部付近及び冷沢上流部付近には火砕流起源で一部溶結した軽石質凝灰岩を主体とする上部中新統の小野松沢層が分布し,その上位に一部第四系北川層及び新期安山岩類が分布する(図2).本調査地域は,後期中新世〜鮮新世に形成された栗駒南麓のコールドロン北東部に相当する(図3;天野・佐藤,1989).

 


図2.周辺地質図(通産省資源エネルギー庁,1976).クリックすると大きな画像がご覧になれます。


図3.周辺地域におけるコールドロン分布図(天野・佐藤,1989).栗駒南麓のコールドロンを矢じるしで示した.

[各地点における調査結果]

1.荒砥沢ダム北方(地点1)における地表変状

写真1 荒砥沢ダム北方で確認できる東北東-西南西〜東西走向の破断面.

 産業技術総合研究所活断層研究センター2008年岩手・宮城内陸地震速報緊急現地調査速報第4報における地表変状を確認した.産業技術総合研究所活断層研究センター2008年岩手・宮城内陸地震速報緊急現地調査速報第4報では荒砥沢ダム上流の大規模地すべりの東方において上下,右ずれ変位それぞれ最大3〜4mの横ずれ断層を報告している(http://unit.aist.go.jp/actfault/katsudo/jishin/i・・・・).ここではおおよそ東北東−西南西〜東西走向の破断面が確認でき,破断面の傾斜はおおよそ垂直である.北側上がりで,場所によっては高さ数メートルの破断面が確認できる(写真1).成層構造の発達した凝灰質シルト岩と(写真2),最大30cm程度の軽石を含む軽石質凝灰岩(写真3)が認められる.一部で,それらの上位に直径2m以上の複輝石安山岩塊が認められる(写真4).破断面には粘土が発達し,線構造が認められる(写真5)が,これらが今回の活動により生じたものかどうかは不明である.破断面に沿って一部古い地形変状と思われるものが認められることは,この破断面の過去における活動を示唆している.破断面上にあったと思われる立ち木はしばしば大きく転倒している.また,破断面に沿って直径数十cm〜数mの岩塊が掘り起こされていることもある(写真6).東西性の破断は場所によっては並行して数条確認できる.地表変状は道路西方にも認められ,ここでは東西性の地表変状のほか,北北東−南南西の地表変状も認められる.北北東−南南西の地表変状は破断面が露出することは稀で隆起が認められる(写真7).

写真2 成層構造の発達した凝灰質シルト岩.水を含み柔らかい.
写真3 軽石を多く含む軽石質凝灰岩.
 

写真4 直径約2mの複輝石安山岩塊. 写真5 破断面に認められる線構造.
写真6 転倒した立ち木と掘り起こされた礫. 写真7 南北性の地表変状.隆起が認められる.
 

2.荒砥沢ダム上流部(地点2)での大規模崩落

写真8 荒砥沢ダム左岸に露出する凝灰質シルト岩に認められる植物化石. 写真9 荒砥沢ダム左岸で認められる凝灰質シルト岩,凝灰質砂岩互層.
写真10 荒砥沢ダム上流の溶結凝灰岩に認められる柱状節理.

 

コールドロン埋積層下部は葉理の発達した植物化石を含む凝灰質シルト岩,凝灰質砂岩,軽石質凝灰岩の互層からなる(写真8,9).これらは湖成層・火砕流堆積物である.上部は溶結凝灰岩からなり一部は強溶結し,しばしば柱状節理が発達する(写真10).層理面はほぼ水平である.下位の凝灰質シルト岩,凝灰質砂岩,軽石質凝灰岩を切る破断面は,平滑で垂直に近い.北側破断面の一部は,湾曲が認められず平面的で荒砥沢ダム北方で認められた東西性地表変状に連続しているように見える(写真11).西側破断面の一部も同様に平面的で,その走行は地点,杷Г瓩蕕譴詼緬姪−南南西走向の地表変状に並行しているように見える(写真12).また,それらの破断面は比高100m以上にわたって平面的であることが特徴である.これらはそれぞれ東西性及び北北東−南南西性の弱線に沿った破断に起因する可能性を示している.上部の溶結凝灰岩中では,柱状節理が破断面となっていることが多い.下位の凝灰質砂岩,凝灰質シルト岩,軽石質凝灰岩の互層および上位の溶結凝灰岩における破断面はフレッシュであり,今回の大規模崩落に伴って形成されたものと考えられる.崩落崖の下にはブロック状の岩塊と不淘汰で細かく破砕した凝灰岩〜凝灰質シルトの土砂が認められる.立ち木が地表と共に残されているものも認められ,一部では道路があまり破砕されず直下に落下している(写真13).また,地層の一部が破壊されずにブロック状に残っているものも認められる(写真14).

写真11 荒砥沢ダム上流模崩落地の北側破断面.破断面の走向はおおよそ東西方向.


写真12 荒砥沢ダム上流崩落地の西側破断面.下部は白色を呈す成層構造の認められる凝灰質砂岩,凝灰質シルト岩,軽石質凝灰岩の互層.上部は柱状節理が認められる溶結凝灰岩.
写真13 荒砥沢ダム上流の崩落地における直下に落下した道路. 写真14 荒砥沢ダム上流崩落地で認められるブロック状に残った地層の一部.


 

.荒砥沢ダム北方(地点3)における東西性地表変状東方延長部で認められる大崩落

写真15荒砥沢ダム北方の東西性地表変状東方延長部に認められる崩落地.上部では柱状節理の発達が顕著.

 沢による侵食斜面最上部付近で起こり,崩落面上部に露出している崖面の主体が溶結凝灰岩に発達した柱状節理の面であることが特徴的である(写真15).崩落崖の下にはブロック状の溶結凝灰岩と,巨礫サイズ以下に細かく破砕した凝灰岩等の不淘汰な土砂が認められる.

 







4.冷沢上流(地点4)での大規模崩落

 崩落は沢による侵食斜面最上部付近で起こったものと考えられる.崩落面に露出している崖面の主体は溶結凝灰岩に発達した節理面である.崩落崖の下にはブロック状の溶結凝灰岩と,巨礫サイズ以下に細かく破砕した凝灰岩等の不淘汰な土砂が認められる(写真16,17).その中にはしばしば堆積時の構造を残している直径5m以上の大型の岩塊が認められる(写真18).立ち木が表土と共に残されているものや表面を土塊が流れ下ったことにより葉を毟られた立ち木や土塊が流れた擦過痕が認められる(写真19).

写真16 冷沢上流崩落地における崩落崖下の土砂 写真17 冷沢上流崩落地で認められる溶結凝灰岩.
写真18 冷沢上流崩落地で認められる直径5m以上の大型の岩塊.

写真19 冷沢上流右岸で認められる,土塊が流れ下ったことにより葉を毟られた立ち木と流れ下った土塊.摩過痕が認められる.

5.土石流

 それぞれの崩落地では,土石流が発生した痕跡が認められる.冷沢上流では沢沿いに数十cm〜数mの厚さで不淘汰火山砕屑物が堆積し,その上を数cm〜数十cmの厚さで泥が覆う(写真20).沢の下面より数メートル上の河岸鞍部には土石流が流下した時に出来たと思われる擦過痕が認められる(写真21).荒砥沢ダム左岸では不淘汰火山砕屑物が皺状に堆積しているものが認められる(写真22).土石流堆積物の構成粒子は,周辺に露出する溶結凝灰岩,軽石質凝灰岩,凝灰質砂岩,凝灰質シルト岩に類似しており,土石流の構成材料が山体崩壊によって生じた土石起源であることを示している.

写真20 冷沢上流で認められる土石流堆積物.写真奥が上流.

写真21 冷沢上流左岸鞍部に認められる摩過痕.

写真22 荒砥沢ダム左岸で認められる土石流堆積物.写真右から左へ流下したものと考えられる.

[まとめと考察]

 荒砥沢ダム上流部周辺の崩落地は荒砥沢ダム上流部(地点2)に代表されるような崩落面の比高が100メートルに及ぶ崩落と,冷沢上流(地点4)のような比高数十メートル以下の崩落に分けられる.地点2と地点3崩落は地点1で認められる破断面の延長線上にある.これらの崩落は既存あるいは新しく形成された断層や節理などの弱線に沿って起こった可能性がある.一方,地点4に見られるような崩落は地震動によって,東西性や北北東−南南性などの断層・節理やネットワーク状の風化面に沿ってブロック化し,支えを失ったブロックが一団となって一気に崩れ落ちた山体崩壊(岩屑なだれ的な崩壊・流動)と考えられる.地点2,地点3で認められる溶結凝灰岩の崩壊の特徴も地点4と類似していることから,同様の崩壊メカニズムによるものと考えられる.
今回の調査結果をもとに,荒砥沢ダム周辺の崩落の発生は,断層や節理といった地質構造を反映したものである可能性を指摘した.しかし,未だ余震が収まらず,崩落地での小崩落も続いているため,露頭での詳細な検証は困難である.今後,周辺の綿密な地質調査を含めて,再検討の必要がある.

[引用文献]

天野一男・佐藤比呂志,1989,東北本州弧中部地域の新生代テクトニクス.地質学論集,no.32,81-96.
通産省資源エネルギー庁,1976,昭和50年度広域調査報告書(栗原地域).52p.