Zircon multichronology: Fission-track, U-Pb, and combined fission-track–U-Pb studies
Guest Editors: Hideki Iwano, Yuji Orihashi, Masatsugu Ogasawara and Takafumi Hirata
ジルコンとマルチクロノロジー:フィッション・トラック法とU-Pb法,およびそれらを組み合わせた年代研究
岩野英樹・折橋裕二・小笠原正継・平田岳史
序文
岩野英樹・折橋裕二・小笠原正継・平田岳史
ウランやトリウムを含むジルコンは,同一粒子に対しU-Pb法,フィッション・トラック(FT)法,(U-Th)/He法など複数の手法(マルチクロノロジー)が適用可能な対象のひとつである.ジルコンはほとんどの岩石に普遍的に存在し,物理的・化学的安定性が高い(風化に強い)ことから,900℃という高い閉鎖温度のU-Pb法を使うことで,地球形成初期にまで年代測定が展開できる.閉鎖温度の低いFT法を用いれば200-300℃の,(U-Th)/He法ではさらに低い熱年代情報も得られ,堆積盆解析や大地形の上昇・削剥といった地形発達史,地層や構造運動解明などに優れている.本特集はFT法とU-Pb法を使った最新の方法論的研究,年代測定に必要不可欠な標準試料,そしてFT法とU-Pb法を組み合わせた熱年代学応用研究例を紹介する.
外部ディテクターを用いたジルコンフィッション・トラック年代測定における絶対校正のレビュー
檀原 徹・岩野英樹
外部ディテクター法を用いたジルコンのフィッション・トラック(FT)年代測定において,ここ20年間継続された絶対年代較正に関する研究をレビューした.潜在FT全長とエッチングされるFT長との関係が考慮されたことで正確な絶対較正FT年代式が導かれた.年代の異なる10個の年代標準試料の実験結果から,絶対較正FT年代が次の3つのパラメータを基準として成り立つ: (1) 238U 自発核分裂壊変定数(λf)は8.5 × 10-17 a-1, (2) 熱中性子線量ガラスIRMM540の使用,(3) ジルコン外部面と白雲母ディテクター間の実験定数 は[GQR] = 1.35.FT法による絶対ウラン濃度データを使い, ウラン定量を質量分析計で行う新しいFT年代測定に向けたシミュレーションも示した.FT年代測定法は,年代標準試料に基づいた年代較正とともに,他の年代測定に依存しない独立した年代較正が成り立つと著者らは主張する.
Key Words: absolute calibration, dating, fission track, uranium concentration, zircon.
ゼータ法に対応したLA-ICP-MSによるフィッショントラック年代測定とウラン-鉛年代測定の同時実施例
長谷部徳子・田村明弘・荒井章司
FT年代測定に必要なウラン濃度の分析にLA-ICP-MSを利用すると, U-Pb年代測定に必要なデータも同時に収得できる.FT年代式には不確定な係数がいくつかあるため,年代が既知の標準試料を利用するゼータ較正を施すよう国際的に勧告されている.本報告では,FT年代測定とU-Pb年代測定を同時に行うためのLA-ICP-MSのデータ取得法や,ゼータ法に対応するFT年代式およびその統計的取り扱いについて提案を行う.年代標準試料を分析し実験的に決定したNIST SRM610ガラスに対するゼータ較正値は,最適な係数を用いて計算で求めたゼータ較正値とおおむね一致した.238U-206Pb年代決定においても, NIST SRM610ガラスを外部標準試料として年代標準試料の分析を行い,補正係数0.920±0.034を求めた.実際に仁左平デイサイトのジルコンの年代決定を行ったところ,同一粒子を利用したFT法およびU-Pb法による同時年代決定で,推奨値である22 Maを両手法で得ることができた.
Key Words: Fission-track, LA-ICP-MS, U–Pb, zeta calibration.
宇奈月深成岩体から採取した中生代ジルコンの標準試料としての可能性:年代学的・地球化学的特徴
堀江憲路・竹原真美・隅田祥光・日高 洋
マイクロビームを用いたU-Pbジルコン年代測定を行う上で標準ジルコンは不可欠である.本研究では中生代の標準ジルコンとして,飛騨帯の北東部,宇奈月地域の音谷石英閃緑岩から回収したOT4ジルコンを提案する.OT4ジルコンの分析は高感度高分解能イオンマイクロプローブ(SHRIMP II)で行った.OT4ジルコンは組成累帯構造を示し,粒子によってはUとThの含有量が比較的高い(それぞれ988 ppmと1054 ppm).207Pbで始原鉛を補正した206Pb/238U年代は均質であり,その重み付き平均は191.1 ± 0.3 Ma (95% confidence limit)であった.OT4ジルコンは高い結晶度を保持しており,均質な希土類元素存在度パターンとHf濃度(8651 ±466 ppm)は,OT4ジルコンが二次的な影響を受けていないことを示唆する.均質なHf濃度に加え,ジルコンTi温度計(733 ± 34 ℃)とZr飽和温度(728℃)が良い一致を示すことから,OT4ジルコンは比較的短時間に結晶化したと考えられる.OT4ジルコンには,マイクロビームU-Pb年代分析を行う上で十分な量の206Pb(>2 ppm)と207Pb (>0.1 ppm)が含まれており,中生代の標準ジルコンとして可能性を秘めている.
Key Words: Hf content, quartz diorite, SHRIMP, Ti thermometry, U–Pb dating, Unazuki, zircon.
沢入花崗閃緑岩から分離されたジルコンSoriZ93のSHRIMP U-Pb年代:白亜紀後期の年代を持つ標準試料としての可能性
小笠原正継・福山繭子・堀江憲路・角井朝昭・竹原真美・周藤正史
足尾山地の沢入花崗閃緑岩から黒雲母年代標準試料(SORI93)を調整した際の残試料より,ジルコンを分離濃集した(SoriZ93).SHRIMPによるU-Pb分析測定を行い,白亜紀後期の年代を持つ標準試料としての検討を行った.沢入花崗閃緑岩からは岩石粉末標準試料JG-1が調製され,微量成分組成や同位体比分析の標準試料として広く用いられている.黒雲母とジルコンが分離された岩石試料はJG-1が採取された採石場と同一の場所から得られた.SoriZ93ジルコンの結晶の大きさや均質性は良好で年代標準試料としての要件を満たしている.206Pb/238U 年代は93.9 ± 0.6 Maであり,黒雲母K-Ar年代よりも130万年程度大きいが,これは両年代系の閉鎖温度の違いによるものである.白亜紀後期の火成岩の年代測定を行う時に,分析システムの検証に用いられる2次的標準試料として用いることが可能である.
Key Words: Late Cretaceous, SHRIMP U–Pb dating, Sori Granodiorite, SoriZ93, zircon standard.
跡津川断層真川露頭のシュードタキライトの産状とフィッショントラック年代
高木秀雄,・筒井宏輔・新井 宏嘉・岩野英樹・ 檀原 徹
跡津川断層真川露頭で発見されたシュードタキライト(以下PST)脈と周辺の母岩(飛騨花崗岩)中のジルコンフィッショントラック(以下FT)年代測定を実施した.PST脈3試料のFT年代は48.6–50.2, 55.1, 60.9 Ma,母岩は56.1-60.1 Maであるのに対し,同じ母岩の白雲母K−Ar年代は149Maであった.トラック長解析によると,上記2番目のPST試料に短縮化したトラックを含むジルコンが存在し,年代に複数のピークが認められることなどから混合分布の分離を試みたところ,そのピーク年代として52.5Maという値が得られた.母岩の若いFT年代は地下に潜在する古第三紀花崗岩の貫入による熱的影響が示唆され,跡津川断層は50Ma頃から活動していた.
Key Words: Atotsugawa Fault, fission track age, pseudotachylyte, zircon.
大陸リフトに起源を持つ前期原生代のクンチャ層と, 東ネパールのレッサーヒマラヤを覆うクンチャ・ナップとタプレジュン花崗岩の熱履歴:マルチ年代学的アプローチ
酒井治孝・岩野英樹・檀原 徹・瀧上 豊・Santa Man Rai・Bishal Nath Upreti・平田岳史
レッサーヒマラヤを南北120 kmに亘って広く覆うクンチャ・ナップの起源と熱履歴を明らかにするために,東ネパールのタプレジュン・ウインドウにおいて地質調査を行い,クンチャ層とタプレジュン花崗岩のジルコン,アパタイト,雲母についてマルチ年代学的研究を行った.クンチャ層に貫入した花崗岩体のジルコンのU-Pb年代は1852±24 Maと1877±21 Ma, 白雲母のAr-Ar年代は約1650 Maを示した.しかしジルコンとアパタイトのフィッション・トラック(FT)年代は,各々6.2〜4.8 Ma,2.9〜2.1 Maを示した.クンチャ層の結晶片岩中の砕屑性ジルコンのU-Pbインターセプト年代は1888±16 Maを示し,これはクンチャ層下部の堆積年代を示すものと考えられる.同じ試料中の砕屑性ジルコンとアパタイトのFT年代は, 各々5.4 Maと2.5 Maを示す.砕屑性ジルコンには16億年より若いものは全く認められなかった.これはクンチャ・ナップを構成する岩石が16億年前以降,中新世のヒマラヤ造山期まで熱的なイベントを被ってないことを示す.
ハイヒマラヤ結晶質岩ナップ中の片麻岩, およびレッサーヒマラヤの眼球片麻岩中のジルコン粒子は,17 Maに鉛ロスを示す熱イベントを被っており,その影響はタプレジュン花崗岩体の周縁にも及んでいる.
クンチャ層とその上位のカリガンダキ累層群,およびタプレジュン花崗岩は,カナダ北西部のウオップメイ造山帯中のコロネーション累層群とヘプバーン貫入岩体に対比される.この二つの累層群は大陸リフトとそれに引き続く非活動的大陸縁辺に堆積したものと解釈される.
すべてのジルコンとアパタイトのFT年代は, クンチャ・ナップとその上を覆うハイヒマラヤ結晶質岩からなるナップの双方が,ナップの前縁から北方に向かって側方に冷却したことを示す.ナップの前縁部からナップ中央部に位置するタプレジュンまでの間では,中〜後期中新世の間に,ジルコンのFTの閉鎖温度である240℃の等温線が,約10mm/年の平均速度で北方に後退したことが分かった.
Key Words: fission-track age, Kali Gandaki Supergroup, Kuncha nappe, Nepal Himalaya, Taplejung window, thermochronology, U–Pb age, zircon.
西ネパール,ジュムラ-スルケット地域における,15〜10 Maのホットなレッサーヒマラヤ・ナップの前進,およびナップ直下の前期中新世の河川成デュムレ層の熱変成
酒井治孝・岩野英樹・檀原 徹・平田岳史・瀧上 豊
弱く変成した前期中新世の河川堆積物デュムレ層,およびその上を覆うクンチャ・ナップとレッサーヒマラヤ結晶質岩ナップのマルチ熱年代学的研究を行い,その変成作用の時期と起源を明らかにすると同時に,これらのナップの前進と冷却の履歴を明らかにすることができた.
デュムレ層中の砕屑性ジルコンのU-Pb年代分布のピークは,約10億年前と5〜6億年前にあるが,同じジルコン粒子のフィッション・トラック(FT) 年代測定の結果は,11〜10 Maに熱的イベントを受けたことを示す.クンチャ層の上に重なるノーダラ・コーツァイトの砕屑性ジルコンのU-Pb年代は17億年より古いことを示すが,同じジルコンのFT年代は9.5 Maを示す.デュムレ層とクンチャ層の砕屑性ジルコンのU-Pb年代分布の差は,前期中新世にデュムレ層が堆積した時にはクンチャ層は地表に露出してなかったことを物語っている.
結晶質岩ナップ基底のMain Central Thrust (MCT) 直下の剪断帯, MCT zoneの両雲母ガーネット片岩中の砕屑性ジルコンのU-Pb年代は,6億年より古い年代を示すが,同じジルコンのFT年代は7.8 Maを, 白雲母のAr-Ar年代は19 Maを示す.よってデュムレ層の変成作用を起こした熱は,その上を覆ったナップに由来するものと解釈される.従って,デュムレ層が熱変成作用を被り, 240 ℃以下に冷却した約10 Ma以前に,ナップは現在の位置に到達していたことを示す.
クンチャ・ナップの前縁部に貫入したパラジュール・コーラ花崗岩のジルコンのU-Pb年代は18.9億年前を示すが,そのFT年代は前期中新世に熱的イベントを被ったこと,また14.7 Maには240 ℃以下に,10.3 Maには100 ℃以下に冷却したことを示す.これらの熱年代学的データは,クンチャ・ナップの先端部が15〜14 Maに地表に露出し,直ぐに冷却したが,ナップの内部は120 km余り前進する間,一貫してホットな状態だったことを示す.シワリーク層群と現在の河川の堆積物から報告されていた,砕屑性ジルコンやアパタイトの若いFT年代は,ホットな変成岩ナップの前進に伴う下盤のレッサーヒマラヤ堆積物の熱変成作用に由来するものと判断される.
Key Words: Dumri Formation, fission-track ages, Kuncha nappe, Lesser Himalaya, MCT zone, Nepal Himalaya, U–Pb ages.
U-Pb年代測定用二次スタンダードOD-3ジルコンの研究室間評価
岩野英樹・折橋裕二・平田岳史・小笠原正継・檀原 徹・堀江憲路・長谷部徳子・末岡 茂・田村明弘・早坂康隆・勝部亜矢・伊藤久敏・谷 健一郎・木村純一・Qing Chang・高地吉一・春田 泰宏・山本 鋼志
U-Pb年代測定用マルチ粒子の二次スタンダードとして,漸新世の年代をもつ川本花崗閃緑岩三原岩体のジルコン(OD-3)を配布し,研究室間比較調査を行った.11の年代学研究室が参加し計23個の年代値が報告された.U-Pb年代は2つの手法(高感度イオンマイクロプローブ法とレーザーアブレーションICP質量分析法)で測られ,すべての年代値は良い一致を示し,加重平均238U–206Pb年代は33.0 ± 0.1 Ma (2σ)となった.U-Pb年代データには古い年代粒子やU-Pb年代の不均質は示されなかった.フィッション・トラック(FT)年代から加重平均32.6 ± 0.6 Ma (2σ)が得られた.U-Pb法とFT法には閉鎖温度に差があるにも関わらず両年代が一致することは,OD-3ジルコンが比較的急冷したのち再加熱を被っていないことを示唆する.OD-3は新生代ジルコンのU-Pb年代研究を行ううえで有用かつ信頼性のある二次スタンダードとなりうることが示された.
Key Words: Kawamoto Granodiorite, secondary standard, U–Pb dating, zircon.
[Research Articles]
西南日本,紀伊半島の熊野酸性岩類古座川岩脈から得られた「瞬間的な」古地磁気記録:テクトニクス解釈の注意すべき例
星 博幸・神谷直宏・川上 裕
熊野酸性岩類(中期中新世の火山-深成複合岩体)の時計回りに偏向した古地磁気方位は,日本海拡大に関連した西南日本の時計回り回転運動を示すものと考えられてきた.しかし,この方位は約14.3 Maの通常時とは異なる(地磁気逆転あるいはエクスカーション時の)古地磁気状態を示すものであり,回転運動を示すものではないと筆者らは結論する.熊野酸性岩類南部の古座川岩脈を構成する花崗斑岩は安定な残留磁化を持つ.10地点で決定された逆帯磁の残留磁化方位は集中度が非常に高い.この方位は南から時計回りセンスに約40°偏向し,伏角が深い.この残留磁化は地質学的にごく短い期間の(瞬間的な)古地磁気を記録したものである可能性が高い.また,古座川岩脈の古地磁気方位は熊野酸性岩類の主体をなす花崗斑岩ラコリス状岩体(北岩体,南岩体)の方位と一致しない.この不一致は残留磁化の獲得タイミングが異なっていたためと推定される.
Key Words: paleomagnetism, rock magnetism, Kozagawa Dike, Kumano Acidic Rocks, Middle Miocene, Kii peninsula, Southwest Japan, tectonic rotation, instantaneous paleodirection.
西南日本妙見温泉に発達する縞状トラバーチンの単細胞シアノバクテリアによる組織形成プロセス
奥村知世・高島千鶴・狩野彰宏
鹿児島県妙見温泉に発達するトラバーチンの表面組織と温泉水化学組成の28時間連続観測結果は,Thermosynechococcus elongatus BP-1と近縁の中等度好熱性(〜55℃)単細胞シアノバクテリアの日周期活動(光合成・走光性)がサブミリメートルオーダーの縞組織を作ることを示した.このトラバーチンの縞組織は,暗色のアラゴナイト層と,明色のカルサイト層からなる.暗色層のアラゴナイトは,昼間,シアノバクテリアがトラバーチン表面へ移動して作るバイオフィルム内で,針型結晶の放射状凝集体として晶出していた.一方,暗色のカルサイト層は,日没後からバイオフィルム上で沈殿する菱形結晶のデンドライト構造により形成されていた.温泉水の物理化学条件は安定していたので,炭酸カルシウムの多形変化は,シアノバクテリアが分泌する細胞外高分子物質の様な微生物的要因に関係している.トラバーチンが水面まで成長すると,頂部にやや低温(25−40℃)な環境が発達し,そこではフィラメント状シアノバクテリアがマットを作る.妙見温泉のトラバーチンで見られた縞組織に関わる地球微生物学的プロセスや,微生物群集の環境条件への応答は,同様の組織を持つ太古の炭酸塩堆積物中を理解するための新たな知見となりうる.
Key Words: aragonite, biofilm, calcite, cyanobacteria, daily lamination, moderate thermophiles, travertine.