特集号:Thematic Section:Bridging the gap separating geological studies and disaster mitigation countermeasures for earthquakes and tsunami
Guest Editors : Kazuhisa Goto, Osamu Fujiwara and Shigehiro Fujino
地震・津波堆積物研究の最前線−防災への貢献を目指して
後藤和久,藤原 治,藤野滋弘
序文
後藤和久,藤原 治,藤野滋弘
地震,津波が多発する日本では,昔から海岸工学者や地質学者によって活発に研究が行われている.しかし,未だに両者の研究の隔たりは大きく,津波堆積物などの地質学的痕跡をどのように防災に生かすか,十分な検討がなされていない.そのような中,2008年に行われた日本地質学会第115年学術大会(秋田)でのシンポジウム「地震・津波堆積物研究の最先端と防災への貢献」が開催された.本特集号では,海岸工学などの手法を用いることで,地質学的痕跡をどのように防災に活用していくかに注目し,このシンポジウムで発表された6編の論文を収録した.
南海トラフ東部の御前崎周辺の海浜堆積物から推定される1000年スケールで繰り返す隆起イベント
藤原 治,平川一臣,入月俊明,長谷川四郎,長谷義隆,内田淳一,阿部恒平
御前崎の南西岸には駿河湾西岸から遠州灘沿岸の他の地域と異なり,明瞭な4段の完新世海成段丘が分布する.ボーリング調査の結果,下位の3段の段丘についてビーチ堆積物の上限(旧海面高度)と離水年代を推定できた.これらの段丘は3020–2880 BC頃,370–190 BCよりやや前,1300–1370 ADよりやや前,に発生した3回の地震隆起を記録している.1回当たりの隆起量(地震間の沈降を差し引いた残存量)は1.6-2.8 mと推定される.このような局地的・永久的な隆起の蓄積は,既存の安政東海地震の断層モデルでは説明できず,プレート境界のメガスラストから分岐する高角逆断層の動きが関係している可能性が高い.
Key Words : beach deposits, marine terrace, Nankai Trough, Omaezaki, paleoearthquake, uplift
タイ南西部パンガー県における陸上津波堆積物の詳細な粒度・層厚平面分布
藤野滋弘,成瀬 元,松本 弾,坂倉範彦,Apichart Suphawajruksakul,Thanawat Jarupongsakul
陸上に残された津波堆積物の粒度・層厚の巨視的な特徴を明らかにした.流向に平行な測線上で2004年インド洋津波の堆積物の粒度と層厚を測定したところ,内陸への細粒化傾向,薄層化傾向が認められた.局所的に地表が侵食されることによって津波堆積物は一部で粗粒化するものの,全体的には内陸へ向かって細粒化する傾向を示した.これは沿岸に浸入した津波が減速するにしたがって粗粒なものから順次堆積したことを反映している.津波堆積物の層厚は局所的な地形の起伏によって変化しやすいものの,平坦な場所では内陸へ向かって漸移的に薄くなる傾向を示した.内陸への薄層化傾向は内陸ほど堆積物の供給量が少なくなることを反映していると考えられる.
Key Words : grain size, Indian Ocean tsunami, Phang-nga, sediment thickness, Thailand, tsunami deposit
タイ南部 Ban Nam Kemで見つかった2004年インド洋津波堆積物中の多重層理構造の特徴と形成プロセス
成瀬 元,藤野滋弘,Apichart Suphawajruksakul,Thanawat Jarupongsakul
津波堆積物中の多重層理構造は,これまで沿岸域の地層からしばしば報告されているが,その形成プロセスについては明らかになっていないことが多い.そこで,本研究はタイ南部Ban Nam Kemで見つかった2004年インド洋津波堆積物を調査し,多重層理構造の特徴とその形成プロセスを明らかにした.調査した津波堆積物には4つの内部層理構造が見られた.堆積構造の解析から,そのうち2つの層理構造は寄せ波,残りの2つは引き波による堆積物であることが明らかになった.野外調査結果および津波の非対称な水理学的特性を考慮し,本研究は多重層理を示す津波堆積物の形成プロセスの模式的モデルを提案する.
Key Words : 2004 Indian Ocean Tsunami, grading, multiple layers, oscillatory currents, terrestrial tsunami deposit, Thailand
沖縄県石垣島宮良湾における巨礫分布を用いた古津波・高波の流況復元
後藤和久,篠崎鉄哉,箕浦幸治,岡田清宏,菅原大助,今村文彦
本研究では,沖縄県石垣島宮良湾のリーフ上に堆積している巨礫群のサイズ・空間分布を調べた.巨礫群は,最大633トンもの巨大なリーフまたはサンゴ岩塊からなる.湾内の一部では,内陸方向に向けて指数関数的に巨礫サイズが減少することで特徴づけられる,巨礫群の海側分布限界が存在する.この限界線は,琉球列島における台風に伴う最大規模の高波または津波によって形成されたと考えられる.一方,湾内に存在する巨礫のうちの68%は,この限界線より内陸側に分布している.これらは,最大規模の高波でも説明できないことから,津波により運搬され堆積したと考えられる.14C年代測定値に基づくと,津波起源と認定される巨礫のうち少なくとも69個は,1771年明和津波により打ち上げ,または再移動し,現在位置に堆積したと考えられる.
Key Words : 1771 Meiwa tsunami, boulder, Ishigaki Island, Miyara Bay, storm wave, tsunami
津波堆積物の供給源及び堆積過程について〜有孔虫殻を用いた分析と水力学的検証から〜
内田淳一,長谷川四郎,藤原 治,鎌滝孝信
津波堆積物中に含まれる有孔虫群集から津波の振幅及び周期を復元するため,津波のパラメータを,堆積物の供給源における水深と堆積物の運搬距離の関数として定式化した.この式を,これまでの研究事例に適用し,津波の振幅及び周期を復元した.いくつかの例で復元された津波のパラメータは現実の津波のパラメータとほぼ一致するが,他の例では非現実的な大きな値となった.この原因として,(1)海底谷などのローカルな地形による津波の増幅,(2)主として有孔虫の不正確な同定による,堆積物の供給源の水深及び運搬距離の過大評価が考えられる.本論の成果は有史以前の津波の規模の復元や,津波堆積物とストーム堆積物の区別に有用である.
Key Words : critical depth, foraminifera, sediment transport, tsunami, tsunami deposits
津波の氾濫流速
松冨英夫,岡本憲助
津波氾濫流速の推定は津波研究において重要な課題の一つである.本研究では,先ず現地調査データに基づいて,氾濫流速uと氾濫水深の関係を検討している.次に,Cv =(g:重力加速度,hf:建物前面での浸水深,hr:建物背面での浸水深)と定義された流速係数を実験的に検討し,実際的なものとして0.6を提案している.さらに,代表的な構造物模型周りの水際線(津波痕跡線)分布を実験的に検討し,現地調査結果と調和的であることを示している.そして,これらの検討結果に基づいて,実際的な氾濫流速推定式を提案している.この提案式から推定される氾濫流速は,現在開発されている津波砂移動モデルの照査に有用と考えられる.
Key Words : field survey, hydraulic experiments, inundation flow velocity, tsunami
[Research Articles]
北海道中央南部の幌満かんらん岩体と周囲の地殻起源岩石が構成する水平的な地質構造
山本啓司, 中森夏美, 寺林 優, Hafiz Ur Rehman, 石川正広, 金子慶之, 松井 隆
北海道の幌満かんらん岩体とその周囲に分布する岩石との境界を追跡して幌満地域の地質構造を明らかにした.幌満かんらん岩体は厚さ約1200mの板状の地質体であり,全体として東に緩く傾斜している.幌満かんらん岩体の下位は白亜紀−古第三紀の付加コンプレックスからなり,かんらん岩との境界付近の堆積岩層に発達するリーデル剪断面は上位側が西に衝上する変位を示す.幌満かんらん岩体は,片麻岩類と貫入岩類からなる日高変成岩類に覆われている.かんらん岩体と変成岩類の境界面はドーム状である.境界面近傍に分布する剪断変形を受けた片麻岩類の微細構造は,上位側が東にずれる正断層型の変位を示す.これらの観察内容と既報の研究成果を総合すると,幌満かんらん岩体はアジア縁辺部(東北日本)と日高地殻ブロックとの衝突の際にアジア縁辺部の上に定置したものと考えられる.
Key Words : emplacement, Hokkaido, Horoman, peridotite, structure
富士山の火山発達史:埋没した先小御岳火山掘削からの検討
吉本充宏,藤井敏嗣,金子隆之,安田敦,中田節也,松本哲一
富士山北東斜面での山体掘削の結果,玄武岩質の岩石を主体とする富士山火山や先小御岳火山の下位に,普通角閃石を含むデイサイトから安山岩質の岩石を特徴的に含む先小御岳火山が存在することが明らかとなった.先小御岳火山の活動年代は,K-Ar年代測定の結果,260ka-160kaと推定される.その活動は,穏やかな溶岩流噴火から始まり,玄武岩質安山岩からデイサイトの爆発的噴火へ推移した.その後,短い休止期を挟み,約100kaまで溶岩流主体の小御岳火山が活動,再び,短い休止期を挟んで爆発的な富士火山の活動に移行した.3火山の長期噴出率は,3 km3/ka以上の富士火山に対し,先小御岳火山や小御岳火山はかなり小さい.また,富士火山の全岩化学組成はSiO2量の変化に乏しいのに対し液相濃集元素が大きく変化する.一方,先小御岳火山は伊豆—ボニン弧の火山と同様にSiO2量の増加と共に液相濃集元素が増加する組成変化を持つ.これらの火山活動の変化は,150kaごろのこの周辺地域のテクトニクスの変化によって引き起こされた可能性が高い.
Key Words : basalt, drilling core, eruptive history, Fuji Volcano, hornblende dacite, Komitake Volcano, pre-Komitake Volcano
礫質河川システムの流路形態と堆積相構成の時間的変化:常磐炭田古第三系石城層
柴田健一郎,伊藤 慎,根本修行,大原 隆
福島県常磐炭田地域に分布する古第三系白水層群石城層を例として,前弧域で形成された礫質河川システムのシーケンス層序学的特徴を検討した.礫質河川堆積物の三次元的な堆積形態や構成堆積相の累重様式などの特徴と,常磐沖に分布する古第三紀浅海堆積物や周辺地域の同時代の地層との比較検討に基づくと,石城層の礫質河川堆積物は3サイクルの小規模な相対的海水準の上昇にともなった一連の相対的海水準の上昇に対応して形成されたと解釈される.礫質河川堆積物は癒着した河川流路堆積物とバー堆積物で主に構成され,それらの形態的特徴や累重様式には顕著な時空的変化は認められない.一方,礫質河川堆積物全体や,それを構成する3サイクルの河川流路堆積物複合体には明瞭な上方細粒化サイクルが認められ,従来の河川システムのシーケンス層序モデルの特徴と一致する.従って,石城層の礫質河川システムは,スタンダードなシーケンス層序モデルにおける1つのバリエーションを示すと考えられる.このようなバリエーションは,急勾配,短流路,粗粒堆積物の多量な供給など,前弧域で形成される河川システムの特徴を反映している可能性が考えられる.
Key Words : forearc basin, gravelly fluvial deposits, nonmarine sequence stratigraphy, Northeast Japan, Paleogene
中国北西部,南アルタイ造山帯から産出したスピネル-斜方輝石—ざくろ石超高温グラニュライトのSHRIMP U-Pb ジルコン年代
Zilong Li, Yinqi Li, Hanlin Chen, M. Santosh, Wenjiao Xiao and Huihui Wang
中国北西部,南アルタイ造山帯から産出したスピネル-斜方輝石—ざくろ石超高温グラニュライトの特徴的な鉱物組合せ,鉱物組成,ジルコンSHRIMP U-Pb年代について調べた.アルタイ造山帯は古生代に形成されたシベリアプレートとカザフスタン−ジュンガルプレートとの間に発達した付加体である.本研究で解析した超高温変成岩は,スピネル+石英の共生と減圧時に生じた斜方輝石,スピネル,珪線石,菫青石からなる連晶等のピーク変成作用時および後退変成作用時の鉱物組合せおよび微細構造を残している.石英と共生するスピネルは低いZnO量をもち,斜方輝石はAlに富み,Al2O3量を最大で9.3 wt%含む.変成作用のピーク温度は950℃以上で,超高温変成作用の条件を満たしており,変成岩類は時計回りの温度−圧力経路を経て上昇した.超高温変成岩に含まれるジルコンは累帯構造を示し,残留ジルコンからなる核部と変成作用で形成され縁部をもつ.核部は499±8 Ma(7点)と855 Ma (2点)のバイモーダルな年代を示し,丸みを帯びた砕屑性のジルコンは490−500 Maの年代をもつ.グラニュライトは,ジルコンのU-Pb閉止温度を越える900℃以上の温度条件で形成されていることから,大勢を占める499±8 Maの年代は,大陸縁における約500 Maの火成岩区から供給されたジルコンとともに,原岩の形成年代を示していると解釈できる.超高圧変成岩類は,古アジア海の北方への沈み込みとそれに伴うシベリアプレートとカザフスタン−ジュンガルプレートの付加−衝突テクトニクスに密接に関係して形成され,その後,減圧により急速に上昇した.
Key Words : mineral reaction, zircon SHRIMP U-Pb age dating, tectonometamorphic evolution, ultrahigh-temperature granulite, South Altay orogenic belt
和歌山県有田川地域の“中部”〜上部白亜系層序
御前明洋,前田晴良
和歌山県有田川地域の矢熊池周辺に分布する白亜系の層序学的研究を行った.産出する大型化石から,断層で区切られたブロックの一つにはAlbian階中部〜上部が,他のブロックにはTuronian階中部〜Santonian階が分布することがわかった.Albianの堆積物は,豊富な遊泳生物とは対照的に底生生物をほとんど含まず,また,生物撹拌が弱く葉理の発達した泥岩が卓越する.これは貧〜無酸素環境下での堆積を意味し,海洋無酸素事件の影響が示唆される.四国でも同様の堆積物が知られており,世界的な環境変動の影響を直接受ける広大な堆積盆が秩父帯上に存在した と思われる.調査地域の上部白亜系は,四国で報告されたもの同様その層厚が極端に薄く,白亜紀後期の前半にはこの堆積盆の堆積速度が非常に遅かったと推定される.
Key Words : Albian, ammonoids, Aridagawa, benthos, bioturbation, Chichibu Belt, Cretaceous, Oceanic Anoxic Events (OAEs), Southwest Japan, Wakayama
四国東部三波川帯の低度変成堆積岩の原岩層とその地体構造上の意義
君波和雄
四国東部の穴吹地域と神山地域の三波川帯低変成度部(緑泥石帯)は,岩相や地質構造から北部と南部に分けられる.砂質片岩と泥質片岩の全岩化学組成の特徴は,北部と南部がそれぞれ四万十帯北帯のKS-IIユニット(コニアシアン-カンパニアン)とKS-Iユニット(後期アルビアン-前期コニアシアン)の変成深部相であることを示唆する.三波川帯の原岩層の年代を考慮すると,三波川変成帯・北部から北部秩父帯南部に向かって堆積年代は大局的に古くなる.一方,三波川帯および北部秩父帯に含まれる級化した砂質片岩・砂岩は,多くが南上位を示す.これらのデータは,四国東部の三波川変成帯〜北部秩父帯の層理・片理が何らかの造構運動により北傾斜から南傾斜に転換した可能性を示唆する.北に若くなる年代極性や地質構造,すでに報告されているビトリナイト反射率などから,北部秩父帯は三波川変成帯の上載層をなしていたと推定される.
Key Words : Chichibu belt, geochemistry, geotectonics, Sanbagawa belt, Shikoku, Shimanto belt
インバージョン背斜構造の形態における単純せん断方向の影響
山田泰広,Ken McClay
応力場の転換に伴って正断層が逆断層として再活動するときに形成される背斜構造の形態は,上盤せん断変形の方向(せん断角)と断層形状によって支配される.本論では,バランスドクロスセクション法を応用した数値シミュレーションを行って,せん断角の変化に伴う変形形態の影響について検討し,モデル実験結果などと比較した.その結果,背斜構造の最終的な形態や変形同時堆積物の層厚変化,断層変位量などは伸張時と圧縮時の両方のせん断角によって支配されること,一般に応力場の転換に伴ってせん断角が低角化すること,この低角化に伴って深部で正断層・浅部で逆断層という変位パターンを持つ断層が形成されることなどが明らかになった.
Key Words : hangingwall deformation, inclined simple shear, numerical simulation, tectonic inversion