Papers arising out of 22nd Himalaya-Karakorum-Tibet Workshop (HKT22)
Guest Editor : Jonathan Aitchson and Simon Wallis
中国,南部チベットKyichu Valleyにみられる堆積シーケンスと古土壌が示す後期第四紀における環境変化
チベット高原は環境変化に非常に敏感であり,その環境変化は中央アジアおよびその周辺域の環境にも影響を与える.したがって,本地域における環境変化に関する知見は重要である.Kyichu Valley(ラサ川)およびその支流は容易にアクセス可能な地域であるにも関わらず,南部チベットにおける後期第四紀の地形変化はほとんど知られていない.そこで,本地域の環境変化を明らかにするために,Kyichu Valleyの中流および下流域の12セクションで,堆積学的・古土壌学的・年代学的(AMS14C年代およびルミネッセンス年代)・古植物学的検討を行った.標高3600〜4000mでは氷河の痕跡は見出されず,これはKyichu Valleyは最終間氷期以来,氷河に覆われたことはなかったということを意味している.本地域はテクトニックに活動的であり,古い河川谷が沖積層に覆われるため,aggradationalな堆積体が形成されている.このため、氾濫原上に河川や湖沼に特有の堆積構造がみられない.後期第四紀に,Kyichu Valleyの河口域は湖沼となったが,それは本谷が合流するYarlung Zhangbo Valleyに形成されたダム湖の一部であった.本谷の両岸では,最終氷期最盛期前には黄土が,最終氷期最盛期前およびその後には風成砂が主に堆積した.最終間氷期,最終氷期,完新世の古土壌がみられることより,土壌の形成時の環境は温暖〜冷涼かつ湿潤〜亜乾燥であったと思われる.崩積堆積物の年代は,Kyichu Valleyの両岸斜面が広範に無植生となったのは,主に後期更新世の浸食とそれに引き続く完新世の二次的な浸食によるものであることを示している.また,古植物学的検討により,本地域では後期完新世に,森林から草木や低木の散在する草原へと環境が変化したことが判明した.森林の消滅や浸食の進行といった後期完新世の環境変化の少なくとも一部は人間活動によって促進され,地域的な気候の乾燥化と冷涼化を増進したと推定される.
Key words: colluvial , eolian , fluvial , lacustrine , Lhasa River
レッサーヒマラヤ外帯のガーワル向斜構造における構造岩石学及び帯磁率の異方性解析から推定されるポップアップクリッペ群の存在
レッサーヒマラヤ外帯西部に位置するガーワル向斜構造域における,野外地質学的観察及び岩石学的記載と帯磁率異方性解析は,同地域の形成史を理解するために有用である.帯磁率の主軸は短い空間スケールにおける大きな変化を示し,これは重複変形の存在,また正断層運動に適した応力場の影響を示唆する.向斜構造の軸から離れた翼領域では,岩石は低度緑色片岩相までの変成作用を被っている.一方,褶曲軸部に近づくにつれて変成度は緑泥石−黒雲母帯まで上昇する.変成度が異なる領域の境界には衝上断層が存在し,大規模なポップアップクリッペ群構造として説明できる.
Key words : fault reactivation , Himalayan seismicity , neotectonic stress , strain , superimposed deformation
西部〜中部Songpan-Ganzi-Bayan HarテレーンにおけるBayan Har層群の起原及び熱史:北部チベット高原のテクトニックな発達の解釈
北部チベット高原に分布するSongpan-Ganzi-Bayan Harテレーンには,三畳紀のタービダイトが卓越する.三畳紀Bayan Har層群タービダイト中の砕屑性ジルコンのU-Pb年代は,400-500 Ma, 900-1000 Ma, 2400-2500 Maにピークをもつ. これらの結果は, 北方のEast Kunlun, Altyn, Qaidam, Qilian, Alaxa地域の先三畳紀の基盤岩の最近公表されたU-Pbジルコン年代とよく一致し, Bayan Har層群の原岩にこれらの岩石が含まれることを示唆している. このことは, Bayan Har 層群の石質アレナイトと北方のEast Kunlunテレーンの三畳紀前〜中期層の砂岩との組成上の類似性からも支持される. 石炭紀〜二畳紀中期のメランジュ層とその上に載る後期二畳紀あるいは三畳紀の地層との間の露出状況の良い傾斜不整合の露頭は, 二畳紀中期と二畳紀後期の間に広域的な変形作用が起こったことを示している. この変形作用は、QiangtangテレーンとNorth China Plateの間に起こった比較的穏やかな衝突, および古テチス海の閉塞の結果であるかもしれない. Bayan Har層群のタービダイトは, 再びひらいた海盆の陸棚環境で堆積した. Bayan Har層群の砕屑性のジルコンを用いたフィッション・トラック年代は, 堆積前および堆積後の年代を示し, 飛跡が熱的に修復される温度(250-300℃)に達しなかったことを示唆している. Uの低濃集によって定義される282-292 Maのピーク年代もまた北方の花こう岩の給源を反映しているように思われる. 南部地域の豊富な火山岩片をもつ二つの石質アルコースから得られた自形のジルコンは, およそ237 Maのピーク年代を与え, おそらく最も古い堆積年代を記録している. 卓越する堆積後の170-185 Maのピーク年代は, ジュラ紀初期に最高温度に達したことを示唆している. いくつかの試料には, およそ140 Maのより新しい熱事件(thermal event), すなわち最も不安定なジルコンにのみ影響を与えるような短時間の熱事件をあらわしているように思われる.
Key words : Bayan Har Group turbidites , detrital zircon fission-track age dating , detrital zircon U-Pb age dating , northern Tibetan Plateau , provenance , tectonic evolution , thermal history
南部チベット、二畳紀Gangdise(Transhimalaya)島弧の起源:層位学的および火山岩の地球化学的制約
南部チベットGangdise テレーンの中生代および新生代火山岩は,新テチス海の沈み込みによって生じたと考えられてきた.しかし,後期古生代の火山岩およびそのテクトニックセッティングはほとんど研究されていない.我々は,中部Gangdiseテレーンに位置する,断層で周囲と画された東西方向に伸張した隆起帯中にみられるペルム系の火山岩・堆積岩シーケンスに関する層位学的・地球化学的検討を行った.本地域の堆積岩はプラットフォーム性の炭酸塩岩と陸源性砕屑岩より構成されており,これは北部ゴンドワナ一帯に浅海性堆積盆が広がっていることを意味する.また,ペルム系堆積岩からは,当時,海退もしくは隆起があり,地域的に河川が形成されたことが判読される.火成活動には,玄武岩の噴出とそれより後の珪長質マグマの噴出という2つのステージが認められる.前者はMaizhokunggar(Tangjia)およびLhunzhubに露出するソレアイト質玄武岩溶岩によって代表され,その年代は前期〜中期ペルム紀である.下部ペルム系玄武岩は相対的にMgOに富み(4.58〜12.19%),中部ペルム系玄武岩はAl2O3含有量が高い(11.75〜21.22%).両時代の玄武岩とも,LIL元素および軽希土類元素に富み,顕著なNbとTbの負のアノマリーを示す.全希土類含有量および軽希土類元素/重希土類元素比は,前期ペルム紀から中期ペルム紀にかけて増加した.Sr,Nd,Pbに関しては初生同位体比に変動が認められ,これは,スラブ由来の流体による交代作用あるいはマグマの進化過程における同化作用および分別結晶作用に特徴的な,地殻とマントルの反応に起因するものと考えられる.これらの層位学的および地球化学的データは, Gangdiseテレーンに残されている中生代の島弧の形成前に,古生代に古テチス海の南方への沈み込みによる島弧の形成があったとする仮説を支持する.
Key words : Gangdise , geochemistry , island arc , Paleotethys , Permian , stratigraphy , Tibet , volcanic rocks
チベット高原、南ガンディステレーンに位置するニム地域におけるアパタイトフィッショントラック解析からの新第三紀熱・テクトニック履歴への制約
南ガンディステレーンに位置するニム地域の新生代の火山性地層から採取された岩石試料5個のアパタイトフィッショントラック解析は単純な年代分布を示す.最古・最新の中心年代(central age)は6.8±0.6 Maと9.7±1.2 Maである.
最長・最短トラック長は14.2±2.3 mmと12.9±1.7 mmであり,トラック長分布は単一の熱イベントで形成される単一のピークを示す.本研究で新しく記載された年代は,9–5 Maに起きた水平圧縮を伴うテクトニックイベントに起因するチベット北部盆地における高速堆積時期とほぼ一致する.トラック長モデリングから3つの異なる冷却ステージを定義できる.第1ステージ(12–8 Ma)は比較的安定した時期であり,温度は120–110°Cであり,冷却はあったとしてもかなり限られているので,当時の地形は起伏が少なかったと推定できる.第2ステージ(8–2 Ma)は速い冷却を伴い,温度は〜110°C から地表付近に相当する〜15°Cまで下がった.このステージは,現在のガンディス山脈でみられる地形の起伏をつくりだしたヒマラヤ造山帯における衝突のfar-field effectに関係づけることができる. この時期の平均上昇速度は1.41–0.95 mm/a であり,標高は〜5900 mまで達したと推定される.最後の第3ステージは鮮新世以降の地表付近での熱履歴を示す.
Key words : cooling-uplifting , fission track , Gangdese terrane , tectonics , thermal history
付加過程最初期の乱堆積物の形成:三浦房総付加体を例として
山本由弦, 仁平麻奈美, 大田恭史, 小川勇二郎
付加体上部に発達する乱堆積物は,付加前,付加中,付加直後の詳細なテクトニクス情報を記録している.上部中新統の三浦房総付加体の詳細な検討を行い,3つのタイプの乱堆積物を見出した.砂もしくは礫層ブロックと泥質岩マトリックスで構成される乱堆積物(タイプ3)は,伊豆弧上での三崎層・西岬層の堆積直後に起こった重力崩壊に伴うスランプによって形成された.これらの運動方向から示された斜面の姿勢は,はじめほぼ水平であった海底面が,北西方向に傾動し,最終的には逆の南東方向の傾動へと変化したことが明らかになった.北西側への傾動・地すべりは,付加直前に海底面が陸側へ傾動したことを示し,南東へのそれは,堆積物が変形前線(Deformation front)通過後に,断層運動によって海溝側へと傾動が変化したことを示している.マトリックスが砂もしくは礫主体に構成されている乱堆積物(タイプ1,タイプ2)は,付加中および付加後に起こった,巨大地震による砂層の液状化および貫入によって形成された.
これら乱堆積物は,造構運動による斜面の傾動や古地震イベントといった,付加過程初期における表層付近の変動を知る上で,非常に有用である.
Key words : accretionary complex, Boso, liquefaction, mélange, Miura, slumping
有孔虫データに基づいた2004年インド洋大津波による海底堆積作用の解明
菅原大助,箕浦幸治,根本直樹,塚脇真二,後藤和久,今村文彦
2004年インド洋大津波により生じた海底下の堆積作用を明らかにするため,タイ南西部沿岸域において津波前後で採取した堆積物試料を用いて微古生物学的分析を行った.分析に供した試料は,津波前の1998年に水深6〜15 mの3地点,津波後の2005年と2006年に水深4.5〜30 mの10地点から採取した.試料から検出した有孔虫殻について種・属の同定を行い,それらの産出頻度を分析した結果,底生有孔虫の分布パターンが津波後に海側へ移動していたことが認められた.また,津波後の前浜〜沖浜の堆積物からは,潮間帯を生育域とする膠着質有孔虫が検出された.これらのことは,津波の引き波により前浜〜沿岸域の堆積物が海側へ運搬されたことを示している.一方,沖浜を生育域とする浮遊性および底生有孔虫の分布パターンに関しては,陸側への移動は殆ど認められなかった.本海域では,沖浜の海底において押し波による陸側への堆積物の運搬は生じなかったと思われる.本研究の結果,および既往の関連研究のレビューから,海底における津波の堆積作用について次のような解釈が導かれた.(1)津波襲来の際,引き波により大量の海浜物質が堆積物流となって海域へ運搬される.(2)従って,過去の津波の痕跡は沖浜の堆積場において異地性の物質の集積として識別されうる.(3)底生有孔虫の群集変化は痕跡の識別規準として有力であると考えられる.
Key words : backwash, foraminifer, sediment flow, 2004 Indian Ocean tsunami, 2004 Sumatra–Andaman earthquake
中国北西部,北Qilian山地におけるアラスカ型苦鉄質-超苦鉄質貫入岩の産状:Qilian Blockにおけるカンブリア紀の島弧火成作用の証拠
中国北西部,北Qilian山地において,Zhamashi苦鉄質-超苦鉄質貫入岩の野外での産状,鉱物学的および岩石学的性質,全岩組成,年代について研究を行った.Zhamashi貫入岩体は,超苦鉄質岩,ガブロ,ドレライトからなり,おおよそ同心円状の累帯構造をなす. 超苦鉄質岩は層状沈積岩で,ダナイトからウェールライト,かんらん石単斜輝岩を経て,単斜輝岩へと連続的に変化する.ガブロとドレライトもまた,層状あるいは塊状の沈積岩で,ノーライト質ガブロからホルンブレンドガブロを経て閃緑岩へと連続的に変化する.超苦鉄質岩と隣接するガブロは,岩相的,構造的に不連続である.両者の境界面は,急勾配かつ明瞭で,破砕されている.接触変成帯は,Zhamashi貫入岩体と周囲の岩石の間で良く発達している.貫入岩体の同心円状の累帯構造と大陸地殻への貫入は,Zhamashi貫入岩体がアラスカ型であることを示す二つの主要な証拠である.クロムスピネルと単斜輝石の化学組成,(Na2O + K2O)–FeO–MgO (AFM)図における全岩化学組成の変化のトレンドも,アラスカ型であることを支持している.ジルコンのSHRIMP年代から推定されるZhamashi貫入岩体の年代は、513.0±4.5 Maである.Zhamashi貫入岩体の本源マグマは,マントルかんらん岩の部分溶融によって生じた未分化マグマに組成的に近い.島弧性の環境の中で、その本源マグマが、低圧かつ水に富んだ条件下での分別結晶作用によって分化し、全ての主要岩種が形成された.Zhamashi貫入岩体の同心円状の累帯構造は,層状岩体の形成とそれに続くダイアピリックな再迸入の2つのステージを経て形成された.アラスカ型貫入岩体の産状は,Qilian Block北縁の活動的大陸縁とカンブリア紀の島弧性火成作用を示唆している.
Key words : Alaskan-type, arc magmatism, Cambrian, mafic–ultramafic intrusion, North Qilian Mountains, Qilian Block