三波川結晶片岩の岩石学的研究は小藤文次郎(1856-1935)によって始められ,鈴木 醇(1896-1970)及び堀越義一(1905-1992) は四国中央部別子地域で精力的な記載岩石学的研究を行った.P. Eskola(1883-1964)の変成相の概念に基づく岩石学的研究は,日本では1950年代に都城秋穂によって低い圧力/温度比(低P/T型)の阿武隈変成帯において始められ,続いて関 陽太郎と坂野昇平によって高P/T型の三波川変成帯で行われた.1970年代には,独特の逆転した温度構造の存在が確立された.こうして1990年代までに三波川変成帯の地質学的,記載岩石学的特徴が明らかになった.現在の研究は,地質年代学的,構造地質学的,地体構造論的,そして地質熱学的観点から新しい定量的モデリングを行い,この変成帯の古典的なイメージを再検討しつつある.
Keywords Comtemporary debate, Facies series, Research history, Sanbagawa
延辺(朝鮮族自治州)地域は中国の中央アジア造山帯(CAOB)の東部に位置し,顕生代花崗岩類の広汎な貫入によって特徴づけられる.従来,延辺花崗岩類は,華北地塊北縁に沿って東西に延びる地域に,主に古生代前期に定置したと考えられていた(いわゆる「カレドニア期」花崗岩類).しかし,それらの年代決定はほとんどなされてなかったので,今回5つの典型的な「カレドニア期花崗岩類」(黄泥嶺,大開,孟山,高嶺,百里坪の各底盤)を選んでジルコンU-Pb 同位体法による年代測定を行った.我々の新しい年代データは,これらの花崗岩類の定置年代が古生代後期から中生代後期(285-116 Ma)にわたることを示す.即ち,華北地塊北縁には「カレドニア期花崗岩類」は全く存在しないことがわかった.これらの花崗岩類の活動時期は,我々の新しいデータに基づいて,ペルム紀(285±9 Ma),三畳紀(249-245 Ma),ジュラ紀(192-168 Ma),及び白亜紀(119-116 Ma) の4つに区分できる.285±9 Maのトーナル岩は古アジア海の華北地塊下への沈み込みに関連しているらしく,次に三畳紀の大陸衝突と同時期の249-245 Maのモンゾ花崗岩類が貫入した.これは,CAOBの造山帯地質体群と華北地塊との衝突及び古アジア海の最終的な閉塞過程を代表する.ジュラ紀花崗岩類は古太平洋プレートの沈み込み,及びそれに続く佳木斯(ジャムス)−ハンカ地塊と三畳紀に合体した既存の中国大陸との衝突の産物である.そして,白亜紀前期の花崗岩はアジア大陸東縁の伸長場で形成された.
Key words : U-Pb geochronology, Zircon, Granitoids, Yanbian, NE China
フィリピン北パラワンブロックの付加コンプレックスには,上部古生界から中世界にいたる堆積層が分布する.それらは,チャート(リミナンコン層),砕屑岩(グインロ層),多くの石灰岩ユニット(コロン層,ミニログ層,マラジョン層)である.カラミアン諸島の異なる層序のチャート・砕屑岩層の漸移関係の研究に基づき,3つの付加体が識別された.それらは,北部ブスアンガ帯,中部ブスアンガ帯,南部ブスアンガ帯である.これらは東アジアの付加体中でのイベントとして,まず,北部ブスアンガ帯が中部ジュラ紀に始まり,中部ブスアンガ帯が後期ジュラ紀に,南部ブスアンガ帯が後期ジュラ紀から初期白亜紀に付加した.いくつもの海山上の石灰岩ブロックが,チャート・砕屑岩層序に並列して存在している.後期白亜紀に東アジアの沈み込み付加作用が終わると,この地域も安定化した.中期漸新世には海洋底拡大によってアジアと北パラワンブロックの間が断たれ,拡大は南へ移動した.中期中新世には,北パ
ラワンブロックとフィリピン島弧とが衝突した結果,東部カラミアン諸島のNE-SW方向の構造がNW-SE方向へと時計回りに回転し,カラミアン諸島の大構造が出来上がった.
Key words:accretionary complex, chert-clastic sequence, radiolarian biostratigraphy, subduction tectonics, Calamian, North Palawan Block, Philippines.
白亜紀西南日本に形成された多量の花崗岩や広域変成帯は,活動的拡大海嶺 (クラ−太平洋海嶺またはファラロン−イザナギ海嶺)のユーラシア大陸への沈み込みとそれに伴うスラブウィンドウの形成にその原因が求められてきた.本研究ではこのシナリオを検証するため,活動的拡大海嶺の沈み込みとそれに伴うスラブウィンドウの形成による,大陸地殻への熱的影響に関する二次元数値解析を行った.シナリオの妥当性は,様々なモデルパラメータに基づく計算結果を白亜紀西南日本の地質と比較することによって検討された.具体的な地質学的制約条件は,和達・ベニオフ面付近での角閃岩相−グラニュライト相変成岩の欠如(低温高圧型三波川変成帯の存在),そして大量の花崗岩(領家・山陽帯の花崗岩類)を生成するために必要な下部地殻塩基性岩の十分な融解である.検討の結果,上記二つの地質学的制約条件を同時に満たすようなモデルパラメータは存在しないことが明らかとなった.これは,白亜紀西南日本においては,活動的拡大海嶺の沈み込みとそれに伴うスラブウィンドウの形成に対して否定的であることを示している.これまでの研究と今回の解析結果を考慮した場合,白亜紀西南日本においては,次の二つのテクトニックシナリオを描くことが出来るであろう. (1)活動的拡大海嶺はユーラシア大陸に対して沈み込まなかったが,海嶺軸は大陸沖に停滞し,長期間にわたって若い (熱い)海洋プレートを供給し続けた.(2) 海嶺は沈み込む直前にその活動を停止した(非活動的海嶺の沈み込み).二つのシナリオとも,白亜紀西南日本に沈み込んだのは活動的拡大海嶺ではなく,若い (熱い)海洋プレートであったというものである.
Key words:Mid-Cretaceous igneous activity, Ryoke-Sanyo granitoids, Sambagawa metamorphic belt, slab window, SW Japan, spreading-ridge subduction, thermal modeling.
付加体の形成過程やレベルの異なる構造体が露出する過程に,地域的な地質現象が与える影響を理解するために,フィッショントラック(FT)法を用いた年代学的マッピングを,西南日本・紀伊半島で行った.ここに分布する白亜紀付加体では,本来あるべき沈み込み帯に平行な帯状構造が乱されて,四万十付加体が北側に張り出している.東西〜12キロメートル,南北〜15キロメートルの調査地域から26のジルコンFT年代値を得たところ,それらは以下の3つのグループに分けることができた.(1)北西ー南東方向の谷沿いに分布する~15 Ma (~10から~20 Ma にわたる)の年代値,(2)調査地の北西部に分布する~50 Maの年代値,(3)上記2つのグループよりも古い年代値.8試料から得られたFTの長さ分布も考慮に入れ,中新世の年代値を,~50 MaのFT年代値として記録されている広域的な上昇・削剥の後,熱の流入および冷却が空間的に不均一に生じた結果によるものと解釈した.
Key words:Shimanto accretionary complex, fission track geochronology, heat influx, local exhumation , Kii Peninsula.