2024年度各賞受賞者 受賞理由

■都城秋穂賞(1件) ■H. E. ナウマン賞(1件) ■小澤儀明賞(1件) ■柵山雅則賞(1件)
■論文賞(1件) ■Island Arc Award(1件) ■小藤文次郎賞(1件) ■地質学雑誌特別賞(1件)
■研究奨励賞(5件) ■学会表彰(1件)    

 

日本地質学会都城秋穂賞


授賞者:Gregory F. Moore氏 (アメリカ・ハワイ大学)
対象研究テーマ: 南海トラフ周辺における地質構造の三次元イメージング研究


 米国ハワイ大学のGregory F. Moore名誉教授は,世界各地の付加体の地質構造や発達過程などについて,主に地質学的・地球物理学的アプローチによって多くの重要な成果をあげてこられた.Moore氏の研究対象は,日本周辺をはじめ,スマトラ島沖,モルッカ海,台湾周辺,北米オレゴン沖,中米バルバドス,コスタリカ沖,ヒクランギ沖など世界各地に広がっている.ただしMoore氏の研究の多くは南海トラフ周辺海域に集中しており,研究論文の3分の1以上が南海トラフ関係となっている.なかでも特筆すべき研究成果は,南海トラフ周辺で実施された,反射法地震探査やIODP等の海底掘削のコア試料の解析による南海トラフ付加体の構造を日米共同で解明したことであり,デコルマ面(プレート境界)やメガスプレー断層の三次元地質構造を含む,現世付加体の構造を世界に先駆けて鮮明に描き出したことである.例えば,紀伊半島沖では,南海トラフ付加体内の巨大分岐断層が,付加体の下位にあるプレート境界断層から海底面まで連続し,前面の付加体内の低角断層群を切る様子を世界に先駆けて詳細に明らかにし,巨大分岐断層の役割について詳しい議論を行っている.また四国沖では,デコルマ面を境に上盤側では海溝充填堆積物が分岐断層によるスラストや褶曲を伴いながら,付加体が形成されてゆくのに対して,下盤側では半遠洋性堆積物が非変形のまま海洋地殻とともに沈み込むさまを見事に描き出した. 南海トラフ周辺の現世付加体の詳細な地質構造描出による収束境界の地質構造やテクトニクスに関する研究では,多くの日本人研究者との共同研究においてMoore氏はリーダーシップを発揮してこられた.また,日本の若手研究者の育成に貢献するとともに,日本における現世付加体の研究が世界で認められる上で,一つの重要な役割を果たされた.Moore氏とその共同研究者が明らかにした現世付加体の地質構造は,日本の地質基盤の主要な要素の一つである陸上付加体の研究にも多大な影響を与えている. 以上のように,国際的に顕著な業績を残し,南海トラフを中心とした日本の収束境界の地質学の発展と研究者育成に多大な功績を残したMoore名誉教授は,日本地質学会都城秋穂賞に値すると判断した.

  Dr. Gregory F. Moore, the University of Hawaii has made significant contributions to the understanding of the geological structures and tectonics of accretionary prisms worldwide, primarily through geological and geophysical approaches. His research encompasses diverse regions, including areas around Japan, Sumatra, the Molucca Sea, Taiwan, Oregon, Barbados, Costa Rica, and New Zealand, with a significant focus on the Nankai Trough region. Over one-third of his published work centers on this region. Notably, his significant research achievements include the joint Japan-US project to elucidate the structure of the Nankai accretionary prism through reflection seismic surveys and the analysis of core samples from IODP and other deep-sea drilling projects. Those works have vividly depicted the three-dimensional geological structure of the active accretionary prism for the first time, including the décollement and mega-splay faults. For example, off the Kii Peninsula, Dr. Moore’s research has detailed how the mega-splay fault within the Nankai accretionary prism extends continuously from the plate boundary fault beneath the accretionary prism to the seafloor, cutting through the low-angle faults in the frontal accretionary prism. This research has led to detailed discussions on the role of the mega-splay fault. Additionally, off the coast of Shikoku, his research has vividly illustrated how trench-fill sediments on the hanging wall side of the décollement are thrust and folded by splay faults, forming the accretionary prism, while on the footwall side, hemipelagic sediments subduct along with the oceanic crust without deformation. 
  In studies on the geological structure and tectonics of convergent boundaries through detailed investigations of the geological structures of the active accretionary prism around the Nankai Trough, Dr. Moore has exercised leadership through collaborative researches with many Japanese researchers. He has also contributed to the development of young researchers in Japan and played a crucial role in gaining global recognition for research on the current accretionary prism in Japan. The geological structures of the active accretionary prism elucidated by Moore and his collaborators have significantly influenced the study of onshore accretionary prisms, which are major elements of Japan’s geological framework.
  In recognition of his internationally significant achievements and his outstanding contributions to the development of geology and the training of researchers, particularly in the Nankai Trough region, Dr. Moore is highly recommended for the Geological Society of Japan’s Akiho Miyashiro Prize. 

 

日本地質学会H. E. ナウマン賞


授賞者:岡本 敦 会員 (東北大学大学院環境科学研究科)
対象研究テーマ: 岩石組織に基づく地殻・マントルにおける岩石−水相互作用のダイナミクスの解読


 マントル岩石の岩石―水相互作用に関する研究で岡本会員は,岩石組織の詳細な観察を基礎として,マントル岩石の加水反応や炭酸塩化反応が自己促進的に進行するメカニズムを数値モデリングを通じて明らかにしている.さらに,マントル岩石のナノスケールから数百メートルスケールにわたる反応帯組織の解析を行い,従来理解が困難であった流体活動の時間スケールを推定することに成功した.そして,地球内部の流体活動と地震活動の時間スケールが整合的であることを明らかにした.これらの研究成果は,地球規模の水・炭素循環や地震活動に関する更なる研究と議論を国際的に推進することに大きな役割を果たしている. また,岡本会員は,地震発生時の急激な減圧効果を示すとされる鉱物脈の形成過程を,独自に設計した装置を駆使した水熱反応実験により再現することに成功した.この成果は,露頭規模で観察される岩石組織と地震活動を結びつける点で極めて重要であり,地震活動と流体活動の時間サイクルに関して,新たな視点からの制約条件を提供するものでもある.また,これらの実験的アプローチは,理学のみならず,地熱発電開発など工学分野の研究にも寄与するものと期待できる. 岡本会員は,これまでに数多くの論文を発表するとともに,国際学会において招待講演や基調講演を行い,国内外の学界に大きなインパクトを与えてきた.そして,上記のように数値モデリングと水熱反応実験の両面から,地殻—マントルにおける流体挙動に関する研究を推進してきた点は特筆される.このような業績と今後期待されるさらなる国際的かつ学際的活躍は日本地質学会H.E.ナウマン賞に値するものである.したがって,岡本会員は,日本地質学会H.E.ナウマン賞に値すると判断した. 

 

日本地質学会小澤儀明賞


授賞者:羽田裕貴 会員 (産業技術総合研究所)
対象研究テーマ:鮮新-更新統の超高時間分解能解析による北西太平洋古海洋・古地磁気変動の研究


羽田裕貴会員は,緻密な野外調査を行い,鮮新―更新統の精密年代層序の構築と,高時間分解能での有孔虫酸素同位体および古地磁気分析によって,日本列島周辺海域を含む北西太平洋における古海洋変動・地磁気変動の研究において顕著な成果を挙げてきた.特に,下部−中部更新統境界の国際標準模式層断面とポイント(Global Boundary Stratotype Section and Point,GSSP)に批准された千葉セクションを含む一連の海成更新統(千葉複合セクション)においては,表層・亜表層・底生有孔虫化石を,平均160年間隔で分析することにより,超高時間分解能での酸素同位体層序を構築した.そして,数ある間氷期の中でも,現在の完新世と地球の軌道要素が,過去100万年間で最も類似している海洋酸素同位体ステージ19を精査し,海洋性と陸源性有機物の混合比や底層水酸素濃度が氷期―間氷期サイクルと一致していることを示した.さらに,羽田会員は,磁気反転が77万2900(±5400)年前であること,78万3000年前から76万3000年にかけての2万年間に古磁気方位が数度にわたり不安定となり,これが古磁気強度の減少を伴っていたことをつきとめた.これらの研究は,GSSP,海洋酸素同位体ステージ19,松山−ブルンの地磁気逆転境界という地質学における重要なテーマに大きな貢献をしたと高く評価される. 羽田会員は,これらの手法を精力的に発展させ,沿岸堆積物や湖成層を用いた鮮新―更新世の古地磁気層序の構築や火成岩礫の磁気分析などを行い,新領域の研究分野にも取り組んでいて,すでに成果の一部を発表している.これらの研究は,国内外の多くの研究者との協力研究を通じて実施されてきたが,羽田会員は,若手のリーダーとしての役割をきちんと果たしてきた.古地磁気と古環境の両研究は,地球の内部と表層で起こる地球システムの理解の上で本質的なテーマで,羽田会員の研究には今後の一層の発展が期待される.以上の羽田裕貴会員の業績と将来性は,日本地質学会小澤儀明賞に値すると判断した.

日本地質学会柵山雅則賞


授賞者:奥田花也 会員 (海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門)
対象研究テーマ: 沈み込みプレート境界断層の統合的すべり挙動の研究


奥田花也会員は,プレート沈み込み帯地震の発生機構解明に向け,断層の摩擦特性に関する実験的研究で顕著な成果をあげてきた.プレート沈み込み帯で採取されたコア試料や陸上のアナログ岩石,模擬物質についての変形実験,および第一原理計算に基づく原子スケールの数値実験などに基づき,海溝からマントルウェッジに至るプレート境界断層物質および関連する鉱物の物性を系統的に明らかにした. 奥田会員はまず,付加体から採取されたコア試料やその模擬物質を用い,プレート沈み込み境界の幅広い深度領域における摩擦特性を解明し,海溝型巨大地震や浅部スロー地震の発生理解に貢献した.また,地震発生領域に対応する温度・圧力下での摩擦実験に基づいて,海洋地殻を構成する変質した玄武岩が,実際の断層運動に近いと考えられる間欠的な変位挙動を生じ易く,また,スロー地震発生領域に存在する可能性のあるブルース石が,不安定滑りを起こしうることなどを示し,海洋地殻やマントルの変質プロセスで形成される岩石や鉱物が断層運動に重要な役割を果たす可能性を示した.さらにまた,断層強度を左右すると考えられる粘土鉱物内部の摩擦が,原子スケールでどのように働くかを第一原理計算に基づく数値シミュレーションによって明らかにし,結晶構造の差異による摩擦強度や特性の違いを評価することに成功した.これらの成果により,多様な物質・鉱物で構成されると考えられる実際の断層やプレート境界の強度や特性を,変形実験や数値シミュレーションに基づいて推定可能であることが示された. このように,奥田会員は,多様な手法をもちいて幅広い空間スケールでの断層挙動メカニズムの研究に取り組んでいる.また,国内外を問わず,複数の研究者・研究室と積極的に協力して先端的研究および地質学−地震学の融合的研究を行っており,今後,さらなる国際的・学際的な活躍が期待される.以上の奥田会員の業績と将来性は,日本地質学会柵山雅則賞に値すると判断した.

Island Arc Award


対象論文:Yusuke Sawaki, Hisashi Asanuma, Mariko Abe, Takafumi Hirata, 2020, U–Pb ages of granitoids around the Kofu basin: Implications for the Neogene geotectonic evolution of the South Fossa Magna region, central Japan. Island Arc. 29. e12361.

本論文は,甲府盆地周辺の新生代花崗岩類について多数のジルコンU-Pb年代測定を行い,複数の火成活動時期を特定することによって,南部フォッサマグナ地域の新第三紀以降の構造発達史の理解に再考をうながすものである.甲府盆地周辺は伊豆−小笠原−マリアナ(IBM)弧と南西本州弧との衝突による複雑な地質構造を持つが,著者らは貫入時期が異なる複数の花崗岩活動期に注目し,系統的なジルコンU-Pb年代測定を試みた.その結果,同地域の花崗岩活動が約15.5Ma,約13Ma,約10.5Ma,そして約4Maの4時期に分けられることを明示した.同地域で最古の約15.5Ma花崗岩形成がIBM弧内でのマグマ活動であったのに対して,約13Maの花崗岩類が本州弧とIBM弧との境界をまたいで貫入したことを突き止め,2つの島弧系の衝突開始時期を15〜13Maの間と制限した.また約10.5Maの火成活動はIBM弧の背弧拡大に,そして最も新しい約4Maの花崗岩形成は島弧衝突に伴う急速なマグマ形成に各々関係したと解釈した.南部フォッサマグナ地域については,これまでにIBM弧の衝突時期とプレート三重点の挙動などを想定した複数のプレート運動学モデルと古地理図が提唱されてきたが,本研究は既存の理解に再考を迫ることになった.この著しい貢献はIsland Arc Awardにふさわしいと判断した.
>論文サイトへ(wiley)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/iar.12361

 

日本地質学会論文賞


対象論文:Nakajima, T., Sakai, H., Iwano, H., Danhara, T., & Hirata, T., 2020, Northward cooling of the Kuncha nappe and downward heating of the Lesser Himalayan autochthon distributed to the south of Mt. Annapurna, western central Nepal. Island Arc. 29. e12349. 

著者らはネパールに分布する高度・低度の変成岩類と現地性堆積物にまたがる南北セクションから12試料を採取し,ジルコンのフィッション・トラック年代測定を行った.その結果,約240˚Cへの冷却時期は,大規模衝上断層の存在に影響されず,南方(下位)の約12Maから北方(上位)の1.6Maへと連続的に若くなることが示された.また3試料についてヒマラヤ地域で初めてトラック長解析を行い,高速侵食が見込まれる北方山岳地域において,南部地域よりも有意に大きな冷却速度が導かれることを示し,その予測を裏付けた.さらに,南方の低度変成岩から得られた457Maという不完全な若返り年代は,変成作用の熱源が上盤側にあったこと,つまり同地域全体が12Maよりも前に一度,高度変成岩の衝上に伴う熱変成を受けたことを示唆する.すなわち,この衝上イベントの後,上下盤が一体化してから削剥されるという構造発達史が明確化した.本論文のデータは,世界的に注目度の高いヒマラヤ造山運動に強い制約を与えるものであることから,この貢献を高く評価し,本論文が日本地質学会論文賞の授賞にふさわしいと判断した.

>論文サイトへ(wiley)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/iar.12349
 

日本地質学会小藤文次郎賞


受賞者:岡本 敦 会員 (東北大学大学院環境科学研究科)

対象論文:Okamoto, A., Oyanagi, R., Yoshida, K., Uno, M., Shimizu, H., Satish-Kumar, M., 2021, Rupture of wet mantle wedge by self-promoting carbonation. Communications Earth & Environment, 2, 151.

本論文は関東山地三波川変成帯,樋口蛇紋岩体において,炭素が沈み込み帯のマントルウェッジに固定される過程を解明した.著者らは同岩体内の炭酸塩鉱物脈に関して,野外観察と岩石試料解析,炭酸塩鉱物の安定同位体分析,熱力学計算を行い,炭酸塩鉱物脈が,変成堆積岩中の炭質物起源の炭酸ガスによって形成されたこと,および蛇紋岩化プロセス中に生成する流体と岩石間の相互作用の詳細を説明した.特に,蛇紋岩化過程における炭酸化反応が自己促進的に,かつ断続的に進行し,固体体積の減少,流体圧の増大,脱水反応,元素移動を伴うことを示した.蛇紋岩化したマントルウェッジ内の炭酸塩脈の形成は,沈み込みによる地球深部への物質循環やテクトニックな活動と密接に関連しており,それらの過程を理解する上で重要な手がかりを提供する.本論文は,マントルウェッジの蛇紋岩化過程における炭酸化反応が,その熱力学的および物理的性質に大きな影響を与えることを論理的に指摘し,その学術的なインパクトは大きい.以上のことから,本論文の筆頭著者である岡本 敦会員が日本地質学会小藤文次郎賞の授賞にふさわしいと判断した.

>論文サイトへ
https://doi.org/10.1038/s43247-021-00224-5
 

 

日本地質学会地質学雑誌特別賞

 

受賞論文:牛丸健太郎・山路 敦, 2020, 天草下島北部の中新世貫入岩体の方向と応力解析. 地質学雑誌,126巻,11号,631-638.

本研究は,熊本県天草下島に分布する14〜17Maに形成された板状貫入岩体(76枚)の方位を網羅的に調査し,応力解析を実施した.日本海拡大期には,島弧に直交する引張応力が働いたと一般に考えられている.天草下島では,琉球弧に直交する西北西-東南東引張を示す大規模な流紋岩岩脈の存在が指摘されていたが,このような岩脈を代表的トレンドとすることには危険性があることを指摘し,テクトニックな評価が行えるよう,多数の小規模な貫入岩体の方位分布を用いて応力解析を行っている.傾動補正前後の応力方向の検討を行い,始新統の褶曲に参加しているかについて,得られた応力方向は褶曲形成とは不調和で,貫入岩体は褶曲後に生じた可能性が高いとした.検出された南北引張応力が通説と一致しないことを示したが, 広域テクトニクスの議論には慎重であり,局所的な放射状岩脈群の一部を観測した可能性も指摘している.検出された応力の解釈を丁寧に行っていること,レターの限られた紙面にフィールド調査,年代評価,応力解析結果の吟味,既存資料に対する議論をコンパクトにまとめた論文構成は高く評価できる.以上のことから,本論文が地質学雑誌特別賞の授賞にふさわしいと判断した.

>論文サイトへ(J-STAGE)
https://doi.org/10.5575/geosoc.2020.0033

 

日本地質学会研究奨励賞


受賞者:福島 諒会員(東北大学大学院理学研究科)
対象論文:
Fukushima, R., Tsujimori, T., Aoki, S., and Aoki, K., 2021,Trace-element zoning patterns in porphyroblastic garnets in low-T eclogites: Parameter optimization of the diffusion-limited REE-uptake model. Island Arc, 30, e12394.

化学組成データとモデル計算を統合し,変成岩中のザクロ石から造山運動の時間規模などの地質情報を抽出しようとする研究は古くからあるが,その具体的な方法論は開発途上の段階と言える.近年の微量元素スポット分析技術の進歩に注目し,著者らはまず,ギリシャ産とグアテマラ産の低温エクロジャイト中のザクロ石を,結晶中心を通る面で精密切断し,LA-ICP-MSでのラスター分析を行った.そして,独自開発した2次元信号処理法を駆使し,ザクロ石の中心部から最外縁部に至るMnと希土類元素についての濃度プロファイルを取得した.このデータは最近の海外研究者らの論文で引用されるなど,注目を集めている.さらに著者らは2006年に提唱された「拡散律速取り込みモデル」を再検討し,本論文で得られた濃度プロファイルとの比較を行うことで,ある組成累帯構造から一意に定まるパラメータ群を整理し,それらを基に拡散律速または界面律速といった,地質帯ごとの変成カイネティクスの差異を議論できる可能性を新たに論じた.以上の貢献から,本論文の筆頭著者である福島 諒会員が日本地質学会研究奨励賞の授賞にふさわしいと判断した.
論文サイトへ(wiley)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/iar.12394

日本地質学会研究奨励賞


受賞者:木下英樹会員(京都大学大学院理学研究科,応用地質株式会社)
対象論文:
Kinoshita, H. and Yamaji, A., 2021, Arc-parallel extension in preparation of the rotation of southwest Japan: Tectonostratigraphy and structures of the Lower Miocene Ichishi Group. Island Arc, 30, e12418.

日本海拡大時,西南日本はほぼ「一枚岩」として移動したとされ,当時のグラーベンの規模の小ささはそのことと調和的だとされている.しかし近年,規模の大きなグラーベンが重力探査により知多半島付近で発見されるなど,グラーベンの多様性から多方向の島弧内リフティングがあったことが指摘されてきた.そこで,背弧拡大時における島弧内変形の詳細なプロセスを解き明かす目的で,筆者らは伊勢湾西部の下部中新統一志層群の地質調査を行い,高精度の地質図を作成した結果,地質図規模の断層のスリップ方向から島弧と平行な東北東-西南西方向の引張応力を検出し,正断層と左横ずれ断層によるグラーベンが形成されたことを示した.また,整合一連とされてきた同層群中に不整合を発見して,それを境にブロック状の差別的昇降から広範囲のサグ状沈降に移行したことを示した.さらに,これらを基に,島弧と平行な引っ張りによって伊勢湾周囲にグラーベンの集合体が形成され,最終的にはフォッサマグナの深いリフト帯の形成をもたらすとともに17.5 Ma頃からの西南日本の急速な回転につながったことを提示した.これらの成果は,Supporting Informationに含まれる豊富な露頭写真からも裏付けられるように,詳細な地質調査に基づく岩相層序の観察と構造地質学的な解析から初めて明らかになったものであり,日本海拡大時における島弧内変形のプロセスの理解に大きく貢献する研究として高く評価される.以上のことから,本論文の筆頭著者である木下英樹会員が日本地質学会研究奨励賞の授賞にふさわしいと判断した.
論文サイトへ(wiley)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/iar.12418

日本地質学会研究奨励賞


受賞者:武藤 俊会員(産業技術総合研究所地質情報研究部門)
対象論文:
Muto, S., Takahashi, S., & Yamakita, S., 2023, Elevated sedimentation of clastic matter in pelagic Panthalassa during the early Olenekian. Island Arc, 32, e12485.

過去の超海洋で数千万年以上にわたって継続的に堆積した遠洋深海チャートには,ペルム紀末大量絶滅直後の下部三畳系に限定された珪質粘土岩が挟まれる.本研究は,岩手県安家地域に産するこの特徴的な粘土岩について,高分解能のコノドント生層序年代に基づき堆積速度を復元し,その堆積速度が通常の層状チャートよりも明らかに高いことを示した.粘土岩が持つ高い堆積速度は,従来の放散虫生産性の低下という解釈では説明できず,超海洋中央部への細粒砕屑物(おそらく風成塵)フラックスの増加が示唆される.その原因として,グローバルスケールの陸域環境の変化,特に広域の乾燥化もしくは乾期の強化が考察されており,特徴的な粘土岩が世界でも稀な貴重な堆積記録であることが明示された.本論文は,粘土岩からのコノドント抽出における独自の工夫および詳細な露頭観察に基づく着実な観察・記載を行った結果,卓抜した新解釈を導いており,また洗練された英文執筆能力が伺えることから,今後の若手研究者にとっての好見本となると判断される.以上のことから,本論文の筆頭著者である武藤 俊会員が日本地質学会研究奨励賞の授賞にふさわしいと判断した.
論文サイトへ(wiley)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/iar.12485


日本地質学会研究奨励賞


受賞者:渡部将太会員(茨城大学大学院理工学研究科)
対象論文
:渡部将太・長谷川 健・小畑直也・豊田 新・今山武志,2023,福島県南部,二岐山火山の噴火史とマグマ供給系. 地質学雑誌, 129, 307–324.

本論文は,那須火山群の二岐山火山について,空中写真や地形図などを用いた地形判読,現地調査,試料採取と岩石記載,全岩化学組成分析,および熱ルミネッセンス年代測定を行い,層序,噴出率の時間変化,マグマの生成・供給系の評価を総合的におこなったものである.従来3つに大別されていた噴出物を,溶岩と火砕物からなる11のユニットに新たに分類し,その層序区分に基づいて熱ルミネッセンス年代測定を行い,マグマ噴出率の時間変化を評価した.また,岩石記載と全岩化学組成データから,噴出物を6つの岩石タイプに区分し,鉱物組み合わせおよび組成の多様性の成因を議論した.さらに,層序,年代値,噴出率変化と成因論を組み合わせ,二岐山火山におけるマグマ生成・供給系と火山発達史を実証的かつ総合的に議論している.このように本論文は,多様な手法と結果を有機的に結び付けて,マグマの成因から火山形成史までを統合的に論じたもので,火山発達の理解に大きく資すると同時に,その総合的な取り組み方は他の火山にも適用可能な一般性を有する.以上のことから,本論文の筆頭著者である渡部将太会員が日本地質学会研究奨励賞の授賞にふさわしいと判断した.
論文サイトへ(J-STAGE)
https://doi.org/10.5575/geosoc.2022.0061​ 

日本地質学会研究奨励賞


受賞者:吉田 聡会員(東北大学 東北アジア研究センター)

対象論文:Yoshida, S., Ishikawa, A., Aoki, S., and Komiya, T., 2021, Occurrence and chemical composition of the Eoarchean carbonate rocks of the Nulliak supracrustal rocks in the Saglek Block of northeastern Labrador, Canada. Island Arc, 30, e12381.

カナダ・ラブラドル地方のサグレック岩体は世界最古の堆積岩を含む極めて重要な地質体である.本研究では,ここに分布する原太古代の炭酸塩岩の地質学的産状を記述し,計54試料の主要・微量元素を分析した.地質学的産状や高いシリカ等の含有量から,炭酸塩岩は珪化作用による変質を受けていると考えられたが,変質の影響を慎重に吟味することで,当時の海水組成を反映する成分が抽出された.また,特定の希土類元素に見られる濃度異常が鉄酸化物の沈澱によるものであり,サグレック岩体の炭酸塩岩が塩基性熱水の影響を受けていたことが示された.本研究は,太古代の最も古い時代の堆積岩に関するデータ的価値に加え,変質した炭酸塩岩から海水組成の復元につながる研究が可能であることを示した点で意義が大きい.本論文の筆頭著者である吉田会員は本研究を主体的に進めており,彼の今後の研究が地球史の海洋環境や物質循環の理解に大きく貢献すると期待できる.以上のことから,吉田 聡会員が日本地質学会研究奨励賞の授賞にふさわしいと判断した.
論文サイトへ(wiley)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/iar.12381
 

日本地質学会表彰


表彰者: 夏原信義 氏 (夏原技研)​
表彰業績タイトル:
実験装置の開発・製作による地質学への貢献

夏原氏は大阪大学基礎工学部の技官として,精度良い加工を施した川井型マルチアンビルを作成し,超高圧地球科学の発展初期段階での研究進展を支援した.夏原技研を創業後,日本の古地磁気学分野の各種実験装置の開発・製作と改良を一手に担い,夏原氏の岩石磁力計や消磁装置は,日本のほとんどの古地磁気学研究室に導入されるほか,地球深部探査船「ちきゅう」や諸外国の大学にも導入され,国際的にもその評価が高い.交流消磁装置付全自動スピナー磁力計は世界に類のない実験装置であり,古地球磁場強度推定の研究に大きく貢献している.さらに開発機器は,岩石ドリル,堆積物用プラスティックキューブ,ピストンコアラーと多岐にわたり,古地磁気学に限らず岩石学,層序学,古環境学や考古学などのサンプリングにおいて国内外で広く使用されている.夏原氏のこうした実験装置類とサンプリング機器類は,研究者との対話と共同作業によって開発,実用化され,研究者の要求に応じて改良・修理もされてきた.夏原氏がこれらの開発・製作によって地質学の発展に果たした貢献はきわめて大きいことから,夏原信義氏は日本地質学会表彰を受けるにふさわしいと判断した.