2021年度 名誉会員

 

田崎 和江(たざき かずえ)会員
(1944年3月10日生,77歳,金沢大学名誉教授)

  田崎和江会員は,1968年に東京学芸大学教育学部を卒業後,1980年から1988年までカナダにおいてカナダ地質調査所堆積学石油地質学研究所のカナダ政府客員研究員やウエスタン・オンタリオ大学のリサーチアソシエイト及び主任研究員などを歴任した.1988年より島根大学理学部助教授を経て,1993年より金沢大学理学部教授を務め,2009年同大学を退職した.退職後は, タンザニアのドドマ大学などの客員教授を務めている.この間,1977年に東京教育大学より理学博士の学位を取得し,2009年には金沢大学の名誉教授を授与された.
  田崎会員の研究史は,電子顕微鏡を用いた粘土鉱物学から始まっている.1974年に日本地質学会研究奨励賞を受賞した後,1980年から1988年までの間,カナダにおいて大気・水・土壌に関わる環境科学研究に専念し,地球表層部での低温の水―岩石作用に伴う粘土鉱物の形成過程に関する研究で優れた業績を残した.1989年に一連の研究成果が認められ,世界粘土学会においてベスト3女性科学者賞の一人に選ばれた.
  日本帰国後は,生体鉱物化作用に着目した地球環境学関連分野の研究を精力的に行い,国内における「環境鉱物学」の創設と発展を牽引してきた.特に,温泉バイオマット中での鉱物生成過程や微生物による生体鉱物中への有害元素除去過程に関する研究は,環境浄化作用の応用研究への先駆的な成果となった.また,ナホトカ号重油流出事故調査時には重油分解細菌を発見するなど,多くの新発見を続けてきた.田崎会員はこのような持続可能な地球環境へ貢献する広義の地質学的研究テーマに加え,社会と連携して推進する市民科学的な学術活動にも積極的に参画してきた. 田崎会員は, 日本地質学会において1994年から2007年までの13年間評議員を務め,各賞選考委員長に幾度も就任するなど,長きにわたって学会運営に貢献した.特に学会における男女共同参画の重要性を説き,1994年に”女性地球科学者地位向上委員会“(仮称)の設立を呼びかけ,1995年の第102年総会・年会(広島大会)において「女性地球科学者の未来を考える委員会」の設置に尽力し,初代委員長として2008年までの長きにわたって活動した.同委員会は2008年に「男女共同参画委員会」,2020年に「ジェンダー・ダイバーシティ委員会」と現在に継続されている.田崎会員の活動は,今では当たり前となっている「ダイバーシティ推進」に対する学会内での意識改革をもたらすことに大いに貢献している.
  以上のように,田崎和江会員の地質学における学術研究,教育,普及,そして日本地質学会の運営への多大な貢献は,日本地質学会の名誉会員として相応しいものと判断し,ここに推薦する.


 

伊藤 谷生(いとう たにお)会員
(1945年8月5日生,75歳,千葉大学名誉教授)

  伊藤谷生会員は,1977年に東京大学大学院理学系研究科を修了後,同年より東京大学理学部助手,1990年より同大学理学部助教授を経て,1991年より千葉大学理学部教授を務め,2011年に同大学を退職した.その後2011年から2016年まで帝京平成大学現代ライフ学部教授を務め,2017年より地震予知総合研究振興会副主席主任研究員を務めている.この間,1997年に東京大学より理学博士の学位を取得し,2011年には千葉大学名誉教授を授与された.
  伊藤会員は,日本のテクトニクス研究の第一人者として,フィールド調査と反射法地震探査結果を用い日本列島の構造形成の研究に尽力した.特に,千葉大学在職中には,日本の地質学に反射法地震探査を本格的に導入して,中央構造線,日高衝突帯,伊豆弧衝突帯などの深部地殻構造の解明を精力的に行い新たな知見をもたらした.これらの知見は単に日本列島の構造発達に対するだけでなく,活断層等の現在のテクトニクスを理解する上でも重要なものである.最近では,わが国の活断層で最大の変位速度を有する富士川河口断層帯の浅部から深部にかけての構造の研究を進めるとともに,全国の活断層のなかから震源断層の抽出に取り組んでいる.これらの研究に対して,1997年に日本地質学会論文賞を,2003年に日本地質学会賞をそれぞれ受賞している.
  伊藤会員は,活断層を市民に広く理解してもらうため,地震調査研究推進本部が進めている活断層による地震危険度を地域ごとに総合的に評価する「活断層の地域評価」にも参画している.その成果として,現在「九州地域」,「関東地域」,「中国地域」,「四国地域」が公表されており,各地の地域地震防災に役立っている.伊藤会員のこれらの活動は,地質学の社会還元という観点からも大きな貢献を果たしていると言える.
  伊藤会員は,2008年の日本地質学会法人化以前に評議員を長らく務め,2000年から2004年に日本地質学会行事委員長,2006年から2008年に日本地質学会副会長をそれぞれ歴任した.2008年から2011年に日本地質学会関東支部長を務めるなど,日本地質学会の学会運営に長らくかつ大きな貢献をした.
  以上のように,伊藤谷生会員の地質学における学術研究,教育,普及,そして日本地質学会の運営への多大な貢献は,日本地質学会の名誉会員として相応しいものと判断し,ここに推薦する.
 


 

田結庄 良昭(たいのしょう よしあき)会員
(1943年12月11日生 77歳 神戸大学名誉教授)

  田結庄良昭会員は,1967年に大阪市立大学大学院理学研究科修士課程(地質学専攻)を修了し,1970年に大阪市立大学大学院理学研究科博士課程を中途退学した後,同年神戸大学教育学部助手に就任した.1979年より同大学教育学部助教授を経て,1995年より同大学発達科学部教授を務め,2007年に同大学を定年退職した.退職後は,2009年から2014年まで放送大学兵庫学習センター客員教授を務めた.この間,1973年に大阪市立大学より理学博士の学位を取得し,2007年には神戸大学の名誉教授を授与された.
  田結庄会員は,地球規模での花崗岩の研究,震災や災害に係る都市地質の研究やディーゼル車由来の微粒子などの環境地質の研究など,幅広い分野での研究を長きにわたり行ってきた.
  花崗岩を対象とした研究では,岩体周縁部が塩基性で中心部が酸性となる累帯深成岩体を日本で初めて発表し,1972年日本地質学会奨励賞を受賞した.その後,日本で多くの累帯深成岩の存在を明らかにし,導入初期のEPMAを用いて花崗岩マグマの分化作用の定量的な検討を行った.また,日本における花崗岩が火成岩起源のIタイプと堆積岩起源のSタイプのふたつがあることを明らかにし,模式地のオーストラリアに1年留学して,世界の花崗岩との対比を行った.さらに,南極観測隊に参加し,内陸部のセールロンダーネ山地の調査において高温での変成岩の存在や花崗岩のタイプ分類の研究を行い,それらがインド半島南部の変成岩と同じものであり,両者が一つの巨大大陸であったことを明らかにした. 震災や災害に係る都市地質の研究では,1995年の兵庫県南部地震において建物被害の程度は地盤や地下水位の深さと密接に関係することを示した.また,2007年の兵庫県佐用豪雨,2011年の紀伊半島豪雨,2018年の西日本豪雨などについては現地調査を行い,堤防が決壊する原因についての検討を行った.
  環境地質に関する研究では,大気中や道路わき粉塵の微粒子の実態とその由来について分析電子顕微鏡を駆使した研究を行った.その結果,微粒子の多くがディーゼル車由来の排気物からなり,その多くが炭素からなるが,鉛など重金属も含むことを明らかにし,環境汚染分野における研究の進展に大きく貢献した.
  田結庄会員は,1994年から2001年までの間に,日本地質学会の評議員を3期務め,学会運営に貢献した.また,2000年から2003年まで日本学術会議地球化学宇宙化学研究連絡委員会(現在のIAGC(国際地球化学連合)小委員会)の委員を務めるなど,学術界の発展に寄与した.
  以上のように,田結庄良昭会員の地質学における学術研究,教育,普及,そして日本地質学会の運営への多大な貢献は,日本地質学会の名誉会員として相応しいものと判断し,ここに推薦する.