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授賞者:山路 敦会員(京都大学大学院理学研究科)
対象研究テーマ:理論テクトニクス研究による地殻変動史の解明
山路会員は,卓越した調査スキルによりフィールドから取得した質の高い定量的データに基づき,地質学と物理学のことばを通じた理論テクトニクス研究を長年にわたり進めてきた.研究当初には,グリーンタフ時代の変動がリフト形成に伴うものであることを地質調査によって明らかにし,日本海拡大に関する日本列島のテクトニクスモデルをフィールドデータに基づき提示した.その後,研究を地殻変動史の解明に集中させ,野外調査と理論的研究を統合する手法で,島弧の構造発達史の理解に大きく貢献した.その中で,2000 年の多重逆解法(Multiple inverse method)を始めとして,断層や変形構造に関する新たなデータ解析法を精力的に開発した.また,応力や歪みの解析ソフトウェアを独自に作成して国内外の地質学コミュニティへ広く公表し,新しい解析法の普及に尽力しただけではなく,構造変形に関する新たな描像の構築に貢献した.さらに, フィールド研究の経験を惑星科学に応用し,月の地下構造に関する新しい見方を提供した.
教育面においては,「フィールド・キャンプ」をたびたび開催するなど,野外調査の重要性,特に地質図作成法とフィールドデータの解析手法を内外の学生らに惜しみなく伝え,地質学コミュニティの裾野拡大とフィールド教育の継承・発展に貢献した.また,著書「理論テクトニクス入門」および「An Introduction to Tectonophysics」は,テクトニクスを物理現象として理解するための専門書として国内外から高い評価を得ている.
以上の研究・教育への尽力は,地質学雑誌 25 報,Island Arc 誌4 報を含む 100 報以上の優れた論文として実を結んでいる.さらに,関連する研究分野の動向に関するレビュー論文等を国内誌に公表し,国内への情報発信を積極的に進めた.このように,理論テクトニクス研究を通した地質学コミュニティへの貢献を続ける山路会員のたゆまぬ努力は賞賛に値する.
本学会運営に対する貢献として,地質学雑誌編集委員長を3期6年務め,学会誌の役割が大きく変化する時期に「講座」に代表される新カテゴリーを創設するなど,学会誌の改善や月刊での出版継続に献身的に取り組んだ.また,本学会構造地質部会長として部会活動にも大きく貢献した.さらに平成 28 年からは本学会法務委員会委員長を務めている. 以上のような山路会員の業績と,地質学および日本地質学会の発展に果たしてきた貢献を鑑み,同氏を日本地質学会賞受賞者として推薦する.
対象論文:Wakabayashi, J., 2017, Serpentinites and serpentinites: Variety of origins and emplacement mechanisms of serpentinite bodies in the California Cordillera. Island Arc, 26: e12205.
Although serpentinites have long been recognized as important recorders of tectonic processes, owing to their derivation from mantle peridotite, the lack of more detailed assessments of their origins and emplacement mechanisms hindered the understanding of their connection to orogenic processes. Based on field-intensive research, the author provided a more detailed framework, showing multiple origins and emplacement mechanisms of serpentinite bodies of the California Cordillera, where the lack of terminal collision resulted in better preservation of primary orogenic relationships. He showed that serpentinites fall into two groups of tectonic affinity, one for which serpentinites belonged to the upper plate of a convergent plate boundary throughout their history, and the other for which serpentinites originated on the subducting (lower plate) of a convergent plate system but were transferred to the upper plate as a result of subduction- accretion when the subduction thrust sliced into the downgoing plate. Both tectonic affinity groups have serpentinite bodies of two subtypes, one comprising intact, but variably deformed, tectonically-emplaced sheets of serpentinized peridotite, and the other consisting of clastic sedimentary serpentinite derived from exhumed serpentinite bodies. This work has been cited as providing a new guide for research on the connection between serpentinite and tectonic processes in the world's orogenic belts.
John Wakabayashi received his B.A. in Geology in 1980 from the University of California (UC) Berkeley, and his Ph.D. in Geology in 1989 from UC Davis. After receiving his Ph.D., he worked as an engineering and environmental geologist for 16 years (1989-2005), the last 13 years as an independent consultant based in Hayward, California. In 2005 he moved to Fresno, California, to become a faculty member (now Professor of Geology) at the California State University Fresno where he has taught geology classes and conducted research since. During his applied geologic career, he worked on a variety of different projects in engineering and environmental geology, but also conducted and published research in varied aspects of tectonics and tectonic geomorphology. Since becoming an academic he has further expanded the range of his research. Most of his research focuses on active plate margin tectonics, including (1) the nature of subduction interface deformation and large-scale material movement as recorded in exhumed subduction complexes such as the Franciscan of California, across a range of temporal and spatial scales, (2) subduction initiation processes,
(3) principal orogenic components, such as serpentinites, mélanges, high-P metamorphic rocks, and ocean
plate stratigraphy, as recorders of orogenic processes, (4) connection between tectonic processes and metamorphic P-T evolution, and (5) evolution of transform fault systems. He also conducts research on long time and length scale geomorphology and linkages between surface processes and the clastic sedimentary record. A common theme of all of his research is the application of mobile reference frames to better understand the essentially four-dimensional processes of tectonics and/or geomorphology. Intensive field work, including detailed geologic mapping and petrography are also foundational components of much of his work.
>論文サイトへ(Wiley)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/iar.12205
対象論文:星 博幸,2018,中新世における西南日本の時計回り回転.地質学雑誌,124,675‒ 691.
本論文は日本海拡大に関連した西南日本回転運動の現時点における総括である.本論文で著者は,西南日本の古地磁気についての直近 25 年間の自身のものも含んだ公表データを丁寧にレビューし,それらに基づいた中新世における西南日本の回転量,回転時期,および回転速度などを明らかにしている.本論文は総説だが,データレビューに基づく議論はオリジナルであり,特に長い間 15 Ma 頃と信じられていた回転時期が,それよりも 200–300 万年早く終了したという説を, 既存の年代データの丹念な見直しに基づいて立証した点は注目される.また,各地域の地質と断層運動を考慮して,回転量と回転速度についての議論を展開し,オリジナルな見積もりを得ている.これらの成果は著者が得意とする「丁寧な地質調査をベースにした年代学的・古地磁気学的調査」の一つの結実と言える.本論文は,中新世とその前後の日本列島地質発達史や古環境などの議論に影響を与えると考えられ,高く評価される.以上の理由により,本論文を日本地質学会論文賞に推薦する.
>論文サイトへ(J-STAGE)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosoc/124/9/124_2017.0056/_article/-char/ja
授賞者:菊川照英会員(伊藤忠石油開発株式会社)
対象論文:菊川照英・相田吉昭・亀尾浩司・小竹信宏,2018,鹿児島県種子島北部,熊毛層群西之表層の地質.地質学雑誌,124,313‒329.
本論文は鹿児島県種子島に分布する古第三系熊毛層群西之表層の詳細な地質について報告したものである.四万十帯南帯に属する本層は,層序と地質構造に不明な点が多く,堆積年代と堆積環境の詳細についてはほとんど検討されていない.菊川らは精力的な野外調査によって岩相の空間分布を詳細に把握するとともに,複数のタクサの浮遊性微化石を系統的に調査した.その結果, 西之表層が前期漸新世後期の堆積物であることや,生痕化石の検討に基づき本層が水深2000 mを超える深海で堆積したことを示した上で,北東—南西方向のスラスト群と褶曲構造によって同一層準が繰り返す地質構造も明らかにした.また,検討層準が九州南部の日南層群に対比されることを初めて示した.これらの成果は,西南日本外帯の形成史,ひいては新生代の日本列島形成史を理解する上で非常に重要な貢献である.菊川らの研究は,近年敬遠されがちな,地道な野外調査の積み重ねをベースとしており,まさに地質学の王道とも言える研究スタイルが実を結んだといえ,その研究成果は高く評価できる.この理由により,本論文の筆頭著者である菊川照英会員を日本地質学会研究奨励賞に推薦する.
>論文サイトへ(J-STAGE)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosoc/124/5/124_2017.0082/_article/-char/ja/
授賞者:羽地俊樹会員(京都大学大学院理学研究科)
対象論文:Haji, T., Hosoi, J., Yamaji, A., 2019, A middle Miocene post-rift stress regime revealed by dikes and mesoscale faults in the Kakunodate area, NE Japan. Island Arc, 28: e12304.
東北日本は,島弧テクトニクスについて種々のデータがそろう教科書的な地域である.この地域の中新世以降の応力場変遷に関する研究は,海外からもよく参照されている.しかし,日本海拡大が終わったとも言われる 15Ma 頃より後の中期中新世の応力状態は,断層活動が不活発だったためこれまで不明確だった.その時代に NE-SW 走向の岩脈が多いことは知られていたが,その方向が中間主応力軸なのか最大主応力軸なのかは明らかになっていなかった.羽地らは,丹念な地質調査の裏付けのもと,今世紀に入ってから発展した応力解析法を利用して,それが中間主応力軸の方向であり,この時代が弱引張の応力場であったという答えを導いた.本論文は,四半世紀にわたって欠けていた東北日本弧のテクトニクス史のピースを,実証的データに基づいて埋めることに成功した研究であり,その成果は高く評価できるものである.この理由により,本論文の筆頭著者である羽地俊樹会員を日本地質学会奨励賞に推薦する.
>論文サイトへ(Wiley)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/iar.12304
授賞者:株式会社浜島書店
表彰業績:図書教材出版を通じた地学教育への貢献
日本の地学教育は,小・中学校では教科「理科」の中で,高等学校では,文系クラス中心の 2 単位科目「地学基礎」と,より進んだ内容である 4 単位科目「地学」で進められている.これら地
学についての学習は,主に「地学基礎」については 5 社,「地学」については 2 社から出版されている教科書によって支えられているが,数は少ないものの参考書も重要な役割を担っている.特に地球内部から海洋・大気,宇宙までの広大な空間や太陽系の形成,そして宇宙の誕生にまで及ぶ長大な時間スケールを学ぶ地学分野においては,図や写真等の視覚教材は学習を深めるうえで特に重要な役割を果たす.そうした中,名古屋市にある株式会社浜島書店は教科書出版社ではないにも関わらず,1968 年以来,高等学校での利用を想定した図表集(現在の名称は『ニューステージ新地学図表』)の出版を続けている.この図表集は毎年アップデートされるとともに,数年に一度,露頭写真やイラストの多くが刷新される大きな改訂も行われて,最近の科学的知見が収録されてきた.そのため,大学の授業の参考書として採用される場合もあるほどで,その利用度は大変高い.必ずしも受講率が高いわけではない地学について,こうした図書教材を継続して出版し全国展開していることは,地学分野の教育と普及に大きな貢献を果たしている.株式会社浜島書店が果たした地学教育への貢献を称え,今後もこの図表集の改訂・出版が引き続き行われることへの期待も込めて,株式会社浜島書店を日本地質学会表彰に推薦する.
授賞者:鹿野和彦会員・斎藤 眞会員・川畑大作会員・尾崎正紀会員・巌谷敏光会員・脇田浩二会員・湯浅真人会員・坂 幸恭会員(故人)・斎藤靖二会員・宮下純夫会員,産業技術総合研究所地質調査総合センター
表彰業績:地質図の標準化のための JIS A 0204,JIS A 0205 の制定・改正への貢献
地質図を描くための JIS 規格が制定されたのは比較的最近である.国際的には,地質図表示のISO 710 シリーズ(1974–1984)があったが,それは各国の事情に合わせられるよう基本的事柄だけが決められていたものであった.日本でも,2002 年以前,地質図を描くための公式なルールは存在しておらず,当時,地質コンサルタント会社はそれぞれ異なる様式の地質図を作成していた. このような状況で,鹿野和彦会員を中心に,ISO 710 などを参照して地質図の描き方の JIS 案が作成された.鹿野会員は湯浅真人会員と国内の学協会,業界団体,政府機関(独立行政法人を含む) からなる原案作成委員会(委員長:坂 幸恭 元副会長)を組織して JIS 原案を作成した.この原案は,2002 年に日本工業標準調査会の審議を経て JIS A 0204 として公示された後,公共事業で使われる地質図の表記が統一され,国,都道府県等の地質調査の納品要領としてこの JIS A 0204 が採用されることになった.2008 年には JIS A 0204 が改訂されると同時にデジタル地質図に必要な事項とコードを定めた JIS A 0205 が制定され,その後も 2012 年,2019 年と繰り返し JIS A 0204 とJIS A 0205 の改訂が行われて現在に至っている.これらの改訂に携わった原案作成委員会では,坂元副会長,斎藤靖二元会長,そして宮下純夫元会長が委員長を,鹿野和彦会員,斎藤 眞会員,尾崎正紀会員,脇田浩二会員,川畑大作会員,巌谷敏光会員,湯浅真人会員が事務局を務めてきた.
これら地質図に関する JIS は,公共事業での地質調査に広く使用され,地質学の社会実装に大きな役割を果たしたことは言うまでもない.それらに対する鹿野会員をはじめとする関係者及び産業技術総合研究所地質調査総合センターの貢献は特に大きいものであり,日本地質学会表彰に推薦する.