多元素同位体比分析を駆使した原生代後期の古環境解読研究

2018年度日本地質学会小澤儀明賞

澤木佑介(東京大学総合文化研究科)  
 

  この度は私が携わってきた「多元素同位体比分析を駆使した原生代後期の古環境解読研究」に対して小澤儀明賞をいただき,大変光栄なことと深く喜んでおります.この賞に推薦してくださった黒田潤一郎先生・菅沼悠介先生をはじめとする環境変動史部会の皆様,これまで様々なことでお世話になった先生方,先輩方,共同研究者の方々にこの場を借りて深くお礼を申し上げたいと思います.誠にありがとうございました.
 まずは私の略歴を紹介させていただきたいと思います.私は2005年に東京工業大学地球惑星科学科の丸山茂徳・廣瀬敬研究室に所属し,その後も同先生の下で大学院生活を送り,2011年に博士課程を修了しました.当時丸山先生の研究室では横軸46億年研究と特異点研究という二つの大きな研究が走っており,私は後者の研究の一端を担っておりました.この時の特異点研究は約6億年前の「多細胞動物誕生時」の古環境を高解像度で読み解くことを目指しており,後述しますように南中国で陸上掘削によって採取した岩石試料から粉末試料を作成しては日々化学分析を行っておりました.丸山先生には研究の大きな方向性を示していただき,またセミナーや合宿での議論を通して多くの夢を語っていただきました.この丸山先生の姿勢は今日に至るまで私の模範であり続けております.また,当時助手であった(2007年より准教授になられた)小宮剛先生には研究遂行上の様々な実質的なご指導をいただき,現在に至るまで研究費の面も含めてサポートしていただいております.
 博士号取得後は2011年4月から1年間,海洋研究開発機構の鈴木勝彦研究員のもとに学振PDとして在籍し,南中国で採取した掘削試料を用いてOs同位体比測定を通じた年代測定と古環境解読研究を行っていました.その後2012年4月に東京工業大学・地球惑星科学専攻にて助教として採用いただき,再び丸山先生のもとで研究を開始しました.丸山先生の学生は毎年異なる研究テーマを持っていて,これに携わる自分としては専門外の論文を読むことにだいぶ苦労しましたが,今となってはこの事が自身の研究の幅を広げることに繋がったと思います.2017年2月には現職である東大駒場・総合文化研究科に助教として異動し,磯崎行雄先生や小宮剛先生の研究室の皆様と共に研究活動に打ち込んでおります.
 今回の受賞に際して自身の研究生活を振り返ってみると,私は同世代の研究者に比べてかなり恵まれた立場にあった事を再認識しました.まず,私は多くの海外での地質調査に連れていっていただきました.小宮先生には中国,スヴァールバル諸島,ロシア・アルタイ地域,オーストラリア,カナダ・ラブラドル地域での地質調査に参加させていただきました.また,手続き自体は自分で行いましたが,英国やアイルランド,ジンバブエ共和国,南アフリカ共和国や,ガボン共和国などでの地質調査に関しても丸山先生から金銭的なサポートをいただきました.丸山先生には廊下で会うたびに「君はいろんなものを見て,物事を俯瞰的に見れるようにならないといけない」と激励いただき,様々な地域の様々な時代の岩石を見ることで,自分の扱っている約6億年前の岩石の位置付けを常に意識するようになりました.機器分析に関しても,私が学生当時東京工業大学にて准教授でおられた平田岳史先生(現在は東京大学に異動)の研究設備を使用させていただき,後述する大量の分析データを出すことができました.海外での貴重な経験を数多くさせていただき,分析に関して不自由ない環境に身をおけたことが非常に幸運でありました.
 

図1(クリックすると大きな画像がご覧いただけます) 図2(クリックすると大きな画像がご覧いただけます)

同位体比測定を通じた原生代後期の古環境解読研究
地球史研究においては化石記録が変化する時代が主要な研究対象となり,その興味の対象は生物を取り巻く古環境を地質記録から読み解くことにあります.地球史における原生代後期は2度の全球凍結によって特徴付けられ,詳細な化石の研究から後生動物を含む多細胞な硬骨格生物が原生代後期から初期カンブリア紀(約7〜5億年前)にかけて段階的に大型化・多様化した事が知られています(図1).その中でも特にエディアカラ紀(6.3〜5.4億年前)の地層から多種の多細胞動物化石の初出が報告されています.このような生命の進化には海洋組成などの固体地球変動との関連が予想され,多くの研究者が同位体比測定などに基づく地球化学的手法から古環境変化の解明を試みてきました.過去の生物活動を見積もるのに良く使われる炭酸塩炭素同位体比(δ13Ccarb)を見ると,原生代後期には非常に大きな変動が複数見られ,中でもShuram変動と呼ばれる地球史上最大の炭素同位体比変動がエディアカラ紀の地層に見られます(図1).これに限らず,この時代に起きた現象を明らかにしようと様々な地域の岩石から多様な同位体比測定が先行研究によって報告されてきました.しかしこれら異なる地域から得られたデータの編纂に基づく古環境推定には,幾つか問題点があります.一般に原生代の地層は絶対年代や生層序に基づく年代制約に乏しく,ある岩石がいつ堆積したかは著者の主観による所も大きく,このような異なる地域からのコンパイルでは個々の化学指標間の本当の前後関係や同時性は議論する事ができないといった状況にありました.また,データが大量化するにつれて個々のデータに対する吟味が軽視され,風化などの堆積後の変質作用の影響の見積もり方に統一的な見解もありませんでした.
 

図3(クリックすると大きな画像がご覧いただけます) 図4(クリックすると大きな画像がご覧いただけます)
 

掘削試料を用いた多元素同位体比分析
前述の問題を解消するため,エディアカラ紀の化石を地層中に豊富に含む南中国内にて陸上掘削によって分析に用いる岩石を採取し,同じ岩石から多種の同位体比測定を行いました.掘削によって得られる岩石試料は少なくとも地表における風化や酸化の影響がなく,完全連続であるためにcm間隔の緻密さで分析点を得る事が可能です.三峡と呼ばれる地域の掘削試料から粉末試料を作成し,SrやCa同位体比を含む多種の同位体比測定を行いました.
Sr同位体比について学生時代の苦労話を紹介したいと思います.新鮮な炭酸塩岩のCaを置換しているSrの87Sr/86Sr比を測定することにより,大雑把に言うといつの時代にどれくらい大陸が削られていたかが議論可能です.大陸削剥は海洋に対する生命必須元素の最大の供給源であって,固体地球変動と生命活動を結び付けるうえで非常に有用なデータとなります.修士課程の学生だった私は何も考えずにたくさんの試料の87Sr/86Sr比を測定し続けました.測定試料のSr同位体比は0.705から0.730くらいの幅広い値を取りました(図2a, b).しかし,海水のSr同位体比は地球史を通じて,この図2cの破線のように0.710よりも低い値の中を変動するとされていたので,私のデータはそこからはずれるものばかりでした.よくよく先行研究(図2c)を見返すと,破線は数あるデータの一番低い値を繋ぎ合わせたもので,このコンパイル自体には問題があると思いますが,この図が言っている事はSr同位体比は堆積後の変質に弱く,値が堆積時よりも上昇しやすい傾向がある,という事です.自分のデータを見返してみると,87Sr/86Sr比が低く,初生的”のように思える”値を出す試料は岩石中のMn濃度,Rb濃度が低い傾向があります(図2a, b).このような傾向がある事は知られていましたが,これが必ずしも適用されない場合もあります.例えば一番高い同位体比を出す試料は,Mn濃度,Rb濃度どちらもそれほど高くはありません(図2a,b).その岩石の薄片写真を見てみると(図2d),粗粒な炭酸塩鉱物が一方向に延びていて,堆積性のミクライト質な炭酸塩岩とは異なります.変質の過程は多様であって,一概にある指標で評価できない場合の方が多いです.たくさんやって学んだ教訓は,できるだけ新鮮な岩石を初めから使って,Sr同位体比測定に至る前に様々な指標を使ってスクリーニングをして,たくさんの試料の中から最良なもののみを選定して測定した方が良いという事です.
この教訓を得た後,三峡地域の掘削試料から600個以上の粉末試料を作成し,元素濃度測定や顕微鏡観察を経たのち,厳選した試料についてのみSr同位体比測定をしました.その結果,Sr同位体比は0.710以下の値ばかりになり,Sr同位体比が連続的に遷移する様子が見えるようになりました(図3左).同一の掘削試料を用いて共同研究者が測定した炭素,硫黄同位体比についても同様に各同位体比が連続的に遷移する様子が確認されました.結局掘削試料を使って大量分析を行い,時間解像度をあげた結果,これまでの研究(図3右)とデータとして変わった事は2つあります.まず個々の指標の中での変動がより鮮明になって,エディアカラ紀の中には各指標の中に複数回の変動が含まれる事が明らかになりました. しかも各指標間の間には明確な関連が見て取れるようになりました(図3中,矢印).例えば,炭素同位体比が下がる時は,Sr同位体比が高くなり,硫黄同位体比がその少し前に下がり始めます.これらの私たちの新たな結果から新しく明らかになってきた事を次段落にて紹介します.
  一般に顕生代(5.4億年前〜現在)は地球史を通じて最も大陸風化が活発な時期とされています(図2c).しかし,私どもの分析結果は,エディアカラ紀の方がSr同位体比が高く(図2c, 3),生命に必須な栄養塩の最大の供給源である大陸風化はエディアカラ紀に最大となり,この事がこの時代の急激な生命進化の土台となったと考えられます.また顕生代の研究などでは一般的にδ13Ccarbの負異常は生物活動の減少と解釈されます.しかし,エディアカラ紀のδ13Ccarb負異常はSr同位体比が高いとき,つまり大陸風化が強い時期であり,もう少し言うと栄養塩が豊富に供給されて生物活動が活発そうな時期に対応しています.硫黄の同位体比も組み合わせてこの時期に起こった事を推測します(図4).エディアカラ紀の海洋は軽い炭素同位体比を持った有機物が海洋に多量に浮遊していたと考えられています.大陸風化が卓越して堆積岩が増えると有機物が堆積岩中に取り込まれて再酸化されなくなり,酸素濃度や硫酸濃度が上昇します.これが硫黄同位体比の減少として記録されます.硫酸などの酸化剤の増加や大陸からの栄養塩供給によって微生物による有機物の分解が活発に進むと,軽い同位体比を持った炭素が海に放出されて,これによってδ13Ccarbに負異常が作られます.これらはいずれも後生動物誕生期の生命(化石,δ13Ccarb)と地球(Sr,硫黄同位体比)の共進化を支持するものであり,このように個々の同位体比から独自に推測される現象を関連付けて説明できるようになったのは掘削試料を用いた高解像度な多元素分析によってデータを得たからであると考えています.
 
最後に
古環境解読研究においてある2つの事象が同時である事が分かると,私たち研究者はその間にもっともらしい因果関係を考えてその事象を結びつけますが,本当に因果関係があるのかは定かではありません.また,分析機器の性能が向上し,多種の大量のデータにあふれる現代の地球科学において,論理的背景のない経験主義に基づく化学指標が横行したり,話題性先行の主張がなされたりといった事が多々見受けられるようになりました.日常生活同様,処理しきれないほどの多くの情報に振り回されがちな現代の地球科学業界において,自分が知りたいことに対して確かな戦略を立てて取り組み,常に物事の本質を見失わないようにしたいと思います.今回頂きました小澤儀明賞を励みに今後より一層研究活動に打ち込み,地質学会の発展に貢献し,また後進の育成に邁進していきたいと思います.



(注)本原稿は,20108年度日本地質学会各賞の受賞記念講演・スピーチ(2018/9/5於北海道大学)のないようを基に各講演者の皆様に原稿をご執筆頂き,日本地質学会News Vol. 21, No. 12(2018年12月号)p.10-12に掲載されたものです.