■日本地質学会賞 | ■柵山雅則賞 | ■論文賞(3件) |
■小藤賞 | ■研究奨励賞(3件) | ■Island Arc賞 |
受賞者:榎並正樹(名古屋大学大学院環境学研究科)
対象研究テーマ:高圧・超高圧変成岩の研究
榎並正樹氏は,造岩鉱物の詳細な共生関係と化学組成に立脚した高圧・超高圧変成岩の温度−圧力(P-T)経路を解析する手法を用いて,日本のみならず世界の重要な変成帯を研究し変成帯のテクトニクス解析に多大な貢献をした.
四国中央部の三波川変成帯においては,含有する斜長石を大量にEPMA分析して,従前の黒雲母帯の中に最高変成度の灰曹長石-黒雲母帯が存在することを見出し,三波川変成帯に代表される沈み込み型変成帯の形成を理解するための重要な知見をもたらした.また,ザクロ石の累帯構造から累進P-T経路を詳細に推定し,曹長石-Na輝石-石英共生を持つ岩石から高精度の変成圧力を決定して変成場のテクトニクスを論じた.近年では,愛媛県東部の東赤石における含ザクロ石超苦鉄質岩から沈み込み時のP-T経路を解析した.同氏はまたラマン分光分析法を駆使し,ザクロ石に包有される石英のラマンスペクトルから変成圧力条件を推定する方法を提唱した.これにより,別子地域の三波川帯の高変成度部は,従来考えられていたよりも広範囲にエクロジャイト相変成作用を経験したことが判明しつつある.これは三波川変成帯のテクトニクスを理解する上で極めて重要な知見である.
また,榎並氏は,四国の三波川変成帯に貫入する玄武岩質火山岩に捕獲されているマントル物質中からの,日本で初めての天然ダイヤモンドの産出報告にも共同研究者として参加している.この研究でもラマン分光分析法が最大限に生かされた.
榎並氏は高圧・超高圧変成岩の研究で緑れん石に着目し続けた.その成果は国際的に認められ,米国鉱物学会の Reviews in Mineralogy & Geochemistry “Epidotes volume”を共同執筆した.高圧・超高圧条件下では,緑れん石族鉱物がSrやREEの貯蔵相になってプレート収束域の地殻─上部マントル間の元素移動を担う,とした研究は極めて独創的なものである.同氏の論文は多数の研究者に引用され,変成岩岩石学に大きく貢献している.
榎並氏は,地質学雑誌やIsland Arcに多数の論文を発表し,地質学論集no.49の「21世紀に向けての岩石学の展望−I. 高圧変成帯を中心として-」や「日本地方地質誌 中部地方」の執筆も手がけているばかりでなく,岩石専門部会長や地質学雑誌編集委員などを歴任し,本学会ホームページの執筆や更新に携わり,日本地質学会の活動に大きく貢献している.
以上のように,榎並正樹氏は地質学において多大な功績・実績があり,日本地質学会賞に値するものである.
受賞論文:竹内 誠・河合政岐・野田 篤・杉本憲彦・横田秀晴・小嶋 智・大野研也・丹羽正和・大場穂高,2004,飛騨外縁帯白馬岳地域のペルム系白馬岳層の層序および蛇紋岩との関係.地質学雑誌,第110巻,第11号, p.715-730.
本論文は,それまでメランジュ相付加体あるいはオリストストロームと考えられてきたペルム系白馬岳層が整然相(陸棚相)堆積物であることを見いだし,また,蛇紋岩中のメランジュ・ブロックとされていた白馬岳層が蛇紋岩の構造的下位にあることを明らかにするなど,飛騨外縁帯の地質を考える上で重要な新知見を提供し,飛騨ナップ説に疑問を投げかける興味深い議論を展開している.白馬岳地域という複雑な地質の急峻な山岳地帯を綿密に地質調査した様子は,図示された5葉のルートマップや地質図から読み取ることができる.露頭写真・顕微鏡写真を交えた岩相記載がしっかりなされているほか,地質柱状対比図も適切に組み立てられている.調査結果からまとめられた総合柱状図による周辺地域との層序比較も,先行研究の情報を網羅して堅実に考察されている.記述は要点を押さえて簡潔に書かれており,図表類も丁寧かつ見やすく描かれている.本論文は,野外地質調査の成果を丁寧にとりまとめて,そのデータを基本に忠実にして必要十分に提示・考察できている点で,完成度が高くかつ学術的意義も大きいことから,日本地質学会論文賞にふさわしいものである.
受賞論文:清川昌一,2006,ベリース国に分布する白亜紀・第三紀境界周辺層,アルビオン層:チチュルブクレータに近接したイジェクタとその堆積層.地質学雑誌,第112巻,第12号, p.730-748.
本論文は,中米ユカタン半島南東部ベリース北部のK/T境界層であるアルビオン層の陸上露頭において,詳細な層序・堆積相およびその側方変化から隕石衝突現象の地質学的証拠を具体的データで論証した論文である.地質柱状に示された岩相,古流向データ,イジェクタ堆積物のダイアミクタイトに含まれる礫の粒径・円磨度・礫/基質比など,堆積学のオーソドックスな手法が中心であるが,多数の図と写真でそれらのデータがバランスよく表示されている.露頭観察と堆積物粒子の分析に基づいた研究で,ここまで隕石衝突放出堆積物の実態を明らかにできたことは注目に値する.また,膨大な先行研究の問題点を把握した上での丁寧な考察は,他分野の研究者にも読み応えがある.K/T境界の隕石衝突クレーター起源堆積物という注目度の高いテーマについて,海外のフィールドを対象に丁寧な地質調査に基づいて,現地研究者がなしえなかったことを成功した点で評価できる.よって本論文は日本地質学会論文賞にふさわしいものである.
受賞論文:Aoki, K., Iizuka, T., Hirata, T., Maruyama, S. and Terabayashi, M., 2007, Tectonic boundary between the Sanbagawa belt and the Shimanto belt in central Shikoku, Japan. 地質学雑誌,第113巻,第5号, p.171-183.
この論文は,三波川変成帯大歩危地域の変成岩から分離したジルコン粒子の各部分について,レーザー照射式誘導結合プラズマ質量分析装置を用いてU-Pb年代を決定し,構造的下位の小歩危層と川口層には白亜紀後期の砕屑性ジルコンが含まれるのに対し,構造的上位の三縄層には1,800 Maより若いジルコンが含まれないことを見出し,小歩危層と川口層の原岩は白亜紀付加体,つまり四万十帯であり,三縄層と川口層の境界が三波川帯と四万十帯の境界であると結論した.これは従来から予想されていた西南日本外帯北部のナップ構造を実証する結果であり,日本の地体構造論と構造発達史の研究を大きく進歩させるものとして高く評価される.世界で最も良く研究された変成帯である三波川帯と,付加体である四万十帯の地体構造区分が新たに明確にされたことの意義は,日本列島の地質研究のみならずプレート沈み込み帯の研究においても大きい.よって本論文は日本地質学会論文賞にふさわしいものである.
受賞論文:斎藤 眞・川上俊介・小笠原正継,2007,始新世放散虫化石の発見に基づく屋久島の四万十帯付加体の帰属.地質学雑誌,第113巻,第6号, p.266-269.
屋久島の付加体は中期中新世の屋久島花崗岩による接触変成作用を被り,付加体の帰属の解明に貢献する化石の情報が全く無かった.著者らは,岩相から白亜紀付加体(四万十帯)に対比されると考えられていた屋久島の付加体から,初めて始新世の放散虫化石の抽出に成功し,九州本土の日向層群に対比されることを明らかにした.本論は,地質図幅の作成に関わる地道な研究によって発見された化石とその産出の意義を速報したものであり,地道でオーソドックスな野外地質の研究が実を結んだものと言える.屋久島は世界遺産に登録されており,その地質学的な位置づけが明らかになったことは,屋久島の地質を多くの人に知ってもらうために極めて重要な役割を果たすことになろう.このように,本論は,日本の地質構造論に重要なデータを提供しており,社会的にもインパクトが大きいことから,日本地質学会小藤賞に値する.
受賞者:丹羽正和(日本原子力研究開発機構地層処分研究開発部門) 受賞対象論文:丹羽正和,2006,海洋性岩石のスラブで特徴付けられる付加体の岩相と変形構造〜岐阜県高山地域の美濃帯小八賀川(こやちががわ)コンプレックスを例として〜.地質学雑誌,第112巻,第6号, p.371-389.
この論文は,岐阜県高山地域の標高800mを越える山地において地道な地質調査を行い,露頭観察や岩石試料の定方位薄片の観察により,美濃・丹波帯のジュラ紀後期〜白亜紀前期付加体の実態を明らかにしている.最大の成果は,緑色岩に富むジュラ紀中期付加体である小八賀川コンプレックスの変形がtop-to-the-eastであり,従来の研究がいずれもtop-to-the-westを示しているのとは逆であることを見出した点にある.そして,ジュラ紀前〜中期とジュラ紀後期〜白亜紀前期の付加体における研究結果を比較して,付加年代によって海洋プレートの運動方向が異なる可能性を示唆した.色刷りの詳細な地質図やルートマップおよび多数の露頭・顕微鏡写真によって説得力のあるデータ表示を行い,わかりやすいモデル図を用いて適切に議論しており,複雑な美濃丹波帯の構造を見事に描いた力作として地質学の論文の模範となり,この地帯の研究に一石を投じたものとして価値がある.よって丹羽正和氏は日本地質学会研究奨励賞を授与するにふさわしい.
受賞者:長谷川 健(北海道大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻) 受賞対象論文:長谷川 健・中川光弘,2007,北海道東部,阿寒カルデラ周辺の前-中期更新世火砕堆積物の層序.地質学雑誌,第113巻,第2号, p.53-72.
本論文は,北海道の阿寒カルデラ周辺の前中期更新世火砕性堆積物について,広域におよぶ岩相の追跡と詳細な対比で40ユニットにおよぶ噴火ユニットと17の噴火グループを識別し,100万年以上にわたる層序と噴火史を組み立てた力作である.個々の火砕堆積物については岩相と岩石学的な記載が丹念に詳述されており,大量の化学分析データも見やすく示されている.精緻に認定された層序ユニットは,既存の層序を大幅に改訂しただけでなく,複数のユニットからなる噴火グループの識別を可能にし,噴火史復元の解像度を大きく向上させている.したがって,カルデラの年代と形成過程の考察に基づく火山活動の変遷史は,説得力あるものにまとまっている.また,本論には,地質図,地質断面図,柱状対比図,露頭写真,岩石学的分析値表とそれらのグラフ,噴火史復元図がバランスよく配置され,印刷制限一杯の大論文に仕上がっている.日本の火山地質研究の基礎となる重要な論文であり,筆頭著者の地道な調査・研究姿勢がよく現れている.よって長谷川 健氏は日本地質学会研究奨励賞を授与するにふさわしい.
受賞者:福成徹三(石油天然ガス・金属鉱物資源機構) 対象論文:Fukunari, T. and Wallis, S, 2007, Structural evidence for large-scale top-to-the-north normal shear displacement along the MTL in Southwest Japan. Island Arc, vol.16, no.2, p.243-261.
西南日本を内帯と外帯に分かつ中央構造線(MTL)は,白亜紀から現在までの長い活動履歴を持つ大規模な横ずれ断層として世界的に注目されている.本論文ではMTLの運動像を明らかにするために,南側に分布する三波川変成帯の地質構造に記録されている情報に着目した.緻密な野外観察を行い,数多くのデータを丁寧に整理した結果,三波川帯に記録された多くの運動指標は,横ずれではなく南北方向の正断層運動を示すことが明らかになった.さらに,褶曲軸面の傾斜がMTLに向かって低角となる変化に気付き,MTLの正断層運動に関連づけて,正断層の深度と変位量を制約する新しいモデルを提案した.MTLに沿った正断層運動の報告はこれまでにもあったが,本論文によって初めて,正断層運動の規模とMTLとの関係が明示された.新たなMTLの運動像を提示する本論文は,MTLと西南日本のテクトニクスを見直す画期的な内容を含む優秀な研究成果である.よって福成徹三氏は日本地質学会研究奨励賞を授与するにふさわしい.
受賞者:片山郁夫(広島大学地球惑星システム学専攻)
対象研究テーマ:沈み込み帯のダイナミクスと水の役割
片山郁夫氏は,(1) 超高圧変成岩の温度圧力履歴の解析,(2) 沈み込み帯における水の循環,および (3) カンラン石の結晶格子選択配向とマントルダイナミクスの研究において,顕著な業績をあげてきた.一連の研究によって同氏は沈み込み帯のダイナミクスの解明に大きな貢献をし,国際的にも高い評価を得ている. 超高圧変成岩の研究では,片山氏は最も高い温度圧力を経験したとされるコクチェタフ(カザフスタン北部)変成帯を調査し,ジルコンの中に保存されたダイヤモンド・コース石を含む19種類もの鉱物の分析およびSHRIMPによる同位体年代測定の結果から,同変成岩の初期温度圧力履歴を決定した.ジルコン中の鉱物から決まった温度圧力条件は母岩から得られた結果よりもより高い圧力値を示しており,変形・化学反応を受けにくいジルコンが母岩よりもより超高圧下の履歴を記憶していることが判明した.この成果は超高圧変成岩の研究に大きなインパクトを与えた. 片山氏は,赤外吸収分光・SIMS等を用いて超高圧変成岩中の無水鉱物(ザクロ石や単斜輝石など)を分析し,それらの鉱物には300〜1500 ppmの水が含有されていることを初めて見いだした.それまでは含水鉱物がマントル中の水輸送の担い手であると考えられていたが,既知の含水鉱物が3GPa, 800℃以上の高温高圧条件では不安定であることから,水をマントル深部まで運び込むことはできないと考えられていた.片山氏は無水鉱物によっても水が輸送される可能性があることを示し,マントル中の水の循環を考える上で新しい視点を与えた. 片山氏はさらに,含水条件及び温度条件によって,上部マントルの主要構成鉱物であるカンラン石の結晶格子選択配向が大きく変わることを詳細な変形実験によって明らかにした.そしてその結果を使って,東北日本で報告されているマントルの横波偏向異方性をマントルウェッジが低温・含水条件下で流動するモデルによって見事に説明した.この成果は,近年のマントルダイナミクス研究における最も重要な研究結果の一つである. 片山氏はまだ32才であるが,すでに合計43編の論文を執筆している.これらの論文が公表されてから既に800回以上の引用回数があり,同氏の研究が大きなインパクトを与えてきたことがわかる.同氏は地球惑星科学の幅広い分野に強い関心をもち,フィールド・実験・観測を融合して独自の研究分野と手法を開拓しつつある. 以上のように片山郁夫氏の質・量ともに優れた業績は,日本地質学会柵山雅則賞に値する.
受賞論文:Chang Whan Oh, Sung Won Kim, In-Chang Ryu, Toshinori Okada, Hironobu Hyodo and Tetsumaru Itaya, 2004, Tectono-metamorphic evolution of the Okcheon Metamorphic Belt, South Korea: Tectonic implications in East Asia. Island Arc, 13, 387-402.
本論文は日韓の研究チームによる沃川帯の総合的な地球化学的研究の成果である.沃川帯は韓国や東アジアの地質構造にとって不可解ながらも重要な場所であり,本論文はこの地域の理解に重要な貢献をしている.雲母のK-Ar法や40Ar/39Ar法,ジルコンのU-Pb法による新しい年代値が提示され,岩相層序,構造,石墨結晶化度を組み合わせて,根拠に基づいた理路整然とした沃川帯の地史を組み立てている.加えて著書らは,この地域の既存データによる徹底したレビューを提示し,後期古生代の中P/T変成作用と,それに続く花崗岩貫入に伴うジュラ紀の低P/T変成作用があったことを結論づけている.そして,中国−韓国−日本のプレートテクトニクス進化過程の枠組みの中でこれらのイベントが地質学的にいかに重要であったかを論じている. 本論文は,2006年Thompson Science IndexのIsland Arc全論文中における被引用度数最高位を受けている.第一著者のOh氏はすでにIsland Arcによく引用される別の論文 (Vol. 7, p. 36-51, 1998) を著しており,最近は東アジアに関する重要な論文を国際学術雑誌に数多く発表している.こうした一連の研究は,Dabie-Sulu超高圧変成帯の東方延長に関する世界規模の議論を促進させてきている.また,Oh氏はこの数年Island Arcの共同編集者としても貢献している. 本論文の科学的なインパクトとOh氏の国際的な研究活動を総合して,2008年Island Arc賞を授与するにふさわしい.