JISに定められた地質年代の日本語表記

 皆さんは日本語の論文や報告書等で地質年代を記述する場合,どのように表記していますか.国際的な地質年代単元名は,国際地質科学連合(IUGS)の国際層序委員会(ICS)よりInternational Chronostratigraphic Chartとして提示され,“The Geologic Time Scale 2012”(Gradstein et al., eds., 2012a, b)で解説されていることはご存じの方も多いかと思います.International Chronostratigraphic Chartの地質年代は言うまでもないですがもともと英語で表記されています.このような地質年代を和文の報告書等に日本語で記述する場合,これまでは,どのように表記すればよいか困る場合もありました.また,人によって表記法が異なると,意思疎通を妨げ,場合によっては無用な誤解を招くことも考えられます.特に行政機関に納品する地質調査業務報告書や国が出版する報告書では,地質の専門家以外の方が読んでも共通の理解が得られるように,標準的な表記法を定めることが求められます.そのため年代表記を含む地質用語や記号等の指針として2002年に日本工業規格JIS A 0204「地質図—記号,色,模様,用語及び凡例表示」,2008年にはJIS A 0205「ベクトル数値地質図—品質要求事項及び主題属性コード」が制定されました(ともに最新の改定は2012年).これらのJIS規格は,日本地質学会が中心となり,地質関連学協会,研究機関,行政機関が横断的に組織したJIS原案作成委員会が検討し,制定されたものです.しかし日本地質学会会員の皆さんには,このJIS規格をあまり良く知らないという方も多いと思います.そこで今回はJISによって定められた日本語の地質年代表記法の概要をご紹介したいと思います.
 

 JISに定められている地質年代の日本語表記の基本方針は,International Chronostratigraphic Chartにある地質年代単元名の英語読み(英語での一般的な発音)をそのままカタカナ表記にし,末尾に年代単元あるいは層序単元を示す世/統,期/階を添えるという形式です.たとえばBashkirianの場合,年代を示す場合はバシキーリアン期,対応する層序単元を示す場合はバシキーリアン階というようになります.バシュキーリアンとするかバシキーリアンとするかなど,細かいカタカナ表記の問題はありますが,JISではまずは無難と思われる発音(カタカナ表記)を採用しています(地質系統・年代の日本語記述ガイドライン参照).
 

 ところで英語の表記では,年代を示す場合であっても,層序単元を表す場合であっても,単にthe Bashkirianとすることが多いです(Bashkirianは形容詞ですが,theを付すことにより名詞化されます).しかし,これはあくまで簡略形であり,本来はthe Bashkirian ageあるいはthe Bashkirian stageのように「期」「階」に相当するage, stageを末尾に置くのが公式の表記です.JISではこの点について,年代を示しているのか層序単元を示しているのかを明確に区別するため,「期」「階」を必ず付けることにしています.このような表記に違和感を感じる方もおられるようですが,これはあえて年代か層序単元かを明確に区別するための措置です.また,人によっては,年代単元名のもととなった地名そのものを重視し,バシキール期/階というような表記をする方もみかけますが,JISではあくまで原典の地質年代単元名をそのままカタカナ書きにしたバシキーリアン期/階という表記を採用しています.
 

 以上は原則に従った表記ですが,例外もあります.例えば「デボン紀/系」や「石炭紀/系」は古くからよく使われている表記ですが,前述の原則に従うと「デボニアン紀/系」,「カーボニフェラス紀/系」になってしまいます.しかしJISでは長い間使われていて一般に浸透している表記は,それをそのまま踏襲しています.紀レベル以上はほとんどがこの例外に相当します.新生代の世も同様です.なお,Permianは「ペルム紀/系」です.以前は「二畳紀/系」という表記もよくみられました.「二畳紀/系」はもともとDyasという語の訳であるため使用は好ましくないとはよく言われたことですが,JISではこの点は明確に「ペルム紀/系」と表記することと定めています.また,JISでは「沖積世」「洪積世」という地質年代名を公式名として認めていません.もちろんこれに相当する公式の国際的な地質年代単元名もありません.論文で「沖積世」「洪積世」というような表記をされる方はもういないと思いますが,今後も使用は避けるべきです.余談ですが,これに対応する地層の呼び方として「沖積層」「洪積層」が知られています.このうち「洪積層」は現在使用されませんが,「沖積層」は平野部の最終氷期最盛期以降に堆積した地層を指す一般的な用語として使用されています.沖積層は完新統と同義語ではありませんのでご注意を.
 

 また,JISでは地質年代単元を細分する「前期/後期」といった用語の使用法についても定められています.これらの用語は地質時代名を形容する形容詞句として層序単元名の直前に置き,「形容詞句+地質時代名」の形式で記述することになっています.例えば「前期ジュラ紀」といった具合です.年代層序単元の場合もこれと同様で「下部ジュラ系」となります.これをさらに細分する場合,今度は末尾に細分する形容詞句を付けます.
例えば,
 
late Early Jurassic → 前期ジュラ紀後期
upper Lower Jurassic → 下部ジュラ系上部
 
となります.これではまぎらわしいと想定される場合は,それぞれ,前期ジュラ紀の後期,下部ジュラ系の上部,のように「の」を付して使用するのもよいでしょう.これまではジュラ紀の前半と後半を,ジュラ紀前期,ジュラ紀後期と記述している例も多かったので,違和感があるかもしれません.しかし,この用法を継いでジュラ紀前期の後半をジュラ紀前期後期,あるいは後期ジュラ紀前期と記述するのも同様に違和感が残ります.いずれの表現を採るにしてもこれといった決め手はなく,後は規則に慣れるしかありません.英語表記に近づけて表現し,さらに細分するときは誤解を避けるために時代名の直後に「形容詞句」を置いたということです.
 

 以上,JISの年代表記法について簡単に解説しました.JISに定められた表記法に関して理解が共有されることにより,日本における地球科学のコミュニティーの中での情報伝達がいっそう正確になると期待されます.すでに国土交通省や自治体等の行政機関に納品される地質調査業務報告書等では,地質年代表記を含む地質用語・記号等はJISに定められた表記法を使用することが義務づけられています.日本地質学会の出版物等でも,地質年代表記を含む地質用語・記号等の使用はJISに準拠することを推奨しています.JIS A 0204及びJIS A 0205は,論文や記事を執筆の際にも,地質用語・記号等の表記法の拠り所となるものですので,会員の皆様も是非ご参照ください.
 

(JIS・標準担当理事 中澤 努)

 

【文 献】

  • Gradstein, F. M., Ogg, J. G., Schmitz, M. D. and Ogg, G. M., eds., 2012a, The Geologic Time Scale 2012, Volume 1. Elsevier, 435p.
  • Gradstein, F. M., Ogg, J. G., Schmitz, M. D. and Ogg, G. M., eds., 2012b, The Geologic Time Scale 2012, Volume 2. Elsevier, 1144p.
  •  

【参考URL】

*JIS検索でJIS A0204,JIS A0205を検索し,詳細画面を表示することにより内容を閲覧することができます.
 

(2014.11.17掲載,2016.3.17,2018.1.25 一部修正)

---------------------------------------------------------------------------------------------------
 

* International Chronostratigraphic Chart(日本語版)の最新版は下記に掲載しています。
■地質系統・年代の日本語記述ガイドライン(学会サイト内)PDFファイルがダウンロードできます。

この日本語版は,IUGSの許諾を得て日本地質学会が作成したもので,年代層序単元の日本語表記はJIS規格に準拠しています。