第四紀下限変更に伴う諸問題検討に関する報告 


日本地質学会拡大地層名委員会

 

 すでに,報道等でお聞き及びと思いますが,第四紀・第四系と更新世・更新統の下限の定義が変更となりました.ここでは,本件に関する日本地質学会の対応を報告します.

日本地質学会地層名委員会は,2009年9月の岡山大会にてランチョンを開催し,第四紀の下限変更に伴う諸問題に対し,従来の地層名委員会に,1)地質学会の研究委員会委員長を加えた拡大地層名委員会を組織して対応すること, 2)2010年の日本地球惑星科学連合大会において,本件に関するシンポジウムを開催することを合意しました.しかしながら,2010年1月22日に,日本学術会議により,シンポジウム「人類の時代—第四紀は残った」が開催されることが決定され,より迅速な対応が求められる状況となりました.このような経緯の中,日本学術会議地球惑星科学委員会 IUGS 分科会,同 INQUA 分科会,日本地質学会,日本第四紀学会,産業技術総合研究所地質情報研究部門有志で,昨年末に,本件に関する合同検討会議を開催し,それ以後,電子メール等にて活発な議論を交わしてきました.その結果,以下に示すような合意文書の作成に至りました.本文書の内容に関しては,1月22日のシンポジウムにて,参加者にも御検討いただき,ほとんどの内容を了承していただきました.今後,この内容は,日本学術会議の「報告」としてまとめられる予定です(「報告」の代表例としては,冥王星が準惑星とされた件があります).
今後,地質学雑誌やIsland Arc等では,第四紀はジェラシアン期を含み,その下限を2.58Maとする年代区分を用います.また,「第三紀・第三系」は正式な用語としては使用できなくなります.
日本地質学会の会員各位におかれましては,本件に関する検討の経緯と結果を御理解いただき,今後国内での普及に御協力下さいますようお願い申し上げます.


これまでの経緯
 


2010 年1月22日

日本学術会議地球惑星科学委員会 IUGS 分科会
日本学術会議地球惑星科学委員会 INQUA 分科会
一般社団法人 日本地質学会
日本第四紀学会

 

第四紀と更新世の新しい定義と関連する地質時代・年代層序の用語について

 

 国際地質科学連合(IUGS)は,国際層序委員会(ICS)の決定を受け,2009 年6月30 日第四紀・第四系と更新世・更新統の下限の定義について以下の勧告を発表しました.
1) 更新世・更新統の下限は,更新世・更新統がジェラシアン期・ジェラシアン階を含むように引き下げ,ジェラシアン期・ジェラシアン階の下限が定義されているモンテサンニコラ GSSP をもって定義されること.

2) 第四紀・第四系の下限,すなわち新第三紀・新第三系(注1)と第四紀・第四系の境界はモンテサンニコラ GSSP をもって公式に定義され,それは更新世・更新統およびジェラシアン期・ジェラシアン階の下限に一致すること.

3) 以上の定義に従って,ジェラシアン期・ジェラシアン階は,鮮新世・鮮新統から更新世・更新統に移動する.

日本学術会議地球惑星科学委員会 IUGS 分科会,同 INQUA 分科会,一般社団法人日本地質学会,日本第四紀学会はこの勧告を受けて,日本国内での地球惑星科学における対応を検討してきましたが,以下のような結論を得ましたのでここに報告し,今後国内での普及につとめていきます.

1.日本は新しい更新世・更新統,第四紀・第四系の定義を受け入れて,今後これを使用する.

2. 更新世・更新統の細区分については,従来から用いられている後・中・前期更新世および上・中・下部更新統の三分を継承する.前期更新世および下部更新統にジェラシアン期・ジェラシアン階を含め,前期更新世および下部更新統は,カラブリアン期・カラブリアン階と合わせて2つの期・階から構成されるものとする.

3.表に示した年代値は一部検討中(注2)であるが,以上に定義された地質時代・年代層序の定義を用いる場合は,図1に示した年代を上限・下限として用いる(注3)

4.IUGS による英語表記を図1に示したように日本語で表記する.

5.鮮新世の区分は上・下部鮮新統,後・前期鮮新世の二区分とし,IUGS が定義する ザンクリアン期・ザンクリアン階,ピアセンジアン期・ピアセンジアン階に対応させる.

6.これまで新第三紀・新第三系と古第三紀・古第三系を併せた地質時代として用いられてきた,第三紀・第三系は非公式な用語として使用することができるが,学術論文,教科書,地質時代・年代層序表には使用をしない.

7.IUGS が定義する Neogene Period ・Neogene System,Paleogene Period・Paleogene System に対応する日本語として,新第三紀・新第三系,古第三紀・古第三系を従来どおり使用する.従って,新生代・新生界は,第四紀・第四系,新第三紀・新第三系,古第三紀・古第三系に3区分される.

8.ジェラシアン期・ジェラシアン階下限の日本国内の副模式地の選定は現在進行しつつある研究成果をまって決定する.

9.地質時代区分の名称として一部で使用されている沖積世・洪積世の使用は廃し,完新世・更新世を使用することを徹底する(注4).

(注1)Neogene Period・Neogene System に相当する日本語名称として新第三紀・新第三系を用いることは結論7に記されている.
(注2)後・中期更新世および上・中部更新統の名称については,それぞれを タランティアン期・タランティアン階,イオニアン期・イオニアン階がIUGS-ICSで検討されている.
(注3)図1の年代値は,その精度,境界の層位を考慮して,IUGS の年代層序表を一部改めたものである.
(注4)地質時代区分以外にも一部に用いられている『洪積』の使用も廃する.『沖積層』は『沖積世』の地層あるいは完新統ではないことを周知させたうえで使用を継続する.


 


後記 本報告に議論の過程で出された意見を付帯意見として記録することが,複数の委員より求められましたので,以下に掲載します.

・楡井 久:当然ですが,従来日本の地質層序・命名は,技術社会・経済社会では,日本列島の地質に対応させて使用されてきました.イタリアをはじめEUは,地質家がそれなりに社会的権限を獲得しております.自分達の国で変更することは,世界の学問を修正する観点から,学術文化・政治・経済の戦略的価値はあります.また,国民が理解する素地を持っているように感じます.また,イタリアなどには,日本の新第三紀固有のGreen Tuffなどはありません.Green Tuffは鉱物資源・温泉にとって世界でも稀有な存在です.日本では第三紀に関しては,坐しているのではなく,もう少し発言しても良いと思います.したがって,日本で使用してきた歴史や従来から体系との整合性とを上手に修正にされることを,お願いします.急変ですと,教育会・産業・行政は地学・地質層序(時間軸)から逃げてゆきます.そのような点の配慮を宜しくお願いします.

・小笠原憲四郎:第三・第四を使用しない公式の訳語は,時間をかけて決めれば良いと思います.当面の策として,第三系,第四紀を使用するのに代えて,新生界上部・下部や始新統・中新統,鮮新—更新統などの使用で対応するように勧告するのも,より積極的な調整かも知れません.

・保柳康一:今回の方針で,どのような問題が起こりえるかを考えておく必要があると思います.結論から申し上げますと,なるべく早い時点で,Paleogene, Neogene の訳語に関するコンセンサスをつくり,徐々に古第三紀・新第三紀から移行させた方がよいと思っています.その場合,すでに中国で古近紀,新近紀という語を使っているという点は考慮しなければならないでしょう.
古第三紀,新第三紀を使い続けることで起こりうる問題点として,現時点で次の2点が思いつきます.
1.古第三紀・新第三紀を使い続ける限り第三紀という語を論文などで使用することを禁止できないと思います.すなわち,著者が「古第三紀と新第三紀を合わせて,第三紀と表記する.」と定義してしまえば,編集委員会がダメとは言えないでしょう.第三紀を使えば字数が半分以下になります.論文では無駄を省き印刷ページを節約することは重要な事項とされます.特に,字数制限のある要旨などでは「第三紀」が好まれるでしょう.
2.第三紀・・・という固有の語があるので,なかなかそれを古第三紀・・・,新第三紀・・・とすぐに直すことは難しいでしょう.例えば,「第三紀層地すべり」などはよく使われています.これも,古第三紀,新第三紀が生き残っている以上,使用が無くなることはないと思えます.他にも事例はあると思われます.
このようなことから,Paleogene, Neogene の訳語に関するコンセンサスをなるべく早くつくり,その上で時間をかけて古第三紀,新第三紀を新訳語に移行させるたらよいと思います.しかし,第三紀という語を生き残らせたいという意見が強ければ,古第三紀と新第三紀という語で固定化すれば,私の申し上げた第1の理由で使いたい人は使い続けられるということになると思います.

・新妻信明:新第三紀と古第三紀は日本語として定着しておりますのでそのまま使用するのが,最も混乱が少ないと思います.
もし,変更するとしたら京都学派によって最も古く提唱された「新成紀」と「古成紀」(地質学会ニュース)を採用するのが地質学の先取権の尊重の立場から当然と考えられます.中国の訳語はそれより後だと思われます.先取権の尊重をないがしろにすれば,地層名や学名の命名について混乱は必致です.

・佐藤時幸:標記問題に関して,新妻委員の提案,および先の学術会議合意文書がもっとも適当と思います.また,Neogene, Paleogeneの訳語については,中国の訳語を考慮する事よりあくまでも日本語訳の問題として捉えたほうが良いと思います.その際に考慮すべきは,第四紀を残した事と若干相通じますが,新妻委員が提案された「新第三紀と古第三紀は日本語として定着している」ということかと思います.

・楡井 久:決めごとですので,これまでの決定で結構ですが,小生が保柳委員の意見を理解出来る点は,次の理由からです.
学術英訳の場合には,漢字の文化圏を持つ国家間では,なるべく,同一漢字で統一することが,今後何かと重要になると思います.
IUGS-GEMの常任理事間では,中国とは,地質環境などは,統一しています.ただし,環境の「環」が中国では多少ことなります.中国は,漢字の原型を変形させた活字を使用しています.
現在:国際専門用語になっている
”geopollution”=地質汚染,”strata pollution”=地層汚染,"groundwater pollution"=地下水汚染,"groundair pollution"=地下空気汚染,”man-made strata”=人工地層
を調整中です.medical geology=医療地質学(日本)に関しては,medical geology=医学地質学(中国)かも知れません?この問題は,日本で10年前に,medical geology のworkshop(Buraiton H. 舞浜・千葉)を開催しましたが,それ以来,中国より先に,日本でmedical geology=医療地質学を使用してきた経緯があります.
今後の東アジアの環境地質,地質汚染問題や医療地質学を議論する場合に,これらの作業が重要になるからです.

・平山 廉:日本語の 訳語に関していえば,やはりこれまでの「慣習」や「先取権」を第一義に考えるのが現実的なように思います.一口に漢字文化圏といっても厳密に同じ漢字で表記するのは,無理があるように感じる次第です.

・平野弘道:混乱を防ぐという観点から,合意文書の内容を受け入れる意志でおります

・石渡 明:第三紀がなくなったのに,新第三紀・古第三紀が残っているのは変であり,あくまでも暫定的なものである.研究者による提案や外国の対応などを考慮しながら,なるべく早い時期に,NeogeneとPaleogeneの正式な日本語名を決める必要がある.

・高山俊昭:議論の当初から「第四紀の基底」という表現がしばしば使われていましたが,時間の前後関係と地層の上下関係が混同して表記されるのはいかがなものかと思っていました.同様に「第四紀の下限」という言い方にも違和感を覚えます.「鎌倉時代の下限」という言い方が正しいかということと同じです.
地学術語を同じ漢字文化圏であるという理由から,中国で使われている用語に合わせるという考え方にも,賛同できません.日本従来の用語は,もっと尊重されるべきです.