本学会の宮下純夫元会長が原案作成委員会の委員長を務めた地質図に関するJIS(日本産業規格):JIS A 0204とJIS A0205 が,2019年に改正された.これまで著者らは原案作成委員会事務局として学会発表の場で紹介したが,以下に地質図に関するJIS規定の経緯と2019年の改正内容を改めて紹介し,利用促進につなげたい.
地質図は地質年代,岩相,地質構造などを表現する図であり,資源,環境,建築,防災などの基本情報となる.地質図の作成は,主に現地調査によって行われ,その歴史は古い.長い歴史の中で,例えば走向傾斜の記号や火山岩のハッチ表現など代表的な記号などは概ね国際標準(ISO)としてある程度決まっている.しかし,地質学の発展に伴い,地質学用語のゆらぎやローカル性が顕著になってきた.また,近年のコンピューターの普及に伴い,地質図の情報を数値処理できるようになってきた.そこで日本で作成する地質図について,2002年に規格準拠の地質図内での用語の統一や記号の統一など品質の保証と信頼度の向上を目指しISOとの整合性を検討しつつ地質図に関するJIS(日本工業規格)として,JIS A 0204「地質図−記号,色,模様,用語及び凡例表示」を規定した.また2008年には普及が進むコンピューターで容易に活用できるようになることまた電子納品への対応を目指して地質年代や岩石名などをコード化した JIS A 0205「ベクトル数値地質図−品質要求事項及び主題属性コード」を規定した.これらによって,JIS制定以前は,地質図の記号等がまちまちだったものが,地質図を作成する側と利用する側が同じルール(言葉)に基づいて地質図の理解が図れるようになった.
第1表 存在確実度と位置正確度に基づく断層の区分 (JIS A 0204解説より引用) クリックすると大きな画像をご覧いただけます. |
JISを規定した2002年以降,規格内での用語の統一や記号の統一は行われたものの,地質学の発展は継続的に続くものであり,JISでも最新の研究成果を反映させる必要がある.JISでは数年単位での見直しが行われることになっており,JIS A 0204 及びJIS A 0205も2008年,2012年に見直しが行われ,改正を行った.改定の経緯については斎藤ほか(2019)で報告している.2012年の改正後,2014年11月に一般社団法人日本結晶学会がOrthorhombicの訳語として,“直方晶系(斜方晶系)”の表記を採用し,日本地質学会もこれを採用した.国際年代層序表では新たに固有の時代名称が与えられ,カンブリア紀が4分割されるなどの変更が行われた.このような名称等の変更に加え,2012年の改正時に不足していたリチウムなど鉱産物の文字記号の項目の追記や,2012年時に断層・地層境界などの存在確実度及び位置正確度を表現する記号を導入した際に規定しなかった岩脈の向きや深成岩の貫入境界面を表す方法の追加など,見直すべき項目が多数生じたため,ちょうどJISが「日本産業規格」に変わった2019年7月にこの規格を改正した.2019年改正内容については川畑ほか(2019)で報告したが,改めて詳細について下記に記す.JIS末尾にある解説には,詳細な経緯や補足説明が記述されおり,利用に際して一読されることをお勧めしている(例えば第1表).また,2022年2月には,普及を目的として,市販のGISソフトウェアやグラフィックソフトウェアで使えるテンプレート試作版を地質調査総合センターで公開した(https://www.gsj.jp/information/standardization/jis/index.html).
JIS A 0204
JIS A 0205
最後に注意点について述べておきたい.産業標準化法では国及び地方公共団体にはJISの尊重義務があり,公的機関からの地質図作成依頼は本JISに従う必要があるが,それ以外の状況ではJISに準拠して地質図を作る必要はない.このJISの規定は品質の保証と普及を目的としたものであり,学術の表現手段を限定するものではないためである.しかしながら,地質コンサルタント業界の会員の利便性や,業界に就職する学生・院生の教育を考え,地質学会では,地質学雑誌においても,JISに基づく表現を推奨している.新しい発見に基づく表現手段の多様性はJIS内でもできる限り確保することを目指している.今後も地質学の発展に合わせて最新の研究成果をJISに反映させることを続けていくことによって,地質図が社会で使いやすい状況を構築していくつもりである.