Vol. 24  Issue 1 (March)

 

特集号

Carbonate sedimentation on Pacific coral reefs
Guest Editors: Hiroya Yamano and Yasufumi Iryu

太平洋のサンゴ礁における炭酸塩の堆積過程
山野博哉・井龍康文

 

1. Preface
Hiroya Yamano and Yasufumi Iryu

序文
山野博哉・井龍康文

本特集号は,太平洋の日本,ニューカレドニア,タヒチにおける最近の炭酸塩研究からなる.層相区分に関して,粒径や構成物を用いた区分とともに,サンゴや大型底生有孔虫を指標とした区分の詳細化が紹介されている.層相とともに炭酸塩に記録される同位体比や微量金属も古環境の指標として有用である.本特集では,炭酸塩(シャコ貝)を用いた古環境復元が紹介されている. この特集号の編者と著者の多くは,去る2011年10月に亡くなったGuy Cabioch博士と共同研究を進めていた.本特集号の成果は彼との共同研究の成果の一部であり,本特集号を彼に捧げるものである.
 

2. Modern carbonate sedimentary facies on the outer shelf and slope around New Caledonia
Hiroya Yamano, Guy Cabioch, Bernard Pelletier, Christophe Chevillon, Hiroyuki Tachikawa, Jérôme Lefêvre and Patrick Marchesiello

ニューカレドニアの島棚の現世炭酸塩堆積層
山野博哉・Guy Cabioch・Bernard Pelletier・Christophe Chevillon・立川浩之・Jérôme Lefêvre・Patrick Marchesiello


ニューカレドニア周辺の島棚において,水深75-720mの33地点から現世堆積物を採取し,粒径と構成物に基づいて層相区分を行った.層相は,1) ロドリスとマクロイド,コケムシ,大型底生有孔虫,2) コケムシ,大型底生有孔虫,泥,3) 浮遊性有孔虫と泥,4) 無藻性サンゴ の4つに区分された.それぞれの層相は基本的に水深に規定されていたが,海底の地形によっては水深の小さい地点からの堆積物が混入する場合もあった.こうした層相は同様の緯度にある他地域でも観察されるため,ニューカレドニアの炭酸塩層相は熱帯・亜熱帯における層相を代表するものであると考えられる.
 
Key Words: carbonate sediment, coral reef, rimmed shelf, New Caledonia.
 

3. An identification guide to some major Quaternary fossil reef-building coral genera (Acropora, Isopora, Montipora, and Porites)
Marc Humblet, Chuki Hongo and Kaoru Sugihara

第四紀の主要な造礁性サンゴ(ミドリイシ属,ニオウミドリイシ属,コモンサンゴ属,ハマサンゴ属)の同定ガイド
Marc Humblet・本郷宙軌・杉原 薫


化石サンゴの同定は古環境復元と海水準復元,古生態学研究,進化の解明には不可欠である.従来から化石サンゴの同定には骨格表面の形質に注目して分類を行なう現生サンゴの同定手法が適用されている.しかし,露頭と掘削コアから産する化石サンゴの骨格表面は生物侵食や堆積物などの影響を受けているため,その観察が困難なことが多い.そのため,これらの化石サンゴの同定には骨格断面に注目することが必要であり,骨格の内部構造と表面の形質の関係性を理解することが重要となっている.本研究は造礁サンゴの主要な4属である,ミドリイシ属とニオウミドリイシ属,コモンサンゴ属,ハマサンゴ属に注目し,その内部構造を初めて詳細に記載した.ミドリイシ属の特徴は,成長方向に並行および直交する規則的な網目状構造の共骨を持つことである.また,サンゴ個体を鉛直方向の断面で見ると,梯子のように明瞭な横隔板を確認できる.ニオウミドリイシ属はミドリイシ属に似ているが,中軸サンゴ個体と放射サンゴ個体に明瞭な差が認められない.また,サンゴ個体の成長方向は不規則であり,共骨の構造もミドリイシ属に比べて不規則である.コモンサンゴ属はニオウミドリイシ属とミドリイシ属よりも小さいサンゴ個体を持ち,サンゴ個体を鉛直方向の断面で見ると,棘状の隔壁を持つ管状部を確認できる.また,共骨は成長方向に直交する長い棒状部を持ち,それらは骨格表面で棘などの突起部となる.さらに,この棒状部同士をつなぐ短い棒状部も特徴である.ハマサンゴ属のサンゴ個体の大きさはコモンサンゴ属と同程度であるが,サンゴ個体同士が近接しており,隙間が少ない.また,サンゴ群体を鉛直方向の断面で見ると,成長方向に並行および直交する密な網目状の構造が確認できる.本研究成果は第四紀の化石サンゴの同定ガイドとして役立つだろう.
 
Key Words: Acropora, cross section, internal structure, Isopora, Montipora, Porites, quaternary corals, taxonomic identification.
 

4. Preliminary identification of key coral species from New Caledonia (Southwest Pacific Ocean), their significance to reef formation, and responses to environmental change
Chuki Hongo and Denis Wirrmann

ニューカレドニア産造礁サンゴの鍵種同定:サンゴ礁形成への重要性と環境変動に対する応答
本郷宙軌・Denis Wirrmann


過去のサンゴ礁生態系の形成と維持に寄与してきたサンゴ(鍵種)を地質記録から復元することは,将来の気候変動と人間活動に対するサンゴ礁生態系の応答を理解する際に重要である.本研究ではニューカレドニアのサンゴ礁掘削試料(完新統と更新統)を解析したところ,19属33種のサンゴを同定した.とくに,Goniastrea retiformisIsopora paliferaDipsastraea pallida/speciosa complex,corymbose Acropora sp.,massive Porites sp.,encrusting Porites sp.が鍵種であることが明らかとなった.これらのサンゴは完新世の海面上昇に対応してサンゴ礁生態系を形成・維持してきたため,将来の海面上昇(0.2—0.6m/100年)に対してもこれらのサンゴがサンゴ礁生態系を形成・維持できる可能性が高い.しかし,現在は他の環境変動の影響を受けてこれらの鍵種は減少傾向にあるので,鍵種の保全に向けて取り組んでいくことが必要である.
 
Key Words: barrier reef, coral reef, Holocene, key coral species, New Caledonia.
 

5. Modern and Pleistocene large-sized benthic foraminifers from Tahiti, French Polynesia, collected during IODP Expedition 310
Kazuhiko Fujita and Akitoshi Omori

IODP第310次航海で採取された,フランス領ポリネシア・タヒチ島周辺の現世及び更新世の大型底生有孔虫
藤田和彦・大森明利


本論文は,統合国際深海掘削計画(IODP)第310次航海において,フランス領ポリネシアのタヒチ島周辺で採取された表層堆積物及びティアレイ(Tiarei)海域で掘削された更新統に産出する大型底生有孔虫(0.5 mm径以上の底生有孔虫)の組成と分布について報告する.現世堆積物からは,生体・遺骸それぞれ少なくとも6属と22属の大型底生有孔虫が同定された.表層堆積物における有孔虫の産出個体数は主に水深と底質の種類に依存する.遺骸群集組成は堆積環境と水深によって変化する.サンゴ礁内側の礁湖群集はSchlumbergerina alveoliniformisの優占によって,礁外側の斜面や島棚群集はAmphistegina属の優占によって,それぞれ特徴づけられる.Amphistegina lessoniiの相対頻度は水深の増加とともに減少し,陸棚ではAmphistegina bicirculataPlanostegina sp. が増加する.主に火山砕屑性砂岩・シルト岩や生砕物性グレインストーンからなる更新統試料は大型底生有孔虫化石の産出に乏しく,種多様性も低い.更新統試料には主にAmphistegina lobiferaHeterostegina depressa, Eponides repandusが産出する.群集組成は掘削地点間でほとんど変化しない.これらの更新世大型底生有孔虫化石群集は現世の礁外側斜面の水深30 m以浅にみられる群集と類似する.サンゴ化石の組成やウラン−トリウム年代の結果と統合すると,ティアレイ海域の更新統は海洋酸素同位体ステージ3の時期に礁外側斜面環境で堆積したと考えられる.
 
Key Words: benthic foraminifer, depositional environment, Expedition 310, Integrated Ocean Drilling Program, Marine Isotope Stage 3, Pleistocene, Tahiti.
 

6. Late Holocene coral reef environment recorded in Tridacnidae shells from archaeological sites in Okinawa-jima, subtropical southwestern Japan
Ryuji Asami, Mika Konishi, Kentaro Tanaka, Ryu Uemura, Masahide Furukawa and Ryuichi Shinjo

沖縄島の遺跡から出土したシャコガイ殻化石による完新世後期のサンゴ礁環境解析
浅海竜司・小西美香・田中健太郎・植村 立・古川雅英・新城竜一


シャコガイ科(Tridacnidae)は世界最大の二枚貝であり,過去のサンゴ礁環境を高時間解像度で知るうえで有用な地質試料である.本研究では,沖縄島の新城下原第二遺跡と古我地原貝塚遺跡から出土するシャコガイ殻化石の季節分解能解析から当時のサンゴ礁環境を復元した.試料は保存状態が良く,続成カルサイトセメントの付加が少ないものを選別した.試料の放射性炭素年代(約4,000〜2,000年前)は沖縄の貝塚時代の初期〜中期に相当し,遺跡の出土物類から推定される年代と整合的である.シャコガイ殻には年輪に相当する縞構造がみられ,酸素同位体比(δ18O)の時系列データが示す年周期と概ね対応する.現在のサンゴ礁で同位体平衡で形成されるアラゴナイトのδ18Oと比較すると,殻化石の値は約0.1〜0.7‰も低い.これは,当時の遺跡近傍のサンゴ礁域が現在よりも水温が高く(<1〜3℃),塩分が低かった(<1〜2 psu)ことを示唆する.当時の気候状態や海水準などを考慮すると,本研究で用いたシャコガイは小規模なサンゴ礁池内,あるいは外洋水との交換に乏しい半閉鎖的な礁池内で生息した可能性がある.すなわち,生息域の海水が日射による温度上昇を受けやすく,天水や河川水によって希釈されやすい状況にあったと考えられる.これには,沖縄の貝塚時代の漁労様式(サンゴ礁池に石垣を積み上げて潮汐を利用する漁労方法)が少なからず関わっていた可能性がある.
 
Key Words: archaeological sites, coral reef, fossil giant clams, Okinawa-jima, oxygen isotopic composition, salinity, water temperature.