2011年度各賞受賞者 受賞理由

■日本地質学会賞(1件) ■国際賞(1件) ■小澤儀明賞(1件) ■柵山雅則賞(1件) ■論文賞(3件)
■小藤賞(1件) ■研究奨励賞(3件) ■Island Arc賞(1件) ■功労賞(1件) ■学会表彰(1件)  

日本地質学会賞

受賞者:岩森 光 (東京工業大学大学院理工学研究科)
対象研究テーマ:マントルにおける物質循環とマグマの発生・分化の地質学的研究

   岩森 光氏は,1990年に「西南日本,中国地方中央部における新生代玄武岩火山活動の帯状構造」の研究で学位を取得した.その後,地球内部の物質分化と循環のダイナミクスに関して,連続体としての地質体の運動場モデルの数値シミュレーションや多変量解析を用いた研究を展開し,国際的にも先駆的な役割を果たしてきている.
具体的には,沈み込むプレートの年齢や速度などによる温度場の相違により,スラブからの脱水が支配されるモデルを数値シミュレーションし,その結果が日本列島の火山の分布やマントルの地震学的な構造と対比できることを示した.さらにこのモデルを発展させて,海嶺沈み込みの数値シミュレーションを行い,沈み込み帯において認められる花崗岩生成及び高温型と高圧型の対の変成帯が必然的に関連して形成し得ること,さらに沈み込み帯における火山活動とも一連のプロセスである可能性を示した.最近では,海嶺玄武岩と海洋島玄武岩の地球化学データの多変量解析により,これまでとは異なる視点から地球規模のマントルにおける物質分化と循環のダイナミクスを提唱するなど,独創性の高い顕著な業績をあげている.
これまでに岩森氏が公表した40編を超える国際誌論文の多くが単著または筆頭であり,非常に多くの被引用数や,多数の招待講演の実績によって,国際的な高い評価が裏付けられている.国内においても,地質学論集の「マントルの融解過程のシミュレーションの現状と課題」をはじめ多くの学術誌において論文を公表して,地質学における新たな視点の導入を推進している.
以上のように,岩森氏の研究はインパクトが大きく,マグマの発生やマントルにおける物質分化と循環を理解する上で,先駆的な貢献をしている.また,これらのアプローチは今後,具体的な地質現象と関連づける事によりさらに進展し,固体地球・惑星内部の物質およびダイナミクスの理解の発展に大きく寄与することが期待される.
さらに,岩森氏は日本地質学会理事及び地質学雑誌の副編集長として学会活動の発展に貢献するとともに,固体地球分野全般の長期的な科学計画のとりまとめ役としても尽力し,また文部科学省の学術調整に係わる官職を担うなど,幅広い活動を通じてこの分野の科学とコミュニティの発展のために活躍している.
以上の優れた業績に鑑み,岩森 光氏を日本地質学会賞に推薦する.

 

 

日本地質学会国際賞

受賞者:J. Casey Moore (米国カリフォルニア大学サンタクルズ校名誉教授)
対象研究テーマ:付加体の陸上および海洋地質学的研究

   J. Casey Moore米国カリフォルニア大学サンタクルズ校名誉教授は,プレート沈み込み帯のテクトニクスおよび付加体水理学研究の第一人者である.とりわけ国際深海掘削計画には,その黎明期から主導的な役割を果たし,1973年のDSDP(Deep Sea Drilling Project)31次航海による日本近海での初探査から日本の研究者とともに航海に参加し,これに引き続く ODP (Ocean Drilling Program) および現在のIODP (Integrated Ocean Drilling Program) に至るまで日本の海洋地質学の発展に貢献してきた.現在進行中の「ちきゅう」による IODP 南海トラフ地震発生帯掘削計画においても,計画立案段階から関与し,共同主席研究者および乗船研究者としても参加し,計画を強力に推進している(196次航海,314次航海および319次航海).
Moore氏の代表的な研究は,中南米のバルバドス,南メキシコ,カスカディアそして西南日本沖の南海トラフにおける現世付加体のテクトニクスと水理地質,そしてアラスカコディアック島における陸上付加体の構造地質学的研究である.1970年代後半から現在に至るまで,海陸両面から,付加体の構造,メランジュの厚化モデル,デコルマ帯の水理構造,プレート境界震源域の上限要因など,常にこの分野をリードする論文を発表し続けてきた.Moore氏の研究論文は,長い間,その分野の研究者の引用するところとなっており,多くの基礎的,応用的,かつ古典的論文として認められてきた.また,これらの研究にもとづく論文特集号の編集にあたるともに,時代を画するレビューペーパーを発表し,多くの研究者の模範となってきている.また,アメリカ地質学会のフェローにも選ばれている.
以上のようにMoore氏は,日本の海洋地質学の発展にめざましい貢献を果たし,また数々の国際共同研究を時にはチーフとしてプロジェクトを成功に導き,また時には若手研究者を強力にサポートしてきた.これに加えてMoore氏は教育者としてもたいへん優れており,カリフォルニア大学サンタクルズ校には,世界中から多くの若手研究者や学生が集い氏と共に研究活動を鍛錬してきた.Moore氏は日本からの留学生にも門戸を開き,彼ら彼女らを暖かく迎え入れ,研究活動を支援してきた.Moore氏の研究室からは多くの才能有る優秀な研究者が輩出され,その出身研究者らによって本邦四万十帯と沈み込み帯研究の一翼が担われた.
以上の様にJ. Casey Moore名誉教授は,日本の地質学と地質学界に顕著な功績があり,日本地質学会国際賞に強く推薦する.

 

 

日本地質学会Island Arc賞

受賞論文:Saffer, D. M., Underwood, M. B. and McKiernan, A. W., 2008, Evaluation of factors controlling smectite transformation and fluid production in subduction zones: Application to the Nankai Trough. Island Arc, 17, 208-230.

  Combining ODP data on the Nankai sedimentary package with kinetic studies involving the reaction of smectite to illite, the authors have established numerical models simulating the clay minerals’ reaction both outboard of the deep-sea trench and beneath the convergent plate junction, thereby enhancing a quantitative understanding of accretionary processes and seismicity. Heat flow (or crustal age) has the largest effect on the transformation. They showed that the eastern high heat flow slab segment initiates the transformation before arriving at the trench, whereas the western low heat flow slab segment results in negligible presubduction diagenesis and that plate convergence rate has the smallest effect on the transformation. This provides the most credible view of how clay diagenesis modulates hydrologic and mechanical behavior of the subduction boundaries. These are important information on mechanical property of the seismogenic zone as well as diagenesis and fluid circulation in the accretionary wedge.
This paper received the highest number of citations - based on the Thomson Science Index for the year 2010 - amongst the entire candidate Island Arc papers published in 2007-2008. The first author has been working in the fields of the geohydrology, active tectonics, fault mechanics, and structural geology, focusing on quantifying the relationships between fluid flow, deformation, solute transport, and heat transport in subduction zones and transform fault systems like the San Andreas Fault. He and his group have published many important results on these fields. In view of the scientific impact of the paper and international scientific activity of the first author, the Judge Panel recommends this paper for the 2011 Island Arc Award.

 

日本地質学小澤儀明賞

受賞者:黒田潤一郎(海洋研究開発機構)
対象研究テーマ:地球内部活動と海洋無酸素事変のリンクの解明

    黒田潤一郎会員は,東京大学大学院理学系研究科修士課程在籍時から,世界各地の白亜紀黒色頁岩と,それを生み出した海洋無酸素事変について研究してきた.彼は,物質科学的視点で黒色頁岩の分析を徹底的に行った.例えば,堆積物の詳細な記載を行った上で,EPMAを用いた元素マッピング,二次イオン質量分析計を用いたマイクロスケール炭素同位体分析,バイオマーカーの同位体分析などにより,黒色頁岩堆積時の海洋環境変動を従来にない高い時間解像度で復元した.最近では,鉛・オスミウム等の同位体分析に取り組み,海洋無酸素事変に対する大規模火成活動との関係に焦点を当てた研究を進めている.彼の研究により,巨大火成岩区(LIP)の形成に伴う大規模火山活動が海洋無酸素事変と数千年以内の年代差で一致することを世界で初めて実証的に示した.彼の研究成果公表後,同様の研究が世界中で数多く発表され,いずれの研究においても,彼の結果が支持された.それにより,LIPの形成という地球内部活動が気候システムに大きなインパクトを与えてきたという従来からの仮説が,国際的なコミュニティの中で一気に浸透し,特に海洋無酸素事変の究極の成因が地球内部活動にあることが一般的な知見として認知されるに至った.彼はその後,この研究をさらに三畳紀/ジュラ紀境界の大量絶滅イベントに展開している.この研究では,北大西洋LIPの形成が三畳紀末に起こり,その後の急激な温暖化による大陸風化率の上昇が生物大量絶滅の時期に一致することを明らかにした.この発見は,三畳紀末の生物大量絶滅に関する新しい学説を生み,国内外で注目されている.
黒田会員は,現在,クロム同位体分析や放射光分析を用いた新しい古環境解析法,特に過去の海水の酸化還元変動の指標の確立に取り組んでいる.彼は,常に地質学者の視点に立って,入念な野外地質調査に基づいて研究対象を決定し,そこに最新の分析技術を取り入れるという研究姿勢を取っている.また,統合国際深海底掘削計画(IODP)第320次航海“Pacific Equatorial Age Transect (PEAT)”などの国際共同研究に積極的に参加し,IODPの科学立案・評価パネル委員も務めた.日本地質学会においてもセッションの共同コンビーナーや評議員を務め,「地球システム・地球進化ニューイヤースクール」の事務局や代表を務めるなど,幅広く活動している.このような優れた研究業績と地質学界への貢献に鑑み,黒田潤一郎会員を日本地質学会小澤儀明賞に推薦する.

 

日本地質学柵山雅則賞

受賞者:河野義生(High Pressure Collaborative Access Team [HPCAT])
対象研究テーマ:岩石の弾性波速度測定による地球内部の構造解明研究

    河野義生会員は,横浜国立大学教育学部での卒業研究および同大学院環境情報学府での修士・博士研究を通して,ピストンシリンダー型高圧発生装置を用いた弾性波速度測定の技術開発に取り組み,「島弧下部地殻同等の高温高圧下(最大1000ºC,1.0ギガパスカル)での岩石の弾性波速度測定」(Elastic wave velocities of lower crustal rocks and plagioclase aggregates up to 1000ºC and 1GPa)の論文で2006年3月に博士(学術)を取得した.この測定は,当時欧米で実施されていた最高温度条件(600ºC)をはるかに上回るものであり,「高温下で斑れい岩類の弾性波速度が従来の予想よりも大きく低下する」という事実の発見につながった.さらに鉱物学的検討結果から,その原因が斜長石の秩序-無秩序転移であることを特定した.これらの研究により,高温条件下での岩石の弾性波速度を予測補正することなく地震波速度構造と対応させることが可能となった.これは島弧の地殻構造を理解する上で大きな意義を持っている.彼の高温高圧下での岩石の弾性波速度測定は,その後も地球内部構造の解明につながる重要な成果をあげ,国際的な学術雑誌に多数の筆頭論文として報告された.
また,河野会員は実験結果から得られた事実が実際の地質現象の解釈に応用できることも示した.コヒスタン古島弧地殻断面が露出するパキスタン北部の研究では,地質調査と岩石の弾性波速度測定から,「地震学的に認識されるモホ面の下にはざくろ石輝岩に富む層が存在し,かんらん岩の出現境界はさらに下位に位置すること」を例証した.同様のモホ下の構造は伊豆小笠原弧でも地震学的に提案されており,彼のモデルはモホ面の実態解明に今後大きく貢献すると期待される.
2006年4月から愛媛大学地球内部ダイナミクス研究センターに研究の場を移し,SPring-8において放射光X線と弾性波速度測定を組み合わせることにより,マントル遷移層まで沈み込んだスラブやその構成鉱物がもつ地震学的特徴を調べている.これら一連の成果から,「マントル遷移層領域の地震学的速度モデルを説明するには,玄武岩組成のピクロジャイト的な物質ではなく,全体としてハルツバージャイト的な化学組成物質が必要」であると報告している.この成果は国際的にも速やかに認識され,国外の研究所や大学との共同研究に発展している.
このように河野会員の研究活動は,島弧規模から地球規模の内部構造の解明に貢献してきた.その業績を高く評価し,河野義生会員を日本地質学会柵山雅則賞に推薦する.

 

日本地質学会論文賞

受賞論文:Yamamoto, Y., Nidaira, M., Ohta, Y. and Ogawa, Y., 2009. Formation of chaotic rock units during primary accretion processes: Examples from the Miura–Boso accretionary complex, central Japan. Island Arc, 18, 496–512.

 山本由弦氏は三浦・房総半島南部の地表地質を精密に調査し,そこに露出する付加体堆積物に観察される様々な現象をそれらの時空間分布とともに明らかにし続けている.本論文では,付加体表層部に観察される乱堆積物の岩相と内部構造を詳細に記載し,これらが付加体形成初期の海底地すべりによるスランプ堆積物と付加体形成後の地震に関連した液状化による堆積物に分類できることを明らかにした.この成果は,付加体形成の初期段階において海底面傾動と地震動による浅部堆積層への影響を明らかにするものであり,堆積物の組織・構造的特徴をプロセスと対応付けた点において従来の研究とは一線を画するものであると評価できる.このような堆積物を露頭で観察できる当該地域の希少性に注目した本論文は,ジオハザードとして世界的に注目されつつある「海底地すべり」に関する沈み込み帯での貴重な研究例として日本から発信できる重要な成果であり,地質学会論文賞に値する.

 

 

受賞論文:Fujii, M., Hayasaka, Y. and Terada, K., 2008. SHRIMP zircon and EPMA monazite dating of granitic rocks from the Maizuru terrane, southwest Japan: Correlation with East Asian Paleozoic terranes and geological implications. Island Arc, 17, 322-341.

  本論文は,舞鶴帯北帯の花崗岩類のジルコンSHRIMP U-Pb 年代とモナズ石のU-Th-Pb EPMA年代を多数測定し,東部の岩体は約250Ma,西部の岩体は約410Maに集中することを明らかにし,それぞれを飛騨帯とロシア沿海州のハンカ地塊に対比して,日本海拡大以前の日本列島と大陸のつながりを議論したものである.これは,舞鶴帯北帯の「夜久野岩類」が,南帯の夜久野オフィオライトとは全く起源が異なる地質体であることを提案している.また,提案された復元図上での阿武隈帯とセルゲーエフカ帯の対比の妥当性や,大江山オフィオライトの扱いに関する問題点が現出し,今後の研究における新たな検討課題が提示された.さらに,本論文では,より古い年齢を示すジルコンやモナズ石などの捕獲結晶についても丁寧に記載・議論されている.この論文は東アジア大陸縁の地質構造の解明にとって重要な貢献であり,論文賞に値する.

 

 

受賞論文:Endo, S., 2010. Pressure-temperature history of titanite-bearing eclogite from the Western Iratsu body, Sanbagawa Metamorphic Belt, Japan. Island Arc, 19, 313–335.

  三波川変成帯の変成岩類は沈み込み帯の深部で形成され,その圧力—温度条件は多くの研究者により扱われてきたが,圧力—温度経路について共通見解は得られていない.遠藤氏は解析例が極めて少ないチタナイト(Tnt)を含む Ca-に富んだ岩相に着目し,累帯するTnt 鉱物の詳細な組成分析により,高圧変成岩類の形成条件を見積もる新たな方法を示した.本論文で得られた圧力温度条件は,従来の研究結果や,遠藤氏が別の手法で示した結果と整合的であり,新たに開発された方法の妥当性を示唆する.また,減圧時,つまり上昇時の温度増加を強く支持し,高い温度勾配で生じた緑簾石̶角閃岩相がエクロジャイト変成作用に先立つことも示した.これらの成果は三波川変成帯における高圧変成岩類の形成条件と沈み込みとの関係を究明する上で貴重である.以上,本論文は変成岩石学の研究として新規的で優れており,地質学会の論文賞に値する.

 

 

日本地質学会小藤賞

受賞者:Tazawa, J., Anso, J., Umeda, M. and Kurihara, T., 2010. Late Carboniferous brachiopod Plicatiferina from Nishiamada, Fukui Prefecture, central Japan, and its tectonic implications. The Journal of the Geological Society of Japan, 116, 51-54.

  本短報は,梅田ほか(2008)が福井市美山町に分布する宇奈月帯の弱変成シルト岩から発見した腕足類化石の地質時代と古地理を議論したものである.まず,田沢氏らはこの化石を同定し,同帯の石灰岩から報告されていた有孔虫やコケ虫化石が示す時代(後期石炭紀)と矛盾がないことを示した.さらに,同定された腕足類がボレアル型であることを根拠に古地理的な議論が進められ,飛騨帯(宇奈月帯)が中朝地塊またはモンゴル・オホーツク造山帯の一部であったことが示唆された.田沢氏は腕足類化石の古地理的情報を基礎とした地質構造発達史に多くの重要な成果を公表しており,本短報もその1つに加える事ができる.また,共著者による弱変成層からの化石発見は丹念な地層観察の重要性を再認識させるものであり,本短報の内容と同等に高く評価すべきである.著者全員のこれからの研究活動を奨励する意味においても,本短報に小藤賞を授与すべきものと判断する.

 

 

日本地質学会研究奨励賞

 

受賞者:常盤哲也(日本原子力研究開発機構)
受賞論文:Tokiwa, T., 2009. Timing of dextral oblique subduction along the eastern margin of the Asian continent in the Late Cretaceous: Evidence from the accretionary complex of the Shimanto Belt in the Kii Peninsula, Southwest Japan. Island Arc, 18, 306-319.

 

  白亜紀の環太平洋域に存在していたプレートの数とそれぞれの運動方向・速度は復元されているが,クラプレートのような消滅したプレートの位置関係を復元するのは容易ではない.しかし,そのヒントは,沈み込みの斜め成分に応じて大陸縁辺の堆積物と岩石に残された剪断変形センスにある.本論文で,常磐氏は綿密な野外調査と室内観察により,紀伊半島北部に分布する四万十帯の広い地域において岩石の剪断センスが右ずれであることを示した.四万十帯の地層は海溝近傍で堆積したので,堆積年代とプレート境界での変形年代の間に大きな差はない.常磐氏は,後期白亜紀に右ずれセンスを生じる候補をクラプレートと限定し,当時のアジア大陸東縁部において,このプレートによる右斜め沈み込みの応力が働いていたことを強く示唆した.本論文の成果は環太平洋プレート群の運動像を復元する上で極めて貴重なものであり,地質学会奨励賞に値する.

 

 

受賞者:辻 智大((株)四国総合研究所)
受賞論文:辻 智大・榊原正幸, 2009. 四国西部における北部秩父帯の大規模逆転構造. 地質学雑誌, 115, 1-16.

 堆積構造に基づく地層の上下判定は,変形を受けた地質体の褶曲構造を推定するための基本であるが,緑色岩や石灰岩を含み変形が進んだメランジュでは容易ではない.本論文は,詳細な地質調査による露頭スケールの視野と,級化構造に着目した薄片スケールの視野で粘り強く上位判定を行い,その結果から四国西部の北部秩父帯に大規模な逆転構造があることを示唆した.また,この大規模褶曲体が下位の海山起源の岩体と東西走向北傾斜の断層で仕切られることも示された.褶曲体の形成メカニズムについては未確定ではあるものの,本論文で提示された地質構造に関する検討結果は,西南日本地質構造発達史の見直しの契機になる可能性を秘める.さらに,野外調査と顕微鏡観察のみで得られた証拠でメランジュの構造復元という困難な課題に立ち向かった姿勢は,多くの野外地質系若手研究者へ範を示すものと評価できる.以上のことから,本論文は日本地質学会の研究奨励賞に値する.

 

 

受賞者:隅田祥光(明治大学黒曜石研究センター)
受賞論文:隅田祥光・早坂康隆, 2009. 夜久野オフィオライト朝来岩体における古生代海洋内島弧地殻の形成と進化過程. 地質学雑誌, 115, 266-287.

  本論文で研究対象となった夜久野オフィオライト朝来岩体は,古生代海洋性島弧の中・下部地殻の断片と考えられている.本研究では,詳細な野外観察を基礎とし,鏡下観察から地球化学的解析までの多様な手段を駆使することにより,朝来岩体の最下部に,より早期に存在していた苦鉄質基盤岩が部分溶融して形成されたミグマタイトが存在することが明らかにされた.特に,部分溶融をおこした苦鉄質岩類の起源,および,ミグマタイト・リューコソムと上位の石英閃緑岩〜花崗岩質岩脈・岩床の関係について詳細に検討され,苦鉄質基盤岩は背弧盆地殻起源であること,リューコソムは集積・上昇する過程で結晶分化しながらマグマへと成長し,岩脈や岩床を形成したことなどが示されている.本論文は,伊豆弧などの現在の海洋性島弧の研究,あるいは安山岩・花崗岩質マグマの成因の研究に貴重なレファレンスを提供するものと評価され,十分に研究奨励賞に値する.

 

 

 

 

日本地質学会功労賞

受賞者:石井輝秋
功労業績:日本近海の海洋底地質・岩石研究への貢献

  石井輝秋氏は,故久野久教授の最後の学生として,1975 年に箱根の火山岩の岩石学的研究により東京大学大学院で博士号を得た.同年に発表したピジョン輝石温度計に関する論文および1991年に公表した総括的な論文は世界的な注目を集めた.石井氏は1977年から2010 年まで東京大学海洋研究所および海洋研究開発機構のスタッフとして勤務し,この間にフィリピン海を中心とする日本近海,特に伊豆・小笠原・マリアナ(IBM)海域の海洋底岩石研究に携わり,50 編ほどの国際誌論文を含む約170 件の研究成果を公表した.IBM 海域での国際深海掘削計画の航海で得られたマントルかんらん岩の研究は詳細な岩石学的記載が高く評価されている.また,多くの学生や若手研究者に助言・指導を行い,優れた教育上の成果も残している.
石井氏は一流の研究者・教育者である一方で,海洋地質学・岩石学の発展を支える意味において際立った功績を残している.まず,彼は「石井式ドレッジ」を開発してドレッジ技術を向上させ,様々な粒度の海底堆積物を同時かつ大量に採取することを可能にした.また,石井氏は多数の研究航海に主席あるいは研究者として乗船し,大学,分野,国籍などの枠を越えて乗船科学者の研究を親身にサポートした.海洋底の地質・岩石研究は決して一人でできるものではなく,運航日程,天候・海況,機械の調子などをにらみながら船側と交渉し,乗船研究者の適性や体調を判断しながらうまく働かせて最大の成果を挙げる駆け引きが必要であり,台風などの危険が迫れば全ての研究をあきらめて船を避難させる決断力も必要である.彼はこうした能力に長けたオーガナイザーであり,毎年数カ月を海上で過ごしてきた実践的な海洋研究者である.さらに,石井氏は国際深海掘削計画の委員を務めたほか,多くの国内研究集会を主催して論文集を発行し,海外の関連学会や巡検にも積極的に参加して世界の多くの研究者と友好関係を築いてきた.一眼レフを下げて笑顔をふりまくドクター・テル・イシイは世界中で有名である.石井氏の裏方的努力は,多くの陸上地質学者を海洋地質学へといざない,日本の優れた若手海洋底岩石研究者を育て,外国人との共同研究を活性化させ,日本の海洋底岩石学のレベルを大きく向上させた.以上の通り,日本の海洋底地質・岩石研究の発展に果たした石井輝秋氏の功績は極めて大きく,日本地質学会功労賞に値する.

 

 

日本地質学会表彰

 

受賞者:独立行政法人森林総合研究所・千葉県南房総市
表彰業績:海底地すべり露頭の保全と社会教育的活動

  海底地すべりは,海底ケーブルなどのインフラを破壊し,時には巨大津波を誘発することから,人間社会に影響の大きいジオハザードではあるが,噴火や洪水とは違って私たちの目に触れる現象ではない.2007 年,房総半島南部の農業道路建設現場の法面に,層厚約20 m におよぶ,非常に明瞭な大規模海底地すべり地層が現れた.この露頭は,地すべり岩体の下底から上端までのカオティックな内部構造を運動方向に沿って表し,海底地すべりの岩体の破壊力を如実に物語っている.おそらく,これほど見事な海底地すべり露頭は世界的にも例がないだろう.この露頭の学術的調査は速やかに進行し,地すべり層の主体が,液状化により剪断強度を失った上部鮮新統~更新統の千倉層群畑層中の砂層であり,それを引き起こした地震は約200 万年前に発生したことが明らかになっている.
工事の発注者である独立行政法人森林総合研究所(当時は独立行政法人緑資源機構)は,この露頭が世界的にもきわめて貴重な地質遺産であることを認識し,当初から現場の学術的調査に非常に協力的であった.工事終了後には,道路の移管先である南房総市と森林総合研究所が協議し,当初の予定を変更して,露頭面積の約1/3 にあたる幅15 m・高さ15 m の主要部分の保存を英断した.その直後から,露頭の長期保存に関する対応がなされた.まず,約半年をかけて複数の塗布薬剤の耐性テストを行い,その結果をもとに,風化や剥脱などの変質を防ぐための最も効果的な薬剤が採用された.さらに,露頭正面には駐車場が整備され,見学者のための説明看板や,露頭への道路案内標識も複数設置された.農業道路が開通した2010 年3 月以降は,この海底地すべり露頭へは誰でも簡単にアクセスできるようになり,地質学関連の学会や大学の巡検や授業で使用されているほか,地元でも宿泊客に積極的に案内されている.
公共工事において出現した露頭は貴重な地質学的情報のソースであるが,ここまで大規模に保存・活用されたことは少ない.貴重な地質遺産の保存を促進する流れは地質学会を挙げて作り出さなければならない.今回の事例は,永続的な保存を英断したことに加え,薬剤選定を通じて露頭保存工学を進展させた点でも特筆すべきであり,地質学の発展と普及にも貢献した.この森林総合研究所および南房総市の壮挙は,学会を挙げて賞賛すべきものであり,地質学会表彰に値する.