地質マンガ

 

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海洋無酸素事変Oceanic Anoxic Events OAEs

 太陽光は海面から約300m程度しか届かないため、深海では光合成は行われません。現在の海では、海水が大循環しているので、表層の酸素が数千mの深海底まで行き届いているのです。しかし地質時代においては、海洋の大部分が無酸素状態に陥ってしまう"イベント"が起きてきたことがわかっています。

 海洋無酸素事変は、海洋底に有機炭素に富む泥(黒色頁岩)が広く堆積するイベントです。中生代のジュラ紀や白亜紀に繰り返し起こったことが報告されています。初めて海洋無酸素事変という概念が提唱されたのは、1970年代のことです。Schlanger and Jenkyns (1976)が、白亜紀Cenomanian-Turonian境界で異常に有機炭素濃度が高い堆積物が世界各地に存在することを指摘し、OAEの概念を提唱したのが始まりです(1)。その後、Jenkyns (1980)は白亜紀のBarremian-Aptian-AlbianとCenomanian-Turonianの2回(+より小規模なBoniacian-Santonian)のOAEを提唱し、白亜紀OAE研究の基本的枠組みを築きます(2)。その後の調査が進むにつれて、Barremian-Aptian-AlbianのOAEはさらにOAE-1aからOAE-1dの4つのイベントとして認識されるようになりました(3)。白亜紀OAEでは、黒色頁岩の堆積は主に大西洋、テチス海や北米Interior Seawayなどが中心ですが、OAE-1aや-1dでは、太平洋の海山や海台でも黒色頁岩が堆積しており、グローバルイベントであったことが示唆されます。


写真1.イタリア中部、Gubbio近くのContessa 採石場

 

 

 1980年代後半〜1990年代前半にかけて、「無酸素環境の出現か、海洋基礎生産の増大か」という論争が流行しました。要するに、有機物が保存されるためには、有機物がたくさん作られたことが重要か、保存される環境があったことが重要か、という論争です。この論争は、結局明確な決着がつかないまま、OAE研究は次のフェーズを迎えます。1990年代後半〜2000年代になると、先の海洋無酸素 vs. 基礎生産という構図から、より具体的な古環境像が描かれるようになりました。一つの大きな進展が、バイオマーカーによる有機物の起源生物の推定です。バイオマーカーの情報から、シアノバクテリアが重要な基礎生産者であったことが明らかになりました(4,5)。これは、単に基礎生産の増減ではなく、海洋表層のエコシステムの変化がOAEと深く関連していることを示しています。また、光合成硫黄細菌のバイオマーカーが北大西洋から見つかり、当時の北大西洋は、有光層に硫化水素が存在する異常な状況となっていたことがわかりました(6,7)。さらに、微生物研究により黒色頁岩をエサとして現在生きているバクテリアの存在も明らかになってきました(8)。

 2000年代後半になると、マルチコレクター型誘導結合プラズマ質量分析計や表面電離質量分析計の発展とともに、重元素の同位体組成が簡易に測定できるようになり、OAEの古環境解析にも応用されるようになりました。堆積岩のオスミウムや鉛の同位体比を測定することで、海洋無酸素事変とほとんど同時期にマントル由来のオスミウムや鉛が海洋に放出されたことが明らかになります(9-11)。これは、OAEとほぼ同時に巨大海台形成に伴う大規模な火山活動が起こったことを示唆していて、地球内部変動が表層環境変動に強くリンクしていることを示しています。また、数値シミュレーションによる古環境復元も盛んに進められ、無酸素状態を作るのに最も重要な要素が何か、が明らかになってきました。これによると、大規模噴火による二酸化炭素放出により、大陸地殻風化速度が上昇してリンの供給が増加することが、海洋無酸素化をもたらす一つの要素になります(12)。また、表層堆積物からのリンの水柱への再供給も非常に重要であることがわかってきました(13)。

 海洋無酸素事変の研究は、今後さらに発展していくものと期待しています。それは、新たな掘削や地質調査による、黒色頁岩の時間空間分布の解明(特に、これまで情報の空白域であった太平洋の研究(14))、分析技術の発展による新しい古環境指標の応用、そしてモデリングによるアプローチなどが、今後重要になって行くことでしょう。

黒田潤一郎(海洋研究開発機構)

引用文献
1. Schlanger, S.O., Jenkyns, H.C. (1976) Geol. Mijnb. 55, 179-184.
2. Jenkyns, H.C. (1980) J. Geol. Soc. London 137, 171-188.
3. Leckie R.M. et al. (2002) Paleoceanography 17, 1041.
4. Ohkouchi, N. et al. (2006) Biogeosciences, 3, 467-478.
5. Kashiyama, Y. et al. (2008) Org. Geochem., 39, 532-549.
6. Damste J.S.S., Koster, J. (1998) Earth Planet. Sci. Lett. 158, 165-173.
7. Oba, M. et al. (2011) Geology 39, 519-522.
8. Inagaki, F. et al. (2005) Astrobiology 5, 141-153.
9. Kuroda, J. et al. (2007) Earth Planet. Sci. Lett. 256, 211-223.
10. Turgeon, S.C., Creaser, R.A. (2008) Nature 454, 323-326.
11. Tejada, M.L.G. et al. (2009) Geology 37, 855-858 12. Misumi, K. et al. (2009) Earth Planet. Sci. Lett. 286, 316-323.
13. Ozaki, K. et al. (2011) Earth Planet. Sci. Lett. 304, 270-279.
14. Takashima, R. et al. (2011) Nature Comm. 2, 234, doi:10.1038/ncomms1233