琉球列島:縄文人が挑んだ遠い島と黒潮

 

正会員 高山信紀
 

図1.琉球列島

まえがき  
 喜界島で福徳岡ノ場2021年8月噴火のものと見られる漂着軽石1)を見た話を友人にしたとき,「喜界島から屋久島は見えるか?」と聞かれた.本稿は,これをきっかけに,九州から台湾の間の島々(琉球列島,図1)について隣の島が見えるか計算式により確認するとともに,縄文時代の航海への黒潮の影響と当時の航海の限界を考えてみたものである.
 当時の航海は,島などを目印にして丸木舟を漕いでいたと考えられる.喜界島や種子島,屋久島,奄美大島,沖縄本島の遺跡から,縄文時代に九州で使われていた形式の土器が出土2),3)しており,九州とこれらの島々の間で航海が行われていたことを示している.一方,木下4)は,相互に目視できない南琉球(宮古・八重山諸島)と中琉球(奄美・沖縄諸島)の文化が出会うのは中琉球に大型船が登場する12世紀で,相互に目視できる八重山諸島と台湾の間でも接触を示す直接的証拠は不明瞭で,「往来するための前提は相互に目視できることであるが,実際に日常的な行為として相手の島と往来するかどうかは島それぞれの文化的事情によって最終的に判断される」と述べている.

1. 隣の島が見えるかの計算方法
 インターネットに掲載されている2つの計算方法を紹介する.2つの方法とも,見渡すエリアに障害物がなく遠くまで見通せる場合,観測点から見える水平線(あるいは地平線)までの距離は,地球(球と仮定)の丸さにより限界があり,光の屈折によってその限界距離よりも遠くまで見えるとしている. 
(1)計算方法15)
 高さhの観測点から水平線までの距離d1は,地球を球と仮定し半径をRとすると,ピタゴラスの定理より(図2の三角形PBO)

d1={h(2R+h)}1/2     

 光の屈折によりー阿d1の1.06倍遠くまで見えるとし,高さhの観測点から見える水平線までの距離d2は

d2=1.06{h(2R+h)}1/2  

とされている.
 このサイトには1.06倍遠くまで見えるとした根拠は示されていないが,別のサイト6)に,光の屈折は気圧や気温などにより変化し,地平線までの距離は光線が直進すると仮定した場合に比べ7.3%または約6%大きくなると述べられている.なお,地球の半径R(理科年表でR=6378km)に比べhは極めて小さいので,図2のA〜B間の距離はP〜B間の距離dとほぼ同じとなる.
(2)計算方法27)
 水平線までの距離の計算に光の屈折の影響を反映するため,地球の半径(この文献ではR=6370kmとしている.)をR=7364kmに 拡大し,図2の高さhの観測点P点から見える水平線(B点)までの距離をd3,その水平線ぎりぎりに見える山の高さをH,B点からその山までの距離をDとすると,d3とDはピタゴラスの定理より求まり,観測点からその山が見えるところまでの距離Lは

L=d3+D={h(2R+h)}1/2+{H(2R+H)}1/2   

とされている.高いところから見ると遠くまで見え,山が高いと遠くから見えることになる.
 この文献には7364kmの根拠は示されていないが,以下に示すように,R=7364kmとして求めたd3は⊆阿乃瓩瓩d2とほぼ同じ値となる.すなわち,d3={h(2R+h)}1/2においてhはRに比し非常に小さいのでd3≒{h2R}1/2,同様にー阿d1≒{h2R}1/2となる.したがって,d3/d1≒(R/R)1/2=(7363/6370)1/2=1.075となり,⊆阿d2/d1=1.06とほぼ同じで,式で求めたd3と⊆阿乃瓩瓩d2はほぼ同じ値となる.

 
図2 高さhの観測点Pより見た水平線(イメージ)
2. 琉球列島の見える島と見えない島
 喜界島から屋久島が見えるか,また,琉球列島の島々を丸木舟で九州から台湾へ「南下」(沖縄本島以西は西進)する場合と台湾から九州へ「北上」する場合に隣の島が見えるか,式により検討した.時代は鬼界カルデラ噴火後,縄文海進がほぼ終了した約5000年前以降の縄文時代とし,海面変動,隆起・沈降,火山島の噴火による変化は考慮せず,島の高さ,島と島の間の距離は現在と同じとした.
 観測点から隣の島が見えるかの検討は,隣の島の最高地点を対象に行ったが,隣の島が見えるかどうかは,単に隣の島の最高地点の高さとそこまでの距離で決まるのではなく,様々な地点の高さとその地点までの距離で決まることに留意する必要がある.例えば,渡喜敷島から沖縄本島を目指す場合(表1の「北上」),沖縄本島の最高地点の与那覇岳(標高503m)は渡喜敷島の海岸から101kmと遠くて見えないが,34kmの与座岳(標高168m)は見えることになる.
 観測点は,隣の島の最高地点(渡喜敷島から沖縄本島への航海は与座岳)との距離が最短となる海岸(出発時の舟の上,集落からそこまで舟で島に沿って進み隣の島に向かうと仮定)とし,そこから隣の島が見えない場合は観測点を島の最高地点とした場合も検討した.観測点の高さhは,観測点の標高+1.5m(目の高さ)とした.
表1  琉球列島の検討結果
 検討結果を表1に示す.「高さH」は最高地点の標高,「海上距離」は島と島の間の最短の海上距離,「距離」は出発する島の観測点から目指す島の最高地点までの距離で,下段の斜体は観測点を最高地点とした場合である.「L」は式で算出したL=d3+Dで,観測点の高さhが1.5 mの場合(海岸や舟上)d3は5kmとなる.なお,島の高さは地質と密接に関係している.
 喜界島(最高地点)から屋久島(最高地点)までの「距離」は,式で求めた「L」(観測点から水平線ぎりぎりに島が見えるところまでの距離)を超え(表1の「北上」),喜界島から屋久島は見えない.屋久島から喜界島(同「南下」)も見えない.なお,表1に示していないが,喜界島と奄美大島の間(海上距離24km)は,どちらの島の海岸からも相手の島が見える.大隅半島から中琉球(奄美・沖縄諸島)の久米島までは,「南下」,「北上」とも全ての島で海岸(出発時の舟の上)から隣の島が見える.
 久米島と宮古島の間(海上距離217km)は,島の最高地点からでも相手の島は見えない.伊良部島・下地島と多良間島の間(同45km),石垣島から多良間島(同34km),西表島から与那国島(同65km)は,海岸(出発時の舟の上)から相手の島は見えないが最高地点からは見え,また漁などで沖合に出れば自分の島が見える範囲で相手の島が見える.与那国島の海岸から台湾(同110km)は見える.台湾の海岸から与那国島は見えないが,台湾の最高峰からは与那国島が見える.

  3.縄文時代の航海への黒潮の影響と航海の限界
(1)航海への黒潮の影響
 黒潮は,与那国島と台湾の間を北上し東シナ海に入り,九州と奄美大島の間のトカラ海峡から太平洋に抜けており,強い流れは幅100kmにも及ぶ8),9)(図1).この流れは6.3 kaもほぼ同じだったと考えられている10)
 黒潮は流速が速く,黒潮が流れている区間を丸木舟で航海するときは大きな影響を受ける.黒潮が流れている島と島の間の距離をY,出発地と目的地を結ぶ線に対する黒潮の角度をθ (0°≦θ≦90°とする),その線上の黒潮の平均速度をk(0 < k),「漕いで進む速度」(漕いで進む平均速度で,風や波・うねりの影響,潮汐に伴う潮流の影響,休憩などを含み,黒潮の影響を 除く)をrとすると,隣の島までの航海時間tはピタゴラスの定理より次のようになる(図3).
 黒潮に乗って漕ぐ(順潮)場合は

(rt)2 =(Y-kt・cosθ)2 +(kt・sinθ)2  
∴t=Y[-k・cosθ+{r2 +k2 (cos2 θ-1)}1/2]/(r2 -k2 ) 
ただしr=kのときは, t=Y/(2k・cosθ) 

なお,目指す島の方向と逆方向に漕いで黒潮に乗って目指す島に行く航海は対象としない.
ゼ阿r2 +k2 (cos2 θ-1)=r2 -k2 sin2 θは0以上でなければならず,

k・sinθ≦r ただしθ=90°のときは

Ъ阿蓮ぬ榲地の方向に進むための「漕いで進む速度」 rの条件でrがこれより遅いと黒潮に流されてしまう.
 黒潮に逆らって漕ぐ(逆潮)場合は,

(rt)2 =(Y+kt・cosθ)2 +(kt・sinθ)2  
∴t=Y[k・cosθ+{r2 +k2 (cos2 θ-1)}1/2]/(r2 -k2 ) 
ただし,黒潮に流されないために r>k 

図3 黒潮が流れていく距離と「漕いで進む距離」(イメージ)
(2)トカラ海峡
 トカラ海峡の黒潮は,気象庁ウエブサイトの黒潮50m深の日別海流図9)(2021年以降が掲載されている)を見ると,流向は南東と東の間を変動し,流軸(流れの最も強い部分)は口之島の南の時もあるが屋久島と口之島の間にあることが多く,速度は日々変化している.黒潮の速度が大きい屋久島と口之島の間(56km)を対象に,目的地に対する黒潮の角度θ,黒潮の速度k,「漕いで進む速度」rと航海時間tの関係を検討した.Y=56km,黒潮の海面における流向と速度は50m深と同じと仮定し,黒潮の速度が大きい2022年7月7日海流図9)を例に,θ =30°(流向は東),k=3.3km/hr(約1.8kt:ノット,1ktは1.852 km/hr)のときのrとtの関係をゼ阿鉢式により試算した.また,θ=70°(流向が南東)になったときと,黒潮の速度kが1.5 km/hr(約0.8kt)と遅くなったときについても試算した.
 
図4 トカラ海峡周辺
  その結果を図5に示す.屋久島から口之島に進む航海は逆潮なので,「漕いで進む速度」rが黒潮の速度kを超えなければ黒潮に流されてしまう.θ=30°(流向が東)のときは口之島に進む方向と逆向きの流れが強く,黒潮の速度kが3.3km/hrのとき「漕いで進む速度」r=3.9km/hr(後述(3)の実験航海の推測値)で漕ぐと,航海時間tは約83hrとなる.黒潮の流向が変わりθ=70°(南東)になると逆向きの流れが弱くなり,同じ黒潮の速度kと「漕いで進む速度」rでも,航海時間tは約45hrと短くなる.θ=30°で黒潮の速度kが1.5km/hrと遅くなると,同じ「漕いで進む速度」rでも,航海時間tは約22 hrと短くなる.当時の人たちは,伝承や経験から黒潮の流向が変わったり速度が遅くなったりすることを知っており,黒潮の状況が良いときを待って航海したと思われる.なお,口之島に渡るには,屋久島より口永良部島(最高点標高657m,「海上距離」は屋久島12km,口之島54km,各島の海岸から相手の島が見える)からの方が黒潮の影響(逆潮)は小さい.屋久島から口之島へは,黒潮の状況によって口永良部島経由としたのかもしれない.
 口之島から屋久島への航海は順潮で,図5右に示すように屋久島から口之島への航海より容易である.
 
図5 屋久島・口之島間のθ,k,r,tの関係
(3)台湾から与那国島への実験航海
 台湾から与那国島へ丸木舟で横断する実験航海が2019年に行われた11).舟は長さ755 cm,最大幅70cm,漕ぎ手はシーカヤックのエキスパートら5名(うち1名は舵とり)で,「ふつうに漕いでいるときのスピードは秒速1.08 m(約3.9 km/hr)ほどと思われる」と述べられている.実験航海は,北向きに流れる 黒潮を考慮して与那国島との距離が最短となる地点よりかなり 南方から7月7日14:38に出航し(出航後20分間の平均時速は約 3.9 km),16:00頃に黒潮の強流区間(黒潮の時速約4.9 km)に 入り,夜間も休憩を取りながら漕ぎ,8日午前6:30過ぎ(約15.9 hr後)に黒潮の強流区間を超えた.8日午後からは休憩の頻度 が目立ち,20:00過ぎから交替で見張をして約8時間睡眠をとり (漕がない舟の速度は約3km/hr),9日5:00前から動き出し11:48 に与那国島に上陸,直線距離206 kmに45 hr10 min(平均時速約4.6 km)を要している(図6).
 実験航海(順潮)の「漕いで進む速度」rを,黒潮の強流区 間(添え字1)とそれ以降の区間(添え字2)に分けてゼ阿茲蟷郢擦靴拭ナ幻11)をもとに,黒潮の強流区間の距離Y1=96 km, θ1=40°,k1=4.9km/hrとすると,t1=15.9hrとなる「漕いで進む速度」r1は約3.9km/hrとなる.なお,図6より黒潮の速度k1が多少異なっても「漕いで進む速度」r1はあまり変わらないことが分かる.黒潮も含めた平均速度は96 km/15.9 hr=約6.0 km/hrである.強流区間以降は,Y2=112 km,θ2=40°,k2=3.0 km/hrとすると,漕いだ時間t2が29.3 hr-8.0 hr(睡眠時間) =21.3hrとなる「漕いで進む速度」r2(睡眠時間を除く)は約 3.5 km/hrとなる.「漕いで進む速度」が強流区間より遅いのは,疲労も影響しているのかもしれない.
 
図6 台湾から与那国島への実験航海
(4)台湾・与那国島間の最短ルートの航海
 台湾・与那国島間の最短ルート(約110 km,図6)を航海す る場合について検討した.実験航海時の黒潮を参考に,最短ル ートにおける強流区間の距離Y=50 km,θ=80°,黒潮の速度 k=4.9 km/hrとすると,台湾から与那国島へ進む場合(順潮) の「漕いで進む速度」rはЪ阿茲k・sinθ=4.83 km/hr以上で,かつ長時間(r=4.83 km/hrの場合は強流区間だけで約47 hr)漕がなければならず,航海は極めて難しかったと思われる.逆方向(与那国島から台湾)に進む場合は,逆潮なので更に難し くなる.
 2021年以降の日別海流図9)を見ると,最短ルートの区間では黒潮はほぼ北向きに流れ2日続けて1.9 km/hr(約1.0 kt)以下となることは滅多にないが,黒潮の速度がk=1.9 km/hrとなったときについて検討した.Y= 110 km,θ= 80°,「漕いで進む速度」r= 3.9 km/hrとすると,台湾から与那国島へ進む場合の 航海時間tはゼ阿茲衞29 hrとなる.しかし,舟の上から与那国島がぎりぎり見える距離「L」は63 km(表1)なので,出航後110 km-63 km=47 km(全区間の39%)の間は舟から与那国島は見えない.海図も羅針盤もない当時,進む方向が違うと 流されてしまう黒潮の中で,目指す与那国島が約11時間(約29 hr×39%)も見えない航海は極めて難しかったと思われる.上記の状況で逆方向(与那国島から台湾)に進む場合,天気がよければ台湾は見え,航海時間は式より約36 hrとなる.しかし,前述のように黒潮が2日続けて1.9 km/hr以下のことは滅多になく,また台湾から与那国島への航海が極めて難しかったの で,台湾と与那国島の間の交流はほとんどなかったと思われる.

(5)航海の限界
 土器などの遺物や実験航海の状況と試算結果より,縄文時代の丸木舟による航海ができる条件(航海の限界)は,舟から島が見えることだと考えられる.航海時間は,島と島の間の距離と「漕いで進む速度」,黒潮が流れている区間ではその流向(目的地に対する角度)と速度によっても左右され,当時の無寄港での航海時間の限度は疲労や海況・天候の悪化リスクを回避するため丸2日くらい,当時の「漕いで進む速度」(数時間以上漕ぐ場合)は最大3.9 km/hrくらいと思われる.

あとがき
 気象予報,海図や羅針盤が無い時代に危険な外海に漕ぎ出した人たち,航海を左右した黒潮と琉球列島の島々の配置,島々の地質や成り立ちなど興味はつきない.本稿のきっかけの質問と貴重なコメントを頂いた星野延夫氏に感謝いたします.

参考文献
  • 1)海洋研究開発機構ウエブサイト「福徳岡ノ場の噴火-福徳岡ノ場の噴火と軽石の成分-」
  • 2)早田春樹「喜界町発掘調査近況」,地域の特色ある埋蔵文化財活用事業シンポジウム「発見された3,000年前の大集落」資料集,喜界町埋蔵文化財センター , 2016年
  • 3)鹿児島県上野原縄文の森ウエブサイト「縄文の風 かごしま考古ガイダンス第18回朝鮮半島と西北九州と活発に交流, 埋蔵文化財の宝庫・屋久島」
  • 4)木下尚子「先史琉球人の海上移動の動機と文化-台湾と八重山諸島の文化交流の解明に向けて-」,文学部論叢 第109号,熊 本大学, 2018年
  • 5)CASIOウエブサイト「Ke!san地上から見渡せる距離-高精度計算サイト」
  • 6)noteウエブサイト「Dr.Stone 171話と大気屈折を考慮した地平線までの距離|朱理|」
  • 7)田代博「富士山の見え方に拘る-見える限界の場所とダイヤモンド富士-」, 地質ニュース590号, 2003年
  • 8)気象庁ウエブサイト「海水温・海流の知識, 黒潮」
  • 9)気象庁ウエブサイト「海洋の健康診断表,海流に関する診断表,予報,データ,日別海流,東シナ海海域」
  • 10)研究代表郭新宇「万年スケールでみた黒潮の流路変遷と黒潮分岐流の形成メカニズム」,科研費研究報告書,2021 年
  • 11)海部陽介「サピエンス日本上陸3万年前の大航海」,講談社.2020年  

※本内容は,日本地質学会News,Vol.26, No.5, およびNo.6(2023年5月号2023年6月号)に前編後編に分割して掲載されています.