“Geomythology(地球神話)“とジオパーク


正会員 野村律夫
(島根大学/島根半島・宍道湖中海ジオパーク専門員)

 

はじめに

 第11回ジオパーク全国大会が10月3日〜5日にかけて島根県松江市と出雲市で開催された.昨年から続くコロナ禍のため1年延期となったが,637名が参加するオンライン開催であった.パソコンのモニター越しに伝わる静かな雰囲気の大会ではあったが,発言のしやすさなど学ぶことも多かったように思う.
  さて,どのジオパークにもシンボル的な自然がある.大会に向けて,島根半島・宍道湖中海ジオパークはなんだろうかと問い直してみた.半島と湖が醸し出す広大な景観は美しい.また,そこは古代からの歴史という空気で満たされた不思議な自然である.少し抽象的な表現になったが,このジオパークは新第三紀中新世の変動地質と第四紀の平野形成といった学術価値のみではなく,古事記や出雲国風土記にある神話・伝説が大地に深く根付いているということだ.
  神話・伝説となると,人々の生活の中で語られてきたものであるから,それぞれの地域に特有のものがあるにちがいない.そのようにみると,神話伝説を通して地域の地質地形の特徴や人々の自然に対する精神性についてみるのも面白そうだ.そこで「出雲の大地」での大会を機に全国の44ジオパークに「神話・伝説を科学の目で見て語ってみよう」と題してポスター展示を促してみたところ,12ジオパークからポスターが届いたので紹介したい.
  ところで,地域の地質遺産の活用を目指しているジオパークでは,地域住民の地質遺産への学術的価値の理解が極めて重要になる.最近のジオパーク活動の方向は,地質学的に貴重な地質遺産の保護保全を核として,より明確に歴史・文化・人のくらし・産業などの遺産との連携,すなわち地球遺産として融合的な活用へと向かっている.そのためにも,地域の地質地形に関わる神話伝説は,ジオパークを理解するための効果的な動機付けになるにちがいない.
  国内の地質研究者はこれまで,神話・伝説について学術的な関心を払ってきたであろうか.神話・伝説はおとぎ話のようなもので,なんら学術とは関係の無い,むしろ神話・伝説的なことにふれることで学術性が失われると思うこともあろう.人々のなかには神話と科学は別々のもので,神話は非論理的・非科学的なものと捉えることが多いのも事実である.しかし,海外では1970年代に神話と地質の密接な関係から「Geomythology」という用語も提案され,現在,「Geomythology」は,地球科学の研究対象ばかりでなく,地域地質や地形の保全,防災教育やジオツーリズムへと応用されている.
 

1.Geomythologyとは何ぞや

  全国大会のポスター展示を報告する前に,神話・伝説の地質学的扱いの現状を整理してみてみたい.「Geomythology」はVitaliano(1973)が提唱した用語である.1970年代は,地向斜-造山論の古い地球観からプレートテクトニクスによる新しい地球観へと移行する地球科学の大革命の時代であった.そのため,地質研究者の「Geomythology」への関心は低かったといえる.適切な日本語訳もないまま現在に至っている. Geomythologyはgeology(地質学)とmythology(神話学)の複合語である.Mythologyはmyth(神話)を論理的に扱う表現であるが,神話学,神話論や単に神話と訳されている.これを日本語に訳すとしたら,geochemistry(地球化学)やgeophysics(地球物理)を参考にして,地球神話又は地球神話学となる.神話伝説の多くは,当然のこととして,人々の生活圏の中で生まれてきたものであるから地域的な話題が多い.したがって,地質神話と言っても問題ないが,地質現象は地質ばかりでなく,気象や海洋と密接に関連していることもある.ここでは総論的にgeomythology=地球神話として,個々の視点で注目すべき現象に焦点を当てる場合は,地質神話,気象神話そして海洋神話といった表現があってもよいと考えている.
  Vitaliano(1973)が提唱した地球神話は,地質学と民間伝承の関係を探求することに本質があるが,以下のようなことも指摘しているので少し追加説明を入れて紹介する.

  • 地球神話はエウヘメリズムを地質学的に応用しようとするもの.エウヘメリズムは,紀元前300年頃の古代ギリシアの哲学者エウヘメロスの名に由来するもので,神話は歴史上の人物や出来事を語っていると解釈する.したがって,人々が目撃した実際の地質学的な出来事,たとえば,火山,地震,津波,洪水のような自然災害を神話として後世に伝えようとした.
  • 地球神話には,民俗学にある原因探求神話(etiological myth)または説明神話(explanatory myth)ともよぶものが含まれる.すなわち,身の回りの自然環境の形成について説明しようとしたもので,世界中に多くの例がある.
  • 地球神話は地質学,歴史学,考古学,民俗学などの分野を融合した最も広い学際的な地球科学である.
  • 神話と伝説を明確に区別することは難しいため,地球神話はその起源にかかわらず,地質学的に影響を受けたあらゆる神話・伝説(legend)・民間伝承(folklore)を指すことにする.物語り(märehen)や昔話は娯楽の対象である.
  • 神話・伝説の類似性は,異なる場所で独立して語られた多起源説と,1つの地域での語り(単一起源説)が他の地域に伝達された混交(syncretism)があるが,地球神話は多起源であることが多い.ただし,これには異論もある.たとえば,大林(1966)の神話学入門では神話は単一起源で拡散・混交が主要と考えられている.南西太平洋に点在する島嶼(とうしょ)には,島が海底からつり上げられてできたという「釣り上げ(fishing-up)神話」があり,これには人々の移動と密接に関係していると考えられている(Nunnほか,2007).
  • 神話伝説にはフィクションや口述の変容を伴うことが多く,エウヘメロスの時代から,論争の対象であった.解釈には注意が必要である.
  • 地質学には,ピルトダウン人事件(化石人骨ねつ造;〜1910-1949年)やベリンガー事件(化石のねつ造;〜1726年)のような改ざん事件があった.

2.地球神話(Geomythology)のその後

 2004年にイタリア・フィレンツェで開催された第32回国際地質学会では,Vilatiano(1973)の著書に鼓舞された地質・民俗学研究者によって「地球神話は,神話的物語を分析して,そこに描かれている地質学的な出来事を知ること.時には,科学的には知られていない,あるいは知ることが難しい昔の地震,津波,洪水などについて,非常に貴重な情報を得ることができる.神話は,科学者に未知の古い地質学的事象についてのヒントを与えてくれる.」という説明のもとセッションが設けられた.その講演内容は2年後にPiccardi and Masse (2007)によって「Myth and Geology」としてまとめられ,イギリスの地質学学会から出版された.25編の世界各地の神話・伝説が地質学と関連させて語られて興味深い内容となっている.日本からの参加はなかったが,日本の地震と神話の詳しい記述やナマズを押さえ込む鹿島神宮の要石(かなめいし)などが紹介されている.一般的に,海外からみた日本にある神話伝説は地震と津波に関するものが多いのが特徴である.   地質学の専門ではないが,Mayor (2004)は民俗学の立場でギリシア神話に現れる化石,火山,地震,津波,地殻変動,洪水,天然ガス,環境変化などの地球神話の例を紹介しながら,「科学者や歴史家は人類の歴史の中で起こった大変動の話は,世代を超えて伝達され,超自然的な内容になり,神話的な語りの中に埋め込まれたため,その合理性の核心を見逃してきた」,といっている.大地の形を説明するために,魔法で岩に姿を変えられた生物や人間の話など国内でもしばしば各地に伝わっている.古代より,生きているのを見たことがない動物の化石を説明するために,ドラゴン,モンスター,巨大な英雄の物語をつくってきた架空の話も多い.国内の化石につては,荻野(2018)が興味深く解説している.妖怪や擬人化した「ダイダラボッチ」は物語的ではあるが,説明神話として古代の人々の洞察力に現在につながる科学が秘められているように思われる.
   最近,Burbery (2021)は「地球神話は科学か?」という章のなかで,"geomythology"という言葉は Oxford English DictionaryやMcGraw-Hill Dictionary of Geology and Mineralogyに掲載されていないと指摘し,地球化学や地球水文学のように,地球神話を捉えることはできないだろうと述べている.しかし,何世紀にもわたって研究者の貴重な味方であり,多くの科学的発見に役立ってきたとし,その意義を認めている.
   国内の神話の位置づけについては,大林太良(1966,2019)が海外の研究を参考にしながら,神話は,事物の起源,原古の生物,神々の行為と彼らの人間への関係についての,目に見えるように物語られた真実であると考えられている報告であって,それはその民族の世界観の確定された諸要素からなりたっている....」と述べており,地質学(科学的)検証ができるものとして理解できる説明である.
 

3.ジオパーク全国大会から

 今回の呼びかけでは以下のような展示があった.❶銚子市の猿田神社に伝わる椿海(つばきのうみ)という海跡湖の形成を3人の命(みこと)と魔王の戦いで伝説化する.椿海は利根川構造線沿いにある(銚子GP).❷河川の氾濫や洪水が伝統的な解釈になっている八岐大蛇(やまたのおろち)伝説は,北陸から東北地方の日本海沿岸域(いわゆる古志)では火山活動を語った伝説ではないか(恐竜渓谷ふくい勝山GP).❸鳥取県の内陸部に中国山地と並走する山々が大山(だいせん)(西部)と鷲峰山(じゅうぼうさん)(中東部)の背比べ争いでできたとする伝説.後期中新世−鮮新世のプレート運動を反映していた(山陰海岸GP).❹伊豆大島に伝わるカッパと水の物語(伊豆大島GP).❺兵庫県豊岡市に伝わるアメノヒコボ伝説は,洪水が発生しやすい盆地地形を理解し,円山川河口の開削と盆地の開発の伝承であった(山陰海岸GP).❻島根半島の大船山(おおぶねさん)に宿る神の伝説は,山頂付近から湧き出す旱(ひでり)でも涸(か)れない水の不思議.半島の形成期と形成後にできた2系統の断層と関係していた(島根半島・宍道湖中海GP).❼新潟県糸魚川市のヒスイ,黒姫山一帯の神秘的な石灰岩地形,修験の山としての駒ヶ岳の形成を奴奈川姫(ぬなかわひめ)の伝説として紹介(糸魚川GP).❽1783年の浅間山噴火で描かれた「浅間山夜分大焼の図」にある火口からの火柱は,溶岩噴泉あることが火口地形やキラウエア火山との比較で実際に起こったことが示唆できる(浅間山北麓GP).❾活火山の白山山頂付近の火口湖(千蛇ヶ池(せんじゃがいけ))にできた万年雪や水が湧出する甌穴(弘法池)の説明神話,土石流(明神壁)や火山の噴火災害への警鐘を民謡(白峰かんこ踊り)にして謡う災害神話(白山手取川GP).❿妙義山のなかでも奇岩が多い表妙義.巨人が射抜いた穴として伝わる星穴伝説は,溶岩と火砕岩層の物性の違いでできた穴であった(下仁田GP).⓫秋田県湯沢市広澤寺にある乳神大イチョウの幹にできた気根は,乳信仰の対象となっている.その起源は,広澤寺の開祖された場所に近い川原毛地獄への畏怖があった(ゆざわPG).⓬菅尾磨崖仏(すがおまがいぶつ)に近い所にある水霊石(みずたまいし)や大蛇を川の流れに例えた緒環(おだまき)伝説は水害への警告と川の治水・国の統治を示している(豊後大野GP)
  今回紹介いただいた神話・伝説は,古代からの人々の自然観が伝わる興味深いものばかりである.神話伝説の多くは説明神話であるが,災害神話に相当するものも含まれている.これらのポスターを通して,野本(1990,2006)が「聖性地形」と表現した古代人の神霊に対する鋭敏さや聖なるものへの鋭い反応を感じとることができる.そして,地質地形の伝説はフィールドワークを通じて体感できるものという花部(2018)の指摘にも理解できる内容であった.
   各ポスターは12月末まで島根半島・宍道湖中海ジオパークのホームページで公開されているので,関心のある方は次のURLへアクセスして欲しい(https://kunibiki-geopark.jp/alljapan_geo-postersession/).
 

4.おわりに

 以上述べてきたように,海外では地球神話はきわめて有効な手段で,地域の自然・文化遺産の理解と保全,防災教育,地域への誇りを醸成する役割を果たしていることへの認識は共通している.ジオツーリズムへの積極的な利用もある.また,地質・環境科学の導入セミナーで地球神話を利用している大学もある(Tepper,1999).しかし,国内では神話の利用がやや躊躇されてきたように思える.今後は神話に秘められた科学性を見抜き,地球神話として積極的に地域にあったプログラム作りが望まれる.最近,地球科学の専門家による日本ジオパーク学術支援連合(JGASU)が組織されたので,地域住民は指導を受けながら地域(ジオサイト)の学術を深めることもできる.地質研究者として,専門性を有効活用することで地域に伝わる神話伝説・民間伝承を深掘りし,もっと地域への知の還元をしてみてはどうだろうか. 

謝 辞 今回の呼びかけに応じていただいた以下の各氏に感謝します:岩本直哉,小河原孝彦,荻野慎諧,金山恭子,小林猛生,近藤綾子,メイ・スーザン,関谷知彦,高柳春希,中嶋 亮,成田浩一,古川広樹,吉岡敏和(敬称略).また,ジオパーク支援委員長の天野一男・茨城大学名誉教授からは本トッピク原稿について適切なコメントを頂いた.

文 献

  • Burbery, T. J., 2021, Geomythology: How Common Stories Reflect Earth Events. Routledge, New York & London.
  • 花部英雄,2018,ジオパークと伝説.三弥井書店.
  • Mayer, A., 2004, Geomythology. In Selley, R., et al., eds., Encyclopedia of Geology, Elsevier.
  • 野本寛一,1990,神々の風景−信仰環境論の試み.白水社.
  • 野本寛一,2006,神と自然の景観論.講談社学術文庫.
  • Nunn, P. D. and Pastorizo, M. R., 2007,Geological histories and geohazard potential of Pacific Islands illuminated by myths. In Piccardi, L., et al., eds., Myth and Geology. Geol. Soc. Spec. Publ., 273, 143-163.
  • 荻野慎諧,2018,古生物学者,妖怪を掘る.NHK出版新書.
  • 大林太良,1966,神話学入門.中央公論社.
  • 大林太良,2019,神話学入門.ちくま学芸文庫.
  • Piccardi, L. and Messe, W. B., eds., 2007, Myth and Geology. Geol. Soc. Spec. Publ., 273,
  • Tepper, J. H., 1999, Connecting Geology, History, and the Classics through a course in Geomythology. J. Geosci. Educ., 47(3), 221-226.
  • Vitaliano, D. B. 1973, Legends of the Earth: Their Geological Origins. Indiana Univ. Press, Bloomington.