テクタイトの給源クレーター

 

正会員 石渡 明
 

日本地質学会が執筆協力したThe Geology of Japanが2016年4月にロンドン地質学会から出版された(Nowell, 2016).このシリーズにThe Geology of Thailandがあり,その第21章がテクタイト(tektite)の記述にあてられている(Howard, 2011).また同シリーズのThe Geology of Central Europe(McCann, 2008)の下巻にもテクタイト(モルダバイト)とそれを生じたリース・クレーターに関する記述がある.一方,2016年8〜9月に第35回万国地質学会議(IGC)が南アフリカのケープタウンで開催され,そこで配布されたアフリカの地質ガイドブックにもテクタイトとその給源クレーター(Bosumtwi)の記述がある(Reimold and Gibson, 2016).日本にテクタイトは分布しないが,松田(2008)や下ほか(2010)の優れたまとめがあり,本学会でも林・宇田(1997)の報告がある.ここでは,テクタイトの給源クレーターに関する最近の地質学的知見を中心に略述する.

テクタイトは地球上の特定の地域に散在する径数cm程度の黒色〜緑色のガラス質の物体で,液滴型(球・水滴型)や溶融剥離型(縁つきのボタン・帽子型)のものが多く(松田, 2008),かつては月から飛んできたとする説もあったが(柴田, 1965, 1969, 1970, 1971),現在では天体衝突によって地球の表面の岩石が溶融し,その液滴がクレーターの周囲数100〜数1000kmの範囲に飛散し固結・落下したものと考えられている.化学組成は流紋岩質のものが多く,月の表面に広く分布する玄武岩・斑れい岩とは大きく異なり,地球表面の花崗岩や砂岩などの溶融物と考えて矛盾がない(松田, 2008).

テクタイトの分布地域は地球上に4つあり,米国東部・南部(Chesapeake Crater, 35.5Ma),欧州中部(Ries Crater, 14.7Ma),西アフリカ(Bosumtwi Crater, 1.07Ma)については給源クレーターが各々特定されているが,タイ,ラオス,カンボジア,ベトナム,中国南部,フィリピン,インドネシアなどの東南アジアからオーストラリアにかけてのAustralasia(豪亜地域)に分布するものは,形成年代が約0.8Maと特定されているものの,給源クレーターは未発見で,その推定位置には諸説ある(Howard, 2011).ムオンノン(Muong-Nong)型と呼ばれる,大きくて不規則形で溶融温度が低く縞状構造をもつテクタイトがインドシナ地域に産し,給源が近いことを暗示する(松田, 2008; 下ほか, 2010).

地球上の7つの大規模な隕石衝突構造のクレーター内堆積物についてPoag et al. (2004)が詳しく比較検討している.それらはチェサピーク(Chesapeake:米国バージニア州沿岸,始新世,直径85km),マンソン(Manson:米国アイオワ州,白亜紀後期,35km),サドベリー(Sudbury:カナダ・オンタリオ州,原生代中期,〜200km),モンターニェ(Montagnais:カナダ・ノバスコーシャ沖,始新世,45km),リース(Ries:ドイツ南部,中新世,24km),ロックネ(Lockne:スウェーデン北部, オルドビス紀,21km; 16km離れたMalingen Craterとペア),ポピガイ(Popigai:ロシア・シベリア,始新世,85km)である.いずれのクレーター内堆積物も衝撃変成・変形作用の痕跡が見られる角礫岩を主とし,その下部には基盤岩ないし堆積岩の巨大岩塊(megablock)を伴うことが多い.衝突によって発生した多量の超高温(>2000℃)の溶融物(メルト)が固結した深成岩体(ニッケル鉱床の母岩)を伴うのはサドベリーだけであるが,ポピガイは溶融物の多い角礫岩(tagamite)の層を含み,溶融物を含む特徴的な堆積物(suevite,スエバイト)は多くの衝突構造に見られる.他にも,K/T境界との関連で名高いメキシコ・ユカタン半島のチクシュルブ(Chicxulub)やカナダの三畳紀のマニクアガン(Manicouagan)など,よく研究された衝突構造は多数あり,特にアフリカに多い(Reimold and Gibson, 2016).以下,3つの確認されたテクタイトの給源クレーターについて述べる.

チェサピーク衝突構造に関しては,国際大陸掘削計画(ICDP)がクレーター内堆積物を貫き基盤岩に達する1766mの深部掘削調査を行った(Gohn et al. 2006a, b).これはバージニア州チェサピーク湾の入り口付近にある直径85kmの埋没クレーターで,深部掘削はその中心に近いチャールズ岬のアイアビル(Eyreville)で行われた.このクレーターは始新世に形成され,以後の堆積物に厚く覆われて特徴的な凹地形を全く示さず,Hodge (1994) の世界のクレーターの解説本には載っていない.掘削結果は,地表から深さ444mまで衝突後の堆積物(後期始新世〜鮮新世),1096mまで堆積岩の角礫と巨大岩塊,1371mまで花崗岩の巨大岩塊,1393mまで堆積物,1550mまでスエバイト及び衝突角礫岩,そして1766m(孔底)まで結晶片岩と巨晶花崗岩及び若干の衝突角礫岩脈となっている.衝突当時,1000m程度の厚さの堆積物が花崗岩質の基盤を覆っていたが,天体衝突により堆積岩は全て吹き飛ばされ,基盤も深くえぐられたことになる.本クレーターから飛散したテクタイトはテキサス,ジョージア,コネチカットなどで多数見出されている.

リース・クレーターが形成された地域はライン地溝帯から東へ150km,アルプス山脈前縁のモラッセ盆地の北側に広がるジュラ紀石灰岩の山地 (Schwäbische Alb; Swabian Alb,フランスのジュラ山地の続き) であり,このクレーターより東はFränkische Alb (Franconian Alb)と呼ばれる.南流してドナウ川に合する支流のリース川沿いにあり,氷河堆積物の研究で古くから有名なGünzburg, Mindelheim, Riss, Ulmなどの北方に位置していて,西のBaden-Württemberg州と東のBavaria州の境界付近に当たる.リース・クレーターは地形図上でも明瞭な直径30kmほどの円形の平坦な凹地であるが,噴出物は直径50kmの範囲を覆っており,南西に約30km離れて,同時に形成された直径4km弱のシュタインハイム(Steinheim)クレーターがある(シャターコーンshatter coneの最初の発見地として有名).リース・クレーター内部の堆積物は,衝突角礫岩脈を含む結晶質基盤(花崗岩,片麻岩等)の上に,結晶質角礫岩(主に花崗岩・片麻岩礫からなる:400m),堆積岩質角礫岩(100m),スエバイト(30m)の順に重なり(Poag et al. 2004),もともと基盤岩を覆って存在していた石灰岩を主とするジュラ紀の堆積岩の地層は完全に吹き飛ばされている.このクレーターについては佐々木(1993)の興味深い巡検記がある.ここから放出されたテクタイトはモルダバイトと呼ばれ,他のテクタイトと異なる透き通った緑色が特徴で,その分布はクレーターの東側に偏り,チェコやオーストリアなどから多数発見されている(須藤, 2002).これは衝突天体の西からの低角進入を示唆する.

ボスムトゥイ・クレーターはガーナの旧アシャンティ王国の首都クマシの東方30kmにあり,比高約300mの外輪山に取り囲まれた直径10.5kmのクレーターの底に直径8kmの湖がある(アシャンティの聖なる湖).この湖の堆積物は赤道地域の過去100万年間の気候変動の解析に重要であり,2004年にICDPの掘削が行われた.このICDPコアと外輪山付近のコアの両方からスエバイトが見いだされ,コース石,ジルコンの高温分解物(baddeleyite),平行ラメラ(PDFs)をもつ衝撃石英,溶融ガラスなど,天体衝突による高温・高圧産物が報告されている.ここから放出された「象牙海岸(Ivory Coast)テクタイト」は西〜南西方に偏って分布し,その延長上の大西洋底からはマイクロテクタイトが発見されていて,衝突天体の東からの低角進入を示唆する(Reimold and Gibson, 2016).
テクタイトが多量に形成されるためには,相当な厚さの完全に溶融したメルト層が形成され,それが爆発的に飛散することが必要だと思うが,クレーター内にそのようなメルトの大きな集合体が残っている例はサドベリーやポピガイなど少数の大規模衝突構造に限られる.多くの場合はメルト層の周囲の堆積岩や基盤岩も含めて飛散してしまったのだろう.

日本では,高松クレーター(香川県,直径4km,負の重力異常10mgal)について,「今回の分析結果は,コールドロンであることを示唆するものであったが,完全に隕石クレーターであることを否定するものではない」(山田・佐藤, 1998)という検証結果があるが,御池山クレーター(長野県飯田市,直径0.9kmの一部のみ残存,負の重力異常2mgal)については天体衝突構造の可能性を主張する論文(Sakamoto et al. 2010; 坂本・志知, 2010)に対して批判的検証がまだ行われておらず,衝突年代も不明で,「衝撃石英」以外の高圧鉱物やシャターコーン,角礫岩脈などの衝突構造に特徴的な地質現象も報告されていない.一方,家屋や乗用車などの人工物に隕石が落下した際に形成された隕石孔の実例は複数あり,現地で展示されている(例えば島根県松江市(美保関隕石:島・岡田, 1993),石川県能美市(根上隕石:石渡ほか, 1995)など).日本からはまだテクタイトの報告がないが,琉球列島や小笠原諸島は豪亜テクタイト分布域の北東縁に位置し(Howard, 2011, Fig. 21.12),今後これらの地域からテクタイトが発見される可能性はある.豪亜地域のテクタイトは形成年代が約80万年前(第四紀前期更新世(松山逆磁極期)の末期)と最も若く,分布域の面積が最大で発見数も多く,もし日本で発見されれば給源クレーターの場所の特定に結び付く情報が得られるかもしれない.この分野の今後の研究の進展に期待したい.

文  献
Gohn, G. S., Koeberl, C., Miller, K.G., Reimold, W.U. and Scientific Staff of the Chesapeake Bay Impact Structure Drilling Project, 2006a, Chesapeake Bay impact structure deep drilling project completes coring (Progress Report). Scientific Drilling, 3, 34-37.
Gohn, G.S., Koeberl, C., Miller, K.G., Reimold, W.U., Cockell, C.S., Horton, J.W.Jr., Sanford, W.E., Voytek, M.A. 2006b, Chesapeake Bay impact structure drilled. EOS, 87(35), 349, 355.
Hodge, P., 1994, Meteorite craters and impact structures of the Earth. Cambridge University Press. 124 p.
Howard, K.T., 2011, Tektites. In: M.F. Ridd, A.J. Barber, M.J. Crow (eds), The Geology of Thailand, 573-591. The Geological Society of London.
石渡明・笹谷啓一・田崎和江・坂本浩・中西孝・小村和久・辻森樹・大浦泰嗣・宮本ユタカ・赤羽久忠・渡辺誠・布村克志, 1995, 1995年2月18日落下「根上隕石」概報. 地球科学, 49, 71-76, 179-182.
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McCann, T (ed), 2008, The Geology of Central Europe, Volume 2: Mesozoic and Cenozoic. The Geological Society of London. 1449 p. with index and CD-ROM.
Nowell, D., 2016, https://www.geolsoc.org.uk/Geoscientist/Books-Arts/Geoscientist-book-reviews-online/2016-Book-Reviews-Online/The-Geology-of-Japan
Poag, C.W., Koeberl, C., Reimold, W.U., 2004, The Chesapeake Bay crater: Geology and geophysics of a Late Eocene submarine impact structure. Springer-Verlag, Berlin. 522 p. with CD-ROM.
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Sakamoto, M., Gucsik, A., Nishido, H., Ninagawa, K., Okumura, T., Toyoda, S., 2010, MicroRaman spectroscopy of anomalous planar microstructures in quartz from Mt. Oikeyama: Discovery of a probable impact crater in Japan. Meteoritics & Planetary Science, 45, 32-42.
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(2017.2.7掲載)