丹那断層と丹那トンネル難工事と二つの大地震

—その1: 提案「丹那盆地を地殻変動観測の拠点に」—

服部 仁

第1図 丹那盆地の約150 m下を通るトンネルと6本のボーリング位置を示す鳥瞰図. 地表から厚さ40 mの湖成堆積層があり,遮水性粘土層を挟む.図の右側が西で三島口,左が熱海口になる.鐡道省熱海建設事務所(1933), p.118の原図を複製.


提案の目的
  丹那盆地は,地殻変動の活発な伊豆半島北端に位置し,徑約1劼隆直地形をなしている.東縁には南北性丹那断層が通り,北縁の地下約150 mには東西方向に日本の幹線鉄道の丹那トンネルおよび新丹那トンネルが貫いている.両トンネルは盆地中頃において丹那断層とほぼ直交する (第1図).
  丹那トンネル掘削は難工事の連続で,完成まで16年を要した.その期間中,詳細な地質調査と断層・出水事故・原因究明などが克明に記録された.とくに,北伊豆地震に襲われた時,トンネル内では幅40 m以上の丹那断層と格闘中,切羽が約2.4 m左横ずれした.ところが,地表に現れたのは雁行状地割れのなす地震断層であり,方向・性質・規模が違いすぎる.はたして地下何メートルまでその形態が続くのか,トンネルレベルの古い火山岩・地層内の丹那断層にどう直結するか,あるいは別の形態の断層に変わるのか,未解明のままである.本提案の第一の目的は,地表とトンネルまでの間の丹那断層の三次元立体実像を解明することです.
  次に,丹那盆地の北西方40劼砲漏莢仍海良抻了海あり,種々観測が進められている.   丹那盆地でも,地殻変動を的確に観測する拠点として,両トンネル付近の地下200mまでを含む,立体的な総合観測網を計画してはどうか,という提案が第二の目的です.

難工事の克明な記録
  東海道新幹線は,熱海を過ぎると間もなく新丹那トンネルに入り2分あまりで通り抜け,三島に向かう.このトンネル50 m南側を全長7,804 mの東海道本線丹那トンネルが並行するが,1918年(大正7年)から16年の年月を要した難工事であったことはもう忘れられてしまったらしい.
  最大の難所は,丹那トンネルの中頃を貫く丹那断層の断層破砕帯40 mの掘進であり(第1図: C号ボーリング近く;鐡道省熱海建設事務所,1933),1930年6月から1933年3月まで34か月の間,21本の長さ2,370 m水抜坑,無数ともいえる水平水抜きボーリングを要した.わけても,1930年11月26日北伊豆地震に襲われ,丹那断層が水抜坑の切羽で約2.4 m左横ずれした.その観察スケッチ,写真,記述の工事誌は貴重である(鐡道省熱海建設事務所, 1936).他の断層とともに,滝のように湧き出す地下水対策,さらに膨潤性火山岩で膨れ上がる岩圧などにより44か月も掘進できなかった難工事は克明に記録された.水抜坑の総延長は14,630m,本坑トンネルの約2倍近くに達した.
  北伊豆地震の直後には,丹那断層のみならず広範囲にわたり震災調査が実施され,報文とともに詳細な地質図が出版された(伊原・石井,1932).こうした公式記録のほか,解説書,随筆,子供向け読本,小説も発表され,新橋演舞場の劇「丹那隧道」も人気を博し,丹那トンネルはマスメディアによる報道によって一大社会問題になった.

第2図 丹那盆地下を通る東海道線トンネルと水抜坑(青色), 掘削坑レベルの丹那断層の形状(刃先型:赤色),地表における丹那断層 (緑色線:伊原・石井,1932)および丹那断層公園の位置(赤の小四角).服部(2006)のカラー図4にスケールなどを追記.原図は鐡道省熱海建設事務所(1936)の第351図. 水抜坑および掘削坑レベルの丹那断層の詳しい形状は,本稿続編:その3の第5図に示す.(※拡大は図をクリック)

 
将来予測に向けて科学技術の粋を
  地球科学からみると,丹那断層と丹那トンネルが交差する丹那盆地は,地殻変動の活発な位置にあり,今日的手法により多角的に実態解明できる適切な場所である,と私は思います.未来予測に必須の基礎データを蓄積し,また諸説を検証する最適な観測拠点を構築できたらと考えている.すでに,盆地南東隅の丹那断層(第2図)は国の天然記念物指定を受け,公園化されトイレなど諸設備が整備されている.中に深さ2 mほどの長方形溝が掘られ,断層の地下断面が観察できる地下観察館がある(小山, 2011).
  濃尾地震による水鳥断層とともに世界に知れ渡ったこの丹那断層は,淡路島の野島断層とともに,最も激しく地殻変動を受けている場所である.ただ,観察スポットにとどまらず,地殻変動を的確に観測する拠点にしてほしい,と願う地学研究者は少なくありません.できることなら,両トンネル付近の地下200 mまでを含む,立体的な総合観測網を計画する,というのが私の提案です.
  丹那断層の未来の活動については,過去の活動史解析に基づく仮説があります.地殻変動が,規則的に繰り返す自然現象であるのか,予測不能で気まぐれな突発現象はないのか,を検証することが肝要です.そのため,地表と地中における基礎的で基本的な観測データが不可欠です.検証とともに,もし大地変が発生した時,どこが,どこよりもどの程度危ないか,あるいは安全か,とくに断層・活断層・地盤について具体的に人々に説明できる防災・減災のための科学技術の知識・知恵が求められている,と思います.
  短年月で成果を期待するのは難しいでしょうが,100年以上先を見据えた安全・安心を保証するため,地震・火山大国で研究先進国の日本で,総合観測網設置の種まきを始める試みです.

第3図 丹那断層(左図)および丹那トンネル直上北側の地表に現れた雁行状地割れ(右図).陥没地はトンネルルートの北側. 伊原・石井(1932)の第1,2図を複製.(※拡大は図をクリック)

 
観測拠点の概要
  地質学・地形学にとどまらず土木学・地震学・地震工学・応用地質学・地盤工学など縦割り研究分野を越え,総合的・統合的観測拠点を創出することです.
この観測拠点では,子供から大人まで多様で素朴な疑問や批判に対して開かれた討論の場を確保するとともに,社会学・経済学・政治学・心理学・医療面など異分野の研究者や市民とも交流できる共用施設と資料館を付加し,一部を一般見学可能にする透明ガラス窓などの施設・設備を作り公開すれば,一層認識が高まるでしょう.
  その素案は次の通りです.まず,地震波動を把握するための水平方向・鉛直方向のアレイ観測網を整備すること.アレイ観測はすでに,防災科学技術研究所によるものや旧鉱山跡地に設置されています.丹那盆地では盆地内外約2匯擁に,硬軟地盤別に地表500mごとに高密度GPS観測網を置くとともに,地中には地下250m位まで立坑を一本堀抜き,各地層別に水平の調査坑を設け,地震波のアレイ観測とともに,変位計,ひずみ計,傾斜計,地磁気計,重力計などに地下水位計・地殻熱流量計を組み入れ,常時高精度の観測データを取得する.観測データはリアルタイム情報公開し,防災・減災に役立てる重要拠点にする.
  次に解明してほしい課題は,丹那断層の三次元立体的実像です.地表に現れた雁行状地割れのなす地震断層(第3図)は,南北方向に帯状に延びるが,厚さ40 mほどの湖成堆積物の表層部の現象に過ぎない.はたして地下何メートルまでその形態が続くのか,湖成  堆積物下110 mのトンネルレベルの古い火山岩・地層内の断層にどう直結するか,あるいは別の形態の断層に変わるのか,明確に実証してほしいのです.
  「丹那隧道工事誌」(鐡道省熱海建設事務所, 1936)を読むと,トンネルレベルにおける丹那断層は地表の地震断層と方向・性質・規模が大きく違います(第2図).
丹那盆地では,地表の活断層・地震断層はもとより,直下150mほどのトンネルレベルの地質・岩石・断層が詳細に記載されており,また6本のボーリング調査資料もあり,他に例をみない立体実像取得の好条件に恵まれています.

非売冊子などからの話題
  2006年,ゼネコン研究所で鉄道に関する社内誌をまとめる際,多数の工事記録および回想録を参考に私は「丹那トンネルと新丹那トンネル」(服部,2006)を執筆した.旧工事記録の徹底的分析と地質の理解を基礎に,新丹那トンネルを4年で完成させた新技術開発の足跡をたどった.この冊子は残念ながら非売品で,一般には広めていません.この内容をベースにし,大正−昭和にかけて20年ほど日本中をとりこにした社会問題,丹那トンネルにまつわる話題を核に随想風に問題点を書きました.
  「丹那盆地を地殻変動観測の拠点に」の本提案に添えて,種々記録を参照・引用して以下10項目の話題にまとめ次号以降に紹介します.約90年前,活断層・地震被害・盆地の渇水対策など関係者がいかに奮闘してきたかに想いをはせていただければありがたく思います.

 

【文献】

伊原敬之助・石井清彦, 1932, 北伊豆震災地調査報文.地調報告, 112, 111p.

服部 仁,1996,復刊紹介「丹那トンネルの話」.地質雑,102,143-144.

服部 仁,2006,丹那トンネルと新丹那トンネル.鹿島技術研究所編,鉄道の鹿島−『技術の鹿島』そのDNAを訪ねて 第2集,170-182.

小山真人, 2011, 丹那断層見学ガイド.静岡大学小山研究室ホームページ. http://sk01.ed.shizuoka.ac.jp/koyama/public_html/tanna/tanna.html

久野 久,1962,旧丹那トンネルと新丹那トンネル.科学,32, 397-401.

日本国有鉄道新橋工事々務所編,1954,開通二十周年記念 随筆 丹那とんねる.作品社,333p.
内,
  新井堯爾,驛長の頃から.235-241.
  青木槐三,記者の眼で見た丹那隧道.254-272.
  門屋盛一,生埋日記.108-128.
  石川九五,隧道のスピード.11-35.

太田善雄編, 1965, 新丹那トンネル工事の記録.鹿島, 131 p.

鐡道省熱海建設事務所,1933, 丹那トンネルの話.224p+序文3p+目次4p. (復刻版,1995)

鐡道省熱海建設事務所,1936, 丹那隧道工事誌.602p.

 

その2に続く

 

(2013.3.5)