金子信行(産業技術総合研究所 地圏資源環境研究部門)
新潟県は、わが国の有数の石油・天然ガス地帯である。また、南関東ガス田はわが国の天然ガス生産量の10%程度を占め、数百年分の埋蔵量を誇るガス田である。最近は原子力発電所の停止により輸入液化天然ガス(LNG)が注目されているが、国内にも貴重な石油・天然ガス鉱床は存在する。資源ナショナリズムの問題もあり、国産資源に目を向ける動きもあるが、資源の研究に従事する者としては、爆発事故等が起きる度に、一時的に国内の天然ガス資源が注目されることを残念に思う。
ひと言で“天然ガス”というが、狭義には「可燃性天然ガス」を意味し、その起源には微生物起源のものと熱分解起源のものが存在する。両者は、メタンの炭素同位体比(δ13C1)とガス組成のメタン/(エタン+プロパン)比(C1/(C2+C3))で区別される(例えば、金子ほか,2002:早稲田・岩野,2007)。微生物は12Cを選択的に利用してもっぱらメタンのみを生成するために、天然ガスはPDBスケールで-60‰よりも小さなδ13C1と、1000を超える大きなC1/(C2+C3)比を示す。一方、熱分解起源の天然ガスでは、δ13C1は-50‰よりも大きく、エタンやプロパンを相当量含むためにC1/(C2+C3)比は100以下となる。地質環境の下では、両者の混合したガスも存在し、一般にδ13C1、C1/(C2+C3)比ともに小さめの値を示す。また、地表で認められる熱分解起源のガス徴では、メタンの割合が増加してC1/(C2+C3)比が大きな値を示すものもある。
ここ数年、天然ガスに起因した事故が多く起きたが、そのほとんどは南関東ガス田分布域での上総層群中に胚胎する微生物起源ガスに起因する事故であった。この地域では、メタンは地下では間隙水に溶存する形で存在しており(水溶性天然ガス鉱床)、ガス田や温泉の開発によって地下深部から揚水しなければメタンが大規模に遊離することはない。「地震によって地下からガスが噴出し、首都圏が火の海になる」などという妄言に人々が惑わされないよう、地質学に関わる者として啓蒙しなければならない。一方、房総地域の地表ではガス徴が認められるように、遊離したガスの一部が地表まで移動して来ることがあり、密閉した構造物などでの爆発事故が危惧される。また、これとは別に、沖積層内で生成したメタンに起因するトンネル掘削事故や、地下水位の減少と回復に起因した古井戸からのメタンガス湧出が報告されており(東京都土木研究所,1993)、土木関係者等へのメタンガス存在の危険性を周知する必要がある。また、上総層群に限らず、関東平野ではその下位の三浦層群・葉山層群相当層にもメタンガスが含まれることが大深度温泉の掘削によって明らかになっており、注意を喚起したい。稀に、新第三系・第四系と接する基盤岩中の温泉に、メタンが付随するケースもある。
新潟県内にも、南関東ガス田と同様の水溶性天然ガス鉱床が、下越地域の海岸付近に分布している。貯留層は、西山層よりも若い地層である。一方で、地下数千mにおいて熱分解により生成した石油・天然ガスを胚胎する鉱床は、県内の新第三系堆積盆地内に広く分布している。根源岩とされる七谷層・寺泊層中で熱分解により生成した石油・天然ガスは、浮力により浸透率の大きな地層中を上方へ移動し、背斜や断層などのトラップを有する孔隙率が大きな貯留岩中に集積する。場合によっては、断層を介して層序的に下位の地層中に胚胎する。グリーンタフ中の天然ガス鉱床はその例である。一説によれば、新潟地域での集積率は1/40程度とされるので、多くの炭化水素は地層中を移動しているか、地表へと逸散、または微生物により消費されていると考えられる。したがって、新潟においても、関東地方同様に地下構造物の建設においては、天然ガスが湧出する危険がある。周辺に油・ガス田がなくても、それは経済的に稼行するだけの量の集積がなかっただけで、油やガスが地中に存在しないことにはならない。特に、地表でガス徴と呼ばれるガスの湧出が認められる地域では、危険度が高いことを指摘したい。ガス徴の確認には、詳細な地質調査や地元での聞き込みが必要であるが、インターネットで情報収集できることもある。(例えば、新潟県南魚沼市河原沢鉱泉 http://snow-country.jp/?a=contents&id=1149)
上記以外の地域でも、石炭層を狭在する北海道や九州の古第三系分布域など、天然ガスを含む地層は全国に分布する。国内における天然ガスの賦存可能性については、地質調査所発行の日本油田・ガス田分布図で概要が把握できる。
【文献】
地質調査所(1976)日本油田・ガス田分布図(第2版).
金子信行・猪狩俊一郎・前川竜男(2002)アーケアによるメタン生成と間隙水への濃集機構.石油技術協会誌,67,97-110.
東京都土木研究所(1993)東京下町低地における可燃性ガスの噴出について.東京都土木研究所特別報告第1号,42p.
早稲田周・岩野裕継(2007)ガス炭素同位体組成による貯留層評価.石油技術協会誌,72,585-593.
(2012.6.2)