石渡 明(東北大学東北アジア研究センター)
英語がなかなか上達しないというのが私を含めて多くの日本人研究者の悩みである.私はパズルが好きなので,外国に行くと英字新聞のパズルを解いてみるのだが,どこの国でも数独(Sudoku)は何とか解けるのに,クロスワードは歯が立たないことが多い.その国の三面記事に通じていないという事情もあるが,やはり基本的な単語力が弱いためである.クロスワードは完成した時に何とも言えない達成感があり,多少わからない単語があっても完成できるので,楽しみながら単語力をつけるのに最適のパズルであるが,邦字紙には英語のクロスワードが滅多に載っておらず,英字紙のクロスワードは難しすぎる.そこでネット書店で探してみたところ,文末のリストのような学習者向けの英語クロスワードの本があることがわかったので,自分で解いてみた感想を含めて紹介する.
まず,クロスワードの歴史と解き方について簡単に述べる.ウィキペディア英語版によると,1890年のイタリアの雑誌に4×4字で黒マスのないパズルが載っているのが最初だと言う.新聞連載は1913年の暮れにArthur Wynne氏の作をNew York World紙が始めたのが最初とされる.つまり来年で100年になる.最初はワードクロスという名だったが,黒須氏によると,ある日の題字を植字工が間違えて逆にしたため,それ以後クロスワードになった.当初は菱形だったが,1924年にSimon とSchuster両氏がクロスワード集の本を出版し,この時から現在のような正方形になった.この本は大ブームになり,医学界が「目に悪い」,「不眠症になる」などの警告を発し,パズルに熱中して子供の養育を怠った被告に「1日2題まで」とする判決が出るなど,社会現象になったそうだ.確かに中毒性はある(addictive).彼らのベンチャー出版社はこの本の成功により大発展した.現在は世界の新聞・雑誌の大部分に掲載されるが,黒須氏によると英字紙のクロスワードには次のような特徴があるという.(1) 15マス四方で黒マスは対称に並ぶ(入門用は9マス),(2) 月曜から土曜へ次第に難しくなり日曜は大型版,(3) パズル毎にテーマが設定されている.
日本語のクロスワードでは文字が並ぶ方向を「ヨコ」と「タテ」,問題文を「カギ」と呼ぶが,英語ではそれぞれacross, down, clueと呼び,答えは全て大文字で記入する.黒須氏によると英語の解き方にはそれなりのコツがある.単数・複数や時制などは問題文から判断する.例えば答えが5文字なら,”Presses with the foot”というカギの答えはstampではなくstepsであり,”I ___ a letter with a pen yesterday”の答えはwriteではなくwroteである.カギが過去形なら過去形で,進行形なら進行形で答えるので,これはヒントになる(最後が-edや-ing).Peach or pearの答えはfruitであるが,andならfruitsである,省略形(abbr.)や記号(symbol;特に元素記号)などの指示にも注意する.2語以上つなげて答えさせる場合もある.”Alphabet run”というカギもあり,これにはabc, klmnなどと答えるそうだ.英語はEやLの字を多用するので,これらが入る短い単語は作題者に重宝される.山岡氏などによると,eel(ウナギ), elm(ニレ), ere(before,古語),err(誤つ),eve(前夜),ewe(雌羊),lo(see, 古語,lo and beholdは「こはいかに」)などを覚えておくとよい.もちろんeyeも酷使されるので要注意である.
元高校教師の山岡氏の本は初心者向けで,カギの半分程度は日本語なので最も解きやすい.テーマの設定はなく黒マスの配列は不規則である.「受験生からビジネスマンまで,通勤・通学のちょっとした時間を利用して,基本の英単語を押さえよう」というキャッチフレーズがついている.忘れていた高校英語を楽しく再生・活用できる.
黒須氏の本には初級から超上級まで4段階が含まれており,多くはテーマがあって黒マスは対称的である.カギは英語であるが,難題には中級まで日本語のヒントがついている.帯には「単語は埋めて増やす!頭がやわらかくなって,英単語も覚えられるクロスワードパズル50編をレベル別に収録」とある.それぞれ欄外に枠付きマス並べがあり,これもヒントになる.本書は入門から実戦への橋渡しとして好適である.
Crowther氏の本はIntroductory, Elementary, Intermediate, Advancedの4冊があり,私はIntermediateを解いた.30編のパズルは9マスが基本だが形は様々で黒マスは全て対称に配置され,解答も同じ字が一列に並ぶなど非常に凝った造りであるが,特にテーマはない.カギには絵が多用されており,日本語は一切ない.例えば,子供が3人並んだ絵が描いてあり,カギはSee pictureだけである.Kids, pupils, friendsなどの言葉を思い浮かべて,字数などから判断する.A very big countryのように不定冠詞がつく場合はempireとかsuperpowerとかではなく1つの国の名を問うている.風見鶏の絵が描いてあって,これは英語で何と言うか思い出せずに他のカギを解いていると,ある方位が答えであることがわかる.不審に思って絵をよく見ると,鶏の下の東西南北のその字が他の字よりも大きく,鶏がそっちを向いている,というような意外性がある.建物の前で荷物を持ったボーイが客と話している絵があると,bellboyやporterやpageではなく,実はその建物が答えである.なぜかお金に関する話題が多いのが気になるが,意表を衝くことが好きで凝り性な著者の性格とイギリス英語の特徴が強く出ていて,異文化体験という意味で非常に面白い.外国語を学ぶことはその国の文化を受け容れることだということがよくわかる.
Hovanec氏の本は米国の子供向けで,タイトルは偽悪的だが内容は至って教育的である.次の本の編者Shortz氏の冗談混じりの序文がついている.上述の3冊は小型本だが,本書はA5判より少し縦長である.パズルは40編あるが,クロスワードはその半分程度で,9〜13マス四方である.「〜に似た音」,「〜と同じ韻」(語尾が同じ),「〜を並べ替え」などのヒントがあり,難しい言葉はないので,米国の子供文化を知らなくても何とか解ける.各編に1つずつ謎がかけてあり、その編を全部解くと謎も解けるようになっている。発音関連のパズルは解きにくいが、言葉捜しなどは簡単で、子供に戻った気分で楽しめる.
さて,黒須氏とウィキペディアによると,クロスワードの流行当初,The New York Times紙はこれをa primitive sort of mental exerciseだとかsinful waste in the utterly futile finding of wordsだとか馬鹿にして掲載しなかったが,1942年(第二次世界大戦中!)から掲載に踏み切った.その時どういう言い訳をしたのかは不明である.日本の新聞は今も片仮名クロスワードを週末しか載せないものが多いが,こういう偏見がまだあるのかもしれない.英字紙は毎日載せるのが普通である.この米国を代表する英字紙の「最もやさしい」(つまり月曜日の)クロスワードを集めたのがShortz氏編の本である.序文では,月曜から土曜へ難しくなるのを,読者の生活リズムに合わせるためだと力説している.レターサイズ(〜A4判)のスパイラル綴じ本で15字四方の標準パズルが50編ある.黒マスは対称で必ずテーマがあり,それぞれ出題者名が明記されている.月曜版とはいえさすがに本格的なもので,タイトルのeasiestに釣られて最初からこれに挑戦することはお勧めしない.この新聞のクロスワードは米国で最も難しいらしい.本の裏の難易度表示は「困難」より「容易」側に寄るが,スタイルの表示は「伝統的」(辞書に載る語のみ)よりも「現代的」(若者文化,流行語,言葉遊び)に寄る.副題のapproachableが妥当な形容だと思う.
まずは初心者・子供向けの本を全部埋め尽くしてから,Shortz氏の本または月曜日の英字紙で本格的なクロスワードを解いてみるのがよいだろう.なお,英語の話し方と英語の会議についても,本メルマガの23号と32号(2008年)に発表したので,興味のある方は参照されたい.拙文が若い会員の英語力向上に少しでも資すれば幸いである.
拙稿を校閲して貴重なご指摘をいただいた蟹澤聰史先生とSimon Wallis氏に感謝する.
【文献】(上に紹介した順.和書の価格は定価,洋書の価格は新品購入時の実費,変動あり)
山岡憲史 (2005) [基本単語徹底活用]英語のクロスワード101. 大修館書店.229 p. \1200+税.
黒須和土・ジャパンタイムズ「週刊ST」編 (2003) チャレンジ!英語のクロスワード.ジャパンタイムズ.125 p. \980+税.
Crowther, Jonathan (1980) Intermediate crosswords for learners of English as a foreign language. Oxford University Press, 43 p. \1000税込.
Hovanec, Helene (2002) Outrageous crossword puzzle and word game book for kids. St. Martin’s Griffin. 94 p. \572税込.
Shortz, Will (ed) (2000) The New York Times easiest crossword puzzles, Volume 1. Random House. 62 p. \718税込.
(2012.2.24)