新鉱物「千葉石」の発見

高橋直樹(千葉県立中央博物館)

 

「千葉石(chibaite)」という名前の新鉱物が誕生しました.2011年2月15日付けで論文が公表され(Momma et al., 2011),晴れて世界に認められることになりました.新鉱物の発見自体はそれほど珍しいことではなく,世界では年に約100件,国内でも年に1,2件は発見・記載されていますが,今回は,「千葉石」という名前のためか,新聞やテレビのニュースでも取り上げられ話題になっていることもあり,ここで紹介させていただくことになりました.

千葉石は変わった特徴を持つ鉱物です.主成分は石英と同じ二酸化珪素(シリカ)ですが,それらが‘かご’状の結晶構造をつくり,その‘かご’の中にメタン,エタンなどの炭化水素ガスの分子を1個ずつ含みます(シリカクラスレート:シリカ包摂化合物).‘かご’の直径は1 nm程度という微小なものです.

図1.千葉石の結晶構造の模式図.図中の多面体が,ケイ素(Si)と酸素(O)からなるいろいろなサイズの‘カゴ’

 

化学式はSiO2n(CH4,C2H6, C3H8,C4H10);(nmax=3/17)と表現されます.これは,次世代のエネルギー資源として期待されているメタンハイドレートと同じ構造なのです.こちらはシリカではなく水(H2O)が‘かご’状の結晶構造をつくっています.天然ガスハイドレートは,これまで3つの異なる結晶構造をもつタイプが知られており,それぞれ,I 型(等軸晶系),II 型(等軸晶系),H型(六方晶系)と呼ばれています.この順に,よりサイズの大きな炭化水素を含みます.シリカクラスレート鉱物は,天然ではこれまで「メラノフロジャイト」1種が知られていました.これは天然ガスハイドレートI 型に対応する構造をもつ鉱物です.今回発見された千葉石は,天然ガスハイドレートII 型に相当する鉱物で,炭化水素としてメタンのほかエタン,プロパン,イソブタンまで含まれます.さらに,同じ場所から天然ガスハイドレートH型に相当する鉱物も微小ながら確認されていますが,まだ正式な鉱物種の認定までには至っていません.メラノフロジャイト仮像と思われる結晶も同じ場所から見つかっており,ここでは3種のシリカクラスレートが同一環境下で形成されたことが示唆されるという貴重な場所となっています.

千葉石の結晶の外形は水晶とはまったく異なり,一見すると六角板状に見えます(図2a).しかし,詳しく調べるとこれらは等軸晶系に一般的な正八面体を基本としてそれに正六面体の面が少し現れているもので(図2b),特に正八面体の1つの面{111}面が大きく発達し,さらにその{111}面を境に双晶をなしているものが多く,その結果,六角板状に見えるのです(図2c).

図2:千葉石の結晶の外形.
a 千葉石結晶の拡大写真(本間千舟氏所蔵:門馬綱一氏撮影).
b 千葉石単結晶の理想的な形態の模式図(高田雅介氏作成).c 一般的に観察される千葉石の形態の模式図(bの点線で囲まれた部分の双晶)(高田雅介氏作成).

 

このような性質を持つ千葉石はいつどのような環境でできたのでしょうか.メタンだけではなくエタン,プロパン,イソブタンという大きな炭化水素分子を含むことから,その生成には生物分解だけではなく熱分解作用が進行する必要があります.そのことから,通常のメタンハイドレート( I 型)の形成環境より深い場所で,やや高い温度のもとで形成されたことが示されます.

千葉石が産出したのは,房総半島南部に分布する前期中新世(約1800万年前頃)の「保田(ほた)層群」と呼ばれる堆積岩層です.千葉石は層理面と斜交する幅数cmの石英質の脈の空隙部分に成長しています.母岩の保田層群には,クモの巣状構造,皿状構造など水圧破砕によって形成された構造が見られ,付加体的な特徴を示します.堆積後に(あるいは同時進行で)超苦鉄質岩類などを含む「嶺岡オフィオライト」の固体貫入(プロトルージョン)を受けており,プレート境界近傍での形成が類推されます.

特筆すべきは,同じ露頭からシロウリガイ類,オウナガイ類,キヌタレガイ類などの化学合成生物群の化石が産出している点です.堆積当時,メタンなどに富む冷湧水が存在したことが想定され,地層の性質と合わせて考えると,逆断層が発達する沈み込み帯近傍の海溝陸側斜面の環境が推測されます.内部にメタンなどの炭化水素ガスを含む千葉石は,このような環境で形成された可能性があります.ただ,時代としては,四国海盆の拡大末期で,かつ日本海が拡大しつつある時期であり,当時のこの場所の構造的位置については議論が分かれるところでしょう.保田層群の岩相が凝灰質な砂岩・泥岩であることから,伊豆前弧の堆積物が海溝で付加したものとも考えられますが,当時の房総半島と伊豆弧の位置関係などが明確ではなく,推定の域を出ません.千葉石を含む脈があまり断層に切断されずに連続する傾向にあることから,脈の形成は地層の堆積よりもだいぶ後の時代である可能性もあります.このように千葉石形成の地質学的環境については,さらに詳細な調査が必要です.

千葉石発見のきっかけになった鉱物が発見されたのはだいぶ前の1998年です.アマチュアの化石・鉱物研究家本間千舟氏(千葉県館山市在住)が発見したその鉱物は,結晶の形は千葉石そのものだったのですが,内部は石英に変質してしまっていました(仮像).透明感のない白く濁った結晶です.しばらくは原鉱物の正体がわかりませんでしたが,2007年に別のアマチュア鉱物研究家西久保勝己氏(千葉県市川市在住)が,同じ場所から変質していない無色透明な結晶を発見し,(独)物質・材料研究機構の門馬綱一氏が中心となりその結晶を分析した結果,新鉱物であることが判明したのです.変質した千葉石仮像は単結晶で長径が最大5 mm程度のものが見られますが,千葉石は最大でも2 mm程度であり,肉眼ではなかなか見えません.当初は大きな仮像結晶が目立ったことから,千葉石に気が付くまでに時間がかかったのです.それでも,様々な段階でかかわった方々の勘や執念によって探求が継続され,ついに新鉱物の誕生に至ったと言えるでしょう.

なお,千葉石の実物標本は,現在,千葉県立中央博物館で展示中です.6月12日までは関連資料とともにトピックス展を開催し,その後は規模を縮小して常設展示に追加する予定です.この風変わりな鉱物を,ぜひご覧いただければと思います.

 

[千葉石記載論文]

Momma, K., Ikeda, T., Nishikubo, K., Takahashi, N., Honma, C., Takada, M., Furukawa, Y., Nagase, T. and Kudoh, Y. (2011) New silica clathrate minerals that are isostructural with natural gas hydrates. Nature Communications, 2, Article number: 196.

 

(原稿受付 2011年2月26日)