「はやぶさ」が持ち帰った小惑星「イトカワ」の微粒子分析結果についての雑感

石渡 明(東北大学東北アジア研究センター)

 


図1.微粒子の分析値.JAXAプレス発表資料「はやぶさカプセル内の微粒子の起源の判明について」より. http://www.jaxa.jp/press/2010/11/20101116_hayabusa_j.html#at01

2010年11月16日,宇宙航空研究開発機構(JAXA)は,同年6月13日にオーストラリアで回収した小惑星探査機「はやぶさ」のカプセルに含まれていた微粒子1500個以上のほとんどが,小惑星「イトカワ」由来のものであることを確認したとしてプレス発表を行い,大々的に報道された.発表資料によると,確認された鉱物の組合せは,かんらん石,輝石,斜長石,硫化鉄,その他微量鉱物となっていて,普通コンドライト(球粒隕石)のものと一致する.武田弘著(2009)「固体惑星物質進化」(現代図書)によると,イトカワは長軸535 mの「ラッコ型」の形をした角礫岩質の小惑星で,密度1.9 g/cm3,化学組成はLLコンドライトに類似するとのことである.LLコンドライトのかんらん石のFe/(Fe+Mg)モル%(以後Fe#と表記)は28〜33程度のはずであるが,今回の報道資料のグラフ(図1)から読み取るとFe#30程度なので,普通コンドライトの一種であるLLコンドライトと矛盾しない.斜長石があることから,かなり変成度の高いタイプであるらしく,始原的な炭素質コンドライトなどに由来する粒子は未発見のようである.

しかし,今回の微粒子のSEM-EDS分析結果をプロットした発表資料中のグラフ(図1)については,いくつか問題があるように思う.

  1. この図は,例えば武田弘・北村雅夫・宮本正道編(1994)「固体惑星物質科学の基礎的手法と応用」(サイエンスハウス)のp. 216に載っている,普通平衡コンドライト(E, H, L, LL)の分類によく使われる図で,かんらん石のFe#と輝石のFe#を各軸にとったXY図である.この教科書にはモル%と明記されているが,発表資料では省略されている.しかし,重量%でプロットすると結果が大きく違ってくるので,モル%であることを明記すべきである.
  2. 隕石中の輝石には単斜輝石と斜方輝石があるが,発表資料では単に「輝石」となっていて,その種類が明示されていない.上述の教科書では,本文の記述やプロットされている隕石の種類から,これが斜方輝石であることは推察できるが,発表資料では何も手がかりがないので,輝石の種類を明記する必要がある.例えばL6型の根上隕石の場合,斜方輝石の Fe#は21だが単斜輝石は15で,かなり異なる(因みに,根上隕石のかんらん石のFe#は24.石渡ほか(1995)地球科学49, 71-76, 179-182).
  3. この図には,リモートセンシングによって推定されたイトカワ表面物質の組成範囲と,地球のマントル岩石の輝石・かんらん石の組成範囲が示されていて,今回測定された微粒子の化学組成が前者と一致し,後者とは大きく異なっていているから,微粒子は地球外物質と判断した,という説明がなされている.しかし,はやぶさの地球出発前または地球到着後に地表や実験室で混染(コンタミ)が起きた可能性を考えると,マントルの岩石が紛れ込む可能性 はあまりないが,地表付近に多量に存在する火山岩中 のかんらん石や輝石が何らかの原因で混じる可能性はある.従って,それらの組成範囲もプロットしないと,「地球外のもの」という判断に説得力がない.ところが,それらをプロットすると,完全に今回の分析値をカバーしてしまう.例えば,島根県隠岐島後のアルカリ玄武岩中のかんらん石のFe#は13〜49の範囲でばらつく(Xu, 1988; Sci. Rep. Tohoku Univ., Ser. 3, 17, 1-106).従って,この図だけから,地球の岩石の破片ではない,という結論を導くことはできない.とは言え,地球の物質が混入したのなら,石英などのシリカ鉱物や雲母などの含水鉱物あるいは火山岩片などが多く含まれていてもよいが,それらはみつかっていないようなので,地球外物質であることは確かなのだろう.今後の斜長石,輝石,硫化物などの分析結果を注視したい.
  4. この図は隕石研究の分野でよく使われる図だとしても,今回の分析結果をこの図にプロットすることが適当かどうかは疑問である.かんらん石と輝石が必ず1つの微粒子中で共存しているのならともかく,単独の場合は個々の組成をこの図にプロットできない.かんらん石と輝石それぞれの平均値を点1つでプロットしてあるが,これでは分析値の範囲がどの程度の広がりをもつのか不明である.この図を使うにしても,標準偏差を十字線で表すなどの工夫があるとよかった.測定されたかんらん石のFe#のヒストグラムを,普通コンドライトの各タイプのもの,地球のマントルや地殻の岩石のものなどと比較しながら示せば,なおよかったと思う.
  5. そもそも,隕石も地球・月の岩石も含めて,あらゆる岩石のかんらん石と斜方輝石は,化学平衡が成り立っていれば,この図の原点を通る傾斜約1の直線付近にプロットされるので,このXYプロットを行う意味はあまりない.ただし,著しい非平衡の存在の有無を判断するには有効な図かもしれない.

また,今回の地球外物質の持ち帰り確認は,月より遠い天体では初という報道が一部でなされたが,2006年に米国の探査機スターダストがヴィルト第2彗星からコマの粒子を既に持ち帰っている.多額の費用をかけた高水準の科学を,冷静に見守りたいものである.