IGCP-511 海底地すべり会議に参加して−

川村喜一郎(財団法人深田地質研究所)

 

平成21年11月7−12日にテキサス大学オースチンで,IGCP-511(IUGS-UNESCO's International Geoscience Programme 511:IGCPは国際地質学会とユネスコの共同国際プログラムにあたる)の第4回国際会議に参加した.このプログラムは,主として海底地すべりについて検討するものである.会議は,総勢約130名の,主としてアメリカ,カナダ,ヨーロッパ(特にドイツとイギリス)の理学,工学,エンジニアが参加し,シェルやフグロなどの石油,掘削関連の会社がスポンサーとして参加している.

この会議では,海底地すべりに関わる論文を集めて,Springerから書籍を出版し,その内容を発表し合うという形式のものであった.全般的に書籍に書かれている内容の発表であったために,あまり目を引くような内容の発表は少なかった.このような形式のシンポジウムは,成果として残っていくのだろう.

この会議で網羅されている海底地すべりの事例は世界的で,目を引くものがある.北海,大西洋全般(カナダ沖,スペイン沖,ブラジル沖,ナイジェリア沖,ナミビア沖などなど),オーストラリア,スマトラ,チリ,日本周辺をはじめ太平洋全般,南極周辺,当然北アメリカは陸上海底さまざまな海底地すべりが紹介されていた.今まで参加した海底地すべり関連の集まりの中で最大級のものであった.このコミュニティーが急速に世界的に拡大していることを物語っている.日本からは,私とJAMSTECの山本由弦氏の2名が参加し,日本の海底地すべりをアピールした.

その研究スタイルはおおよそ1)地震探査,2)地形調査,3)コアリング,という従来のツールに集約される.これらを組み合わせて,海底地すべりの形状の把握,発生年代の特定を行うことが中心であり,記載的なものがまだ多い.しかし,一部の革新的な研究者は,海底での斜面安定解析や斜面崩壊のシミュレーションに挑戦している.私は,この会議でも潜水船調査に基づいた海底地すべりの観察事例について紹介した.このような研究スタイルは世界的にもまだ珍しいようで,コミュニティーにそれなりに受け入れられている,と実感している.次の機会は,ぜひ今進行している斜面安定解析を公表したい.

写真1 テキサス大学内BEGの発表会場. 写真2 たった2人の日本人.山本由弦氏と発表ポスター

ポスターセッションもあり,そこで北海の海底地すべりの研究者と話をした.最近の知見では,北海をはじめとした大西洋に存在する海底地すべりの発生原因はよくわからないという結論に達しているようである.北海にはストレッガスライドと呼ばれる第四紀最大の海底地すべりがあることが知られており,長年,それはメタンハイドレート層の分解によって引き起こされたとされていた.しかし,その発生年代は,8000年〜5000年であり,メタンハイドレート層の分解ではうまく説明できないようである.すなわち,メタンハイドレート層は海水準の低下による水圧の減少によって分解され,それによって海底地すべりが大量に発生すると考えられてきた.しかし,8000年は海水準が高い時期にあたり,このロジックではうまく説明できない.今考えられているもっともらしい海底地すべりの発生原因は,地震だそうである.氷期が終わり,スカンジナビア半島を覆っていた大陸氷床がなくなり,それにより,アイソスタシーバランスで半島は隆起する.このとき,マグニチュード6〜7程度の地震が発生するらしいのである.この地震が海底地すべりを引き起こしたと考えられているようである.2年前の2007年のオレゴンで行われたジオハザードワークショップでは,このような説明は聞かず,すべてメタンハイドレート原因説で済まされていた.この分野の知見はすざまじい速度で進展しているようだ.

あまりに急速に進展しているため,現在のところ,すべての事象を一括して海底地すべりと称している感があるが,一見する限り,それらの大部分は,いわゆるスランプかフロー,一部スライドに属すると思われる(海底地すべりという用語としては,最近は,「submarine landslide」が主流で定着しつつあるようである,しかし,gravitational collapse, submarine slide,さらには debris avalancheと呼んでいる研究者もいる.Stregga slideのように呼称でslideというものもごく一般的である.そして,これらの結果堆積したものは,mass-transport deposit: MTDがよく使われており,mass-transport complex, mass-wasting depositも同様に見受けられる.採取されたコアを用いて,このMTDをslide, slump,debris flowに細分して,その分布を調べている研究者もいる).今後,堆積学的な用語の「クリープ,スライド,スランプ,フロー」と併せて,海底地すべりの用語を整理していかないといけないのだろう.それはおそらく今後,数年でまた急速に進展するのだろうが.

このIGCP511は,今年で終わりで来年へ向けて新しいIGCPを提案することになっており,私もその協力者として混ぜてもらっている.この提案されているIGCPが採択されれば,次のこのような国際会議は2年後になる.めざましい進歩についていくために,また参加したい.