ロンドン地質学会「Gravitational Collapse at Continental Margins」に参加して


川村喜一郎(財団法人深田地質研究所)・小川勇二郎(筑波大学)



写真1 会議のアブストラクトの表紙(付加体先端と見まごうばかりのデュープレックス構造.実はナミビア沖の非活動的大陸縁という.)

写真2 ロンドン地質学会(The Geological Society)バーリントンハウスの入り口.


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10月28日,29日にかけて,ピカディリーのバーリントンハウスのロンドン地質学会で,Gravitational Collapse at Continental Margins会議が開催された.主催者は,バーミンガム大学のジョナサン・ターナー博士とアバディーン大学のロバート・バトラー教授で,主に大西洋沿岸 における大規模重力崩壊現象について討論がされた(写真1,写真2).日本から,筑波大学の小川勇二郎教授と私が参加し,ほとんど全員 Continental Marginsの中,Convergent Marginsの発表を行った.

日本では重力崩壊というと,陸上で見られ るような地すべりを初めとして,その規模は,海底においても,数km程度のものが多く,また,それらは現在進行形のものである.しかし, ContinentalMarginsでの事例は,近年急速に情報がもたらされつつあり,規模が数百kmで,白亜紀に活動したものが保存されている事例も 知られてきた.事例の中心は,ナイジェリア沖,ブラジル沖,アマゾンファン,北海のストレッガスライドなどであり,巨大な地すべりについて3D地震探査を 駆使して研究されている.それらのデータはStatoilHydroなどの石油会社から石油とは関係ない領域のデータとして提供されたものである(日本に このようなシステムがあるとは聞いたことがない,うらやましい限りである).これらの中には,あまりに規模が大きいために,その下部では,付加体とほとん ど同じ構造が形成されていることが知られてきた.地震探査で確認できるほどの規模のデュープレックス構造も観察される.デコルマン帯は,明瞭なものとそう でないものがあり,それらは頁岩か岩塩によって構成されている.どうやら,それらの岩石が流動変形することにより,重力崩壊は進行しているようである.そのように考えると,日本に見られる付加体と考えられている構造も,このような重力崩壊によって形成された可能性もありうる,と思わせる.これは根本的な問 題であり,日本だけ,大西洋だけで見ているとその違いは明瞭であるように思えるが,両者の事例を比較して見ると,真実はまだ完全には解決していないように 思われてくる.今回の集会は非常に良い刺激になった. 大西洋の事例は,3D地震探査が主であり,掘削や潜水船を用いた直接的な観察,研究が立ち後れてい るようである.その点は我々Convergent Marginsは,総合力で上回っているのかもしれない.我々は掘削を通して,直接デコルマン帯を観察しており,地層の変形構造を直接潜水船を用いて観察 することもできる.また,地震時に惹起されるものも多い.これらの分野では日本が圧倒的に優勢であると感じた.この分野において「地質学」が日本でイニシ アチブを発揮できるように思う.我々はIODPでのサイエンティフィックな掘削を提案したが,反応はこれからのようである.

 
写真3 バーリントンハウスの会場内,40名ほどが議論に参加した.




写真4 ワークショップ終了後に訪れたハートランドキーに見られる石炭紀層のCrackington Formationの座屈褶曲.
写真5 更新世のティライト層(暗色)が鉛直の褶曲軸面を持つ等斜褶曲をして,最後期白亜紀のチョーク層(白色)よりスラストアップされている.デュープレックス構造の一部と考えられている.

 しかし,何より,このような 時流のトピックをワークショップ形式で議論して,それを意欲的にまとめていこうとする姿勢は,見習うべきところがあると思った.今回の事例は,ロンドン地 質学会特集号として,世界に発信されることであろう.このようないち早い対応は,学問を大いに発展させるだけでなく,グループとしてのスタンスを早い時期 に明確にできる面もある.彼らの研究,議論,成果の発表などからは,大いに学ぶべきものがあることを感じた. 海底地すべりや海底斜面変動は,日本の地質 学会ではあまり注目されない分野かもしれないが,メタンハイドレートをはじめとする海底資源開発で実際に掘削作業する際の懸念される問題であるはずであ る.また,断層運動によって津波が発生するとされているが,海底地すべりによって誘発される津波現象の詳細についてはほとんどわかっていないと言わざるを 得ない.このような海底での現象によるGeo-hazardをどのように予測していくのかは,これからの日本産業界だけでなく,科学掘削における重要な テーマであると思われる.

 ところで,川村は,ロンドンの集会のあと,イングランド,ウェールズに行き,さまざまな地質構造を見学した.小川は,ドイツ北 東部のグライフスヴァルト大学のマーティン・メシェーデ教授を訪ねた.氏はNbを頂点に取る玄武岩のダイアグラムの考案者として有名であるが,現在は oceanicridge, convergent marginのテクトニクスの研究者として,プレートテクトニクスの教科書(まもなく英訳版が出版されるという)の著者でもある.同大学の共同研究者ら と,Jasmund国立公園の海食崖に露出する地質構造を見学する機会があった.ここでは氷河の引きずりによって更新世のティライト層(最後期白亜紀の チョーク層に平行不整合で載る)が,何とともにデュープレックス構造になっている.これはロンドンで馴染みになった付加体先端と同じような重力テクトニク スそのものであり,このような構造が氷河によっても形成されるらしいことを知り,新たな感激を持った.