MARGINS SEIZE 2008 workshop(以下WS)が2008年9月22日〜9月26日に米国オレゴン州のMt. Hoodにおいて開催された。参加者は米国を中心に80名余り。日本からも6名が参加した。このWSは非常にプロダクティブかつ有意義で、日本の地質学関係者にも多少参考になるかもしれないと感じたので、簡単ではあるが紹介させて頂きたい。
MARGINSとは全米科学財団(NSF)の所有するプログラムで、RCL (Rupturing Continental lithosphere)、S2S (Source-to-Sink)、SEIZE(Seismogenic Zone Experiment)、SubFac(Subduction Factory)の4つに大別される。今回のWSはSEIZEに関連するもので、タイトルは”The next decade of the Seismogenic Zone Experiment”。つまり今後10年間の沈み込み帯における地震発生帯研究のありかたを探り議論する(特に米国にとって)重要なWSである。
SEIZEの重点研究対象地域は、南海トラフと中米コスタリカである。これらはそれぞれ付加型、造構性浸食型沈み込み帯の代表として捉えられており、対照的な造構環境下での地震の特徴を理解するうえで重要である。WSでは、まず南海トラフ、コスタリカにおける研究レビューがなされ、続いて非重点研究対象地域(スマトラ、カスカディアなど)での研究成果が紹介された。そして、これまでの研究成果をふまえたうえで、新たな研究手法・戦略が示された。南海トラフは統合国際深海掘削計画(IODP)のもと深海掘削船“ちきゅう”による掘削が既に成功裏にスタートしており、また日本の充実した地震・測地観測網のもとプレート境界に沿った非火山性微動や付加体内部における超低周波地震など最新の知見が次々と出されている。コスタリカもIODPによる掘削実現に向けて探査・観測が進んでおり、研究進展が著しい。一方、非重点研究対象地域での研究紹介も(WS議論項目に重点研究対象地域の変更・追加の可能性が盛り込まれていたこともあり?)熱のこもった魅力的なものであった。WSの詳細内容・報告は、ホームページ(http://nsf-margins.org/SEIZE/2008/)にそれぞれ掲載済み・掲載予定なので、興味のある方は参考にして頂きたい。ここではWSで印象に残った研究アップデートだけ簡単に紹介しておく。
(1) 南海トラフのような付加型沈み込み帯において、粘土鉱物のスメクタイトからイライトへの変化が地震発生・固着域の上限を規定している、という仮説は崩れ去ったとみてよいであろう。新たな別の要因(例えば間隙水圧減少、セメンテーション・圧力溶解による岩石化など)を提示し、それを検証しつつあるのが現状である。
(2) 南海トラフにおいて、少なくとも浅い深度(〜1 km)では、分岐断層を挟んで応力状態が劇的に変化する(分岐断層陸側は正断層型応力状態に対し海側は横ずれないし逆断層型応力状態)。
(3) コスタリカでは、微小地震・測地学的に求められた固着域の上限深度が走向方向に変化しており、沈み込むプレートの年代の変化とよく対応している。沈み込むプレートからの熱的影響(例えば含水鉱物の脱水深度の変化)が微小地震・固着域の分布を左右しているかもしれない。
(4) 沈み込むプレートの起伏が地震の規模・頻度に影響を与えていそうである。例えば起伏の少ない滑らかなプレートが沈み込むニカラグア沖ではM6.5–N7.5の地震が50-75年間隔で発生するのに対し、海山など起伏に富むプレートが沈み込むコスタリカ中部沖ではM6.5が上限の地震が数年間隔で発生する。
(5) コスタリカでは、固着域の上限側でゆっくり地震や非火山性微動が検出された。
(6) プレート境界先端域に設置・実施されている長期孔内計測において、パルス的な間隙水圧変化が観測され、南海トラフでは超低周波地震と時期的に対応している。
さて、今回は実質3日間、雪を頂くカスケード山脈の素晴らしい眺望のもと、ロッジの中に設置された会場で集中的に議論・意見交換が行われたのであるが、実にinterdisciplinary, interactive, interestなWSであった。規模・参加人数・専門分野のバランスもちょうどいい。今後10年間の米国における地震発生帯研究戦略を知るうえで大変参考になると同時に、ここが足りないと実感・把握することもでき非常に有意義であった。日本列島には、地震発生深度で発達したプレート境界断層・順序外断層、ゆっくり地震や非火山性微動の発生する深度で形成された変成岩、沈み込み帯に衝突・付加した海山が露出しており、地質学的側面から地震発生帯研究を推進していくうえ最適のフィールドである。一方で、回転式高速せん断摩擦試験機、摩擦発熱の地質学的証拠検出、密な地震観測・測地網など優れた技術・手法を兼ね備えている。明らかに日本は地震発生帯研究を推進するうえで恵まれた状況にあるし、そこで日本の地質学が果たす役割は今後益々大きくなると思われる。今回のような多分野の研究者・これからを担う大学院生らが特定の場所に集結して、これまでの研究を総括しつつ、問題点を浮き彫りにして、斬新な研究プランの提示・実行に向けて徹底的に議論を重ねていくWSがもっと日本にあっていいと感じた次第である。