ジオパークと “Rock” “Green” “Café”


理事・矢島道子(地質情報整備・活用機構)
 

 

1.はじめに
日本国内にもジオパークをつくろうという動きが,あちらこちらで少しずつ見られるようになってきました.日本地質学会の中にもジオパーク支援委員会ができました.ジオパークの「ジオ」の部分をよく知悉していて,その知識・情報をジオパーク成立に役立てるのは地質学会会員の仕事と思われます.しかし,ジオパークは少し新しい概念を含んでいたため,UNESCOで考案している段階からIUGSやUNESCOといろいろな議論をへて現実化してきた事情もあり,ジオパークとはどういうものかをイメージすることはなかなか難しいところがあるように思います.2008 年1 月,四国ジオパークモデル地域調査に,世界ジオパークの生みの親で前UNESCO 地球科学部長のウォルフガンク・エダーさんが来日されました.そのとき,私は通訳として,エダーさんと地域調査をともにしました.調査を通して,ジオパークについてそれなりの理解をえました.日本地質学会のより多くの会員の方にジオパークを理解していただきたいと思い,3月の四国の報告会で報告した内容を本誌で整理してみようと思います.
 

2.ジオサイトとは
ジオパークの説明の際に必ず,図1のように,いくつかのジオサイトをジオパークという名前でひとつに括った図がでてきます.この図は抽象的なもので,理解はちょっと難しいです.まずスケールがありません.

図1 ジオサイトとジオパーク

これはジオパークとして様々な広さが考えられるからです.そして,ジオパークとして括るためには,ある考え=コンセプトが必要なのです.どういう考えでジオパークという傘を広げるかが問題となります.そして,ジオサイトとは,名称にジオがついているけれど,地質学的なことに限らないと私は思うようになりました.
 

3.“Rock” “Green” “Café”
エダーさんと一緒に高知から室戸に向かう途中で,海のよく見えるコーヒー屋さんに入りました.そのコーヒー屋さんは「ROCK GREEN CAFE」という名前で,入り口に赤地に白のペンキで店の名前が書いてありました.この看板にエダーさんは大変興味をもって,写真を撮っておられました.私は,英語としてもフランス語としても,文法的にも誤りだらけで,とても恥ずかしい感じがしていました.また,エダーさんがなぜ興味をもったのか,その時はわかりませんでした.4日間,一緒に旅をして,ジオパークを考えるときに,この“Rock” “Green” “Café”は重要であると気がつきました.そして,図2のような三重構造のモデルを考えるようになりました.

 
「ROCK GREEN CAFE」の看板   
 
図2 “Rock” “Green” “Café”の3層構造.写真は上から池川のお神楽,室戸岬亜熱帯樹林,日沖の枕状溶岩
 

4.“Rock”のいろいろ
“Rock”はまさにジオパークのベースです.地質学的におもしろい事象のことです.エダーさんとともに訪ねたのは,地質学的なところでは,日沖の枕状溶岩,室戸岬斑レイ岩など,地理学的なところでは,長者地すべり地形,仁淀川の川筋などでした.また,高知大学海洋コア総合研究センターも訪問しましたが,エダーさんはそこで大変感激され,是非とも高知大学海洋コア総合研究センターがジオパークの中に含まれることを希望されました.つまり,高知大学海洋コア総合研究センターをジオサイトのひとつとすることです.
“Rock”はジオパークの基本的な構成要素です.図2のようにジオパークの基盤です.そして,“Rock”は単に岩石ではなく,あるいは地質事象だけではなく,地理学的な事象,すなわち地形,河川,地下水等あらゆるものを含んでいます.と同時に,高知大学海洋コア総合研究センターに代表されるような上質の科学で研究されていることも重要な要素です.四国で訪問した地域では,説明版がもう少し配備されれば立派なジオサイトになると,エダーさんは感想を述べられていました.
 

5.“Green”のいろいろ
立ち寄った「ロックグリーンカフェ」は,海岸にはりだした大きな岩の上に,こんもりした木が生い茂っていて,緑が夕日の赤い海に映えてとても美しいところでした.エダーさんのイメージする“Green”は“Rock”の上に生活している植物,動物など,あるいはそれをひっくるめたエコロジーとか里山などの概念や,運動や,エコツーリズムなどをさします.四国では,室戸岬亜熱帯樹林および海岸植物群落を見学しました.サボテン,リュウゼツランなどが生い茂り,ブーゲンビリアも咲いていました.まだ春浅かったので,蝶は飛んでいませんでしたが,鳥は何種類も飛んでいて,鳴き声で何の鳥かわかるものもいました.
私たちは,何気なく町を歩いていても,沈丁花の香りで春を知り,家の前の小さな植え込みに植えられた草花を愛でています.野山に入れば,美しい花,にぎやかな昆虫たちに眼を奪われます.花の名前を知りたいと思います.できたら,窓辺で花を咲かせたいと思います.動植物は,私たちに身近です.
“Green”を愛でることは比較的普通に行います.でも“Green”から“Rock”に眼を移すことはあまりやりません.四国の報告会には高知県立牧野植物園の研究員が見えられ,「植物は動けないから,その生えている“Rock”に大きく影響されます.たとえば,蛇紋岩地域には特有な植物相があります.この研究は四国が発祥の地です.」と話されました.蛇紋岩地域の植生が他地域と違うことは,蛇紋岩地域の研究者は知っていますが,蛇紋岩を研究していないとあまり知りません.山登りを趣味としている人は,同じ高山でもコマクサの生えているところと生えないところがあることを知っています.でも,その違いが山を形成している岩石に基づいているらしいことを知っている人は数多くありません.あるいは,高山植物がよく見られるのは,崖錘の多い地形だということを知っている人は多くありません.
観光関係の方からはエコツーリズムはすでにビジネス段階に入っているという説明がありました.植物や動物が好きで山歩き,里歩きをしている人は増えてきたということです.この人たちにもっと「ジオ」を知ってもらいたいと思います.“Green”から“Rock”にもっと眼を向けさせる必要があるようです.
 

6.Caféのいろいろ
私たちは四国の「ロックグリーンカフェ」にお茶を飲むために入りました.Caféは楽しいところで,休むところです.Caféはもっと意味を拡大できます.誰でも楽しいと思うところです.四国では司牡丹など美味しいお酒のテースティングをしました.カツオ料理も楽しみました.吉良川では町並みを見学し,お蔵を利用したコーヒー屋さんでロック音楽を楽しみました.長者地域ではお神楽を楽しみました.もちろん四国を代表する八十八箇所の一つである最御崎寺にも行きました.途中でカヌーの発着所やハングライダーの基地があることも教わりました.ジオパークにもCaféが必要なのです.
Caféはもっとも卑近な食・芸術・スポーツ・町並み・宗教・文学等さまざまな分野に広がります.Caféとは楽しいところ,知的なところを意味します.池川のお神楽をみて,なぜここに,こんな文化が残っているか考えました.四国の特殊な歴史が思い浮かびました.その後,長者地すべり地を見学しました.非常に興味深い文化を見ました.なぜ地すべり地に高い文化が残っているのかを考えました.
四国の宗教もCaféと考えます.八十八箇所のひとつである最御崎寺では,お寺の独自の歴史の説明を聞きました.お経も聞かせていただきました.お寺自身がとてもおもしろい存在に感じました.空海が銅などの鉱山開発をよくしていたことを知っていましたが,その説明が不要なほど,お寺への坂道を歩く効果がありました.なんだか癒されるのです.ああ,「ジオパークへ行くと癒される」と多くの人が感じることが1番大切のように思いました.ジオパークで癒されて楽しいと思えば,リピーターになります.リピーターになって,何度も通ううちに「ジオ」の意味がわかってくればいいのではないかと思うようになりました.Caféはジオパークの入り口です.まずは,人々がジオパークにやってこなければ始まらないと思いました.
 

7.“Rock” “Green” “Café”を結びつけるのは
ジオパークにやってくる人々は地質学者たちではありません.素晴らしい“Rock”があっても,そんなに簡単に地質巡検はできません.まずは“Café”でジオパークを楽しみ, “Café” から“Green”を通して “Rock”へだんだんと近づいていくのでいいのではないでしょうか(図3).これは,誰か手引きしてくくれる人が必要です.ガイド,あるいは,最近の言葉ではインタプリターの力の見せ所です.でも無理にジオに結び付けないでください.折角ジオパークを訪れた人が「なんだかわからない」「なんだかとても難しい」と思われたら,二度とジオパークには近づいてくれないかもしれません.ジオを“Rock”をほんとうに愛している人が,その理解しているところをわかりやすく説明することが是非とも必要です.あるいは,ジオパークを訪れている人が“Green”や“Café”のレベルで知的なものを欲しているかもしれません.これらの要求に応えて,その上で,ジオの魅力を語っていく必要がありそうです.
 

図3 “Rock” “Green” “Café”を結ぶのはガイドの力
 

8.活動のベースは博物館
おそらく,ジオパークができたときには,ジオパークの中にある自然史系博物館がジオパーク運動のベースになるのではないでしょうか.四国の見学した地域には,横倉山自然の森博物館と佐川地質館がありました.ジオパークを訪れる人は,まずは博物館にいって,少し説明を聞き,博物館を通して,ガイドさんを紹介してもらって,ジオパークの楽しみ方を習っていくのではないでしょうか.こういった活動は博物館にとっても,博物館の質の向上にずいぶん役に立つように思います.
 

9.日本型のジオパークをめざして
現在世界中で53箇所以上のジオパークが存在し,活動しています.日本はこれからです.ヨーロッパや中国の先達のジオパークをよく学んで,新しい,質の高い,日本型のジオパークを模索していきたいと思います.日本地質学会の会員の皆様,ジオパーク運動に一肌脱いで見ませんか.ジオパークのガイドは日本地質学会の会員がもっとも適しているように思います.“Rock”を知悉している会員が自ら“Green”と“Café”を学んで,ジオパークを最も楽しむ人になったらよいと思うのです.