コラム

 

関東アスペリティ計画第三回国際ワークショップと巡検に参加して  08.3.18UP


千葉大学大学院 修士二年 山本 修治

 去る2月16・17日に関東アスペリティ計画(KAP)の第三回国際ワークショップが千葉大学けやき会館にて開催されました.また,続く18・19日には房総半島南部の地質・変動地形の巡検が行われました.以下では,それぞれについて簡単にご報告したいと思います.
KAPは相模トラフ沿いで生じるプレート間巨大地震(例えば1703年元禄関東地震・1923年大正関東地震)のアスペリティ領域の掘削と坑内観測を最終目的とする科学掘削計画で,現在各種プロポーザルがIODPに提出されています.今回のワークショップでは海外から5名の研究者をお招きし,地質学・地震学・測地学・変動地形学の各方面の最新の研究成果が発表され,南関東のテクトニクスに関する学際的な議論が行われました.二日目の午後には掘削やモニタリングのためのサイトサーベイに関する具体的な計画や今後拡充すべきデータ,掘削により得られるであろう成果とその意義について,熱い議論が交わされました.

(WS1日目:撮影者:早川信(千葉大))
ワークショップでは講演者の発表一つ一つに対して緻密な討論が行われた.

(WS2日目:撮影者:武本真和(千葉大))
国内外から主に房総半島を研究対象とした様々な成果が報告された.

 筆者は,房総半島南部の海陸地域で行われた反射法地震探査の成果について,修士論文の内容をまとめたものをポスター発表させて頂きました.研究内容は,沈み込むフィリッピン海プレート上面に関連する断層構造を含めた房総半島南部の上部地殻構造と,南東沖の浅海地質調査を目的とした高分解能反射法地震探査の結果とその解釈から読み取る第四紀地殻変動の空間分布に関するものです.南海トラフや世界の他の沈み込み帯に比べ,相模トラフ沿いでは科学目的の反射法地震探査の実例は質・量ともに少なく,貴重なデータを扱わせていただいたことにより国内外を問わず著名な研究者の方々と反射断面の解釈や構造発達といった深い内容について語り合うことができました.特に世界の付加体研究をリードしてこられたJ. C. Moore先生(UCSC)とは,プレートの沈み込みとデコルマゾーンの関係について議論することができました.また,Nicholas W. Hayman先生(テキサス大オースティン校)とは,臨海尖角が前弧域沈み込み帯にも適用可能かどうかについてお話しました.これらの議論やワークショップ全体を通じてこの地域のもつテクトニックな特異性と複雑性,それが故の本プロジェクトの重要性を強く感じました.そして,これまでの研究では未解明であった様々な地学現象(例えば,アスペリティのもつ物理化学的な実体・プレート三重会合点付近のテクトニクス・歴史地震の痕跡を残す乱堆積物など)が本プロジェクトにより解明されると期待され,それらがもつインパクトに大きな希望を持つに至りました.ワークショップの口頭発表や質問はすべて英語で行われ,あたかも海外の学会にいるかのような雰囲気さえ感じられました.また,参加人数が30〜50人という規模であったこともあり,このプロジェクトに直接関わらずとも一つ一つの研究成果・発表に対して濃密な議論の時間が費やされていたと感じました.また,初日にはレセプション・パーティーも開かれ,研究者同士のふれあいの場に同席できたことも嬉しく思うところです.


 巡検初日に野島崎にて撮影した集合写真(撮影者:筑波大村岡諭)
上段左から・・・小林励司(鹿児島大),三宅弘恵(東大地震研),Daniel Curewitz(JAMSTEC−CDEX),木戸ゆかり(JAMSTEC),Kurtis Burmeister(パシフィック大),Nicholas W. Hayman(テキサス大オースティン校),J. Casey Moore(カリフォルニア大サンタクルズ校),Wayne Thatcher(USGSメンローパーク),道口陽子(筑波大),大坪誠(産総研),宍倉正展(産総研),田村慎太朗(東大理),纐纈一起(東大地震研),横田裕輔(東大理),丸山岳朗(東大理)(敬省略)
下段左から・・・早川信(千葉大),山本修治(千葉大),山本由弦さん(産総研),川村喜一郎さん(深田研),村岡諭(筑波大)







 

 18・19日に行われた巡検では,筑波大学の小川勇二郎教授・産総研の山本由弦博士・同宍倉正展博士の案内により,房総半島南部の地質・地形についての解説がなされました.
一日目の午前は,元禄タイプ・大正タイプそれぞれの完新世離水段丘を徒歩で実感し,旧汀線指標となるヤッコカンザシを観察しました.ここでは早くも段丘面の認定と年代決定の精度について宍倉博士と海外の研究者の方との間で議論がなされ,海外の研究者の方のKAPに対する関心の強さを感じました.午後は,まず野島崎付近にて千倉層群白浜層の付加体への帰属問題について白熱した議論が交わされました.この日は快晴で見晴らしがよく,富士山が非常にきれいに見えたほか,大島・三宅島も眺望することができました.昼食後,小川教授による南関東のプレートテクトニクスについての説明が行われ,文字通りこれら伊豆・小笠原弧の島々を背景としたご説明の分かりやすかったことが非常によく思い出されます.一日目の最後は産総研の山本博士により最近報告された,過去の地震に伴う液状化と海底地すべりの痕跡を残す露頭の紹介が行われました.その露頭はご本人曰く,雨天後撮影された写真に比べると不鮮明であったとのことですが,山本博士の丁寧な説明と分かりやすい写真とスケッチによりその痕跡の重要性と不思議さが強く心に強く残りました.

 宿泊は国民休暇村館山で行われ,房総の刺身舟盛と美味しいビール,そして普段の研究とは一線離れたくだけた会話が,一日の疲れを癒してくれました.

(小川先生の解説・・・撮影者:早川信(千葉大))
鴨川漁港弁天島で枕状溶岩の姿勢について解説される小川勇二郎先生(筑波大)

 二日目の午前は見物にて元禄タイプ・大正タイプの典型的な段丘露頭を観察した後,西川名の海岸沿いの後期中新世の三浦付加体(西岬層)を観察しました.ここでは埋没・剥ぎ取り付加と伊豆・丹沢ブロックの衝突に伴う構造回転の研究についての説明が,山本博士によりなされました.山本博士によるマッピングの精緻さにただ驚くしかありませんでした.その後,筑波大学博士課程の道口陽子さんによるこの地域での重力性地すべりに関する研究の成果が説明され,議論の的となりました.午前の最後は布良付近の津波堆積物の観察を行いました.午後は有名な鴨川漁港の弁天島で嶺岡帯中のオフィオライトコンプレックスを観察しました.ここでは小川教授の詳細なマッピングに基づくこれらの岩体のエンプレイスメントに関する説明がなされました.最後は小湊付近の海岸ベンチにて,元禄地震の際の沈降に関する宍倉博士の見解が述べられました.

 著者は修士の二年間,主として反射法地震探査の立場から,房総半島南部の地質構造を眺めてきました.この巡検を通して,本地域の構造の骨格を追体験し,自分の研究手法とは異なったフィールドジオロジーによる構造観に触れられたと感じています.反射法によってしか解明されない部分も多分にあるものの,地質学的時間スケールに比べてミクロな事象についての研究は,やはり実際に野外調査をすることによってしか解明することができないということを再認識させられました.

 今回の二日間の巡検に一貫するテーマは,『地質・地形に記録される過去の地震イベントの抽出』であったといえると思います.巡検には東京大学地震研究所纐纈一起教授をはじめ強震動予測などの地震学を専門としておられる方々も参加され,そこにある地質・地形と過去の地震現象との関係が盛んに議論に挙がっていました.とりわけ,付加体や海溝陸側斜面堆積物に残されている過去の地震と関連する地質現象の解釈は,これまで知られていなかったものがほとんどであり,地質学者と地震学者の融合的研究とモデル実験による実証可能性についての新たな研究領域が拓かれつつあると感じました.これらの研究が進展し,詳細な時間目盛の刻まれた地表地形・地質の研究と,今後遂行されるKAPでの海洋掘削により,南関東で発現するプレート間巨大地震の防災・リスク評価のみならず,テクトニクス研究についても飛躍的な発展が遂げられるものと期待させるような4日間でした.

 最後にこの場をお借りして本ワークショップ・巡検の準備と進行に関わられたすべての方に感謝申し上げたいと思います.